激闘編14話 暗黒街の軍師
一ヶ月後、私は
考えを巡らせながら雑踏を歩く。少し夜風が身に染みるのは……寒さではなく人恋しさのせいかもしれんな。
恋しき家族、か。……カナタはさらに武名を上げ、生き残ってくれている。さすが私の息子だ、と手の平返しをさせてもらおう。
風美代とアイリはどうしているだろう? 何事もなければいいのだが……
何事もないに決まっている。手術後のアイリには雨宮がついている。風美代はまだ発症もしていない。
時間はあるのだ。……だが砂時計の砂は今もこぼれ落ちている。
河豚料理店でバートと再会した私は、料理を堪能しながら情報交換を行う。
交換ではないか。バートが掴んでくれた情報を吟味し、どの情報にもっとも旨味があるかを分析するだけだ。
「……成果はこんなところです。使えそうな情報はありましたか?」
「需要と供給の関係でモノの価値は決まる。醜聞も溢れ過ぎると価値は相対的に低くならざるを得ないな。だが有益な情報はあった。」
「どの情報です? 集めた私が言うのもなんですが、どれも似たり寄ったりな感じです。」
「一ヶ月でこれだけの情報を集められるバートは有能だという情報さ。」
「褒めてもなにも出ませんよ。」
「有能である事が取引の前提なので、とても重要なのだよ。……バート、私と取引をしよう。バートにも、私にも目的がある。その目的達成の為に相互協力しないか?」
「……私の仇は巨大犯罪組織のボスだと言ったはずですが?」
「それがどうした? 図体がデカかろうが、犯罪組織ぐらい食えるようでなければ何事も為し得んよ。」
「いいでしょう。Mr.スケキヨの目的は剣狼の手助けをする事だけですか?」
「他にもあるが、おいおい話すよ。それと名前だが、私は
コウヘイとコウメイなら一字しか違わんし、私はこの世界で
コウメイは天才軍師である諸葛亮の
「了解です、コウメイ。」
「しばらくは照京に滞在する。戦役が終われば、この街に剣狼がやってくるからな。」
「剣狼がこの街に、ですか?」
「そうだ。剣狼はミコト姫と強い繋がりがある。この顔を活かしてミコト姫に会ってみようと思ってね。」
「まさか剣狼と入れ替わるつもりじゃないでしょうね?」
「いかにもそうだ。」
「……成算はあるんですか?」
「なければやらん。VIP中のVIPとお近づきになるチャンスを逃す手はないだろう? だがガリュウの政治ごっこの手助けをする気はない。この街の次の支配者にコネを作っておく事が重要なんだ。ミコト姫が総帥になれば、この街の浄化を図ろうとするだろう。」
「かもしれませんが、犯罪者である私達には不都合なのでは?」
いやいや、不都合どころか好都合なんだよ。
「だったら犯罪者の皮を脱ぎ捨てればいい。ミコト姫のお先棒を担いで浄化を助け、見返りに綺麗な立場を得れば問題なしだ。バート、部屋の掃除をする時には手が汚れるだろう? なにが必要だ?」
「手袋ですか。なるほど、私達はミコト姫の手先となって手を汚す役割ですね。ですが用済みになれば消されるのでは? ボロ雑巾のようにね。」
「そうならない為の根回しは必要だ。ミコト姫はお優しい方でも周囲はそうでもないだろうからな。だがミコト姫にとって剣狼カナタは弟も同然。その縁者が照京の為に働き、以後も役に立つとなれば粗略に扱う事はない。」
「なるほど。」
「独裁者ならば過去の罪を免責する事は容易だ。いずれ罪が免責されるとなれば、今は何をやってもいい、そう思わないか?」
「コウメイ、貴方はとんでもない悪党ですね!普通の悪党は悪事が露見し、捕まって裁かれない事を考えるものですよ。なのに貴方ときたら……」
「いつまでも悪党相手に荒事などやっていられるか。老後は縁側で猫の頭でも撫でながら、のんびり過ごす予定なんだ。」
「呆れたお人だ、本当に。」
食事をしながら私達は、相談を続けた。悪党の夜は長いのだ。
バートと相談の上で私はアパートを引き払い、引っ越す事にした。
引っ越し先はバートと出会った廃虚の学校の地下室だ。炎素エンジンを使った発電機で電気を引き、違法に設置したアンテナでネットに接続する。貯水タンクと浄水器もセットしたし、排水管も繋げた。キッチンは電磁調理器を使うので問題なしだ。
