争奪編39話 死神VS剣狼



こ、この声………まさか………


「死神!!どうしてここに!」


驚愕したシオンが叫び、慌てて距離を取る。


しまった、シオンも傍受記録をガーデンで聞いてるんだった。なんでそこに気が回らない!


シオンはオレの傍まで下がってきて、痛恨の表情を浮かべた。


「すみません、隊長。私とした事が動転してしまって余計な事を……」


「気にするな。ヤツが死神本人なら同じコトだ。そうなんだろ?」


オレが問いかけるとフード男は釣り竿を置いて、ゆっくり立ちあがる。


「………やれやれ。ニジマスを釣りにきたってのに、肝心のニジマスは釣れねえで、とんだ大物がかかちまったなぁ。ツイてねえ。」


そう言ってフードを払い上げ、こっちに振り返る。


その顔には髑髏のマスクが張り付いていた。仮面の軍人、ここに見参ってか。


……落ち着け。まずすべきはリリスへのテレパス通信、それから会話を引き延ばすコトだ。


(リリス、聞こえるか!湖で死神と出くわした!)


(だと思ったわ!基地方向から爆発音がしたってナツメが言うから!)


(急いでこっちに合流してくれ。基地は自力でなんとかしてもらうしかない。)


冷酷だと思うが、オレ達の生存が最優先だ。


(オーケー。今向かってるから時間を稼いで!)


「………怖えマスクをしてんなぁ。アンタ、行くとこ間違えてるぜ? アンタが行くべきなのは……」


「遊園地のお化け屋敷って言いたいんだろ? 実に同感だよ。幽霊が真っ昼間から釣りなんかするもんじゃねえわな。慣れねえ事をするからこうなる。」


こんなやりとりもどこかでやった覚えが………そうか、コイツは……カマをかけてみよう。


「リグリットじゃ世話になったな、死神。いや、あの時はMr.ジョンソンだったっけな?」


「剣狼の物真似芸はなかなか笑えたよ。芸人になってくれてりゃ平和だったんだがな。」


「芸人の世界は軍人よりも世知辛い、そう言ったはずだぜ?」


「この状況じゃそうとも言えんだろう。ま、とりあえず聞いてもらおうか。ちょっとばかし重要な話でな。」


「貴方から聞く事なんてないわ!話したいなら腰の刀を捨てて投降しなさい。そうしたら聞いてあげる!」


「待て、シオン。聞くだ……」


「聞くだけならタダ、そういう話はだいたい詐欺話だったりもするがね。」


「詐欺話なら付き合うつもりはないぜ? いくらタダでも、タダほど……」


ほれ、エサを投げたぞ。得意の先取りをやってくれ。こっちは会話を引き延ばしたいんだ。


「高いモノはない。昔の人はいい事を言う。役に立たない格言も多いがね。」


「台詞の先取りが趣味なのか?」


「ああ。それと盆栽もだ。……話ってのはな、三度笠、だとよ。どう思うね?」


三度笠? なに言ってんだ、コイツは?


「三度笠?」 「なによそれ!」


死神が軍用コートのポケットに手を入れたので、オレ達は身構えた。


だが死神がポケットから取り出したのは、拳銃ではなく新聞紙だった。


「……あなたの今日の運勢は最悪です。悪い運気を払うラッキーアイテムは三度笠、だとよ。今時三度笠なんざ覇国の温泉街の土産物屋にでも行かなきゃありゃしねえよ。どうしろっつーんだよ、マジで……」


心底嫌気が差したみたいな感じで首を振る死神。


髑髏マスクから覗く目はやる気のなさそーな、死んだ鯖みたいな目だ。


これが同盟軍から「皆殺しの死神」と呼ばれ、恐れられてる男なのか? 


(隊長、この男、ひょっとして弱いんじゃ?)


(シオンもそう思うか? 少なくとも「使う」男には見えないよな?)


(はい、隙だらけです。たぶん殲滅部隊はサーフェイス通信基地を襲撃に来たんでしょう。なのに死神がこんな所にいる理由は……)


(コイツは指揮官じゃなくてプランナーなのかもしれないな。だとすれば基地に向かわず、こんな所にいる理由にはなる。)


(殲滅部隊は一人の生還者も許さない。だから目撃者もいない。私達は死神の虚像に踊らされていたのでは?)


(死神は頭脳担当、実戦は優秀な部下がやる、か。辻褄は合ってるんだが………)


(試してみます、少し時間を稼いでください。)


「なあ死神、その新聞の星占い、狼座はどうなってる?」


オレはこっちの世界じゃ狼座になるんだよな。異名に合ってて丁度いい事に。


死神はこっちを警戒する風もなく、満員電車で通勤するサラリーマンみたいに新聞に目を通す。


「狼座もヒドいもんだ。君子危うきに近寄らず、を心掛けろとよ。ラッキーアイテムは四つ葉のクローバー?……元から縁起のいいアイテムじゃねえか。」


「そこらへんに生えてないか、探してきていいか?」


よし、シオンの背後に最大強度の氷槍が形成された。死神からは見えないはずだ。


「ごゆっくり。探し終わったら二人とも武装解除してくれ。面倒は省きたい。」


「よく言うわね、死神さん? 君子危うきに近寄らずって言葉は………貴方に必要なのよ!」


シオンは体をずらし、氷槍を射出する。


死神は反応するコトも出来ずに手にした新聞ごと氷槍に貫かれ、仰向けに倒れた。


「やっぱりただのド素人でしたね。いい気味だわ。」


「大衆紙の占い通り、今日は死神の厄日だったみたいだな。……殺したのか?」


「いえ、急所は外しました。諜報部はこの男に聞きたい事が山ほど…あ…る……」


!!……口から赤い液体が流れてる……血なの、か? 


