戦役編34話 乗ってしまった船



基地の食堂に用意されていた宴席は豪勢なものだった。


私の輸送してきた補給物資は早速役に立ったようだ。


「コリアンダーを始めとする香草がふんだんに使われていますね。故郷を思い出します。」


私がトゥナム人である事を考慮しての料理なのだろう。どうやら本当に歓迎されているようだ。


「俺が思うにトムヤムクンは、海老をうまく食う最高の手法の一つだと思うね。」


「同感です。」


このトムヤムクンは絶品だ。おそらくはプロの仕事、死神ほどの軍人ともなれば、お抱えシェフがいても不思議はない。


「海老を上手く食う方法はトムヤムクンだけじゃねえよ。コキールもそうさ。ホワイトソースに工夫を凝らしてみた。お口に合えばいいんだがね。」


細身の体に白衣を纏った男が、海老のコキールが載った皿を置いてくれた。ホワイトソースの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


「実にいい匂いだ。君が料理長かね?」


「亡霊戦団幹部のミザルってんだ。よろしくな、ザップ大尉。」


「これは失礼、てっきりシェフかと思ったよ。」


「料理長も兼任してる。悪い食材を旨く食わせるのも料理人だが、やっぱ料理の王道は最高の食材を最高の腕で調理する、だな。」


「大した腕だ。どこかで修行を?」


「いや、独学だ。央夏風の料理はバクスウ老師に習っちゃいるがね。」


そう言って料理長は厨房へ戻っていった。


人格者として尊敬を集めるバクスウ老師は、モーズリー暗殺を止めてくれなかったのだろうか?


いや、バクスウ老師もスティンローゼ姫も、事情を知らされていないと考えるべきだ。


「そう言えば、バクスウ老師も薔薇十字に参軍されていましたな。」


私がそう言うと、杯を傾けながら少佐は頷いた。


「………ザップ大尉。言いたい事が別にある、そんな顔をしているぞ?」


!!!


「おっと、心拍数が跳ね上がったな。図星だったか?」


動揺するな。ハッタリだ!


「ハッタリじゃない。脈拍も早まったし、呼吸も乱れた。」


こ、この男……嘘発見機ポリグラフでも搭載しているのか!


「……嘘発見機でも搭載しているのか、かな?」


ま、まさか……この男は人の心が読めるのか!


「いやいや、心が読める訳じゃない。俺は特注のバイオセンサーを搭載していてな。脈拍や心拍数の変化が分かるんだよ。それが分かれば、考えを予想するのはそう難しい話じゃないだろう?」


いくら心拍数や脈拍の変化が分かっても、こうまで見透かされるものなのか?


………私も分かった。この男は戦闘能力だけの怪物じゃない。その頭脳も怪物なんだ。


!!……テレパス通信のチャンネル接続要請……内密の話をするつもりなのか?


腹を割って話すにはいい機会か。チャンネルを接続しよう。


(言いたい事があるなら言ってみろ。身に危険が及ぶ事はない。)


その言葉を信用していいものかどうか……だが私の心の内は見透かされてしまっている。


ならば下手な隠し立ては、却って危険を招きかねない。


(モーズリー中佐を殺す必要がありましたか? いつでも殺せると彼を恫喝すれば十分だったのでは? 手もなく中佐を暗殺してのけたのです、それが出来なかったとは言わせませんよ。)


(窮鼠の考えほど読めないものはない。恫喝されたモーズリーがマッキンタイアに泣きつく可能性もあったしな。)


確かにモーズリー中佐が黒幕バックに泣きつく可能性はあったが……


(黒幕がマッキンタイア少将と分かっているなら、交渉するという手段もあったのでは?)


(先に仕掛けてきたのはどっちだ? マッキンタイアだろう? 少将閣下に「下手に手を出せばこうなる」と警告しておく必要がある。)


(キツイ警告ですね。モーズリー中佐はそう悪い人間ではありませんでした。なにも殺さなくとも……)


(では聞くが、薔薇十字に足止めを食わせれば、当然進軍は遅滞する。そうなれば我々の援護を待つ友軍はどうなる? 死なずに済んだはずの兵士が死ぬだろう。そんな兵士が一兵も出ないとは言わさん。)


………確かにその通りだ。モーズリー中佐にそんなつもりはなかっただろうが、味方殺しに加担しようとした事に違いはない。


(少佐の言わんとする事は理解しました。言われてみれば仰る通り。私にとって悪い上官ではなかっただけに、いささか感情的になっていたようです。)


(ザップ大尉がそう思うのは当然で、それが真っ当な人間というものだ。ただ、モーズリーには想像力が欠けていた。)


(最後の兵団ラストレギオン団長に逆らうという事に対して、もう少し敏感であるべきでしたね。)


(それもあるが、モーズリーは人の親になったのだろう? ならば戦地で戦う兵士達も……誰かの子であり、誰かの親であると……どうして思えない?)


