激闘編19話 アスラ部隊、9番目の男
ハンマーシャークに帰投した1,1中隊は、ゼリー状の流動食パックでカロリー補給と負傷者の手当てを開始した。
オレはストローでマズい流動食を吸い上げながら、リリスの差し出す戦術タブレットで、部隊状況を確認する。
戦死者0、重傷者0、医療ポッド入りはまだいない。全員が戦闘可能、なにも問題はなし。
メインスクリーンで戦況全体を確認。やはりオプケクル大佐の部隊が横腹を喰い破り、敵軍深くまで侵攻している。
だが敵軍深くまで侵攻しているというコトは、周囲が全部敵ってコトだ。
バックアップが遅れると、敵中に孤立しかねない。勝利の女神はまだどちらに軍配を上げるか決めかねている。
マリカさんは、女神の腕に手を添えにいくな。オプケクル大佐のバックアップはアスラ別働隊の仕事だろう。
やはりというか、当然というか、マリカさんは別働艦隊に前進を命じ、オレらは敵中を強行突破する。
後方から照京軍が支援してくれたお陰で、アスラ別働隊はオプケクル大佐の部隊と合流出来た。
リンドウ中佐の手並みに感謝だな。
「カナタ!1,1中隊は右翼の友軍の援護に入んな!戦術は任せる!」
「イエス、マム!1,1中隊、出るぞ!」
部隊を率いたオレは、右翼で交戦中の友軍の後衛についた。
「遠距離攻撃が出来るヤツはシオンの指揮で支援に入れ。近接屋はオレに続け!」
前方で戦う友軍にとんでもない手練れがいる。なんだ、あの男は!
一人で前に出過ぎなように見えるが……トゼンさんと同じだ。己の力量に絶対の自信を持つ者だけが取り得る、単独先行戦術。
恐ろしいのは群がる敵をモノともしない剣腕の冴えだけじゃない。剣攻撃に加わる水撃、いや水斬だ。
氷結能力じゃない。水を高圧で射出するウォーターカッター、特異系念真能力ってヤツか?
翻る洒落た軍用コートの中に垣間見えるあの軍服は……アスラ部隊の軍服だ!
「スゲえだろ、うちの隊長はよ。」
聞き覚えのある声で話しかけられる。この声は……
「ダニー!ダニーじゃないか!」
「おう、俺だよ。久しぶりだなぁ、カナタ。」
話しかけてきたのは「炎壁」ダニーこと、ダニエル・スチュワートだった。
「ダニーもアスラ部隊の軍服? 9番の隊章、じゃあ……」
向かってくる敵兵達に突進しながら、改めて自己紹介された。
「アスラ部隊第9番隊、レイニーデビル大隊中隊長、ダニエル・スチュワート准尉だ。よろしくな!」
レイニーデビルの逸話はこっちの世界にもあったんだな。W・W・ジェイコブスの短編小説はないんだろうけど。
「
オレはダニーと肩を並べて敵兵掃除を開始する。
「
ダミアンってダミアン・ザザの事か? 「
「ダミアン・ザザ大尉が招聘されたってコトか。ダニーはダミアンさんの部下だったんだな!」
「そうだ!それからダミアンに「さん」は要らねえよ。ダミアンは上にも敬称を付けねえが、下にも敬称を付けさせねえ人なんだ。」
アスラ部隊に参加するだけあって、無頼な人となりのおヒトらしい。
そしてダニーの言った通り、レイニーデビル大隊は精鋭揃いだった。アスラ部隊の9番目になる資格はある。
あっという間に眼前の敵軍を叩き伏せ、しばしの静寂が訪れた。
レインコートのようなデザインのお洒落装甲コートを纏った「白雨」のダミアンは、こっちに戻ってきてダニーに指示を出す。
「ダニー、俺が片付けた敵兵だが……」
「女は生きてる、手当てしてやれ、だろ。わかってんぜ、ボス。」
「頼む。重傷者は艦の医療ポッドも使ってかまわん。」
ダニーは部下を連れて、白雨の片付けた敵兵達のところへ向かった。女は殺さない主義って噂は本当だったらしい。
「おまえは!……剣狼だな。」
「天掛カナタ少尉です。ダミアン・ザザ大尉ですね。よろしくお願いします。」
「階級も敬称も要らん。俺の事はダミアンでいい。」
同盟一の男前って噂もホントみたいだな。切れ長の目に細い眉、整った鼻梁に端正な口元。霊峰の奥地に流れる清流のような長い青髪、か。綺麗な褐色の肌のおかげで、どこの国の出かわからんけどな。たぶん混血なんだと思うが。
こりゃ、アスラ部隊一の色男を気取る
「いいんですか? 年も階級も下のオレがダミアンなんて呼んじゃって?」
