休暇編8話 お家芸たる推論タワー



オレは下屋敷の奥にあるこじんまりとした私室の布団に包まって、慌ただしい一日を振り返る。あらゆる理不尽を押し付けてくるシズルさんだけど、こじんまりとした空間を好む、この一点だけはオレの意向に沿ってくれたらしい。それにしても今日は嵐のような一日だったなぁ……


書類に目を通した後、紋付き袴に着替えさせられて任命式に出たオレは、恰幅のいいロックタウンの市長さんから任命書を受け取って、この25区の区長にされてしまった。


その後に開かれた一族眷族の代表達との会合では、お年寄り達が涙しながら"八熾の再興をお願い致しまする"の大合唱。でもこの爺ちゃん婆ちゃん達は理不尽な独裁者の被害者なんだ。長い間、老骨に鞭打って辺境で耐え忍んできた労苦には報いてあげたい。お館うんぬんはさておきだ。


お年寄りの何人かからは、若かりし日の八熾羚厳、オレの爺ちゃんの話を聞けた。昔話によると、爺ちゃんは若い頃からやっぱり剽軽だったらしい。でも強い意志と高い理想を持った男でもあった。オレは爺ちゃんを知るお年寄り達に爺ちゃんの人生を書に記してくれるように頼んでみたが、意味はなかった。既に記されていたからだ。


今、枕元に置いてある伝記は爺ちゃんの人生の足跡、そしてオレと爺ちゃんを繋ぐ絆だ。大切にしよう。


昼食会の後は軍服に着替えて、急ピッチで建設の進む25区の視察。一休みしてから白狼衆候補生への訓示と教練。各家から選抜された候補生達はこの街を守る兵士でもある。その任務に十分耐えうる能力を持っているコトを確認出来たのは収穫だった。


……考えてみれば八熾一族は御門家を護る近衛兵、そして無法者のたむろする辺境を生き抜いた精鋭でもある。候補生といえど一般兵よりはるかに強いのは当然なのかもしれない。


穿った見方をすれば、いや、穿たなくても司令が八熾一族に肩入れした理由は白狼衆にあるとみていい。


1,1中隊に組み込まれたシズルさん直属の白狼衆はアスラ部隊でも精鋭だ。そして候補生達ですらアスラ部隊のレベルに近い。少し鍛えればアスラ部隊のレベルに到達するだろう。精鋭中の精鋭を集めている司令が見逃すはずがない。


最後の仕事である懇親会では一族の若いお姉ちゃん達に囲まれて殿様気分だったけど……


今思えば、宴席に参加してた爺ちゃん婆ちゃん達のあの視線は……修羅丸さんと同じ目だったような。つまりは獲物を狙う鷹の目だ。


途中からシズルさんが牽制に入ってきたコトから考えても……誰かを嫁にしろってコトだったんじゃないか?……ひ、一人で来てよかった。三人娘が同席してたらエラいコトになってたかもしんない……


怖気おぞけで眠気が覚めちまったな。オレは行灯型の枕元灯のスイッチを入れて爺ちゃんの伝記を読み始めた。


──────────────────────────────────────


ガーデンへ帰るハンヴィーは自分で運転する。区長代行であるシズルさんや、その両腕である馬頭牛頭兄妹、執事役である侘寂兄弟も忙しい。八熾の庄ことロックタウン25区はもっか街作りの最中なのだ。


お飾りだけをやるつもりはないが、実務はシズルさん達に任せるしかない。足手まといに出来るコトは、邪魔をしないコトだけだ。


ハンドルを握りながら、昨夜読んだ爺ちゃんの伝記を思い起こす。


……屋敷に火をかけ、自刃した悲劇の惣領、八熾羚厳か。一族のみんなに真実を伝えられる日は来るんだろうか?


オレにとって大切なもう一冊の本。それは権藤杉男から送られてきた兵法書だ。権藤杉男は17号の体に宿った物部の爺ちゃんゆかりの人間。今のオレの考えは、そう外れてはいないはずだ。


権藤杉男はオレに接触してくるだろうか?……いや、それはないな。接触する気があるなら本を送ってくる必要はない。……そうでもないか。接触出来る状況を待っている可能性はある。


あの研究所を爆破したのが17号に宿った権藤杉男だとすれば、彼は存在そのものと犯した犯罪によって同盟軍から追われる身、行動は制限されている。それに彼の存在が公になれば、クローン実験のコトも明るみに出てしまう。オレに迷惑をかけまいという気遣いなのか? 


