出張編17話 転移の理由



貴方の本当のお名前は波平さんと仰るのではありませんか?


ミコト姫の台詞が脳内にリフレインし、心を揺さぶる。


落ち着け!動揺するな!答えを教えてるようなもんだぞ!


「………なんのコトでしょうか?」


クソッ、声が裏返った。


オレの絞り出すような声の返答を聞いたミコト姫は、得心したような顔になった。


………ダメだ。悟られたな、これは。


「警戒されていますね、無理もありませんが。落ち着いて聞いて下さい、私は貴方の味方です。」


ドアからの乱入を警戒していたオレにミコト姫は落ち着き払ってそう言った。


………ミコト姫はオレの手の届く位置に腰掛けてて、武器もなく丸腰だ。


オレがその気になれば殺されるか、人質にされる状況だよな。


………ってコトはホントに味方なのか? いやそれ以前になんでオレが天掛波平だったと知っている?


「色々考えを巡らされているようですね。でも波平さん、私が貴方の味方なのは本当です。落ち着かれましたか?」


なんとか動揺は静まったよ。波平って名前を知ってるってコトは、このお姫様は元の世界のオレを知ってるってコトだ。


だったら隠し立てしてもムダだ。賭けにはなるが、このお姫様はオレの味方だと信じるしかない。


「ええ、なんとか落ち着きました。ミコト様はオレの味方だと信じるコトにします。」


「ではやはり貴方は天掛波平さんなのですね? 正確にはその肉体に宿る魂が、ですが。」


ミコト様はオレの秘密を全てご存知なようだ。心龍眼って表層意識だけじゃなく、深層意識も読めたのか。


迂闊だった、パーティーの時に読まれたんだろうな。


「………天掛波平は死にました。ここにいるのは天掛カナタ。アスラ部隊第一番隊クリスタルウィドウの隊員、天掛カナタ曹長です。」


「………分かりました。ではカナタさん、私も色々と伺いたい事がございますけれど、カナタさんも私に聞きたい事がおありでしょう? 知っている事はなんでも答えますので、ご遠慮なく聞いてくださいませ。」


有難いお言葉だ、聞きたいコトは山ほどある。


「どうしてオレが捨てた名をご存知なんです? 心龍眼は深層意識も読めるってコトなんですか?」


「いいえ、パーティーでのお父様の言葉通り、私の心龍眼は表層意識の一部を読み取れるに過ぎません。貴方が波平さんだと思ったのは、貴方のお祖父様からお伺いしていたからです。」


爺ちゃん!オレの爺ちゃんから………話を聞いてたって!?


「オレの祖父、天掛翔平をご存知なんですか!」


「はい、直接お会いした事はありませんが、天心通で何度もお話をさせて頂いていました。」


「天心通? なんですかそれ………いや、ちょっと待って!」


脳内の納豆菌がフル稼働し始めた。


爺ちゃんは若い時に植物人間から奇跡の復活を遂げた男………本当に奇跡の復活だったのか?


脳死状態の天掛翔平の体に何者かの魂が憑依したんじゃないのか、今のオレみたいに!


地球から惑星テラに魂が転移出来るなら、逆だってあり得るじゃないか!


「………天掛翔平、オレの祖父は惑星テラの人間だったんですね?」


「はい、貴方のお祖父様のこちらでのお名前は八熾羚厳やさかれいげん、八熾一族の惣領を務めておいででした。レイゲン様は私の祖父である左龍の治世のありように諌言を続けられ、狭量だった祖父に疎まれてしまい、遂には………」


「八熾宗家は抹殺され、一族は追放の憂き目にあった。でも八熾レイゲンは死んではいなかったんですね?」


ミコト様は沈痛な表情でオレの問いに答えてくれる。


「はい、レイゲン様は我が身をオトリに妹君であるシノ様を逃がし、屋敷に籠城されました。照京を逃れたシノ様は世を忍ぶ暮らしの中で子を為しました。その子こそアギト。氷狼、牙門アギトです。」