この男はどういう男なのだろう? 最多殺傷記録を作った死の化身であるはずなのに、その言葉に胸を打たれる。


敵兵をゴミのように大量殺戮したかと思えば、無名の兵士達の境遇を案じる、か。


敵と味方は別だという事だろうか? いや、そんな単純な割り切りではないように感じる。


(今回の件、私は誰にも口外しません。口封じはご容赦を。)


(心配には及ばない。大尉は沈黙を守ると思っているし、仮に俺の読み違いであったとしても、なにも証拠はないだからな。)


ないか。………という事は、手を下したのはやはりロウゲツ大佐だ。


少佐はそうなると分かっていたが傍観した、という事なのだろう。


(読み違いではありません。今回の件は私が墓場まで持ってゆく、それでお仕舞いですよ。)


(その日は近いかもしれんぞ? このままだとな。)


??………あ!!


(……補給物資を無事に届けた私は、マッキンタイア少将の恨みを買ったでしょうね。)


(逆恨みもいいところだがな。彼ならさもありなん、だ。)


トゥナム人である私にこれといった後ろ盾はない。いや、人種は関係ないか。


派閥抗争に巻き込まれては命がいくつあっても足りないと、距離を置いてきたのが裏目に出たのだ。


……しかも手酷い裏目だ。下手をすれば、私もモーズリー中佐暗殺の共犯と見なされている可能性すらある。


機構軍内で幅を利かせるロンダル閥に逆恨みなどされれば、私の命など風前の灯火だ。


(少佐、私はいったいどうすれば……)


(それはザップ大尉の決める事だが、……おや、救命ロープが到着したぞ?)


……救命ロープが到着した?


食堂の入り口に黄金と真銀の騎士を従えた皇女の姿が見えた。


そうか!ロンダル閥に恨みを買ったなら、ロンダル閥以上の派閥に庇護してもらえばいい。


機構軍最大の派閥はガルム閥なのだ。


「おいトーマ。ローゼ様の到着を待たずに宴を始めるとは非常識だろう!」


真銀の騎士に咎められたトーマ少佐は肩を竦めた。


「アシェス、目くじらを立てるような事じゃないでしょ。」


「しかしローゼ様……」


「いいから!貴方がゾアン・ヴァン・ザップ大尉ですね? 補給物資の輸送、ご苦労さまでした。ゾアン大尉と呼んでよろしいですか?」


随分フレンドリーなお姫様だ。庶民派プリンセスといったところかな?


「どうぞご随意に。」


「姫、トゥナム人のギブンネームは後ろだ。」


トーマ少佐が姫にアドバイスすると、スティンローゼ姫はポンと手を打つ。


「あ、そっか!イズルハやオウカと同じエイジア圏ですもんね。ではザップ大尉、お隣いいですか?」


「滅相もない!トーマ少佐、姫様用の雛壇が設置されていません。すぐに設えさせなければ……」


「そういう事をするなと言われている。姫は皆と同じ目線で過ごす主義でな。」


「そういう事です。」


スティンローゼ姫は私の隣にちょこんと腰掛けた。


ま、まいったな。大国のお姫様の隣でリラックス出来る程、私の神経は太くないのだが……


いや、この僥倖を生かさねば。え、ええと………どうアプローチすべきか………


「姫、ザップ大尉を薔薇十字に加えようと思うんだが、いいかな?」


この助け船は正直ありがたい。少佐、感謝いたします。


「ザップ大尉をですか?」


「今はクリフォード一人に負荷がかかってる。所帯も大きくなってきたし、補佐する者が必要だろう?」


「ザップ大尉、よろしいのですか?」


「是非とも小官を薔薇十字にお加え下さい。戦闘のお役には立てませんが、事務屋としてならそれなりに自信がございます。」


「決まりですね。ザップ大尉、よろしくお願いします。」


「ありがとうございます。微力を尽くします。」


これでなんとか首が繋がりそうだ。


(ザップ、姫はモーズリーの件に関わっていない。含んでおいてくれ。)


(でしょうね。そしてこれからも、という事ですね?)


(そうだ。)


姫君の為の汚れ仕事か。トーマ少佐も損な役回りだな。


だが、この切れ者が汚れ仕事を買って出るだけの器が、この姫君にはあるという事。


ならば私も賭けてみよう。乗りかかった船とも言うし………違うな。




この時、この場から一蓮托生なのだ。もう私も薔薇十字という船に乗ってしまったのだから。


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