気遣いだけではなく、用心深い権藤杉男は、同盟軍に所属しているオレに接触するコトに躊躇いがあるのかもしれない。なんにせよ、権藤杉男=17号であればノコノコ会いに来る訳にはいかないだろう。今は地歩を固めながら機会を窺っている、というコトなのかも……


どうしてもわからないのは、権藤杉男がヘリのオートパイロットの使い方と研究所の自爆装置の存在を知っていたコトだ。


ヘリのオートパイロットだけなら偶然上手くいった可能性もある。オートパイロット機能は英語に近い公用語で操作出来るし"操縦マニュアルをアイカメラで撮影しておいて、網膜の画像を頼りにぶっつけ本番で脱出に成功した"は、いささか無謀ではあっても、決してあり得ない可能性ではない。


だが自爆装置の方は偶然ではあり得ない。頭の切れる権藤杉男なら"違法な研究を闇に葬る為に自爆装置があるはずだ"と勘付いたかもしれないが、その場所、起動方法、パスコードの入手など、越えなきゃいけないハードルはオートパイロットの比ではない。頭が切れる権藤杉男だけに、そんな出たとこ勝負で分の悪い博打を打つとは思えないな……


……待てよ? 権藤杉男がトゼンさんの「蛇の嗅覚スネークセンス」みたいな能力を持っていたとすればどうだ? 未来視か幻視か、そんな類の能力で事前に研究所の情報を知り得ていたとしたら……


……辻褄は合うな。ミコト様のように人間の表層意識を読める超能力者さえ、この世界には存在しているんだ。オレの置かれた状況を察知しているのも、その能力の恩恵なのかもしれない。……だが権藤杉男は地球人だ。そんな能力を持った地球人がいたというコトか? 高すぎる念真能力の弊害でキマイラ症候群を発症した権藤杉男は、病魔から逃れる為にこの世界へと転移してきた、か。


……だとすれば心転移の術を行使出来たのも、あり得なくはない。術の行使に必要な知識、補助具である勾玉は物部の爺ちゃんから借り受けた、と。オレの遺体の第一発見者が物部の爺ちゃんで、事前に爺ちゃんから秘密を打ち明けられていたとすれば、勾玉の力を知っていたはず……


手紙を直接オレに届けようとマンションにやってきた物部の爺ちゃんが、遺体を発見。すぐに状況を飲み込んだ物部の爺ちゃんは勾玉を手に入れておいた、か。可能性として、なくはないが……


オレも推論の上に推論を乗っけるのが好きだねえ。だが権藤杉男は未知のテレパス能力を持っている可能性が高い。このコトには留意しておくべきだろう。


その壱、と記してあった以上、権藤杉男はまた新しい本を送ってくれるはずだ。彼、もしくは彼女に関する考察は2冊目の本を入手してからにすべきだな。


──────────────────────────────────────


ガーデンに戻ったオレは、1,1中隊の教練を済ませた後に図書館に行って旅行のプランを考える。


まずはリグリットに行ってビロン中尉に会おう。それから龍の島へ渡り、同盟軍加盟都市である神楼に向かう。日本で言えば神戸にあたる神楼の近くにナツメの故郷、鈴城がある。ナツメが承諾してくれるなら、ご両親の遺体はガーデンの墓地へ来てもらおう。故郷からご遺体を移すのには躊躇ためらいがあるが、ナツメを愛してやまなかったご両親には、ナツメの笑顔を近くで感じて欲しい。


ナツメの両親はジェダス教の信者だったそうだから、土葬されている。棺桶ケースが二ついるな。なつめの花の紋様と雪村家の家紋を刻んだ白木の棺桶ケースを仕立てるか。これはオレからの贈り物にさせてもらおう。……ナツメをこの世界に誕生させてくださった、ご両親への感謝の気持ちを込めて。


ナツメの里帰りが終わったら最後の目的地、照京へ行く。


ミコト様を説き伏せ、照京に輝きを取り戻すんだ。爺ちゃんの悲願は、孫のオレが叶えてみせる。




おっと、ついでに巫女でもあるミコト様に厄払いもしてもらわないとな。オレはツキの浮き沈みが激し過ぎだからね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る