激闘編17話 不協和音は飯のタネ



ソナーと偵察用ドローンで入手した敵艦隊の規模と種別を不知火に報告する。艦長としての初仕事だ。


報告を受けたマリカさんはスクリーンの中で腕組みする。


「まずは艦隊戦って訳だね。性懲りもなくタラスクの息吹ブレスを喰らいたいらしい。……いや、この艦数だと、そうでもないか。」


「たぶん、ラマナー高原の準備が整ってないんでしょう。目的は時間稼ぎ、引き気味に戦ってくるんじゃないですか?」


「だろうね。泡食って配置変えしてんのさ。ラマナー高原に向かってるのはアタイらだけじゃない。」


「どういうコトです?」


「ケクルのオッサンが部隊を率いてこっちに向かってるんだとさ。イスカの奴、アタイにまで今の今まで黙ってやがった。」


「ケクルのオッサン?」


ブリッジにいたリムセが教えてくれる。


「オプケクル大佐の事なのです。私達の故郷、龍頭大島の英雄なのです!」


オプケクル大佐のコトだったのか。それなら知ってる。「人食い熊マーダーベア」の異名を持つ古参兵だ。


「オプケクル大佐が来援したんで泡を食って態勢を整え直してるのか。お可哀想に。口から泡吹いてるカニは、熊の餌食になりそうだな。」


「ちなみにオプケクルは「オナラをする人」という意味なのです!」


え!? マジで? アイヌの人って子供にはわざと汚い名前をつけて厄除けするって聞いたけど、大人になったら名前を付け直すはずだよな。


「大佐の親は名前を付け直さなかったのか?」


「子供の頃はもっと汚い名前だったそうです。それに大人になってもオナラばっかりしてるって聞いたのです!」


……もっと汚い名前ってどんな名前だったんだよ。波平が高尚な名前に思えてきたぞ。


「だからアタイらは「屁こき熊」って呼んでんだよ。ま、屁ばっかりこいちゃいるが、腕も統率力も一流のオッサンだ。兎我のジジイに屁をかまさなきゃ、今ごろは将官になれてたってのにねえ。」


元帥相手に屁をかましたのかよ!豪傑すぎんだろ!


「艦長、あと10分で敵陸上戦艦主砲の射程に入ります。ご指示を。」


軽巡で戦艦同士の砲撃戦に参加するほど酔狂じゃない。ここは予定通り、小判鮫戦法あるのみ。


「機関減速。不知火の後方につけ!」


「私達の出番はナシかしらね。楽でいいけど。」


補助シートでリリスは背伸びしてるけど、そうはいきそうにない。


「そうでもない。敵がアホじゃなきゃウィンザースの二の舞いは避けようとするだろう。」


「どういう事ですか、隊長。」


オレは指揮シートの後ろに立ってるシオンに説明する。


「タラスクが足を伸ばして大地を踏みしめたら、全速後退する。タラスクが足を引っ込めたらまた前進、と。ウィンザースと違って、ヤツらは艦隊戦で勝とうと思ってない。ラマナー高原の布陣を変える時間稼ぎがしたいだけなんだ。」


「納豆菌の言う通りだ。戦艦を前に出して喰らいつくよ!」


マリカさんは艦隊の艦列を変えて、一気に前進する。


砲撃戦には応じずに海賊戦法で仕留める腹だな。


「ラウラさん、ここを頼む!距離が詰まって敵戦艦主砲の最低射程を割り込んだ時点で、全速前進してくれ。その後は手近な船にパイルチューブを叩き込むんだ。コンマ中隊はパイルチューブ前に集合!斬った張ったのお時間だぜ!」


