激闘編16話 帝王三原則の逆をゆく男
ラマナー高原へ向かって進軍するヒンクリー師団。その混成艦隊の先頭を航行するのがオレ達の船、ハンマーシャークだ。
所属艦船の中で最高の索敵能力があるのだから、当然、先頭で索敵しながら行軍する事になる。
大艦隊の先陣をきって走るのは気分がいい。オレが艦隊を率いているワケじゃないが、気分は大提督だ。
指揮シートにふんぞり返って軍艦マーチを口ずさむのも無理はない。
「景気のいいテンポの曲だけど、どこの曲よ、それ。」
指揮シートの隣の補助シートに腰掛けたリリスの訝しげな声で我に返る。
軍艦マーチはこの世界にはない曲だ。ちょっとマズったな。
「どこでもいいだろ。ノゾミ、敵影はないか?」
話題を逸らす為にオペレーターのノゾミに声をかける。
「ありません。」
「数だけは敵の方が多い。ラマナー高原はもう遠くないから、奇襲には注意してくれ。」
「アイアイ、サー。」
「ラウラさん、砲撃戦が始まったらシミュレーション通り、戦艦の陰に逃げ込むからね。」
「はい、艦長。本艦は堅いとはいえ軽巡ですから。」
舵輪を握るラウラさんにチキンな指示を出したオレに、リリスがいつものように毒を吐いてきた。
「戦艦の陰にこそこそ隠れるとか情けないわね。撞木鮫から小判鮫に改名したら?」
おまえは毒を吐かなきゃ死んじゃう生き物なのか?……そんな罪な生き物でしたね。
「退かぬ、媚びぬ、顧みぬ、がオレのモットーだけど、艦隊戦の時は例外かな。」
帝王三原則は男の憧れ。
「はんっ、よく言うわね。死神相手にボロ負けして逃げ出したし、ガーデンじゃイスカやマリカに媚び媚びだし、なにかあったらウジウジクヨクヨ思い悩むじゃない。」
……言われてみればその通り。なんてコトだ。オレは逆サウザーだったのか……
非情な現実を突き付けられたオレは指揮シートで肩を落とした。
その落とした肩に優しく差し伸べられる手。
「大丈夫。カナタがどうしようもない負け犬で提灯アンコウでイジケ虫でも、私が傍にいてあげる。」
「ありがとな、ナツメ。……誰が負け犬で提灯アンコウでイジケ虫なんだよ!慰めるフリしてディスってんじゃねえ!」
「気付いた? やるじゃない!」
「心底感心した顔すんな!それは追い打ちって言うんだぞ!」
「相手の心を踏みにじる愛が、この世にはあるの。」
「ンなもんいるかぁ!ええい、愛など……愛などいらぬぅ~!!」
オレは聖帝のように絶叫してみたが、誰も構ってくれなかった。
スクリーンに映る変わり映えしない荒野の景色を眺めながら、少し物思いに耽る。
考えるのはゴーストタウンを出発した日の夜、極秘で回ってきた録画映像の事だ。
「この録画映像はまだ誰にも見せるな。カナタだけが見て分析し、意見を早急にまとめろ。イスカがカナタの意見を聞きたがっている。」
そう言ってマリカさんから手渡されたメモリーチップには、死神の戦闘記録が収められていた。
誰にも見せるなと言われた理由はすぐわかった。あまりにも衝撃的で、百戦錬磨の猛者が見ても戦慄を禁じ得ない殺戮の記録。会戦前にみんなを動揺させないという配慮だったんだ。
死神が規格外の怪物なのはこの身で味わったつもりだったが……ヤツにはまだ底があったのか。
放出系念真力の融合だけじゃなく、全系統の能力を持ってやがったのかよ。
……だったらなんでオレと戦った時に使わなかったんだ? 逃げようとするオレとリリスを、重力磁場で足止めするコトは出来たはずだ。
未完成だったが、終焉の与えたダメージが思ったより深刻だったのか?
いや、死神は無類のタフさを持つ。なにか他の理由があったに違いないが……わからんな。
今まで死神は正体を隠して表舞台には出てこなかったのに、ローゼの招聘に応じて姿を現した。
あの男は地位や名声には興味がないタイプ、そして権威にもひれ伏さない。
ローゼの招聘に応じたのは、オレと同じでローゼに期待しているからだろう。
というコトは以前から死神とローゼは繋がりがあったんだ。疑り深く慎重な死神は伝聞や噂で動いたりしない。自分の目で確かめた人物でなければ、重い腰を上げたりしないだろう。
口惜しいがヤツは頭も切れる。あの戦闘能力に切れる頭、キカちゃんや太刀風、人間要塞といった優秀な兵を束ねる統率力、ローゼは最強の助っ人を手に入れたワケか。
あの知勇兼備の怪物がローゼを支えるつもりなら、滅多なコトはないだろう。ギンテツもローゼについたみたいだし、安心していいよな?
