戦役編14話 貧乳天使の心の隙間



「お館様、起きて。湿地帯を抜けたよ。」


「……ナツメまでやめてくれよ。オレをイジメて楽しいか?」


「うん。とっても。」


ナツメから手渡された珈琲を仏頂面で啜るオレに、リックが感心したような口振りで話しかけてくる。


「兄貴は結構なお身分の産まれだったんだなぁ。人は見かけによらねえもんだ。」


「うるさいぞ、准将閣下のご子息。」


「言うなよ、それは!」


お互い様だい!


シズルさんの用意してくれた大型ホバークラフトの乗員はオレ達3人と白狼衆が5人。


珈琲片手にデッキを歩き、後部甲板で乾パンの食事を済ませた後にホバーバイクをデッキから降ろす。


甲板かんぱんで食べる乾パン、……傑作……ふふっ。」


芸のレパートリーに加えるべく、ジョニーさんの物真似をしてみるオレ。


1番隊のお笑いスターの座を守る為、いかなる時も努力は欠かさない。


「……お館様、ホバークラフトはここで帰らせます。ここからは我ら二人が道案内をいたしますので。」


……死角にギャラリーがいたか、不覚。


「あ~、ええと……」


「私は白狼衆の牛頭丸ごずまる、そちらは馬頭丸めずまると申します。」


牛頭丸さんに紹介された馬頭丸さんは巨乳を揺らしてオレに一礼する。


牛頭馬頭ですか。なんだか地獄にいそうなお名前ですね。


「名前と逆なのかよ。牛みたいなおっぱいなのが馬頭丸で、馬みたいなチン……◎∂※∥!!」


リックの股ぐらをナツメが蹴り上げて沈黙させる。


「何ですか、この下品な男は?」


朝っぱらからセクハラ発言を聞かされた馬頭丸さんの目は厳しく冷たい。


「……オレの部下です。面目ない。」


今だけは仲間ですって言いたくない。オレとリックが同類なのを悟られるワケにはいかないのだ。


「………ナ、ナツメ。加減ってもんを覚えてくれよ………」


さすが超回復持ちだな、もう立ち上がってきやがった。


リックは股間を気にしながら、おそるおそるバイクに跨がる。あ!ちょっと跳び上がった。


ナツメ、わりかし手加減抜きで蹴り上げたな?


「それではお館様。我らが先導しますので、後をついてきて下さい。」


何事もなかったように先導を開始する牛頭丸さん。


しかし白狼衆の皆さんまでお館様って呼ぶのな。


シズルさんの薫陶は、しっかり白狼衆にも行き届いているらしい。シズルさんが余計な事にも余念が無い人なのはわかってるけどさ。




牛頭丸さん達が地図にない抜け道を案内してくれたお陰で、だいぶ時間を短縮出来た。


これなら予定時刻よりずいぶん早く到着出来そうだ。


半日ばかりバイクを走らせ、距離を十分稼いだので、峡谷の岩陰で休憩を取るコトにした。


このペースなら日が落ちる前に准将の師団に合流出来るだろう。




「………そうか。やっぱりアギトの調査もしていたのか。」


ツナ缶にフォークを刺しながらオレが聞くと、牛頭丸さんは重々しく頷いた。


「はい。アギト様が夢幻一刀流を使うという噂を耳にしたシズル様に調査を命じられました。」


「様なんていらん。アギトにそんな敬称をつける価値はない。」


「しかしお館様の叔父にあたられる方ですから。」


「オレは叔父だなんて思っちゃいない。アギトを調べたのならわかるはずだ。」


「……さりとて、宗家のお方を眷族の我々が呼び捨てにする訳には……」


主従そろってガチの封建人間かよぅ。ガチ勢なんか止めてエンジョイ勢になってみない?


「兄上、よろしいではありませんか。まかり間違えばあの男がお館様だったなんてゾッとします。」


馬頭丸さんは缶詰のサクランボの種と一緒に言葉を吐き捨てる。


「馬頭丸、言葉を慎め。なんでも率直に言えばよいというものではない。」


「しかし兄上、あの男は強さはともかく、お世辞にも……」


「黙れ!八熾の眷族としての分を弁えぬか!」


牛頭丸さんと馬頭丸さんは兄妹みたいだな。……オレも妹が欲しかったなぁ。別に巨乳じゃなくてもいいからさ。


こんな不埒な兄は妹の方で願い下げかな?