オレは中隊を率いてブリッジから移動した。





オレ達は機構軍先鋒艦隊をあっさりと撃滅した。時間稼ぎさえさせずにだ。


同数程度の艦隊で時間稼ぎをしようなんて甘い考えを通すほど、ユルい指揮官じゃないんだよ。うちのマリカさんはな。


ラマナー高原にいる本隊はもっと艦船を出せただろうに、出さなかったからこうなるんだ。


艦船を出さなかった理由もわかってる。ラマナー高原に布陣するエプシュタイン中将は自分達が逃亡する時に備え、艦隊を温存しておきたかったんだ。


この世界の戦争はいつもそうだ。将官や佐官といった高級軍人は常に自分の安全だけは確保して戦おうとする。


アスラ部隊やヒンクリー師団が強いのは質の高さだけが理由じゃない。命大事の腰抜け共とは戦場に臨む覚悟からして違うんだ。


拿捕した敵艦から使えそうな艦を戦列に組み入れ、残りの艦はこの場に置いてゆく。


艦には起動要員と呼ばれる幹部がいる。彼らの誰かが複数のセキュリティーをパスしないとエンジンは起動しない。なので起動要員を連れていけば、艦を盗まれるコトはない。


高レベルのハッカーチームを抱えたヒャッハーなどいないからだ。


急ピッチで装甲板の張り替えだけを済ませ、ヒンクリー師団はラマナー高原への進軍を再開する。


時間稼ぎに失敗したエプシュタイン中将が弱気になって、グラドサルへの撤退を決断するかもしれない。エプシュタイン師団を野戦で叩いておきたいオレ達にとって、撤退されるのは不都合なのだ。




司令が敵性都市国家グラドサルの攻略を決断したのには理由がある。


グラドサルの最高権力者である都市総督が交代したのだ。グラドサル総督の地位はグリースバッハ家で世襲されてきたのだが、前総督は機構軍の意向に従順に従う総督だった。先年、前総督は高齢により引退し、新総督が誕生した。高齢で引退した前総督の息子なだけに、現総督は結構なお年だ。


そして父親と息子は性格が真逆だった。よく言えば温厚、悪く言えば事なかれ主義のパパ・グリースバッハとは違い、グリースバッハJrは我が強く、自己顕示欲も旺盛な男だった。


初老に差し掛かっている年齢なのに、これといった実績がない焦りもあるのだろう。とにかく自分流を通そうとする。自分流の思考の根幹にあるのは、前総督との違いを打ち出す事だ。


グラドサル防衛軍と機構軍派遣部隊の連携がうまくとれていないと知った司令は、グラドサル攻略に着手した、というコトだろうな。


今回の会戦がモロにそれだ。エプシュタイン中将はラマナー高原でヒンクリー師団を叩いておきたい。でなければ別ルートからグラドサル方面に向かって侵攻してくるシノノメ師団と合流されてしまうからだ。


だがグリースバッハ総督は反対した。グラドサルの都市防衛施設を活かして籠城戦に持ち込むべきだと主張し、譲らなかった。本音は透けて見えている。ラマナー高原で勝利しても、手柄はエプシュタイン中将のものだ。だから自らが指揮を執れる籠城戦で、両軍に勇名を馳せるシノノメ、ヒンクリー師団を撃退したい。どんな理屈をつけようが、グリースバッハの本音はそこにある。


都市総督と派遣部隊師団長のどっちに命令権があるのかハッキリしていなかったのも問題だった。パパ・グリースバッハが機構軍のいいなりだったから問題が顕在化しなかっただけで、火種はあったのだ。


火種があるのなら油をかけてやればいい。司令なら内部工作もしたはずだ。その成果が今の状況、防衛軍はグラドサルに残り、派遣師団が野戦を挑んでくるというシチュエーション。


エプシュタインもグリースバッハもガルム人でガルム閥だけど、大派閥には派閥内に派閥が出来たりもする。


エプシュタインはリングヴォルト帝国の貴族だが、グリースバッハは違う。それにエプシュタインはグリースバッハを碌な実績もない世襲総督と軽んじてもいたんだろう。だから自分の考えである野戦で別働隊を叩く、に固執した。


どんな状況でも最悪のケースを避ける道だけはあるものだが、エプシュタインとグリースバッハは最悪の道を選んだ。


我意と我意を衝突させて、友軍でありながら協調しないという不協和音の道を選んでしまったのだ。


野戦と籠城、どちらを選ぶにせよ、メリットとデメリットは存在している。それでもどちらかの方策で一致協力すべきだった。一番やってはいけない事はめいめいが勝手に動く事。


エプシュタインかグリースバッハ、どちらかが冷静な判断をしていれば、こうはならなかったってのにな。


……この不協和音は飯のタネでもあるが、他山の石ともすべきだな。コンマ中隊にも火種はあるぞ?


オレが指揮を執れない状態になった場合は副長のシオンが指揮を執る。その旨はシズルさん達に伝えたが、意思統一は徹底されているか? 会戦前にシズルさんと二人で話し、よく言い含めておくとしよう。いや、ラウラさんもだ。白狼衆、アレス重工派遣チームはオレに何かあった場合、シオンの指揮でシステムを維持してもらう。



……30人ぽっちの組織でこれか。アスラ部隊をまとめてる司令はやっぱ傑物だぜ。



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