激闘編13話 情報交換ゲーム



立ち話もなんなので、校庭にあったベンチに腰掛け、ゲームを開始する。


「先行は私でしたね。私の名はバートラム・ビショップ、これは本名です。戸籍はありませんがね。」


「俺、いや、私は犬神スケキヨ。これは偽名だ。よろしく、バート。」


「よろしく、Mr.スケキヨ。私はこの街の人間ではありません。」


「私もそうだ。」


「私はある役割を負ってこの街に来ました。もう要件は済みましたが。」


「私にも役割があるがまだ済んでいない。バートの役割を済ませたのは私だな?」


「はい。あの3人を始末するのが私の役割でした。チンピラとはいえ、組織のブツを持ち逃げした以上、始末しないといけません。」


バートは犯罪組織の殺し屋といったところだろうな。


「私があの3人を始末したのはただの偶然だ。私に背後バックはない。」


……私の出す情報が少ないか。取引ディール公平フェアでなくては、いや、公平に成立しない。


「付け加えれば、私の役割を達成する為には大金が必要だ。その算段を探している。」


「奇遇ですね。私も殺し屋稼業より稼げる話がないか探しています。」


「持ち逃げされたブツを回収し、売り捌けばどうだ? さっきのチンピラの懐には高く売れそうな小麦粉があった。」


「……話はここまでです。Mr.スケキヨは私を、私はMr.スケキヨを見なかった。」


ゲームの終了を宣言し、バートはベンチから立ち上がった。声に混じった失望感が本物なら、私は本当にツキがあるのだろう。


「そうするか。口止め料代わりに、一つ情報をサービスしておこう。小麦粉は既に現金化されている。探しても無駄だ。」


私も立ち上がり、労せずして任務を達成した殺し屋に背を向けた。


「なぜ分かるのです?」


「ゲームが終わった以上、そこまで答える義理はない。嘘だと思うなら探せばいいさ。断っておくが、嘘は言わない約束のゲームだから、私は嘘を言っていない。」


「……少し延長戦をしませんか?」


「いいだろう。」


ベンチに座り直したバートは口を開く。


「私が請け負ったのはあの3人の始末までで、ブツの回収は仕事ではありません。麻薬を買う者もクズだが、売る者はもっとクズです。」


「結構結構。私は麻薬に関わる連中とはつるまない事にしている。」


「なぜですか?」


「魚と友達になりたくて釣りをする釣り人がいるのか? 釣った魚はだろう?」


「なるほど。さしずめMr.スケキヨは悪党を食う悪党、といったところですか。」


「そんなところだ。」


「……Mr.スケキヨ、私と組みませんか?」


「犯罪組織に与するつもりはない。」


「私はフリーの殺し屋です。仕事を受けただけで犯罪組織の人間ではありません。悪党なのは否定しませんが。」


「奇遇だな、私も悪党だ。だが悪党を食って巨悪に成り上がろうと考えている野心家でもある。」


「巨悪ですか。面白そうだ。私は仕事の報告にリグリットまで戻らねばなりません。報告を終えたら、また戻ってきます。詳しいお話はそれからにしましょう。」


「その前にひと仕事していかないか? 明日の19:00、この街で一番大きい駅の改札口で会おう。」


「なぜ駅の改札口なのですか?」


「くれば分かる。黒い鳥打ち帽を被り、マフラーで口元を隠した男が私だ。もう尾行はしないでくれよ?」


「承りました。それではご機嫌よう。」


私達は立ち上がって、反対方向へ歩き出した。




翌日の夕方、バートは時間ピッタリに駅の改札口に現れた。


「こんばんは、Mr.スケキヨ。」


「ずいぶん前にやってきて様子を観察していたな。慎重なのはいい事だ。」


「……お気付きでしたか。」


「ハッタリだよ。そうするだろうと思っていただけだ。」


買ったばかりのインセクターで探してはみたのだが、見つけられなかった。バートは本物の殺し屋だ。


「フフッ、意地の悪い。ここからの会話はテレパス通信で行いましょうか。」


私は頷き、テレパス通信の回線を開いた。


コインロッカーに向かいながらバートとテレパス通信で会話する。


(私の顔の事が聞きたいのだろう?)


(はい。同盟の剣狼にそっくりです。まるで双子ですね。)


(手を組むと決めた以上、話しておこう。詳しい事情までは言えんが、私は剣狼の縁者だ。公事おおやけには出来ない関係だがな。)


全てを話してはいないが、嘘は言っていない。ゲームは終わったが、悪事の片棒を担がせる相棒候補にはルールを守るべきだろう。


(あの距離でも殺せる自信があった理由が分かりました。剣狼同様、Mr.スケキヨも邪眼持ちという訳ですか。)


(そうだ。生き別れの兄が弟を陰から支える為に、裏社会を駆け上がろうとしているとでも理解してくれればいい。事実関係に差異があるが、本筋は外していない。)


真実は、兄ではなく父なだけだ。嘘ではあるが、事実関係に差異があると注釈をつければルール違反ではない。


(Mr.スケキヨの素性と行動理由は把握しました。私の事情も話しておきます。私は家族を殺した男に復讐を考えています。)


(それで殺し屋稼業に身を投じたのか。腕には自信があるのだろう? なぜ仇を殺さないんだ?)


