激闘編8話 梅昆布茶よりすっぱい話



残敵を掃討したコンマ中隊は、鹵獲品した車両に捕虜達を乗せて停泊地へ帰投してきた。


不知火にいるマリカさんに報告を済ませ、艦を降りた俺とシオンとシズルさんを、リンドウ中佐が待っていた。


「カナタ君、少しいいかな?」


リンドウ中佐を見る、いや、睨むシズルさんの目付きは無遠慮かつ険しい。ほとんど敵を見る眼差しだ。


「……気持ちは分かるよ。八乙女シズルさん……だったよね?」


「……ああ、貴様の祖父に都を追放された八乙女家の長だ。まさかこんなところで会うとはな。僥倖、いや、奇禍きかと言うべきだろう。」


左龍の命令で八熾一族の追放を差配したのはリンドウ中佐の祖父だったらしい。


「……奇禍じゃない、僥倖だ。私は八乙女家、八熾一族の皆さんに会いたいと思っていた。」


苦渋と決意、二つの感情を織り交ぜながら、リンドウ中佐は言葉を返した。


「御家人風情だった竜胆家が大層な出世をしたようではないか? 御門家の靴の味はよほど甘露だったと見える。」


毒の効きすぎた顔でリンドウ中佐に皮肉を言うシズルさん。あまり見たくない一面だ。


「……そ、それは……」


悲しみに満ちた瞳を閉じ、言葉に詰まるリンドウ中佐。中佐のこういう顔も見たくない。


「よせ。リンドウ中佐に罪はない。」


「しかしお館様。此奴らは……」


「おなじコトを二度言わせるな。オレは照京と事を構えるつもりはない。」


「……承知しております。」


「リンドウ中佐、どこで話します?」


「カナタ君の艦にお邪魔しよう。アレスの新型をもらったんだってね。」


「……艦には白狼衆もいます。中佐にとって、あまり居心地は……」


「だから行くんだ。角面かどめを落とし、道を開く為にね。」


リンドウ中佐は円流の師範らしい物言いで、覚悟を口にした。




白狼衆の向ける冷ややかな視線のシャワーを浴びながら、リンドウ中佐は平然とした顔で艦内通路を歩いてゆく。


内心は穏やかじゃないのかもしれないけど、おくびにも出さないのは立派だよな。この胆力に優れた頭脳、さらに円流師範の腕前か。ミコト様の信頼が厚いワケだ。


艦長室前まで来ると、シオンはオレの方に振り向いて配慮の言葉を口にする。


「隊長、照京と八熾のお話みたいですから私は席を外します。」


「ああ。みなの負傷の度合いを見て、医療ポッド入りの人間を決めてくれ。それからさっきの戦闘の報告書の作製も頼む。」


ダーはい。任せて下さい。」


オレには勿体ないぐらいの有能副長は敬礼してから艦橋へ向かった。


「……絶対零度の女なんて誰が言い出したんだか。物腰が柔らかく、配慮も仕事も出来る優秀な副長さんだ。」


「当然だ。お館様が選んだ副長なのだぞ?」


シオンのお株を奪う絶対零度っぷりでシズルさんが吐き捨てた。


「そんな態度でしかモノが言えないなら、シズルさんにも席を外してもらう。」


「……お館様……」


「父祖の地から追放され、辺境の村で長く苦労してきたシズルさん達の気持ちはわかる。故郷である照京への想いを抱いたまま亡くなった人達の無念、悲しみもだ。でも、どこかで断ち切らないと……前には進めない。」


……半分本音、半分詭弁だ。オレは当事者じゃないから、恨みを水に流せだなんて……そんな綺麗事が言える。


でも、直接の仇じゃないリンドウ中佐やミコト様に復讐の刃を向けようとするコトは認められない。


ミコト様を護って欲しいって爺ちゃんの言葉だけじゃない。オレはシズルさん達にそんなコトをして欲しくないんだ。


「……はい。リンドウ中佐に言っても詮ない事なのはシズルも分かってはいるのです。」


「ありがとう。オレ達、八熾一族と照京、御門家には溝がある。その溝を埋めてみようよ。どうしても埋まらなかったら、その時はその時だ。」


「カナタ君の言う通りだね。まず、対話のドアを開こうじゃないか。」


リンドウ中佐の言葉に頷きながら、オレは艦長室のドアを開いた。




シズルさんとリンドウ中佐には、一致点があった。二人共、梅昆布茶が好きだったのだ。


珈琲好きのオレをハミゴにしつつ、仇敵同士は梅昆布茶を啜る。


「思わぬ一致点があったコトですし、オレ達の状況を埋める一致点も模索しましょう。」


「お館様、溝を埋める前に障害物……障害となる人物の確認が先なのでは?」


シズルさんの言葉にリンドウ中佐は眉を顰める。


「……ガリュウ総帥の事だね。確かに問題だ。」


そうなんだよな。あの態度は尊大だが、尊くもなければ、器も大きくないミコト様のパパが最大の障害なんだ。


「ガリュウ総帥は殺せるものならオレを殺して後顧の憂いを絶ちたい、そう思ってるでしょうね。」


「実際、総帥の気持ちを忖度した腰巾着が動こうとした訳だしね……」


リンドウ中佐、それを言っちゃマズいって!