シオンの脇腹には、さっき投擲した氷槍が突き刺さってる!


オレは膝をつこうとするシオンの体を支え、地面に寝かせた。


大丈夫だ。息はあるし、急所でもない。シオンの耐久力なら致命傷じゃない。


オレは寝かせたシオンの壁になるように立ち上がり、死神を睨みつける。


「死神ィ!テメエよくも!!」


「おいおい。不意打ちしてきたのはソッチだろ? 自分達はやるが、やられるのはイヤだ、は通るまい?」


既に立ち上がっていた死神は穴の空いたコートを脱ぎ捨て、刀に手をかける。


シャツにも大穴が空いていて、脇腹からも出血。血が流れるならコイツも生き物だ。殺せないワケはない。


オレも刀に手をかけ、油断なく様子を窺う。やっぱり剣術を使えるヤツじゃない。


だが氷槍を土手っ腹に喰らってるのに戦闘可能、間違いなくタフなヤツだ。


先に動いたのは死神だった。ゆっくり鞘から刀を引き抜く。


雷光のような火花を散らしながら引き抜かれた刀は、オレの宝刀斬舞と刀紋がよく似ていた。


おそらく五代目鉄斎の作だな。こんなド素人に持たれたんじゃ名刀が泣くぜ。


(リリス、シオンが負傷した。合流にどれぐらいかかる!)


(もう少し!先行したナツメが鏡面迷彩を使って背後から不意打ちするって!)


(わかった!)


「剣狼、投降する気はないか?」


「ないね。オレの副長をこんな目に合わせた落とし前はつけてもらう!」


「そりゃ八つ……」


「八つ当たりなのはわかってる。だが世間にゃ理不尽も付き物だろ?」


「台詞の先取りが趣味か、剣狼?」


「ああ、あと盆栽もだ!」


オレは全速でダッシュし、四の太刀、咬龍を見舞うが、死神は超速で反応し、刀で受ける。


「受け方がなっちゃいねえぞ、死神!」


「通信教育で剣術は習ったんだがねえ……」


ウソつけ!そんな受け方したら姿勢が崩れて……蹴り放題だぜ!


オレの脛払いを受けて死神は転倒する。やっぱりコイツはド素人だ!


倒れたまま死神は無造作に刀を振ってくる。そんなモン喰らうかよ!


三の太刀、双牙で受けると同時にトドメを……


そう思った瞬間、オレの体はピンポン玉みたいに水平に跳ね飛ばされていた。


立ったままの両足が地面をこすり、車のわだちのように二本のラインが地面に引かれる。


こ、このパワーは!……コイツ……重量級なのか!?  


死神は決して大男じゃない。体格はオレとほとんど変わらない。背丈がやや高いぐらいだ。


この体格で……重量級だと!? いや、ダブついた上着に惑わされずによく見れば……腕が太い。


筋肉の発達具合はわからないが……重量級でパワータイプなのか。どうりでタフなワケだ。


「意外だったかい? 今度から名刺を刷って渡す事にするかね。「スペック社所属 桐馬刀屍郎 重量級バイオメタル」ってな。」


トーマトウシロウね。………「死神トーマ」か。


「ついでにスリーサイズも書いといちゃどうだ? 超ウケるかもよ?」


落ち着け、コイツが雑魚じゃないのはわかった。技術はゼロだが、パワーとタフさは超一流。


だが技術がないなら勝機はある!


「男のスリーサイズなんてジョークにもならねえよ。喜ぶのは男色家ぐらいだ。」


死神は首をコキコキ鳴らしながら近付いてくる。よしよし、シオンからずいぶん離れた。


これで人質に取られる心配も、巻き込まれる心配もしなくていい。


「アンタみたいな隠れマッチョはホモ野郎にウケるかもな!」


自分からは動かず、死神を十分引きつけてから仕掛ける!


超速反応での回避、だが身体能力だけじゃオレは倒せないぜ!


死神がさらにシオンから離れるように誘導しながら、戦いをコントロールするんだ。


打ち合うコト数合、………もう十分離れた!よし、次の段階に移行出来る!


鍔迫り合いを演じながら、オレはそう判断する。


しかし、なんてパワーだよ。オレは刀を両手で持って渾身の力を振り絞ってるのに、コイツは片手持ちで涼しい顔だ。


アビー姉さんと同等のパワーがあるんじゃねえか、コイツは。


「よく見りゃ俺と似たような刀を持ってんなぁ。剣狼、その刀の銘はなんてんだい?」


「宝刀斬舞!ペアルックならぬペアブレードなんてこっぱずかしいったらありゃしねえな!アンタの刀の銘は?」


「ソイツが宝刀斬舞か。オレのは宝刀武雷ほうとうぶらいってんだ。鉄斎先生の駄洒落好きにも困ったもんだぜ。」


宝刀武雷!刀剣マニアのシュリから聞いた至宝刀の一振りだ!


オレの宝刀斬舞は宝刀武雷を真似て打たれた兄弟刀らしい。


「至宝刀もアンタみたいなド素人に持たれたんじゃ泣いてんじゃねえか?」


「いや~、通信教育で頑張って練習したんだがなぁ。「サルでもなれる剣術の達人」ってテキストを見ながら毎日30分も……」


「そのネタはもう飽きた!」


オレは鍔迫り合いをやめて、ド素人の斬撃を躱し、鳩尾に蹴りを入れてやる。


モロに入ったのに大して効いてないか。頑丈に出来てやがるぜ。どう仕留めるべきかな?




まだオレは何も切り札を切っていない。リリスとナツメももうじき来る。状況は有利なはずだ。



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