激闘編18話 戦場に力技で架ける橋
ラマナー高原に布陣するエプシュタイン師団は、陣形の再編をなんとか済ませたところだった。
だけど再編出来たのは布陣だけで、準備していた塹壕、防御柵、地雷の再敷設まで手が回っていない。
別方面からオプケクル大佐が来援したせいで、正面に構えているだけでは対処出来なくなったのだ。
ヒンクリー准将が勇将だとすれば、オプケクル大佐は猛将だ。もっとも得意とする戦術は、力押しの正面突破。
塹壕、防御柵、地雷のないフリーなフィールドを強引に突破するという、オプケクル大佐がその持ち味を最大限に発揮できる局面は好材料だ。
……いや、違う。司令はこの状況を読んでいたからこそ、オプケクル大佐を送り込んできたんだ。
これが戦略か。指揮官の適正を把握し、必要な局面に投入する。簡単だが難しい、戦争の要諦。
「タラスク、出番だよ!」
マリカさんがカーチスさんに指示を飛ばし、
「いくらタラスクが超長射程といっても、まだ敵陣までは届きませんよ。マリカ隊長は何を考えているのでしょう?」
シオンが首をかしげるので、オレはマリカさんの意図を解説する。
「艦砲射撃で地雷原を吹き飛ばすのさ。タラスクが開いた大路を艦は進めばいい。」
「そういう事だ。防御柵は艦で踏み潰したいが、柵の手前にある塹壕、いや堀が面倒だねえ。やけに準備に時間をかけてると思ったら、対艦用に堀なんざ掘ってたのかい。屁こき熊がサイドを突破してから、橋梁工作して乗り越えるしかないか……」
スクリーン越しに思案するマリカさん。そこに髭面の壮年男性、いや、親父の画像が割り込む。
「フハハ、緋眼よ。ワシが敵軍の横腹を喰い破るまで待ってな。」
「出たね、屁こき熊。」
相手が大佐でもマリカさんは平常運転。頼もしいねえ。
「相変わらずだな、緋眼。そのじゃじゃ馬ぶりに屁が止まらんわい。」
そう言ったケクル大佐は、艦橋に響きそうな特大の放屁をかます。ホントに屁こき熊らしい。
ブリッジクルー達はいそいそとマスクを装着している。慣れたもんだな。……慣れていいのか?
「久しぶりだな、剣狼。銃の腕は上がったか? おまえは申し分のない兵士だったが、射撃の腕だけは頂けなかったからな。」
オプケクル大佐の映っているスクリーンが拡大表示されたので、大佐の隣に立つ男の姿がスクリーンに現れる。熊髭の隣に立っていたのは、無精髭の割れ顎先生だった。
「ストリンガー教官!どうして戦地に!」
「血が騒いでな。現役復帰したという訳さ。ケクル大佐が副官を探していたので、立候補したんだ。」
「そうでしたか。銃の腕前もずいぶん上がりましたよ。カリキュラムを終えてから猛特訓しましたから。」
腕前が飛躍的に向上したのは、金髪先生がアドバイスしてくれて、シオンが付きっきりでコーチしてくれたからだけど。
「実戦で成長振りを見せてもらおう。贈ったノートは役に立ったか?」
「おや? アレはアタイへの贈り物じゃなかったのかい?」
ストリンガー教官の台詞を聞いたマリカさんが混ぜっ返す。
「マリカさん、混ぜっ返さないでくださいよ。教官、あのノートはオレの宝物です。すごく役に立ってますから!」
オレの言葉にストリンガー教官は満足そうに頷いてから、
「その成果も実戦で確認しよう。同盟軍の
やってやる!腕が鳴るぜ。ストリンガー教官にいいトコを見せたいもん………待てよ!
オレらの行く手を阻む堀……あの幅と深さ……
「ホタル!堀の正確な幅と深さを測定してくれ!」
オレがスクリーンに向かって叫ぶと、画面を分割してホタルの困惑した顔が映る。
「ええ!? それになんの意味が……」
「カナタの言う通りにしろ。納豆菌が仕事を始めたらしい。」
「はいっ!任せてください!」
「測定できたらデータをハンマーシャークに転送してくれ!ラウラさん、さっき拿捕した巡洋艦のデータを詳しく出して!全艦分だ!」
「はい、艦長!」
偵察の達人であるホタルはすぐに堀のデータをこっちに送ってくれた。
そんでこれが拿捕した巡洋艦のデータ、と。全長と全幅がこうで、肝心の全高がこうで………イケんじゃね?