「そうしろ。俺もおまえの事はカナタと呼ぶ。」
「了解です。」
金髪先生の強敵になりそうな男は、人差し指で耳を押さえた。
「ん? ケクルから新たな命令が出た。最後のご奉公といくか。」
「最後のご奉公?」
「この会戦を最後に、レイニーデビルの指揮権はアスラ部隊に移譲される。次の戦いからは、分隊指揮官のマリカが命令を出す事になるのだろう。」
そっか。たぶんダミアンがオプケクル大佐の副官をやってたんだ。アスラ部隊に異動するコトになったから、後任にストリンガー教官が就任したんだろう。
「俺が指揮を執るとか言い出さなくて助かりますよ。強い異名兵士って大抵、我が強いですもんね。」
「自分の器は分かっている。俺は緋眼には及ばない。強い異名兵士は我が強いのが相場というカナタの意見には同意するが、俺やカナタは例外だな。」
「オレも?」
「カナタはトラブルメーカーだという噂だが、それは運が悪いだけ。実際は上手く周りに合わせ、協調出来る男だとダニーから聞いている。我が強いのではなく、芯が強い男だともな。」
嬉しいコトに、ダニーはえらくオレを買ってくれてるらしい。でもどうかなぁ? リリスの件から始まって、結構ワガママ言ってきてんだよね、オレは。
その後も続いたラマナー高原での戦いで、オレは自身の最多殺戮記録を更新した。その数、きっかり100人。
記録班の話では、ラマナー高原の会戦に参加した全兵士中トップの数字だそうだ。遺族の恨みを買っただけなので嬉しくもなんともないが。
会戦そのものも、司令の描いた絵図通りに進み、勝利の女神は同盟軍に微笑んでくれた。
横撃をかけたオプケクル大佐は、その剛性の破壊力を遺憾なく発揮し、エプシュタイン師団の中衛部隊を半壊状態に追い込んだ。
半壊し、混乱した中衛部隊との連携を寸断された前衛部隊は、数的にも優位に立ったヒンクリー准将に壊滅させられ、会戦の趨勢は決した。
師団本隊のいる後衛部隊は、状況を打開すべく手を打ってはきたが、自身へのリスクを恐れながらの腰の引けた戦術で、状況が打開できるはずもない。
こうなるとエプシュタイン中将のやるコトは一つ、尻尾を巻いて逃げ出すだけだ。戦術的転進、なんて格好をつけているだろうがな。
そしてヒンクリー混成師団は追撃に移行する。
「エプシュタインを逃すな!予想退路はこの
ヒンクリー准将は全軍に命令を飛ばし、追撃態勢を整えにかかる。
「案外、エプシュタイン中将を逃がした方が有利かもしれませんよ、准将。」
「剣狼、それはどういう意味だ?」
「エプシュタイン中将はグラドサルに逃げ込もうとするでしょう。敵艦隊の背後に密着してやれば、都市防衛用の曲射砲は使えません。味方にも当たりかねないですから。」
「カナタ君、味方ごと撃ってくるかもしれないよ?」
リンドウ中佐の言うコトはもっともだな。グリースバッハ総督ならやりかねない。だったら……
「その場合は鹵獲した艦隊の残りをくれてやりましょう。自動操縦で無人の艦隊を街に突っ込ませるんです。味方ごとダミー艦隊を砲撃してきたら好都合だ。かなりの確率で、エプシュタイン中将とグリースバッハ総督の関係が面白いコトになります。籠城戦を主張したグリースバッハ総督は、野戦に負けて撤退してきたエプシュタイン中将にそれみたことかと言いたいでしょう。ですがエプシュタイン中将は、野戦に負けたのはグリースバッハ総督が兵隊を出さなかったせいだと思っているはずです。」
「なるほど。その上、都市から曲射砲を喰らわせられれば……」
悪い顔になったリンドウ中佐に、マリカさんが追随する。
「最悪、いや、最高の展開だと同士討ちをおっ始めるかもねえ。カナタの納豆菌はとんだ悪玉菌だよ。」
「なんにせよ、グラドサル攻略の足掛かりになる混乱は生じるかと思います。」
「……試してみる価値はあるな。よし、エプシュタインはあえて逃がそう。付かず離れずの距離を維持して、エプシュタインを追い回すんだ!」
ヒンクリー准将はエプシュタイン中将を捉える
こうして底意地の悪い追撃戦が開始された。
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