激闘編12話 猫しか殺せぬ好奇心



京菓子の老舗、つるかめ屋のきんとんは絶品だった。


糖分を補給された脳が仕事を始め、カメラを仕掛ける位置を計算し始める。


店の前の歩道にある街灯は、都らしく灯籠を模してある。頭についている宝珠の部分、あれを加工してカメラを仕掛けるのがよさそうだ。


この店に来るまでに同型の街灯をいくつも見た。違う場所にある街灯の宝珠部分を盗んで持ち帰り、入念に偽装したカメラを仕込む。そしてつるかめ屋前の街灯の宝珠と交換する。これなら時間をかけずに細工出来る。


盗む時と仕掛ける時には市の修理業者を装い、短時間で作業を済ませれば怪しまれる事はあるまい。


一応保険として、一番由緒のある縁結び神社の下調べも済ませておいた。


そちらは境内にある大木の樹洞が設置場所の候補だ。賽銭箱の前をカバー出来るアングルに設置が可能だが、バッテリーの問題がある。やはり本命はこのつるかめ屋だな。


街灯にカメラを仕掛けるのなら、電気を供給するのは容易だ。顔認証システムにヒットしたら、タブレットに通知が入るように設定しておく。これでうまくいくはずだ。


神社に仕掛けを施すのはやめておくか。万が一、カメラを発見されれば面倒な事になる。設置個数を増やせばリスクも増える。


自分の読みを信じよう。カナタはナツメさんを連れて必ずこの店にやってくるはずだ。





アパートに戻って一休みし、カナタへ贈る本を執筆する。記憶してきた知識を力にし、カナタの元へ届ける為に。


暗記してきた数々の本の中に、一冊だけライトノベルがある。


手垢がつくほど読んでいたライトノベルの結末をカナタは知らない。最終巻は天掛波平が天掛カナタとなってから発売されたのだから。


……未練がましい自分に嫌気が差す。ライトノベルの結末を伝えるという事は、私がこの星にいる事を伝えるという事だ。つまり私は……カナタに会いたい気持ちがあって、捨て切れていないのだ。


もう日も暮れた。未練は封印し、やるべき事をやろう。


雑念を振り払う為にも体を動かすべきだな。




ストリートにある廃虚化した学校の体育館が私のトレーニングジムだ。


半ば破れた天井から差し込む月明かりの下、鍛錬を開始する。


天井が破損し、ガラスも割れて、雨風をしのげないこの体育館にはホームレスもいない。鍛錬するには格好の場所だ。


鉄骨の刺さったコンクリート塊のバーベルでウェイトトレーニング。


スクワット、腹筋背筋運動、バランス感覚を養う為に片手で逆立ち、と。


亀裂の入った鏡の前で金属バットを構え、カナタの見せてくれた秘伝書で覚えた夢幻一刀流の型稽古。


それから権藤に習った空手と合気道をおさらいする。


権藤は空手だけではなく、合気道の有段者でもあった。とんだ武闘派の記者もいたものだが、身に付けた武術で幾度となく命拾いしたと言っていた。権藤の事だから、反社会的勢力の取材でやり過ぎたんだろう。


