激闘編10話 ハンマーシャーク、発進せよ!



リンドウ中佐の謀略についての考えはまとまった。


だが他にも考えなきゃいけないコトは山ほどある。


オレは小隊長達とナツメを作戦室に呼んで、シズルさんを連れて移動した。


さっきの戦闘の記録を見ながら、今後の戦術について討議しておかねばならない。




作戦室に集まったのは、オレとシズルさんにシオン、リック、ナツメ、リリス、牛頭馬頭兄妹。


この面子がコンマ中隊のキーマン達だ。本当は熟練兵で、守備の要であるウォッカにも参加して欲しかったんだけど……


作戦室の机をスクリーンモードに切り替え、ホログラム映像でさっきの戦闘を振り返る。


なにも言わずともリリスはデータ入力を終えてくれていた。コンマ中隊の参謀であるリリスの仕事に抜かりはない。


「負傷者は出ましたが、重傷者はゼロ。満足すべきワンサイドゲームでしたね、お館様。」


記録映像を見ながら満足げに微笑む牛頭さんの言葉に頷きながら、オレは答えた。


「この戦闘に関してはそうだ。常にこうあるべく、アラを探す作業をしよう。」


「アラを探す、ですか?」


馬頭さんの質問にはちびっ子参謀が答えた。


「この戦闘の記録映像を撮る余裕は機構軍にはなかったでしょう。だけど大規模な戦闘には、必ず記録班が帯同しているわ。いずれ中隊の映像記録は機構軍の手に渡る。」


「リリスの言う通りね。そして機構軍は私達の戦術を研究し、対策を講じてくる。その対策は今からしておく必要があるわ。」


シオンが副長らしく、快勝に浮かれ気味なみんなを引き締めて、オレの方を見つめる。


「みんな、勝つのは難しくないんだ。だけどのは難しい。だからこそ、今のうちに備えておこう。繊細な戦術を大胆に展開し、状況の変化に対応出来る者が勝者になる。さあ、考えてくれ。みんなはコンマ中隊をどう崩す?」


大学時代にアメフトをやってた親父が言ってた。アメフトはデザインプレーが命綱のチームスポーツで、強いチームほど個人技に頼るウェイトは下がる。


強い戦術をデザインする基本は、自分のチームをいかに崩すかの研究から始めたって。




皆で額を突き合わせ、完勝の中にある綻びを探す作業を行った結果、いくつかの課題が見えてきた。


いくら精鋭揃いといえど、急造チームに綻びがないワケはない。相手との力量差で目立たなかっただけなんだ。


「……シミオンに匹敵する副長がいれば、こうはいかなかったわね。」


リリスの言葉にリックが頷く。


「だな。敵のエースは兄貴が抑える。だがもう一匹、おなじようなのがいた場合、対処に迷っただろう。候補としちゃあ、やっぱりナツメか。全体のカバーが手薄にはなるが……」


「機動力なら中隊ナンバー1のナツメを抑えに回すのは勿体ない気もするわね。広域に全体をカバーする役割はナツメ以外には難しいわ。」


考え込むシオンにナツメが答えた。


「総合力が高く、邪眼持ちのカナタは一騎打ちでいいと思う。カナタが敵のエースに勝つのがチームの前提だから。でも私達まで一騎打ちに拘る必要はないんじゃない? うちの強みって中隊レベルではあり得ないほどタレントが揃ってる事にあると思うの。」


普段は思考の一切を放棄し、衝動で行動するナツメだけど、こと戦闘になると脳細胞が働き出す。頼りになるぜ。


「相手によってフレキシブルにマッチアップを考えよう。万能型のシズルさんで様子見して、相性のいいヤツが対処にあたる。ぱっと見で相手の戦型がわかったなら、最初からマッチアップを考えてもいいが。」


オレの分析じゃ、シズルさんに穴はない。夢幻一刀流を修め、雷撃の希少能力も持っているからだ。


「それがいいんじゃねえかな。兄貴やマリカさんみたいに相手を選ばねえって強者はそう多くねえ。俺も真っ向勝負のパワータイプが相手なら、そうそう引けはとらねえぜ?」


マリカさんと同列にしてくれんなよ。リックもオレを過大評価し過ぎだぜ。自分のコトはわかってるみたいで安心だが。


パワーが互角だとしてもリックには超再生がある。大抵の相手なら持久力で押し勝てる、これまでリックはそうしてきたんだろう。


「ふむ、リックのパワーを空回りさせそうな技巧型には私が対処すればいい。もしくは……」


シズルさんの台詞をリリスが引き取る。


「二人がかり。それとビーチャムなんだけど、経験さえ積めば手札の一枚になり得るわ。みんなで育てていきましょ。あと……私に少尉並みに殺れる能力があるってのは、みんな覚えといてね?」