「マリカさん!拿捕した巡洋艦を3隻、オレにください!」
「もともとタダでもらったもんだ、惜しかないね。カナタの言いたい事はわかった!アクセル!操艦の得意な奴を連れて、アタイの指示する鹵獲巡洋艦に移動しな!得意の曲乗りを見せてもらおう!」
並のリガーなら無理だが、同志アクセルとうちのリガーチームなら出来るはずだ。
同志アクセルの率いるリガーチームは分乗して、3隻の鹵獲巡洋艦に乗り込んだ。
「同志カナタも無茶言うぜ。理論的には出来るって話だろ、これは。理論的には可能ってのは不可能とおんなじ意味だって知ってるかい?」
「不可能を可能にするのがオレらでしょ!同志アクセルなら出来ます!」
「おうよ!野郎共、巡洋艦で曲芸走行なんてやれる機会は滅多にねえ!アクセルチームの編隊走行を見せてやろうぜ!」
「やらいでか!」 「リーダー、タイミングは任せるぜ!」
アクセルチームの頼もしい答えに同志アクセルは力強く応える。
「もう落とし穴に落っこちたような人生だ!穴に落ちんのも、二度目はもっとうまく出来る!……いくぜ!!」
3隻の巡洋艦は敵軍の砲火をかいくぐりながら堀に向かって疾走する。
何発か被弾し、艦が揺らぐがうまく態勢を整え直して堀の手前まで到達した、減速せずに、だ。
「今だ!!いけっ!!」
最大戦速で走る3隻の巡洋艦は、ドリフトのような機動を見せて、堀に向かって横向きに滑る。
そして、すっぽりと堀に艦を落とし込んだ。直後に物凄い落下音が戦場に響き渡る。
「同志!無事なんでしょうね!!」
「………なんとか生きてるよ。河の向こう岸からおっぱい様に呼ばれたような気がしたけどな……」
黒煙が充満する艦橋から返信があって、胸をなで下ろす。
さあ、今度はオレらの番だぜ!
「橋は出来た!遠慮なく踏んずけていくよ!戦艦が前だ、全速前進!」
マリカさんの号令で、艦隊は前進を開始する。
「カナタ君のアイデアは本当にユニークだね。多少、無茶ではあるけれど。」
スクリーンの中のリンドウ中佐は楽しそうだ。
「力技だが、これでケクル大佐と同時攻撃が可能になった。いい仕事だったぞ、剣狼。」
ヒンクリー准将からはお褒めの言葉を賜る。
「いい仕事をしたのは同志アクセルのチームですよ。そして功労者達を踏んずけて、オレ達は前に進む!」
多少ガタついたが、巡洋艦の橋を渡って防御柵を踏み潰し、ハンマーシャークは戦場に踊り出た。
「ラウラさん、ここは任せた!1,1中隊、出撃するぞ!」
部隊を率いたオレは出撃ハッチの前に移動し、ハッチが開くのを待つ。
「ハッチ開きます。艦長、ご武運を!」
ラウラさんの声に送り出され、1,1中隊は怒号渦巻く戦場へと降り立った。
ラマナー高原を舞台に、13000名を擁するヒンクリー混成師団と、16000名を擁するエプシュタイン師団の血戦の幕が上がる。
「うおぉぉりゃあぁぁ!!」
リックのポールアームがまとめて敵をなぎ倒す。大振りの攻撃の隙を突こうとした兵士は、シオンの放った狙撃を眉間にもらって仰向けに倒れた。
「剣狼!その首もらったぁ!かかれぇ!!」
迫り来る敵兵達は、オレに近寄るコトも叶わず、バタバタと倒れ伏してゆく。
邪眼持ちに出会うのは初めてだったらしいな。覚悟も工夫もない者には確実な死が待つ。それが戦場だ。
部下が全員倒れてしまったコマンダーが周囲を見回すが、もう誰もいない。
「オレの首をもらい受けるんじゃなかったのか?」
「ヒッ!ヒイィィ!」
苦し紛れのサーベルの斬撃を跳ね上げて、胴を薙ぐ。指揮官だってのにこの柔らかさ、腕も浸透率も大したコトはない未熟者だったか。
手応えで浸透率の高低がわかるようになってきた。オレも人を斬り慣れてきたってコトだ。
(少尉!ホタルから通信!また新手がくるわよ!)
リリスからの念真通話。……また新手か。葬儀屋は大繁盛だな。
司令のお勧めで、御堂グループの葬儀屋の株、買っといたんだよね。ザラゾフが痛い目に遭うだろうって言うからさ。戦死者を食い物に小銭稼ぎとか、オレもずいぶんあくどくなったもんだ。
現れた新手の先鋒を狼眼で始末し、先頭に立って後詰めの敵軍に相対する。
だが敵軍はジリジリ下がり、撤退してゆく。追おうとするシズルさん達をオレは手で制した。
「お館様、我らに恐れをなした敵軍など、存分に叩きのめしましょうぞ。」
「待つんだ、様子がおかしい。なにか状況が変わったな。……たぶん、オプケクル大佐の部隊が横腹を喰い破ったんだ。一旦、艦に戻ってカロリー補給と負傷者の手当てをする。本格的な追撃はそれからでいい。」
この戦い、勝ちの流れを引き寄せてる。焦るコトはない。確実に、容赦なく、勝てばいい。
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