激闘編5話 新米艦長カナタ
唐突に「赤毛の」ビーチャムと呼ばれた少女兵士は、キョトンとした顔で呟いた。
「……「赤毛の」ビーチャム? 自分の事ですか?」
「ああ。おまえが真価を見せる時、その赤毛は敵の血で真紅に染まる。だから「赤毛の」ビーチャムだ。」
異名の意味を理解したビーチャムは素っ頓狂な声を上げる。
「じ、じ、じ、自分に異名なんて早すぎます!初実戦の
「軍歴はオレより長いじゃないか。オレなんて軍に入ってから半年ってトコだぞ? ビーチャムは何年も軍にいるんだろ?」
「たったの2年であります!その間、ずっと辺境基地の雑用係をやっておりました。」
「オレの異名も唐突にマリカさんに押し付けられたモンだ。部下が出来たらいつか同じコトをやってやろうと機会を狙っていたのさ。諦めろ。」
オレの悪い顔の微笑みにビーチャムは悲鳴で答える。
「そんなぁ!ヒドいであります!」
「丈に合わない服でも、着続けていれば馴染むようになる。ビーチャム、今は合わなくても、名に恥じぬ兵士になればいいだけだ。」
「それはそうでありますが……」
「もっとド派手な異名を付けてやろうか? 「赤い彗星」とか「真紅の稲妻」とか……」
「赤毛でいいです!「赤い彗星」だと「流星」トッドさん、「真紅の稲妻」だと「雷霆」シグレ師匠にかぶっちゃいます!」
キャラ被りって不幸だよな。「真紅の稲妻」ジョニー・ライデンも一流のエースパイロットなのに、同じパーソナルカラーの「赤い彗星」シャアが偉大すぎて、パッチモン感が拭えない。
赤毛の新入りをからかいながら、艦隊停泊地にまで帰投してきたオレの目に、見慣れぬ艦の姿が映った。
「なんだ? 軽巡みたいだが……」
「そう言えばお師匠が、軽巡洋艦で増援が来るらしいって仰ってました。」
増援か。あの軽巡は新型かな? 見たコトのない変わったフォルムをしてる。
艦首部分が特に特徴的だな。船首像代わりのワイドソナー……まるで
………ま、まさかあの人達は………
「お館様!!」
「シズルさんっ!!」
前傾姿勢で全速ダッシュしてきたシズルさんは、オレの鼻先で急停止し、敬礼する。
「八乙女シズル以下、白狼衆20名、お館様と共に戦う為に馳せ参じましたっ!」
馳せ参じました、じゃねえよ!聞いてねえよ!どうなってんだよ一体!
「シズルさん!オレが戻るまで村で待っててって言ったでしょ!」
白狼衆が不在の村にヒャッハーが襲撃をかけてきたらどうすんだよ!
「お館様、ご心配には及びません。八熾一族は全員、ロックタウンに移住が完了しています。」
……司令の差し金だ。あ、あのクソ
「不知火の通信室へ行く!いくらなんでも理不尽すぎだろ!」
「お館様の船はあちらです。ささ、参りましょう。」
強引にオレの腕を取って歩き出すシズルさんはすんげえ嬉しそうだ。
「待って待って!マリカさんの許可もなく、艦の移動は出来ないってば!」
「……アタイが許可する。カナタが軽巡の艦長をやれ。」
いつの間にかやってきていたマリカさんが、ソッポを向いて煙草を吹かしながら、煙と一緒に理不尽な命令を吐き出した。
「……マリカさんも共犯ですか?」
「共同正犯じゃなく、事後共犯だけどね。つー訳で罪一等は減じとくれ。」
おっぱいを触らせてくれたら無罪判決を出してもいいです。
「マリカさん、いきなり艦長なんて無理だと思わないんですか?」
「アレス重工が軽巡の開発スタッフをクルーとして回してくれた。艦隊機動はアタイが適宜、指示を出す。それでも無理か? カナタはアタイの期待に応えられないヘボ狼なのかい?」
……ズルイ言い方だなぁ。マリカさんの期待には応えたいオレとしては、ノーとは言えない。
「やってみます。でもせっかく不知火に個室をもらったってのに、もう引っ越しですか……」
気に入ってんだけどな、不知火の個室。
「部屋はあのままでいい。カナタがウチの幹部である事には変わりないんだから。他になにか要望はあるか?」
「一つだけあります。」
「なんだい? 言ってみな?」
「……軽巡に初心者マークを貼らせてください。」
上官になるマリカさんに挨拶を済ませた白狼衆と一緒に撞木鮫に乗艦してみた。
金モールを付けて帽子を被った女性が靴音高く、オレ達に近付いてきて敬礼し、口上を述べる。
「天掛艦長、私はアレス重工より派遣されてきました、ラウラ・ラコーニと申します。階級は少尉待遇特殊軍属、ラウラとお呼びください。この艦の派遣軍属のリーダーで、操舵手も兼任しています。よろしくお願いします。」
名前からしてイタリア系、いやマリノマリア系だな。髪色は金だけど、眉は黒いから金髪先生みたいに染めてるんだろう。歳は20代半ば……金髪お姉さん操舵手、いや、実質の艦長だよな。いい人選だぜ!
