戦役編35話 メッセンジャーは無頼漢



トーマ少佐が新しい仲間を連れてきてくれた。ゾアン・ヴァン・ザップ大尉だ。


実務家として有能なザップ大尉には、クリフォードの補佐をしてもらう事にする。


内務を一手に引き受けていたクリフォードも、これで少しは楽になるよね。




「ギン、捕虜の皆さんの収容は済みましたか?」


ギンはなにが可笑しいのかクスクス笑う。


「なにが可笑しいの?」


「いえ。とは、いかにも姫らしいと思ったもので。」


「いけませんか?」


「いつまでもそうであって下さい。捕虜の収容は完了しています。」


「捕虜の皆さんの中に面会したい方がいます。」


「シモン・ド・ビロン少将の息子、ロベール・ド・ビロン中尉ですね?」


「違います。ビロン中尉の部下、ギデオン軍曹です。」


「あんな下っ端に会って、どうなさるおつもりなのです?」


「会えばわかります。行きましょう。」


ギデオン軍曹に頼み事がある。だけど信用していいかは会ってみないとわからない。




臨時の捕虜収容所となった兵舎棟を、薔薇十字の騎士達が警護していた。


ボクとギンの姿を見ると敬礼してくれる。


「姫が捕虜に面会するそうだ。通してくれ。」 「すぐに済むから、お願い。」


「面会が必要なら引き立てていきます。ローゼ様が収容所に入るなど……」


「いいからいいから。ギンがいればボクに手出しなど出来ません。」


渋る騎士達を押しのけて兵舎棟へ入る。


ギデオン軍曹の部屋はここだね。


ボクがノックすると中から不機嫌な声が返ってきた。


「留守だぜ。出直してきな!」


「留守なら入っても問題ありませんね。ギン、お願い。」


ギンが鍵を開けて先に部屋へ入り、ボクは後に続く。


「あ、あんたは!」


「薔薇十字総帥、スティンローゼ・リングヴォルト。あなたがギデオン軍曹ですね?」


「そ、そうだけどよ……いったいお姫様が俺に何の用だってんだ? 用があるのは坊ちゃんにじゃねえのか?」


「おい貴様。育ちと頭が悪いのはわかったが、一国の皇女に対する口の利き方も知らんのか?」


「下男の俺に無茶言うな。自慢じゃねえが、学も身分もありゃしねえんだ。」


「少しあなたにお話があります。よろしいですか?」


ギデオン軍曹は鼻を鳴らして答えた。


「俺は捕虜なんだ。嫌もなにも拒否は出来んのだろ? それより坊ちゃんは無事なんだろうな?」


「おまえの返答と態度次第では、無事じゃなくなるかもしれんぞ?」


ギン、脅かしちゃダメだよ。


「何が聞きたい!さっさと言え!」


「バクスウ老師の話では、ギデオン軍曹は最後までビロン中尉を庇って戦ったそうですね? お仲間の二人はさっさと逃げたというのに。」


「あの恩知らず共が!よくも俺らを見捨てて逃げやがったな!覚えてやがれ、ぜってータダじゃ済まさねえかんな!」


地団太を踏むギデオン軍曹。仲間だと思ってたのに見捨てられて、よっぽど口惜しかったんだろうなぁ。


「負け犬の遠吠えって言葉を知ってるか? 今のがそうだ。」


「もう!ギンは黙ってて!ギデオン軍曹はどうして逃げなかったんですか? ビロン家の家臣だから?」


「それもあるが……坊ちゃんには恩がある。」


「どんな恩ですか?」


「大病を患った妹を助けてくれた。そりゃ坊ちゃんにとっちゃ大した金じゃなかったろうよ。だけど妹を助けてくれたのは事実だ。気まぐれだろうが、いい格好しいだろうが、感謝すべきだろ?」


「不細工で下品な顔に似合わず義理堅い事だな。少しだけ見直したぞ。」


「余計なお世話だ!カマ掘られてえか、テメエ!」


カマを掘る? 


