出張編37話 私は分かってる



少し離れた間合いで、オレは「強欲」オルセンと睨み合う。


時折、オルセンが視線を外すのは狼眼を警戒しているからだ。


過度に狼眼を警戒しなきゃいけない理由、それがこの下衆な熟練兵の弱点だ。


オレは覚悟を決めて前に出る。当然、オルセンは迎え討ちにくる。


ここだ!神威兵装オーバードライブモード発動!


突如ブーストされたオレの速さにオルセンは驚愕したようだが、それでも斬撃を繰り出してきた。


山刀の速くて重い斬撃、だが一撃だけなら、腕一本くれてやる覚悟なら………出来る!


倣え、コイツの密度の高い障壁の形成を!左手前に障壁を形成し、刃を滑らせるんだ!


滑った刃を小脇に抱える!威力を殺しきれずに脇腹に刃が食い込んだが、肉迫するコトに成功したぞ!


オレは刀を捨てて、オルセンの髪を掴み、鼻がくっつきそうな距離で視線を合わせる。


慌てて目を瞑るオルセン。だよな、この距離はヤバイよな!


けどよ、こんな距離で目を閉じてどうすんだ?


オレは額の前に障壁を形成し、渾身の頭突きをお見舞いする。


グシャっと鼻が潰れる音がして、オルセンは鼻血を吹く。


死に物狂いで顔を逸らそうとするが、オレは髪を掴んで放さない。


兵装モード状態のオレのパワーはオルセンを凌いでる、逃がさねえぞ!


頭突きをさらにお見舞いすると、ようやくオルセンは目を開き、オレの首を掴みにきた。


かなりの握力で首を絞められたが、オレもオルセンの瞳を至近距離で捉えた。


貴様はもうお仕舞いだ!………狼眼を食らえ!


オルセンは瞳に念真力を集中し耐えようとするが、狼眼の威力が勝った。


「………やっぱりか。オルセン、アンタ念真力は大したコトない兵士ってワケだよな?」


「グギギ………き、貴様ぁ!」


オレ以外の兵士の念真力は上がらない、どれだけ修練を積もうとだ。


念真力の乏しさを抜群のコントロールでカバーしていたのは熟練兵ならではの技術だが………狼眼を警戒しすぎたな。


1対1で完璧に捉えられたら、振りほどけるだけの念真強度がオルセンにはない。


「だから必死に狼眼だけはもらわないようにしてたってワケだ。だが過度な警戒で泣き所を教えちまったな、間抜けめ。」


オレは痛みで緩んだ首を絞める腕を引き剥がし、さらに瞳に力を込める。


「ギャアアアァァ!!痛い痛い痛いぃぃぃ!!!」


「そりゃ痛かろうね。お、耳から血が出てきたか。これ、一張羅なんで汚されちゃかなわんな。」


オレがオルセンを突き飛ばすと、オルセンはヨタヨタしながら倒れる。


もう視線を外しても無駄だ、完全にロックした。


念真強度がそれなりにあれば振りほどくコトも出来るだろうが、オルセンには無理だ。


「わ、分かった。オレの負けだ!た、助けてくれぇぇ!!」


「助けてくれ? 殺された三人も同じ気持ちだったんだぜ? 貴様はどうしたんだ?………助けたのか? ええ、おい!助けたのかよ!!答えろオルセン!!」


無様に命乞いするオルセンの姿に殺意がわき上がる。


命乞いするぐらいなら最初っからテロなんかすんな!!外道なら外道らしくふんぞり返って死ねよ!!


「ギイィヒィィ!………た、頼むぅ。ひと思いに殺してくれぇぇぇ!!」


血の涙を流しながらのたうち回るオルセンを見ても、ちっとも可哀想だと思えない。


悶え苦しんで無名兵士のオレの踏み台にされるような死に様がコイツにはお似合いだ。


「………イヤだね、苦しみ抜いて死ね。外道の末路に相応しいだろ?」


だがオルセンの苦しみは銃弾によって救われた。


銃声とともにオルセンの体が海老みたいにのけ反り、動かなくなる。


「………余計な真似してくれたな、シオン。」


オレの隣にはスナイパーライフルを構えたシオンが立っていた。


オルセンを殺した銃口からは白い煙が上がっている。


「………嬲り殺しは感心しないわ。最低の行為よ。」


「………最低の男なんでね。」


オレはオルセンの死体に背を向けて歩き出す。


絶対零度のお節介女は、頼みもしないのに後をついてくる。


「………分からない男ね。なぜわざわざ一騎打ちなんかを? 途中から見ていたけど危ない場面もあったわ。無理せず御堂司令かクランド中佐に任せればよかったのに。だいたい貴方にはオルセンの狙いも分からないの!貴方を倒し、人質にして逃げるつもりだったのよ?」


