激闘編9話 なんでいっつもオレなんだ



気は進まないが確認してみたオレの言葉に、リンドウ中佐は深く頷いてから答えた。


「そうなんだ。ミコト様の説得をカナタ君に頼みたい。」


……やっぱりかよ。なんでいっつもオレなんだ!


「無茶言わないでください!なんだってオレが!リンドウ中佐やツバキさんがやればいいでしょう!」


「カナタ君に出来ないなら誰にも出来ない。理由は分からないが、ミコト様が一番信頼しているのはカナタ君だ。」


「一度しか会ったコトのないオレより、側近であるリンドウ中佐やツバキさんの言うコトの方が重いに決まってるじゃないですか!」


「そうかな? ツバキの話では、ミコト様はカナタ君と一緒に映った写真を写真立てに入れて、毎日のように頬ずりしているらしい。」


ミコト様、なにやってんのぉ!!嬉しいけど!!


……リグリットの車中で密談した時に並んで撮った写真がそんな使われ方をしていたとは、夢にも思わなかったぜ。


「……お館様は戦役が終われば照京に赴かれる予定でしたね。……試されてみては?」


「シズルさん、オレのお堀を埋めるのって楽しい?」


外堀と内堀を埋めただけじゃ足りませんか?


「滅相もない。しかしながら、我らと御門家が共存を図る為にはよき策かと思います。それに……ミコト姫がお館様の説得に応じれば、父親よりもお館様を選んだという事。我らがミコト姫を信じる根拠にもなります。」


「うんうん、その通り。そうすれば八方丸く収まる。カナタ君、いやとは言うまいね?」


オレは肘掛け椅子の背に体を預け、天井を見上げるしかなかった。





リンドウ中佐は自分の艦に引き揚げ、オレは仏頂面で考えをまとめ始める。


そんなオレにシズルさんが梅昆布茶と煎餅を持ってきてくれた。


「あんがと、シズルさん。」


「難儀な状況になってきたと思いまするが、お館様は知恵者。八熾の為にそのお知恵をお使い下さい。」


「知恵者はリンドウ中佐だよ。」


食えない人だぜ、まったく。


「知恵者ですか? あの男が?」


「ああ、リンドウ中佐はオレをクーデターのにしたいのさ。だからオレにミコト様の説得をさせたいってワケ。」


「お館様に説得して欲しいと言った言葉の裏にそんな意図が!たばかりおって!」


いきり立って叫ぶシズルさんの口に煎餅を挟んで黙らせる。


「落ち着いて落ち着いて。リンドウ中佐にたばかるつもりはないんだよ。オレがそのぐらいの裏は読むだろうと計算ずくなんだ。そしてリンドウ中佐にはもう一つ、裏がある。」


煎餅を噛み砕いたシズルさんは、首をかしげながら聞いてくる。


「もう一つの裏?」


「オレがミコト様を説得し、照京の頂点に立ってもらったとする。総帥に就任したミコト様の新体制が確立されたら、最大の功労者は誰になる?」


「ミコト姫の説得にあたったお館様に決まっています。お館様の説得がなければ、なにも始まらなかった訳ですから。」


「その功績を以て、八熾家の復権をミコト様が宣言すれば、譜代の連中も文句は言えない。」


「あ!」


「ついでにオレも逃げられない。ミコト様に照京を改革して欲しいと説得しておいて、では後は任せました、は通らないだろう? そこまで読んでの話なんだよ。リンドウ中佐は腹黒いねえ、まったく。」


オレは梅昆布茶をズズッと啜る。う~、すっぱい。


「あの男、なかなかの策士ですね。」


「ああ、策士も策士さ。リンドウ中佐は照京での復権を目指すシズルさん達の賛意も得られる、と踏んでいたんだ。そして自身も八熾の復権に奔走し、ミコト様を八熾、御鏡の両家が支える体制の構築を狙っている。」


んで、自分はミコト政権の黒幕に収まる、と。黒幕は失礼かな、黒子に徹するつもりだろう。


「我ら八熾が玉座を運ぶ車の両輪に……いえ、若き龍を飛翔させる翼の一翼となる、か。望むところです。」


「そしてミコト様の後見役はうちの司令だ。おそらく司令と中佐でもう話がついてる。」


司令はリンドウ中佐と違って本物の黒幕になる気だろう。だが……いくら司令でもミコト様を傀儡政権の小道具にはさせねえからな。


「なるほど。シズルが思っていたより状況は複雑だったのですね。知恵者のお館様が我らの旗頭で幸運です。」


「考えなきゃいけないのはシズルさんもだ。悩ましい問題が降り掛かってくるよ?」


「悩ましい問題?」


「リンドウ中佐がオレ達の為に黒子役に徹するのは照京の未来を考えてのコトだが、それだけじゃない。八熾家復興に尽力した中佐は、その功を以て、祖父を始めとする竜胆家の人間の助命を要求してくる。それに八熾宗家殺害に関わった者の減刑も、ね?」


