懊悩編48話 夢の中の兵士
………またあの兵士の夢を見た。
彼は巨大都市国家群同士の戦いの為に造られたクローン兵士らしい。
哀れな事に名前すら付けられず番号で呼ばれていた。………12号、それが彼の名前だった。
私は彼に強い親近感を覚えた。何故だかは分からないが、強い思い入れを。
息子の波平を突然失い、歳の似通った青年兵士に息子の代わりを求めているのだろうか?
だとすれば勝手な話だ。
ソファーの上で目を覚ます。………波平を
それにしても不思議な夢だ。
夢だと認識出来るだけでも不思議なのだが、まるでテレビの連続ドラマのように話が繋がっている。
まるで私に若き兵士の生き様を見届けろと言わんばかりに。
………なにをバカな、死の宣告を受けたせいで精神がおかしくなり始めているのではなかろうな?
風美代はニューヨークへ帰ったが、娘を連れてまた日本に来るそうだ。
波平の一周忌が終わるまでは東京で暮らすつもりだと言うから、この家で暮らせばいいと言った。
東京暮らしは家賃もバカにならないだろうし、私が適当なマンスリーマンションでも借りればいい。
曲がりなりにも高給取りだったし、退職金も出る。金銭的な心配は私にはない。
さて、世直し兼復讐の準備をするか。今日は財務省に辞表を叩きつけにいく日だ。
ゲンをかついで仏滅まで待ってやったのだ、不吉な事を始めるにはやはり仏滅がよかろう?
「………そうか、実に残念だよ。財務省にとって大きな損失だ。辞表は確かに受け取った。では長い間ご苦労だったね。私は会議があるのでこれで失礼するよ。」
局長室に辞表を届けた私に水木はそう言って、そそくさと出ていった。
波平を亡くした事は伝えてあるのに、お悔やみの一言もナシか。
水木にとっては私も波平同様、既に死人だという事なのだろう。
部屋を出てからドアを閉める前に釘を刺される。
「君には言うまでもない事だろうが、公務員には守秘義務がある。職務上知り得た………」
「局長、私も財務省官僚です。ご心配なく。」
「うむ、ならいい。ではもう会う事もなかろうが、君の前途が明るいものである事を祈っておるよ。」
本当にそう祈ってくれるなら復讐などやめてもいいのだがね。
今のウチに局長の椅子の座り心地をデカい尻で楽しんでおけ。
すぐにその尻に火をつけてやるからな。
財務省を出たところで苫米地に会った。さて何と言ってくれるかな?
なるべく口汚く罵倒してくれよ? それでこそ復讐が楽しくもなる。
「おや、財務省の期待の星の天掛審議官じゃありませんか。今は期待の星ではなく死兆星が輝いているようですがお加減はいかが?」
死兆星?………ああ、そういや波平が小学生の時に親父と一緒にそんなアニメを見ていたな。
確か死期が迫った者にだけ見える赤い星、だったか。
「死兆星とやらが今にも落ちてきそうだな。それから審議官でなく元審議官だ。」
「それはそれは………残念でしたね。お蔭様で俺に審議官の椅子が回ってくるかもしれません。人脈は大事ですね。バンカーからの起死回生のチップインバーディーを決めた気分ですよ。これもイヤイヤながらアンタの趣味の付き合いにまで同伴した俺の忍耐力の勝利ですかね。」
「おめでとうと言っておこうか。だが油断せんことだな。………ホールアウトするまで、なにが起こるか分からんぞ?」
その場を立ち去る私の背中に苫米地の嘲笑じみた声が投げつけられる。
「負け犬の遠吠えは耳に心地いいですね。アンタの好きなワグナーなんぞの音楽よりよっぽどいい音色だ。」
なに、もうじきおまえは
退職金の支払いを確認してから動くとしようか。
死にゆく私に金など不要だが風美代に残してやる遺産は多いほどよかろう。
それに手のひら返しをされた精神的苦痛の慰謝料ぐらいは貰ってもバチはあたるまい。
私は暴露してやる資料の整理とリーク相手の記者の選別を始めた。
そして一週間が過ぎた頃、風美代が突然やってきた。しかも一人ではない。
「お言葉に甘えて厄介になるわね。アイリ、ご挨拶は?」
アイリと呼ばれた白人少女はぺこりと頭を下げて、
「コンニチハ!アイリーン・オハラです。アイリって呼んでね!」
「あ、ああ。………よろしくアイリ。天掛光平だ。」
「アイリ、この人はね。ママの昔の友達なの。これからしばらくはこの家で暮らすのよ。」
「ホント!私、トーキョーで暮らしてみたかったんだぁ!」
「さ、ママは光平さんとお話があるから、二階へあがって好きなお部屋を選んでね。」
「は~い♪」
白人少女は軽やかな足取りで二階へと上がってゆく。
………ここで暮らせばいいとは言ったが唐突過ぎるだろう。
「おい、来るなら来るで連絡ぐらいしてくれないか? 私はまだ引っ越す準備が終わっていないんだ。」