「……………」


「………オルセンの狙いは分かってたみたいね。だったら余計に分からないわね!何考えてるの? しなくていい怪我までして、なにがしたかった訳? 理解出来ないわ!」


「………オレの個人的なこだわりを理解してもらうつもりはない。」


「私は分かってるから。………ご苦労様、准尉。とんだデートになっちゃったわね。」


そこにはオレの天使みたいな小悪魔の姿があった。


オレはリリスを抱かえ上げて、お姫様だっこする。


「あら、今日の准尉は王子様気取り?」


王子様じゃない、ただの兵士さ。ただの兵士の剣でたおすべき相手だった。


シオンには理解出来ないだろうし、してもらいたいとも思わない。


「………怪我はないか?」


リリスは苦笑しながらオレの胸に頭を預けてくる。


「傷一つないわよ。むしろ准尉が傷だらけじゃない。」


「大したコトないさ。………無事で良かった。」


「私が准尉を置いて死ぬ訳ないでしょ。もう!そんな顔しない!准尉はやるべき事をやった。自己満足も含めてね。私は分かってる。褒められた事じゃないかもしれない。でもそんなウェットな准尉が私は好きよ。」


………ああ、おまえだけ分かってくれてたらそれでいいよ。





指揮車両の傍には煙草を吹かすジャスパー警部とキャンディを舐めるボイル刑事の姿があった。


オレ達の姿に気がつくと二人とも敬礼してくれる。


「それが剣狼のお姫様か? 無事に助け出せてなによりだ。」


「ありがとう警部。他の人質は?」


「全員無事だ。ありがとうはこっちの台詞だよ。俺は大して役に立っちゃいねえ。」


「警部達の協力がなければ、ここまでうまくいってませんよ。それに警部達の仕事はここからです。」


警部は怪訝そうな顔になる。


「事件の後始末なら他の連中にやってもらうさ。ボイルにアイスクリームを奢らにゃならんしな。」


「ドーナツもお忘れなく。可愛いお嬢さん、キャンディはいるかい?」


「頂くわ。」


ジャスパー警部はライターをコートのポケットにしまうと、右手をオレに差し出してくる。


オレはリリスを地面に立たせ、ジャスパー警部と固く握手を交わした。


ジャスパー警部の手は拳銃ダコでゴツゴツしていたけど………暖かかった。


「警部、ここからの仕事っていうのは………犠牲者達の家族のケアです。こればっかりは殺すしか能がないオレには無理だ。」


「若いモンが自虐趣味に走るもんじゃない。犠牲者の家族には俺が伝える。勇敢な男だったと。………それが慰めになるかは分からんが………」


「お願いします。じゃあ行こうか、リリス。」


「オッケー、ハニー。じゃあね、ダンディー刑事にトド刑事。」


ダンディー刑事と呼ばれたジャスパー警部は嬉しそうな顔になり、トド刑事と呼ばれたボイル刑事は微妙な顔になった。


………こうしてラビアンローズで起きたテロ事件は終結した。




ホテルに戻ったオレは時間の経過を待ちながら報告書をタイプする。


Mr.ジョンソンと約束した10時間が経過、ペントハウスの司令に報告にいこう。


クランド中佐はオカンムリになるに違いないな。




「………なるほど、情報提供者は推定、機構軍の諜報員か。」


事件の後始末っぽい書類を決裁していた司令が、オレの報告書を読みながら煙草を燻らす。


「なんで黙っておった!貴様のやった事は利敵行為に問われても仕方ない事なんじゃぞ!」


中佐、司令の燻らす煙草の煙よりスゴイ煙が頭から吹いてます。煙じゃなくて湯気かな?


「バレればでしょ? バラすんですか?」


「バラす訳がなかろう!アスラ部隊の名誉に関わるじゃろうが!」


「だったら問題ないでしょ、ジジィ!准尉をイジメるのは私が許さないから!」


ちびっ子弁護士は頼もしいね。


「そういう問題ではない!ワシが言いたいのは………」


「では聞くがクランド。カナタが約束を破って御注進に走る輩だったら良かったのか?」


「そ、それも困りものですが。しかしですな、イスカ様。軍規的には………」


「信義を守るか、軍規を守るかの選択で、カナタは信義を守ったまでだ。だからもう責めるな。だいたい同盟軍首都ともなれば、諜報員の1ダースや1グロスぐらいいても不思議はあるまい。」


1ダースならともかく1グロスも諜報員がいたらエラいコトですよ、司令。


「捕捉しようにも、もう街を出ておるでしょうな。」


「だろうよ、だから放っておこう。一応諜報部に知らせてはおくが。カナタ、10代後半の少女と年齢不詳の男で間違いないのだな?」


「ええ、間違いありません。」


………これこそ利敵行為だよな。でもどうしてもあの無邪気なキカちゃんの情報を売る気になれないんだ。


「その少女とやらの画像はアイカメラで撮ったのか?」


「撮っていません。小細工に気付かれたら情報を聞き出せなくなると判断しました。」


「抜け目のないカナタらしからぬ話だな。………まあいい、事情は分かった。下がってよし。」


「それでは失礼します。リリス、アクアリウムはもう閉館してるだろうから、プラネタリウムに行こうか。夕食も兼ねてね。」


「オッケー、すぐに着替えるから待ってて!」




慌ただしくてロクでもない一日だったけど、最後ぐらいお楽しみタイムで締めくくりたいからな。



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