流血はやむを得ないが最小限に留める。リンドウ中佐の行動原理はそこにあるはずだ。


「竜胆家の先々代を殺そうとまでは思いませんが、レイゲン様殺害に加わった連中には、死で以て報いてやるべきです!」


「あくまで報復を主張するなら、まとまる話もまとまらなくなるが、いいのか? 幽閉までで留めておくべき、オレはそう思うけどね?」


爺ちゃんを殺そうとした連中を無罪放免にしてやるほど、オレの心は広くない。でも殺すとなれば話がこじれる。


「お館様の……お館様の大叔父様を死に追いやった連中ですよ!生き長らえさせると仰るのですか!」


八熾レイゲンは生きていた。天掛翔平として人生を全うし、自分の歩んだ道に満足していたんだ。真実を話せればいいんだけど……


「じゃあシズルさんの言う通りに徹底的に報復したとしてだ。ガリュウ総帥をどうする? ガリュウ総帥は叢雲一族を宗家ごと抹殺したんだぞ? 八熾宗家を滅ぼし、一族を追放した連中を処刑するなら、ガリュウ総帥も処刑するべき、それが筋だろう。」


「主君と家臣では、命の重みが違います。本来ならば死刑が妥当であっても、高貴な身分ゆえ助命された貴人は数多い。ガリュウ総帥を助命する名分は立つかと……」


「立たないね!「身分は免罪符にならない」んだ!」


コイツはローゼ哲学ルールだがな!……だがいいルールだ。パクらせてもらう。


「……仰せの通り。身分は免罪符にはなりませぬ。シズルが心得違いをしておりました。」


「ガリュウ総帥が死に追いやった人間は叢雲一族だけじゃない。無実の要人、無辜の人々、数多くいるだろう。だが、それでも助命はすべきだ。今回の話の大前提だからな。」


「リンドウ中佐はガリュウ総帥を引退させるに留めるつもりですからね。御門家の眷族としての忠義立てなのでしょうが……」


「本来、死に値する罪だとは思うけどな。だがガリュウ総帥を処刑するなら、リンドウ中佐や御門家の血統に忠義立てする連中との対立は避けられない。それに……ミコト様もガリュウ総帥の罪は認めても、命だけはと仰るに違いないんだ。……オレはミコト様の悲しむ顔は見たくない。」


ミコト様はオレを弟のような存在だと言ってくださっているみたいだけど、オレだってミコト様を姉のような存在だと思っている。オレの秘密の全てを知り、慈しんでくださる唯一無二の大切な方だ。


「尊大な権力亡者のガリュウにとって、民に嘲られながら幽閉の身で余生を過ごす事は死にも勝る恥辱。それに実父を死に追いやったとなれば、ミコト姫の名誉にも傷がつき、新政にも差し障りが出るやもしれません。ガリュウを助命する名分は立ちましょう。白狼衆を始めとする八熾一族も、望郷の念を抱いて辺境で亡くなった者達も、きっと納得してくれる。もちろん、このシズルも納得出来まする。」


優しい目をしたシズルさんはオレの肩に両手を添えてくれた。


「ありがとう、シズルさん。立て板に水を流すように、恨みは水に流せないだろうけど、前に進もうよ。」


「はい。お館様と一緒に……」


お館様か。実はシズルさんをたばかっているのは、リンドウ中佐じゃなくてオレなんだよ。


ミコト様の新体制を構築し、照京の政事まつりごとが安定すれば、オレは一兵士として戦場に戻る。


そして八熾一族には照京に残ってミコト様を支えてもらう。シズルさんはその代表、願わくば八熾家当主の座に就いてもらって、だ。


……一度はオレが当主になって、当主の命令として、シズルさんを次期当主に指名。そしてオレは即、引退だ。


この流れでいけないもんかな?……根回しは必要か。シズルさんには外堀内堀を埋められちゃったコトだし、今度はオレがお返しする番だぜ。


しかしオレも、そうまでして最前線に戻りたいってのかよ。立派な戦争中毒ウォージャンキーもいたもんだ。だが戦争中毒上等、戻るべき理由があるのなら、戦場だろうが地獄だろうが戻るまでさ。


ミコト様は姉のような存在だ。だけどアスラ部隊の仲間達もオレの家族なんだ。


最前線で戦う家族がいるのなら、オレも肩を並べ、共に戦う。




オレは狼、狼ならばきっとそう生きるはず。……ちびっ子も連れてるから子連れ狼かな?




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