(相手は裏社会の大物です。自らが築いた巨大な組織に守られ、簡単にはいかない。それにただ殺すだけでは私の気が晴れない。奴が心血を注いだ組織を叩き潰し、絶望と焦燥を味あわせてから殺してやりたいのです。)


(いい心掛けだ。組織が健在では復讐を果たしても報復されるかもしれん。ペンペン草も生えないように完膚なきまで叩き潰してこそ、復讐だ。)


(フフッ、怖い人だ。ところで向かっているのはコインロッカーですね?)


(チンピラの懐にコインロッカーのキーがあった。なにを隠しているかは分かるだろう?)


(察しはつきますよ。なぜこの駅だと分かったのです?)


(あの手の輩は、デカいモノが好きだ。)


犯罪ドラマでもコインロッカーに隠すとなれば、東京駅が定番だったからな。


(そんな根拠でしたか。違っていればどこの駅のキーか、調べるしかないですね。しかし大金を掴んだなら、どうして連中はストリートにいたのでしょうね? ホテルにでも泊まればいいでしょうに。)


(あの学校の地下室あたりに手を入れて、アジトにするつもりだったのだろうよ。ホテル住まいだと人目につく。追われる者の心理としては当然だ。)


(なるほど。Mr.スケキヨは私の期待通りの知能犯ですね。)


そんな会話を交わしている間にコインロッカーに到着した。


私の予想通り、コインロッカーのキーはこの駅のモノだった。


ロッカーに入っていたアタッシュケースを手に入れた私は、バートを連れて予約していた河豚料理店へ向かう。





「これが河豚ですか。確か猛毒を持つ魚でしたよね?」


河豚料理店の個室、慣れない手付きで箸を使うバートが私に聞いてきた。


「ああ。テトロドトキシンという猛毒だ。生身の人間なら2グラムが致死量だな。」


「バイオメタルである私達の致死量はどのぐらいでしょうね?」


「そこまでは知らんよ。神難かみがたでは河豚ではなく、鉄砲と呼ぶらしいが。」


「鉄砲? 魚なのに?」


「あたれば死ぬからな。神難の人間特有の洒落っ気さ。」


「なるほど。……これは旨い!」


河豚刺しはお気に召したらしいな。


「お気に召したようでなにより。河豚ちりがくる前に、お宝を確認しておこうか。」


アタッシュケースには札束が詰まっていた。


二人で数えた結果、全部で6千万クレジットあった。まあまあの額だ。


「あの連中は8千万クレジット相当の小麦粉を持ち逃げしたはずですが……」


「足元を見られて買い叩かれたのだろうな。取り分は3千万づつだ。」


用意してきた二つのバッグに現金を二分して詰め込む。


「私が半分も貰ってしまっていいのですか? Mr.スケキヨが独り占めに出来た金でしょう?」


「取り分が同額でなければパートナーとは言えない。」


「金を得た私は、ここに帰ってこないかもしれないですよ?」


「こんなはした金で満足するような男と組む気はない。好きにすればいいさ。」


「……大物ですね、Mr.スケキヨは。」


金を山分けした私達は、運ばれてきた河豚料理の数々を楽しみながら祝杯をあげる。


「鍋も旨いが天麩羅も旨い。河豚はこんなに美味しい魚でしたか。」


バートの前には皿が山積みになっている。彼もバイオメタル化しているだけに、健啖家だな。


「河豚は食いたし命は惜しし、なんて言葉があるぐらいだからな。」


腹がくちくなった私は煙草に火を点ける。


「極めて旨い魚に猛毒を仕込んでおく。造物主もなかなかに人が悪いですね。」


バートも葉巻を取り出し、火を点けた。悪党二人はデザート代わりの紫煙を燻らせる。


「まったくだ。だが河豚は毒があるからこそ旨い。あの3人は雑魚だったが……河豚ではあったな。」


「悪党を食う旨味、ですね。次に食う悪党はどいつにします?」


「少し食休みして計画を練ろう。毒のある魚を食うなら、細心の注意を払わねばならん。釣り場の選定から調理の仕方まで、入念に計画を練らねば毒にあたる。バートはその金で遊びながら、獲物の選定をやってくれ。十分な情報を手に入れてから計画を練ろう。」


「なるほど。では一ヶ月後に、この店に予約をいれておいて下さい。」


この男は本当に河豚が気に入ったらしい。


「わかった。」


「私に出しておく指示はありますか?」


「適当な街で表の顔になる人間を用意しておいてくれ。会社を設立するかもしれん。」


「会社ですか?」


「表と裏を行き来しながら政商を営むのさ。チンケな悪党の上前をはねて稼げる金などたかがしれている。政治家、財界人に食い込む事がビッグビジネスに繋がるのだ。」


「政治家、財界人の醜聞を探ってみます。……昨夜、私はMr.スケキヨは腕の立つ若者と見込んで、復讐の手先になってもらおうと声をかけたのです。ところがどうでしょう? 私の方がMr.スケキヨの指示で動いている。おっと、不満を言っている訳ではありませんよ。」


「不満でなければ、何が言いたいんだ?」


「裏社会を渡り歩き、色々なタイプの悪党を見てきました。しかしMr.スケキヨのような悪党には会った事がない。二十歳そこそこにしか見えない貴方が、私には老練な怪物に見えるのです。……Mr.スケキヨは何者なんです?」


私か? 地球から来た元財務官僚の犯罪者さ。





……闇の政商に成り上がって、その力で息子を支えるつもりの父親でもあるがな。



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