「牛頭丸さん、馬頭丸さんの言う通りだよ。アギトはオレの知る限り最低最悪の男だ。あんなのを祭り上げたら、待っているのは血祭りだよ。」


「シズル様とお婆様もそうお考えになり、沙汰止みとなりました。あの男をお館と仰いで八熾を再興などすれば汚名の上塗りとなる、と。」


「実に真っ当な判断だよ。だけどオレも当主としては不適格だからね。だいたい、オレは自分のコトで精一杯なんだ。」


「シズル様がカナタ様をお館とお認めになった以上、カナタ様が我らのお館様です。」


シズルさん、当主の件は継続審議にするって話を白狼衆にしてないな!


「あのね、当主に誰が就くかは八熾家を再興してから、あらためて考えるって話になってんの!」


「という事は再興した八熾家の当主にはシズル様が就くという事もあり得るのですか!?」


馬頭丸さんがえらく食い付いてきた!ここに味方がいたぞ!


「あり得るあり得る。大義名分がいるってんなら、暫定宗家のオレが正式に譲ればいいだけじゃん。シズルさんにも八熾の血は流れてるんだからさ。」


そもそもクローン体のオレが宗家と言えるかってのが怪しいもんなんだしな。八熾レイゲンだった爺ちゃんの孫なのは事実だけどさ。


「夢のようです!兄上、是非とも……」


「決めるのは我らではない。シズル様だ。」


フムフム、やっぱりというか当たり前というか、白狼衆の忠誠はシズルさんに向いている。


そりゃそうだよな、オレなんか昨日会ったばかりの馬の骨だもん。


シズルさんがオレをお館なんて言い出すから、こうなってるだけだ。少し希望が見えてきたぞ!


「牛頭丸さん、オレは八熾の当主はシズルさんがいいと思ってる。」


「……八熾家が再興してからのお話、そう伺いましたが?」


「そうだね。現状じゃ取らぬタヌキのなんとやらか。この話はここまでにしよう。それとシズルさんから聞いてる?」


当主の件と違ってこっちは言ってませんでしたは困るからな。


「………御門家への恨みは水に流す。承知しております。」


「それに関してはなぁなぁで済ますつもりはない。ミコト様に敵対するならオレが相手だ。白狼衆をはじめ、皆に徹底させて欲しい。頼むよ。」


オレが頭を下げると牛頭丸さんは慌ててオレの肩を掴んで、体を起こさせる。


「おやめ下さい!………さりとてお館様、ミコト……ミコト姫は八熾の名誉を回復してくださりましょうや?」


「必ずそうなる。約束する。」


戦役が終わったら大規模な戦闘はしばらくないだろう。休暇を取って照京へ行こう。


ミコト様に照京へ行くって約束したし、シズルさん達の話もしなきゃいけない。


ついでにお祓いもしてもらわなきゃな。いくらなんでもツキがなさすぎ………そうでもないか。


今回はツイてたんだ。ヘタすりゃシズルさん達と白刃を交える事態すらあり得た。それを回避出来たんだから。





ヒンクリー師団の野営地を視認出来た時点で牛頭丸さん達には引き返してもらった。


オレらもこれから戦争だけど、シズルさん達も平穏に暮らしてるワケじゃない。


無法者が跋扈する荒野で生きるのだって戦争みたいなもんだ。


「カナタ、戦役が終わったら照京へ行くの?」


バイクの運転をしながらナツメが話しかけてくる。


「ああ、そうしようと思ってる。野暮用も出来たしね。」


「一緒に行っていい?」


「いいよ。どうせリリスも行くって言い出すに決まってるだろうし。旅は道連れ、世は情けってな。」


「照京へ行く前に………私と一緒に鈴城に行って欲しいの。いい?」


鈴城……ナツメの故郷。ナツメが両親と暮らし、惨劇に見舞われた街。


「いいに決まってる。むしろオレが聞きたい。一緒に行くのがオレでいいのか?」


「うん、カナタがいい。もちろんシオンも。リリスもしょうがないから連れてってあげようかな。」


「そっか。故郷は久しぶりなんだろ?」


「………あの日から一度も帰ってない。もう廃墟になってるし。」


そうだったな。無酸素爆弾を落とされた挙げ句、その後の大規模戦闘の主戦場になった鈴城は荒廃を極め、さほど間をおかずゴーストタウンになった。


荒廃したのは街だけじゃない、ナツメの心もだ。


………そのナツメが帰郷する気になった。たぶん、過去と向き合う為に………


なにも出来ないかもしれないが、いや、なにも出来ないのはわかってるけど、せめて傍にいてやりたい。


殺戮天使の異名を持つナツメだけど、オレにとってはただの天使だ。


麗しの貧乳天使の心に入ったヒビを埋められるなら、オレはパテに生まれ変わってもいい。




そうさ。ナツメが笑顔で過ごせる時間が増えるなら、オレはなんだってやってやるよ。



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