「なんだと!お館様を暗殺しようとしたという事か!」


案の定、激昂するシズルさん。いきなり波乱含みの話し合いになっちまったぞ。


「暗殺計画は私が止めたよ。シズルさんが憤るのは分かっていたが、事実を隠すのはアンフェアだと思ったから話した。溝が広がるだろうけれど、胸襟を開いて話をする必要があるからね。」


そこまで考えての発言だったか。大した人だな。


「やはりガリュウがいる限り、お館様の身は常に危険に晒される。中佐、その事は認めるのだな?」


「認める。その事も踏まえての話し合いだ。……先に謝っておきたい。祖父が八熾一族を照京から追放したのは誤りだった。竜胆家を代表して詫びさせて欲しい。この通りだ。」


リンドウ中佐はオレとシズルさんに深々と頭を下げた。


「頭を上げて下さい。竜胆家だって左龍総帥の命令には逆らえなかったでしょう。逆らえば竜胆家も追放されたか、殺されたかです。」


「そうかもしれないが、祖父は嬉々として八熾一族の追放に加わった。いや、自ら名乗りを上げたんだ。自分の栄達の為に。」


「頭を上げてくれ。今さら中佐に頭を下げてもらっても、時計の針が巻き戻る訳ではない。」


そう言いつつも、シズルさんの溜飲は少し下がったのだろう。声が穏やかになっていた。


「最大の問題はガリュウ総帥、そこは間違いない。とはいえ、巨大都市国家の独裁者を簡単にどうこう出来る訳もないし……とにかくリンドウ中佐、頭を上げてください。頭を下げたままじゃ話し合いも出来ないですから。」


頭を上げたリンドウ中佐の目からは決意が溢れていた。


「簡単にはどうこう出来ない。だが困難でもどうにかするしかない。ゆえに……ガリュウ総帥には……引退して頂く!」


とんでもないコトを言い出したリンドウ中佐に、シズルさんが声を荒げる。


「貴公は御門家の眷族だろう!クーデターを起こすというのか!」


「ああそうだ!ガリュウ総帥が隠棲され、ミコト様が照京の統治者となれば万事うまくゆく!これしか道はない!」


エライ話になってきやがったな。オレもそれしかないとは思っていたけど……


「リンドウ中佐、実際出来るものなんですか?」


「出来る。心ある者はガリュウ総帥のなされようを良く思っていない。総帥を支えているのは、祖父のような利害が密接に絡んでいる者だけだ。そういう人間は、人にではなく利権に忠誠を捧げている。決して命懸けで独裁者を支えたりはしない。」


それは確かに。だが……


「しかしそういう人間は利権を失うとなれば、死に物狂いでなんでもしますよ?」


「そうだね。だけど照京軍防衛司令のハシバミ少将も照京の行く末を案じておられるようだ。少将を抱き込めばどうにか出来る。防衛部隊の指揮権を握っているのだから。」


……ハシバミ少将、うちの軍医のお兄さんか。


「ハシバミ少将の説得工作は出来そうですか?」


「やるにしても先にクリアしなければならない点がある。」


「クリアしなければならない点とは?」


シズルさんの声に熱がこもる。クーデターがうまくいけば照京へ帰れるかもしれないんだから当然だけど。


クリアしなければいけない点とは、龍の瞳を持つオレの大事な理解者のコトに違いないな。


「ミコト様の説得だ。ガリュウ総帥を引退させて、代わりに照京を舵取りする決意を固めてもらわなきゃいけない。ミコト様の性格だと現状を憂いてはいても、力ずくで父を引退させようとまでは思い切れてないだろう。」


「そうなんだ。ミコト様はお優しい方だから……」


気遣わしげな表情を浮かべるリンドウ中佐。


……話が見えてきたぞ。リンドウ中佐がオレになにを期待してるかってのも……


確認したくないが、確認する必要はある。だけど、それって荷が重いし、気が進まないし、そもそもムシが良すぎやしないか?




「リンドウ中佐、まさかミコト様の説得を……オレにやれって話じゃないでしょうね?」



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