「引っ越す必要はないわ。ここは貴方の家でしょ?」
「あのな!君には新しい家庭があるだろう!同居なんて旦那さんが知ったら離婚案件確実、いくら神様みたいに寛容な旦那さんでもこれは行き過ぎだ!」
「………神様みたいに寛容な人だったから…………神様と気が合っちゃったんでしょうね。」
………そういう事か。
「君は本当に底意地が悪くなったな。…………気の毒だった、いい人だったんだろう。」
「………ええ、とてもいい人だったわ。」
これが奇妙な同居生活の始まりだった。
風美代には私の復讐の概要を話しておいた。
復讐劇が始まったら風美代達はニューヨークへ帰ったほうがいいだろうから。
「あらあら、急に正義感に目覚めたのね。いいんじゃない、協力するわ。」
「正義感2割、復讐心8割だがね。協力は必要ない。君達を巻き込みたくないから相談したんだ。」
「アイリの父親ヘンリーは本物のジャーナリストだったわ。従軍記者として戦地の取材で殉職するぐらいにね。あの人の友人が日本にもいる、数少ない本物の記者が。この世直し復讐劇のキーマン探しに苦労してるんじゃない?」
やれやれ、人を小馬鹿にする悪癖は後々まで祟るな。
風美代がこんなに頭の回る女性だとは思いもしなかった。
「その記者を紹介してくれ。キーマンが埋まらなくて動けなかったんだ。なにせ半世紀近くの人生全てを手のひら返しされて、誰を信じていいやら分からなくてな。」
「いいわ、産流新聞の権藤杉男って人なんだけど………」
「産業流通新聞の権藤!?………「ヤリスギ権藤」か!」
「知ってるの?」
「ああ、ジャーナリスト業界じゃ有名な奴だ。なにかにつけてヤリスギる杉男。……で、ついた渾名が……」
「ヤリスギ権藤ね。何度か家に来たけど確かにそんな感じだったわ。アクの強い、良くも悪くも一匹狼の記者。」
「ああ、産流新聞でも持て余し気味で浮いた存在だが、たまにデカいスクープをモノにするから手放せない。有能な厄介者というところだ。この復讐劇にはうってつけの人材だな。」
「権藤さんを知っているなら私の手助けなんて必要なかったみたいね。」
「いや、それこそ君の助けが必要だ。権藤は私のリーク相手のリストのトップに上げていた男なんだが、躊躇していたんだ。この復讐劇の完遂には信頼出来るパートナーになってもらわねばならん。そして私は人から信用されない男で、権藤は人を信用しない男だ。君に間に入ってもらえれば助かる。」
「力になれそうで良かったわ。権藤さんは確かに偏屈でクセのある人だけど、人を信用しない訳じゃない。」
「ああ、
「明日にでも権藤さんに連絡を取ってみるわ。」
「頼む、そうなればリーク資料の整理を急がないとな。今夜は………」
「徹夜はダメよ。体を労って。これは同居人からの要請です。」
「………了解。」
徹夜はしなかったが午前二時まで作業して、どうにか資料を形には出来た。
また、あの兵士の夢を見た。
兵士は12号ではなくなったらしい。…………新しい名前は天掛カナタ………
天掛だと!………天掛カナタ!? どういう事なんだ? 偶然の一致か?
夢から覚めた私は天掛カナタと名乗ったこの兵士の事をよく考えてみる………記憶力には自信があるのだ。
食の好みが波平に似ていないか? サラダのブロッコリーを避けていたぞ? セロリもだ。
子供の頃から波平はその系統が苦手で、お袋を困らせていた記憶がある。
ギトギトのナポリタンを好んで食べていた。お袋の得意料理で、私が好きな古い喫茶店風のナポリタン。
………波平も喜んで食べていたな。
部屋に備え付けの珈琲が薄いと文句を言っていた。
薄い珈琲など珈琲じゃない。………私の持論で家にある珈琲は濃厚な品種ばかりだ。
………受験勉強していた波平も私の珈琲を飲んでいた………中学生にしてはマセていると思ったものだ。
貧相な博士との会話で、「18号を造る時は女性型にしてくれ。」、と冗談を飛ばしたな。
博士には冗談の意味が分からなかったようだが………急いで18号をググって調べてみる。
ドラゴンボールに出てくる人造人間の事か………天掛カナタは地球ではないが、地球によく似た世界の兵士らしい。
………なのにジョークのネタは………日本のアニメ?
雨宮が言っていた。波平は体になんの異常もないのに意識不明になったようだ、まるで心霊現象のように、と。
私も突然魂でも抜けたとしか言いようがない状況だと思ったが…………本当にそうだったんじゃないか?
…………まさか、天掛カナタの体に宿る魂は……………波平ではないのか?
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