家具を買い揃えて運び込み、新居は完成。科学の進んだこの世界では、清潔な仮設トイレもある。これなら安アパートよりも快適に過ごせそうだな。実は私はほとんどなにもしていないのだが……
新居の作成は手先の器用なバートがほとんどやってくれたのだ。殺し屋稼業だけに、潜伏場所を作るのは慣れていると言っていたが、ここまで器用だとは思わなかった。
完成した新居の居間で、お礼代わりの珈琲を淹れる。
「バートは仕事を間違えたな。営繕屋になればよかったんじゃないか?」
「古い教会で育ったので、子供の頃から営繕仕事には慣れているんです。」
「バートは教会育ちなのか。やはり孤児だったのか?」
「ええ、神父の息子でした。
「……そうか。では家族の仇というのは……」
「父と兄弟達の仇です。教会の建っている土地が企業の開発計画に引っ掛かりましてね。立ち退きを迫られましたが父は断った。それでサイドビジネスに地上げ屋をやっているマフィアが、手っ取り早く実力行使に出たという訳です。」
「そんな理由で皆殺しか!」
「よくある話ですよ。あの日から神を信じる事はやめましたが、
鎮魂歌を口ずさみながら珈琲を飲むバートの横顔は、紛れもなく闇社会の殺し屋の顔だった。
こうして家族を取り戻したい
廃虚に引っ越してから三日目の朝、その日アジトで「明日の為の兵法書 その弐」を執筆しているところに、昨夜遅くに出掛けていったバートが帰ってきた。
「おかえり、相棒。」
「ただいま、相棒。なんとかなりましたよ。」
「さすがだな。必要なのは写真一枚とはいえ、相手は照京きっての名家だというのに。」
「多少、骨が折れましたけどね。眠気覚ましに珈琲でも淹れてください。」
ソファーに身を沈めながら、バートはメモリーチップをテーブルの上に置いた。
私は二人分の珈琲を淹れてテーブルに置き、タブレットでメモリーチップの内容を確認する。
……おいおい、まさかだろう!
「これは御鏡家の屋敷のデータじゃないか!どうやって手に入れたんだ!」
バートに頼んだのは御鏡屋敷の上空写真の入手だったというのに!
「上空写真より屋敷のデータの方が役に立つでしょう?」
それはそうなのだが……
「よく手に入ったな。どうやったんだ?」
「当主の御鏡雲水は邸宅に凝る人間ですからね。何度も増築、改築で屋敷に手を入れてます。出入り業者は図面を持ってるに決まってますよ。」
自分のツキをカナタに分けてやりたい。こんなに使える男と偶然出会うとはな。
珈琲を片手にホログラムビジョンで、屋敷全体を俯瞰する。
御鏡家の所有している鏡があるとすれば……ここか。
……ミコト姫と会うとしても保険は掛けておかねばならない。協力を拒まれる可能性はあるのだ。
親父はミコト姫にカナタの事を詳しく話している。となれば私がカナタを見捨てた父親である事も知っているはずだ。
カナタを想う気持ちが強いミコト姫は、私への協力を拒むかもしれない。
今の私の心境を、形にして証明する手立てはない。ミコト姫の性格上、その場で殺される事はないと踏んでいるが、カナタには関わるなと警告される可能性はある。
それにミコト姫はクローン体を造る事にも忌避感を持っている。カナタの為ならやむなしと思っていただけだ。
赤の他人の風美代やアイリの為に
ミコト姫に協力を拒まれた場合、龍石を使って日本との交信を行う事は出来ない。
となれば、御鏡家の持つ鏡を手に入れるしかない。
タイミングが重要だ。ミコト姫に会い、協力を得られればよし。拒絶された場合は、即座に鏡を奪取にかかる。でなければミコト姫から御鏡家へ、鏡を狙う人間がいると忠告する時間が出来てしまう。
鏡を奪取する役割は、バートに頼むしかない。そうなった場合は、バートは命懸けになる……
奪取が可能かどうかの検討が先だな。トム・クルーズでも盗めないような警戒ならば、他の手を考えねばならない。
なんとしてでもミコト姫を説得するつもりだが、思惑が外れた場合に備え、違うアプローチを用意しておくのが私のスタイルだ。
この街での仕事には風美代とアイリの命が懸かっている。失敗は許されない。
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