なんてこった。アギトは爺ちゃんの甥かよ。ってコトはオレとも縁者だってコトに………いや、血の繋がりはないのか………


「屋敷に籠城されたレイゲン様は進退窮まり、最後の時を迎えようとしておられました。ですがレイゲン様はそこで禁断の秘術を用いられたのです。」


「禁断の秘術?」


「御門一族には神降ろしの秘術があるのです。降ろすのは神でなく、人の魂なのですが。」


御門一族は巫女の家系だって司令が言ってたよな。


だんだん話が見えてきた。


「御門一族の秘術を、八熾一族の爺ちゃんが知ってたんですか?」


「レイゲン様の曾祖母は御門一族宗家の人間で、秘術に関する書き置きを残されていたのだそうです。レイゲン様の曾祖母は、特に強い力を持つ巫女だったと仰っておられました。」


「神降ろしの秘術とはどんなモノなんです?」


「御門一族宗家の間では心憑依の術と呼んでいます。眠っている自分自身に誰かの意識を一時的に憑依させる、もしくは眠っている誰かに自分が一時的に憑依する術です。レイゲン様は心憑依の術の最奥にある封印された禁術、心転移の術を完成させておられました。心転移の術は一時的でなく魂を他者に定着させる術、御門一族の中でも使えた者はほとんどいない術だと言われているのですが。」


「なんだって爺ちゃんはそんな術を………」


「………レイゲン様は無血クーデターを考えておられたようです。祖父左龍の体に意識を転移させ、まっとうな治世を実現しようと。………レイゲン様の懸念はよく分かります。祖父の治世の有り様はそれほど強権的で、圧制と呼んで差し支えないものでしたから。」


ミコト様の顔色が冴えないのは、父親であるガリュウ総帥の治世が祖父そっくりだからだろうな。


「えらくまどろっこしい方法ですね。普通にクーデターを起こしちゃマズかったのかな。」


「レイゲン様は御門家に傷をつけたくないとお考えでした。祖父左龍に転移し、その弟君である右龍様に政権を移譲すればクーデターとは発覚しません。」


「なるほど、そうすれば御門一族の名誉も保たれ、八熾一族も反逆者の汚名は免れますね。」


「はい、でもそのお考えは思い直され、祖父に考えを改めてもらうよう努力を続ける事にされました。最悪の結果で報いられましたが………」


「死の間際まで追い詰められた爺ちゃんは、イチかバチか封印していた心転移の術を使ったワケですか。」


ウィザードリーのランダムテレポートみたいな博打だな。石の中じゃなくて良かったね。


「はい、そしてレイゲン様が目覚められたのが貴方のいる地球、交通事故で植物人間状態になっていた天掛翔平さんの肉体でした。地球でカナタさんのお祖母様に出会われたレイゲン様は、天掛翔平として生きる事を決意されました。そこからのお話はカナタさんの方がよくご存知ですね。」


「ええ、そこからがオレの知ってる天掛翔平、というコトですね。その後にミコト様が生まれ、地球と央球でやりとり出来るようになった。それが天心通ですか。」


「さ、先になにか羽織ってよろしいですか? 少し気恥ずかしいもので………」


「気恥ずかしい? そういうファッションがお好きなのではないのですか?」


ミコト様はケープのようなものを羽織りながら、


「レイゲン様からカナタさんはとりわけ女性のおっぱ………胸がお好きなのだと聞かされていたものですから。本人確認の為にやむなく………」


爺ちゃん、なに余計なコト吹き込んでくれてんのぉぉぉ!


「あ、あの~、ひょっとして………さっき瞑目されてた時に心龍眼を使われてたりしました?」


ミコト様は頬を赤らめながら、死刑宣告をオレに下した。


「はい、カナタさんが一礼する直前に発動させて瞳に捉え、瞑目してから心を読みました。龍眼の発動を気取られるかもと心配だったのですが………」


おっぱい堪能タイムに突入してたオレは華麗にスルー。………ラセンさんはカレーで不覚を取るかもしれないって笑ってたけど、もう笑えねえよ。


オレが不覚を取るのは、やっぱりおっぱいが原因だったか。


「………邪眼の発動は感じ取れるようになっていたつもりだったんですが………」


ミコト様はクスクス笑いながら追い打ちをかけてくる。


「私の胸に大層御執心でしたわね。何カップあるんだろうとか、形状は、とか。………そ、その上、乳輪の色まで妄想されて………」


「お姫様がそんなはしたないコト言っちゃダメえええ!」


完全防音の車内にオレの絶叫が響く。




と、とにかくミコト様はオレの事情を知っていて、味方になってくださるようだ。


この僥倖は活かすべきだ、なんとしても。



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