薔薇十字とは戦いたくないオレとしても、死神の参戦は好都合だ。あの怪物と殺り合うのはゴメンですって言っても臆病の誹りは受けなくて済む。
考えようによっては、いや、考えるまでもなく、死神がローゼについたコトはオレにとっても好都合なんだが……このビミョーに面白くない気持ちはなんなんだ?
個人的感想はさておき、司令からの宿題について考えないとな。
薔薇十字のいる戦地は遠い。そして薔薇十字は大軍で、死神はスペック社から派遣された客員軍属。ゆえに単独で薔薇十字から離れて行動する事はない。死神はローゼに戦争のやり方をレクチャーしようとするはずだから。
というコトは、死神は今までのように神出鬼没の行動はとらない、いや、とれない。
電撃作戦で単独行動するコトはあるかもしれないが、薔薇十字本隊から大きく離れるコトはないとみていい。
少なくともローゼが未熟な間は、だ。敵陣に飛び込んだ飛車が竜王になって暴れてる間に、王将を取られたなんて間抜けな事を死神がするワケがない。
この点は司令に伝えておくべきだな。無駄な損耗を嫌う司令は薔薇十字との交戦を避ける判断をするはずだ。
今回の作戦内容から考えても薔薇十字との交戦は不合理だしな。司令達は別ルートを攻略しながら、シュガーポットでオレ達と合流する予定なんだから。
薔薇十字に手を焼いてる上層部から泣きつかれても、司令は冷笑して取り合わないだろう。そういう非情さを持ち合わせた人だ。
司令が死神と戦う判断を下すのは、死神に勝てる算段がついた時だ。もしくは薔薇十字を撃破しなくては、この戦争に敗北する時。
死神に勝てる算段、か。そこが問題だ。いくらオレが薔薇十字と戦いたくないといっても、向こうから仕掛けてこられたら、受けて立たないといけない。オレの部隊だけなら逃げるコトも可能だが、アスラ部隊が薔薇十字と戦うというのなら、オレも戦う。考えたくない事態だが、考えておかなくてはいけない。
オレがいくらローゼに思い入れがあっても、現状、薔薇十字は敵軍なんだから。
あの怪物をどう倒す? 遠距離からは念真重力砲を連発し、中距離なら複合パイロキネシスで応戦、近距離では分厚い念真重力壁に守られ、埒外のパワーで攻撃してくる。一見、打つ手ナシだが……
考えろ、完全無欠の存在なんてこの世にいない。不完全だから人間なんだ。
……まず、ヤツは一人の軍隊だってのが弱点だ。近場に仲間がいたら、自分でも制御しきれない念真能力に巻き込んでしまう。
死神が全力で戦う為には、単独でなくてはいけない。強力過ぎる念真力の副作用みたいなもので、克服しようがない弱点だ。
ヤツは部下を使い捨てにするタイプじゃない。汚い手だが、ヤツの戦うフィールドに友軍兵士をいさせるように仕向ける。アスラ部隊の隊長級なら、距離のコントロールも可能だ。
早い話、ヤツの部下を掴んでフィールド内に放り投げてやればいい。
複数の隊長でヤツの部隊と相対するのが大前提だが、そもそもあんな怪物を単独でどうこうしようってのが無謀だ。
ヤツの能力を敵軍兵士で縛ってから、複数の隊長で応戦し、フィニッシャーとして完全適合者を投入する、か。
今んとこ死神を倒す手段はこれしか思い付かないな。司令への報告はこれでいいだろう。
……問題点はあるな。ヤツがコンビを組める相手はいる。守護神アシェスだ。
ガーディアンGBSによる絶対防御が可能な守護神なら、死神の能力範囲の中でも戦闘可能だ。
守護神ほどではなくとも、アスラ部隊の隊長クラスの腕前なら、やりようによっては似たようなコトも出来るだろう。
完全適合者である死神に、複数の準適合者がついてたら手のうちようはない。ま、完全適合者とか準適合者とかが複数いたらどうしようもないのは死神だけの事例じゃない。うちだってそんなもんだ。
そういう相手には、大量の戦死者覚悟で数で押すぐらいしか方策はないだろう。
「隊長!レーダーに反応あり!機構軍艦隊の先鋒と思われます!」
ノゾミの声を聞き、ブリッジに緊張が走った。いよいよお出ましだな。
「微速前進、ソナー出力全開。偵察用ドローンを射出し、情報収集にあたれ。総員、第二級戦闘配備だ!」
オレの指示を受け、クルー達が動き出す。
思ったよりも早く出てきやがった。死神対策の報告書提出は先鋒を粉砕してからだな。
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