激闘編11話 ペンネームは大提督



照京の下町の安アパートに居を構えた私は、タブレットに黙々と文面を打ち込んでゆく。


この世界で行われている戦争が中世や戦国時代と変わらないと気付いた時点で、私は洋の東西を問わず兵法書を集められるだけ集め、暗記した。兵法書は古い書式で書かれているものが多かったから、カナタ向けに現代文に翻訳し、権藤の伝手を頼って教えを乞うた戦史研究家の注釈も入れておかないとな。


カナタは指揮官、地球の先人達が戦場で磨いた叡智はきっと役に立つ。とりあえず一冊は書き上がった。


……本のタイトルはなんと付けよう。「明日の為の兵法書、その壱」に決まりだな。矢吹ジョーに明日の為の心得を記した丹下段平の気分な訳だし。


この本を送った時点で、カナタは自分以外にも地球人がいる事を知る事になる。


まさか私だとは思わないだろうが、カナタは納豆菌の保菌者だ。ささいな手がかりから本の出所を掴むかもしれない。犯行声明を送る犯罪者のように、慎重に送り方を考えねばな。知能犯罪を行う犯罪者の心理に立って考えを巡らすのだ。……フフッ、犯罪者の心理? 私は紛うことなく犯罪者じゃないか。


地球から来た知能犯よ、考えろ。どのタイミングでこの本をカナタに渡すべきかを……


照京にやってきた時か? いや、ダメだ。私が照京にいると教えるようなものだし、入れ替わり計画に支障をきたすかもしれない。


……最初の一冊はロックタウンまで出向き、アスラ部隊に物品を納入している業者から渡させる。カナタがロックタウンに遊びに来た時に忘れていった本だと言って。もちろん、薔薇園に入る時に危険物ではないかチェックされるだろうが、ただの本だ。カナタの手には渡るだろう。


明日の為の兵法書というタイトルだけでは弱いな。カナタには分かって、他の者には分からない符牒が必要だ。


……本には著者の名前が必要、符牒を入れるならそこだな。マンガとライトノベル以外にカナタが好んで読んでいた本は戦記だった。


世界三大提督の名前を借りよう。ペンネームは東郷平八郎、これならカナタは必ず内容を確認する。


「同じ世界から来た同胞として、この書が君の役に立つ事を願う。」……前書きはこれでいい。


元々暗記力には絶対の自信を持っていたが、息子の生死が懸かっていると思うと、さらに集中力は増すのだな。よくあの短時間で、何百冊という本を暗記出来たものだ。


……思えば、私はこの暗記力を武器に社会を渡ってきたようなものだ。受験しかり、官僚としてもそう。暗記力を土台に地位を築いた。


生まれ持っていた桁違いの暗記力のお陰で暗記科目がハードルにならなかった私が、受験に失敗したカナタをよく見下せたものだな? ただ単に、運よく才能があっただけだろう?


息子を私と同じ高校、大学に通わせたかったのなら、私も努力すべきだったのだ。なのに私はなにをした?


金を出して塾に通わせ、成績が芳しくなければ圧力をかけただけ。自分は生まれ持った才能で楽しておいて、息子にはただただ勉強しろなどと、よく言えたな。暗記力だけでは難関校に合格は出来んが、アドバンテージは絶大だ。その才能を持たずに生まれた息子を、それだけの事で馬鹿にしていたんじゃないか? 私の血を引いているのに凡百極まりないと。


……そうか。私はカナタの言うところの「勉強の出来る馬鹿」だったのだな。きちんと息子に向き合い、なぜ自分と同じ高校、大学を目指して欲しいのか。それにどんなメリットがあるのか。まず自分の想い、考えを伝える事から始めるべきだった。


その上で息子が違う道を行きたいと言うのなら、親として真剣に考え、共に答えを探してやる。世間の親御さん達は当たり前にやっている事じゃないか。どうして私には出来なかったんだ!