「なんだと!」 「ウソでしょう!」


事情を知らない牛頭馬頭兄妹は驚いたようだが、シズルさんは冷静だった。


「リリスには、なにか切り札があるのだな?」


「ええ、説明しておくわね。」


リリスはみんなに悪魔形態デモニックフォームの説明を始めた。




説明を終えたリリスを見るみんなの眼差しが物語っていた。


オレが言うまでもなく、わかってくれてるみたいだ。いいチームだぜ、この中隊は。


念を押す必要はないが、オレの気持ちは言葉にしておこう。


「リリスの悪魔形態は最後の切り札だ。リリスが自分の念真力に殺されかねないリスクがあるからな。使うのは他に手段がない場合のみ、だ。」


それに悪魔形態は咄嗟の時には間に合わない。悪魔形態の使用には、ラバニウムコーティングを展開し、身に纏う時間が必要だからだ。


だけどリリスは、オレが負けると思えば迷うコトなく悪魔形態化するだろう。死神と戦った時のように……


オレは強さを誇示し、誇りとする為に最強を目指しはしない。オレの可愛い小悪魔が、悪魔と化して戦わずに済むように、最強を目指す。


「作戦討議はここまでにしましょう。次の戦いに備え、休息をとる事も仕事です。夜明けと共にラマナー高原へ出発するとマリカさんから伝達がありました。」


シオンが討議を締めくくり、オレはみなに解散を命じた。




解散を命じたオレだが、まだ残業がある。


今度はラウラさんを呼んで、艦の運用のお勉強をしなきゃいけない。


残業には尽くす系副長のシオンと、中隊の頭脳であるリリスがお付き合いしてくれた。


二人のどっちかは艦に残って、指揮を執ってもらわないといけない場合も出てくるだろう。


ラウラさんを交えた艦運用の討議は夜中遅くまで続いた。




艦長室のベッドで目覚めたオレは、シャワーを浴びて軍服を纏い、艦橋へ赴く。


眩しい朝日の差し込む艦橋には幹部達とブリッジクルーが勢揃いしていた。


本職はオペレーターのノゾミは通信手の席に座り、鼻唄を歌っている。


たぶん、最新鋭の通信機器を見てご満悦なんだろう。


オレは艦橋を見渡せる位置に設えられた艦長席に座ってみた。真新しい革張りのシートからは、新品特有のいい匂いがする。


……この匂い……親父が新車を買って、家族で富士山にドライブに出掛けた時のコトを思い出すな。


電車通勤が長く、あまり車の運転をしたコトがなかった親父の運転は危なっかしくて、オレと爺ちゃんは悲鳴を上げてたけど、婆ちゃんは笑ってたっけ。親父にも不得手なコトがあったのねって。


富士山か。オレが二度と目にするコトはない、日本最高の霊峰。だが、オレの故郷はもうだ。


回想を断ち切るように、ノゾミの声がブリッジに響く。


「隊長、艦隊旗艦、不知火より通信です。」


「メインスクリーンに繋いでくれ。」


手早く通信機器を操作するノゾミ。すぐにメインスクリーンにマリカさんの姿が映る。


「カナタ、新鋭艦の乗り心地はどうだい?」


「控え目に言って……最高、ですね。」


「そりゃそりゃ。さて、仕事ビジネスの時間だよ。覚悟は出来てるんだろうね?」


とっくに出来てますよ。覚悟のないヤツは死ぬだけだ。


「もちろん。命令オーダーを、マム。」


「その新鋭艦に名前は付けたか?」


「はい、考えてあります。」


「じゃあ発進命令を下せ。ラマナー高原に向かって進撃を開始する。」


オレは指揮シートから立ち上がって命令を下す。


「ハンマーシャーク、発進!目的地はラマナー高原だ!」


芸のないネーミングだが、外観フォルムからして撞木鮫ハンマーシャークにしか見えないからな。敵からはきっと撞木鮫って呼ばれるだろう。ホワイトベースも見た目のまんま、木馬って呼ばれてたんだし。


宜候ヨーソロー!ハンマーシャーク、発進します!」


舵輪を握るラウラさんが復唱し、炎素エンジンが唸りを上げる。




そしてオレ達の船、ハンマーシャークは獲物を求めて動き出した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る