戦役編15話 不屈の准将と鮮血の息子



ヒンクリー師団の野営地に到着したオレは下士官に接触し、用件を伝えた。


下士官は網膜認証装置で本人確認を行うと、すぐに車両を呼び寄せ、准将の旗艦へオレ達を連れていってくれた。


オレ達は下士官に案内されて准将の船「バリアント」に乗艦、この船は幾多の激戦の最前線で戦い続けてきた勇者で、艦内通路に刻まれた傷跡がその勲章だ。


「カナタ、私ここで待ってる。」


ナツメは休憩スペースの自販機前で止まり、おやつの物色を始めた。


「兄貴、俺も……」


「リックはダメだ。オレと来い。」


「なんでナツメはよくて俺はダメなんだよ!ナツメが可愛いからって依怙贔屓えこひいきはよくねえぞ!」


「従卒役はいるからな。ナツメに出来ると思うか?」


リックは横目で、脳天気な顔でスナック菓子を頬張り始めたナツメを確認し、ため息をつく。


「……無理だな。」


「天掛少尉、閣下が作戦室でお待ちです。急ぎましょう。」


下士官がオレを促す。逡巡する様子のリックを睨むと、観念してくれたようだ。


「仕方ねえ、行こうぜ兄貴。」


休憩スペースから少し離れた曲がり角でナツメの様子を窺うと、天使様はウィンクしてみせた。


ナツメなりに気を利かせてくれたんだな、あんがと。




「世界はいつも新鮮な驚きに満ちているな。よく来た、剣狼。」


作戦室でオレ達を待っていた准将は、オレの手をガッチリ握って歓迎してくれた。


「お久しぶりです、准将。バリーとジャクリーンを救えずに申し訳ありませんでした。」


「通信でも言ったが剣狼のせいじゃない。紹介しておこう、新しい副官のエマーソン少佐だ。」


首から下顎のあたりまで火傷の傷跡がある中年士官に手を差し出されたので握手する。


「ジェイコブ・エマーソンだ。手袋を嵌めたままで悪いが手にも火傷の跡があって、見ててあまり気持ちのいいものじゃないのでね。」


「お気になさらず。天掛カナタ少尉です。こっちは紹介するまでもないと思いますが……」


そこで初めて気が付いたような顔で准将は息子に声をかけた。


「なんだ、いたのかリック。」


190近い上背のリックが見えなかったワケもないのに、困った親父さんだな。


「いちゃ悪いか。別に来たくて来た訳じゃない。おやぁ? しばらく見ない間に縮んでねえか、親父?」


困ったのは息子の方もか。親子揃って不器用そうだもんなぁ。


「おまえが伸びたんだ。成長したのは上背だけで、中身はまるで成長してなさそうだが。」


「そうでもないって事を力ずくで証明しようか?」


「青二才がいっちょまえにほざくじゃないか。剣狼相手に為す術もなくボロ負けした癖に。」


「テメエの女房も看取れない甲斐性ナシに言われてもな!」


「………そうだな。」


うわっ。一気に空気が重たくなった。よかれと思って連れてきたが逆効果だったか。


「リック!言葉を慎め!たとえ親子であろうと、ここでは将官と兵士だぞ。」


釘を刺してみたが、リックは刺した釘を利用して、心に壁を立てやがった。


「言葉が過ぎました。………准将閣下殿。」


准将閣下殿、とゆっくり大きく発声したあたりが嫌味だな。これっぽっちも反省してない反省の弁ってヤツだ。


………将官の親と比較される反発でリックは素直になれないんだと思っていた。


そうじゃなかった。リックと准将の間には母親を巡るわだかまりがあったのか。


「状況の報告を始めます、准将。」


「頼む。話を聞いてから作戦を策定する。リック……」


「リッキー・ヒンクリー軍曹です、閣下。」


「………ヒンクリー軍曹は作戦の討議には加わらなくていい。従卒に部屋へ案内させる。下がってよし。」


「………サー、イエッサー。」


参ったな。余計に溝が深まっちまった。いや、溝があるのを知らなかったら埋めるコトも出来ない。


余計なお節介なのはわかってるが、この件にはクビを突っ込む。


この親子は、オレと親父みたいな冷めた親子関係になっちゃいけない。


准将は親父みたいな冷血漢じゃないし、リックも昔のオレみたいなイジケ虫じゃないんだから。





「なるほど、時間差を利用した奇襲をかけるという事だな?」


オレの報告を聞き終えた准将は腕組みをして、考えを巡らし始めた。


「はい。オレ達に張り付いて動向を報告する役割の斥候部隊は拘束しました。琴鳥がなりすましていますから、バレるコトはないでしょう。ダメージを負った戦艦の修理にガーデンへ引き返す途中で、グラハムの仕掛けた罠が炸裂し、さらに足止めを食ってしまう。そういうシナリオです。」


「ははぁん。そういう事情だったか。合点がいったな、エマーソン。」


「ですね。」


「合点がいったとは?」


エマーソン少佐が作戦机をディスプレイ表示に切り替え、説明してくれる。


「様子見をしていた敵師団が昨日から戦線を拡大し、攻勢に出てきた。急な攻勢に出てきた思惑が読めないでいたのだが、アスラ部隊が合流してくる前に決着をつけるつもりだったという訳だ。」