私が官僚になったのは何故だ? 子供の頃、社会を変えたいという夢を語った私に、親父が政治家か官僚を目指すといいと教えてくれたからだろう……


親父は子供の私に、社会の仕組み、問題点、それをどうすれば変えられるかを丁寧に教えてくれた。「政治家か官僚になるのが早道だとワシは思うが、社会を変える方法は他にもある。どんな仕事を選ぶにせよ、自分で考えて答えを出せる人間になっておくれ」そう言った。「迷ったらワシがいつでも相談に乗る。答えを出せずとも、一緒に悩む事は出来るからの……」そうも言ってくれた。


……許せ、親父よ。私は親父の教えを何も分かっちゃいない馬鹿息子だった……


受験でも社会でも勝ち続けてきた。勝利しか知らず、いつしか勝つのが当然と驕り高ぶって、高みばかり見上げて足元が見えていなかった。


机の中から私の記憶とは違う親父の顔写真を取り出し、握りしめる。


写真に写っているのは八熾羚厳、親父の真の名前。暴君の圧政を変えようとし、地球へ逃れる事になった悲劇の惣領。


……社会を変えたい、私がそう言った時の優しい眼差しには、そういう意味があったのだ。




日が高い間はアパートで執筆に励み、日暮れと共に外に出る。犯罪者は夜の闇の中で行動するものだ。


付け髭を装着し、度の薄いサングラスを掛ける。それからロングコートに袖を通し、鳥打ち帽を目深に被って準備完了だ。ついでにマスクもつけておくか。


出掛ける前に風体を鏡で確認してみたが……安物の姿見に映っていたのは不審者そのものだった。実際、不審者なのだから、身の丈に合っていると言えば合っているのだが……


顔を見られるのもマズいが、目立つのも良くない。やはりマスクはやり過ぎか。


これから仕事にかかろうというのに、出掛ける前から躓いてどうす……仕事?


そう言えばマフラーで口元を隠した凄腕仕事人がいたっけな。


私は中村某を真似てマフラーを巻いてみた。……いいぞ、これなら一般人と不審者の端境ぐらいに見える。


仕事人気取りになった私は、暗がりの広がりつつある街へと出掛ける事にした。




私はニンベン師から偽造の身分証を受け取り、手練手管を駆使して裏社会の人脈を聞き出す。


人脈を広げるのは官僚仕事のイロハのイ、だ。元の世界で取った杵柄、うまくニンベン師から裏社会の人脈を広げる事が出来た。


これで顔認証システムを入手する目処は立った。日本では空港や主要駅でぐらいしか運用されていなかった顔認証システムだが、科学が進んだこの世界ではそれなりに出回っている。


とはいえ個人に必要なものではないから、入手経路は限られている。そこは蛇の道は蛇、顔認証システムは裏社会の人間にとっても有用なシステムだから、金さえ積めば手に入るのだ。


戦役が終えたカナタ達が照京へやってくるのは間違いないが、常時、張り込んでいる訳にはいかない。


顔認証システムを組み込んだ監視カメラで、カナタ達の来訪を知る以外に方法はないのだ。


さて、カナタやカナタの連れている女の子達のデータを入力した監視カメラをどこに仕掛けるべきか……


やはり下見が必要だな。





翌日、観光客を装ってミコト姫の館を下見してみたが、案の定、警戒が厳しい。


なにせこの国のお姫様なのだ。VIP中のVIP、警戒は最高レベルに決まっている。


ならば大型ヘリの発着する空港か? いや、カナタ達が空路でこの街にくるとは限らない。


いっそ、街の外に繋がる主要ゲートと空港を全てカバーすべきか?


……いや、それにしたところで完璧ではない。プライベートヘリか軍用ヘリででも来られたら仕舞いだ。そしてその可能性はかなり高い。カナタは御堂グループの総帥である司令の覚えがいい兵士なのだ。企業にも軍にもコネがある……


カナタがこの街に来たところを察知するのは不可能だな。とはいえニュースで流れる事を期待するのは望み薄だ。カナタの性格から考えて、マスコミに囲まれるのは避けたいだろう。


……この街に来たカナタ達が必ず立ち寄りそうな場所はないか? 


ある!あの女の子達は、必ずカナタを縁結びのご利益がある神社に連れて行こうと画策するに違いない。この街に神社は数多くあるが、縁結びの神社となれば数は限られる。


!!……もっと確実に来る場所があるじゃないか!


少し甘味に飢えていたところだ。明日にでも下見がてら行ってみるか。犯罪者の癖に二日連続で昼の日中に行動する事になるが……




私はコンピューターで「京菓子のつるかめ屋 照京本店」の場所を調べる事にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る