「よろしくラウラさん。オレは素人みたいなもん、いや掛け値無しの素人だからサポートをよろしく。」
「おまかせください。艦内を案内する前にこの最新鋭巡洋艦の
ラウラさんの説明に質問を入れながら艦の性能を把握してゆく。
この新鋭艦はアレス重工の次期主力艦のテストモデルとして試作された巡洋艦で、他の艦にはない機能が備わっている。
その最たるものが艦頭に搭載されたワイドソナーだ。このソナーのお陰で、戦艦を越える索敵能力を有している。
強行偵察任務に耐えられるように装甲も厚いが鈍重な訳ではない。むしろ快速と言っていい。
その秘密はメインエンジンを補助する2つのサブエンジンにある。3基を同時起動させれば最速クラスの速度を出せる。左右二つのサブエンジンから直結されたブースターを、片側だけ吹かすことによって小回りも利く。
サブエンジンの稼働時間に制約があるから、常時その性能を引き出すコトは難しいにしても、ここぞという時に無理が利くのは大きな長所だ。
「……短所はやはり軽巡ゆえの火力の低さか。」
オレの呟きにラウラ艦長はニタリと笑う。……ちょっと怖いよ、その笑顔。
「その点も補えるかと思います。艦頭のワイドソナーですが、電磁誘導砲に換装が可能なのです。形状はワイドソナーに酷似していますが、両側に出力増幅装置を搭載していて、戦艦の主砲並みの威力を再現する予定です。電磁誘導砲は現在開発中ですので、残念ながら今作戦には配備が間に合いませんでした。」
一門だけとはいえ軽巡で戦艦の主砲並みの威力はスゴいな。開発がうまくいくといいけど。
追加兵装は開発中、まだ外装のカラーリングが終わってない新鋭巡洋艦か……
運用可能ならとにかく寄越せ、すぐ寄越せって司令が無茶を言ったんだろうなぁ。
そのうち被害者の会が結成されんぞ。もちろん、オレも参加する。幹事をやってもいい。
大まかな性能を説明してもらった後に、艦内を案内してもらう。
新鋭巡洋艦は不知火をコンパクトにしたような造りで、必要な設備は全て完備されていた。
居住スペースは中隊とクルーを全員収容してもまだ余裕があるし、コンマ中隊はこの艦をベースに運用されるコトになるんだろう。
最後に案内されたのは艦長室だった。
「ここが艦長室となります。どうぞお入り下さい。艦の事でなにか質問がお有りなら、ブリッジにいる私を呼んで下さいね。」
「ありがとう、ラウラさん。」
艦長室に入るオレの後ろを、当然のようについてくるシズルさん。……ホント、楽しそうですね。
肘掛け付きの椅子に座ったオレの前に戦術タブを置いて、シズルさんは説明を始めた。
「お館様、次は我ら白狼衆のデータに目を通して頂きます。直属の部下となる者達ゆえ、しっかり能力を把握して下さい。八熾家当主、いえ部隊指揮官としての責務ですから。」
「……それって決定事項?」
無駄とは知りつつ、一応聞いてみるオレ。
「白狼衆はお館様の麾下に入って軍務に服するよう、司令殿から言いつかっております。辞令もありますが、ご覧になりますか?」
司令の裏切りで、内堀は埋まってしまったらしい。……覚えてろよ。
「紙切れ一つで右左か。これが親父の言ってた宮仕えの辛さってヤツかね。ま、なっちまったもんは仕方がない。白狼衆のデータを見せてくれ。それからデータに出ない特徴、性格なんかも聞かせてくれるかい?」
「喜んで。中隊編成についてはお館様に一任すると司令殿が仰っておられました。」
内堀を埋めといて、後はぶん投げかよ。司令らしいぜ、まったく。
ゴーストタウンを出発すれば、すぐに次の会戦が始まるだろう。急いで編成を済ませ、連携についてミーティングをしなきゃいけない。率いる以上はオレに責任があるコトだ。
当主だお館だ、ってのをさっ引けば、白狼衆の参戦はありがたい。夢幻一刀流を修めた精鋭達だからな。
でも、それはオレの指揮官としての力量も問われるってコトだ。
……いいだろう。指揮官上等、やってやるさ。もうオレは受験の失敗如きで拗ねて暮らしてた天掛波平じゃない。ビーチャムに偉そうなコトを言った手前、名前負けは出来ねえぞ。気合い入れな!
オレは同盟軍少尉、天掛カナタ。剣を牙とし、生きる狼……剣狼と呼ばれる男だ。
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