「思う壺にハマってくれましたか。別働隊はこの地点を目指しています。敵師団の索敵範囲はどうなってます?」


エマーソン少佐がディスプレイをタップし、索敵範囲を円で表示してくれる。


「予想索敵範囲はこんな感じだ。陸上戦艦5隻と巡洋艦10隻の艦隊では、敵の物理索敵からは逃れられまい。」


「はい。ですからこの地点に向かっているんです。物理索敵で別働艦隊の接近に気が付いてももう遅い。」


「確かに側面攻撃が可能だな。それを嫌って布陣を変えれば二正面作戦になる。いや、俺達を包囲殲滅するつもりで広げた戦線が仇になるか。二正面に構える前に、アスラ部隊なら防御ラインを突破するだろう。」


同盟軍の高官には極めて辛口の司令が、前線指揮官としての優秀さを認めるヒンクリー准将の読みは的確だ。


准将に司令の半分ほどの政治力があれば、今頃大将に昇進していたんだろうな。


政治力に長けたヒンクリー准将なんて見たくないような気がするが……


「勝ち筋は見えましたな、准将。」


「エマーソン、ここまでお膳立てされて、ただ勝ったでは緋眼に無能とそしられる。同盟のエースは腕に反比例して口が悪い。」


「あれだけの美人に誹られるなら小官は本望ですが。」


オレも同感です、エマーソン少佐。マリカさんと毒舌ちびっ子に誹られるなら本望ですわ。


「欲のない事だな。そんなだから少佐なんだ。もう少し欲目を出せ。」


「小官が少佐止まりなのは、世渡りのヘタな上官にも責任があると思いますが?」


エマーソン少佐がいいお顔で笑いながら答えると、身に覚えがあるらしい准将は苦笑いした。


前任のヒムノン中佐と違って、エマーソン少佐は准将と息の合う副官らしい。たぶん、准将とは長い付き合いなんだろう。


「気の合う副官殿のようですね。」


「エマーソンとは長い付き合いなんでな。何度も死にかけながら苦楽を共にしてきた。士官学校でぬくぬく育ったヒムノンとは違う。」


おっと、もうオレ達の仲間であるヒムノン室長を弁護する必要があるな。オレが問題を起こした時に弁護して貰わなきゃいけないんだし。それにヒムノン室長はぬくぬくと育ったエリートじゃない。


極貧家庭に生まれ育ち、苦労を重ねてきた母親にいい暮らしをさせたいと苦学してきた孝行息子なんだ。


「お言葉ですが准将、文官タイプのヒムノン室長を前線に配置した上層部がアホなんです。ペーパーナイフをサバイバルナイフとして使おうなんて馬鹿げてる。ペーパーナイフはペーパーナイフとして使うべきでしょう。」


「いやにヒムノンの肩を持つじゃないか、剣狼?」


「准将と室長の関係がどうだったかはだいたい想像がつきます。副官時代のヒムノン室長は、前線のコトをろくにわかってもいないのに、なにかと口出ししてくる嫌なヤツだったでしょう。でもヒムノン室長だって、自分でも向いてないと自覚してる前線勤務は不本意だったんです。上からの命令で仕方なくお目付役をやっていた点は割り引いてやってください。」


「仕方なく、ねえ。それはどうかな? ヒムノン中佐は嬉々として我々のアラ探しをしていたように感じたが。」


エマーソン少佐に冷ややかに反論され、言葉に詰まる。


「……う、でも当時のヒムノン中佐は兎我とが元帥の派閥にいましたし……」


「天掛少尉、派閥の命令なら我々の足を引っ張ってもいいと言うのかね?」


「そういうワケではないのですが……」


「エマーソン、そこまでにしてやれ。剣狼は仲間想いなんだ。それに今思えば俺達にも問題があったのかもしれん。」


「我々に問題? なにもありませんよ。あんな士官学校出の青びょうたんに前線の何が分かるというのです?」


「それだよ。俺の師団は皆叩き上げで、士官学校出はいない。エリートへのコンプレックスと、前線のなんたるかも知らん青びょうたん共に苦労をかけられてきた反発もあって、最初からヒムノンを小馬鹿にしていなかったか? 俺やおまえだけでなく、師団そのものでだ。」


「…………」


「頭から小馬鹿にされれば、足を引っ張ってやろうという気にもなる。人間とはそういうものだ。」


「……そうかもしれませんね。」


「とはいえヒムノンが前線指揮官として無能だった事も確かだ。さて、オフィスワークはからきしでも前線では有能な我々としてはだ、機構軍の糞虫共に完勝するプランでも練ろうじゃないか。」


「それが良さそうですな。まずはヒンクリー師団お得意の負けたフリでもやりますかね。」


「うむ。敵に大風呂敷を広げるだけ広げさせてから、調理にかかろう。」


古参兵二人は敵師団の戦線を可能な限り引き延ばす算段を始めた。





同盟最強の師団はオレ達アスラ部隊を擁する東雲しののめ師団だけど、実戦経験豊富な古参兵で編成されたヒンクリー師団も最強クラスの師団だ。頼りになるぜ。



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