親父の極めた剣術と、権藤に習った武術に、雨宮が教えてくれた人体の構造、その壊し方を組み合わせればいい。


医者としては間違っているけれど、君が死ぬよりはるかにいいから、と雨宮が私に教えてくれた知識は無駄にはしない。


権藤、雨宮、……地球にいる友との友情は私の財産だ。





トレーニングメニューを終えた私は、ザックからラップに包んだサンドイッチを取り出して頬張り、ミルクで流し込む。


人工肉とレタスを挟んだだけのサンドイッチはお世辞にも旨くない。デザートは生卵6ケ入りパックだ。コンクリート片で殻を割って直接口に放り込む。


ノルマを終えた私が、フード付きパーカーで顔を隠し、帰路につこうとした時に悲鳴と怒声が聞こえた。





一切関わるべきではない、それは分かっていた。だが私の足は声のする方向へと向いていた。


……声は校舎の中からのようだ。音の立たない靴底のシューズを履いてきたのは無駄ではなかったな。


そっと歩いて声のする教室の中を窺う。これぞチンピラといった風情の3人が、ボロを纏った老人を囲み、掴み上げている。


私はザックの中からラバーマスクを取り出して身に付けた。トレーニングは終わった、今度は実戦練習の時間だ。




「……そこまでにしておけ。」


「ああん?」 「なんだテメエは!」 「気味悪ぃマスクしてんじゃねえ!何モンだぁ?」


馬鹿は死ななきゃ治らない、か。治療の為に殺す事になりそうだな。


「俺は犬神スケキヨ。警告は一度だ。……消えろ。」


「消えるのはテメエだ。有り金を置いてからだがな!」


掴んでいた老人を放り投げ、ナイフ片手に近寄ってくるチンピラ甲。芸がないな。


ラバーマスクにピタピタとナイフを突き付けた得意顔を掴んで、明後日の方向にねじ曲げてやる。


「へげっ!」


悲鳴を上げる間もなく退場だな。死体を投げ捨て、前傾姿勢でダッシュする。残るは乙と丙だ。


乙と丙はジャンパーの懐に手を突っ込むが、一瞬で距離を詰めた私は乙と丙を巻き込むように払い蹴りを見舞って転倒させる。


それでも銃を抜いた二人だったが、引き金を引く前に二人の腕を掴み、乙の構えた銃を丙に、丙の構えた銃を乙に向けさせた。


深夜の廃虚に轟く二発の銃声。チンピラ二人は相打ちになって人生を終えた。


私は相打ちになった乙と丙の死体から財布を抜き出し、現金だけ取り出す。


結構な額を持っている。それに財布の中にコインロッカーのキーもあった。……私は本当にツイているらしい。


私は取り出した金を老人の手に握らせた。


「災難だったな、爺さん。コイツは迷惑料としてもらっておくといい。」


「こんなに!いいのかい!本当にいいのかい!?」


「ああ、残りの一人から俺も迷惑料をもらっとくさ。ところで爺さん、アンタは何も見なかった。いいな?」


私の言葉に爺さんは激しく頷きながら答える。


「ワシは何も見とらんよ。何も見とらん。」


「それでいい。俺の事を一言でも漏らしたら、コイツらの後を追う羽目になる。つまらんだろう?」


人を殺す目で私は念を押し、怯えながらも嬉しそうな爺さんは、金を大事そうに懐に入れてから立ち去った。


さて、少し死体の懐を漁ってから、後片づけをしておくか。用済みの生ゴミはロッカーにでも放り込んでおけばいいだろう。





好奇心は猫を殺す。だが私は猫ではない。狼として生きる息子を持った以上、私も狼にならねばならない。


校舎の出口まで歩を進めた私は、下駄箱の陰に向かって声をかける。


「尾行するつもりなら革靴はやめておいた方がいい。柔らかいゴム底の靴を選べ。」


下駄箱が答える訳もなく、静寂だけが場を支配する。


「さっき見ていた通り、警告は一度だ。3カウント以内に姿を見せなければ敵対行為と見なし、排除を開始する。3,2,1……」


スッと下駄箱の陰から人影が現れた。


「ラバーマスクを外さなかった理由は気取られていたからでしたか。尾行の心得、拝聴しました。犬神スケキヨさん、でしたね?」


ポマードで固めたオールバックの頭、身に纏うのはロングコートにビジネススーツ、廃虚には似つかわしくない男だ。かなりの長身、190近くあるな。


「ポケットから両手を出せ。右手に握っているモノから手を離して、な。」


「惜しい、私の利き腕は左なんです。」


オールバックはコートのポケットに手を突っ込んだままだ。……殺すしかなさそうだな。


「おっと!殺されるのは御免ですね。この距離でも殺せる自信があるのは理解しました。」


オールバックはゆっくりと両手をコートから出して、手のひらを見せる。


「俺に何の用だ?」


「ちょっとした好奇心ですよ。」


好奇心が殺せるのは猫だけ。この男も猫ではなさそうだ。


「好奇心は満たされたか?」


「いいえ。より興味が湧いてきました。貴方は一体何者なんです?」


「知れば死ぬ事になるが、それでも聞きたいか?」


「おお怖い。提案なんですが、お互い一つづつ、自分の情報を話すというのはどうですか? ちょっとしたゲームみたいなものです。」


「断る。おまえは嘘つきだからな。」


「私が嘘つき?」


「利き腕を偽ったのなら手のひらを見せるべきではなかった。拳銃ダコがあったのは右手だったぞ?」


「ブラボー!Mr.スケキヨは腕も立つが、頭も切れる。では情報交換ゲームにルールをつけましょう。全てを話す必要はないが、嘘をついてはいけない。これならどうです?」


「いいだろう。先行は言いだしっぺのおまえから、というルールを加えるのならな。」


長身のスーツマンは笑って親指を立てた。交渉成立らしい。




こうして私とスーツマンの情報交換ゲームは始まった。



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