「ギン、カマを掘るってどういう意味?」


「え、え~と……」


「ゲヒャヒャヒャヒャ!さすがお姫様だ。カマを掘るってのはよ、男が男の尻にって事だよ!」


………し、知らなかった。というより知りたくなかった!


「姫様になんて事を教える!この痴れ者が!」


ギンに宙吊りにされてジタバタ暴れるギデオン軍曹。少し放っておこうっと。


………もういいかな?


「ギン、もういいでしょう。」


「はい、姫様。」


「ぜーは、ぜーは、………優男のクセにえれえ力してやがる。死ぬかと思ったぜ。」


ギンは適合候補者だもん。細身だけど凄い力なんだよ?


「ギデオン軍曹、取引をしましょう。」


「取引ぃ? どんなよ?」


「あなたも同盟兵士なら剣狼を知っていますね?」


ギデオン軍曹の顔が凍りついた。


「け、剣狼!あの男がどうしたってんだよ!」


「剣狼カナタを直接知っているようですね?」


「………ちょい前にヒドい目に合わされた。」


……たぶん、自業自得なんだろうな。


「剣狼に届け物とメッセージを頼みたいの。引き受けてくださるなら、捕虜交換でお国に帰してあげます。」


「本当にか?」


「ええ勿論。そもそも帰れなければ、メッセンジャーにもなれないでしょう?」


「俺が裏切ったらどうする? 国に帰ったら約束なんざ知るかってばっくれるかもしれんぜ?」


「そうなれば、そのツケは坊ちゃんに支払って頂きますね。」


ハッタリを利かせるコツは、だったよね。


カナタのお陰でボクはどんどん悪いコになっていってる気がするけど、気にしないでおこっと。


「名門貴族のお坊ちゃんがカマを掘られる姿を見たいなら裏切れ。俺はその方が面白い。ちゃんと写真に撮って送りつけてやるぞ。」


「待ってくれ!………わかったよ。その代わり一つだけ条件がある。」


「条件をつけられる立場か?」


「まず聞いてみましょう。ギデオン軍曹、条件とは?」


「メッセージを伝えたら俺は戻って捕虜になる。だから俺の代わりに坊ちゃんを国へ帰してやってくれ。」


「その条件は飲めませんね。」


ギデオン軍曹は床に這いつくばって懇願し始めた。


「頼むよ!そりゃワガママで尊大で自分勝手な坊ちゃんだけどよ、俺の恩人なんだ!」


「ビロン中尉にツケを払ってもらうという話は嘘。ギデオン軍曹と一緒に帰国するから無理だという話です。」


「へ? そ、それじゃあ、俺が裏切ったらどうする気なんだ?」


「どうもしません。ギデオン軍曹が卑怯者として一生をお過ごしになればよいだけです。」


「………必ずメッセージを届ける。約束する。正直、剣狼には会いたかねえが………」


「それってギデオン軍曹に原因があるのでは?」


「そーなんだけどよ。坊ちゃんと一緒に悪さを………って、ンな事はどうでもいいだろ!俺はなにをすりゃいいんだ!」


「このペンダントを剣狼に返して「今度逢ったら引っぱたく」と伝えてください。」


「それだけでいいのか?」


「はい、それだけです。あ!一つ条件をつけますね。」


「なんだい、条件って。」


「弱い者イジメは二度としない事。いいですね? この約束を破ったら………死にますよ?」


「笑顔で怖い事言うなよ!じょ、冗談だよな?」


「うふふっ。どうでしょうね?」


「その顔はマジだろ!マジなんだろー!」


ガクガク震え出すギデオン軍曹。


「家族を大事にするギデオン軍曹、誰かを相手に粗暴な振る舞いが出そうになったら、少しだけ考えてみて。その誰かも、誰かにとっての家族なんだ、ってね。」


「わ、わかった。やってみる。」


「帰国した後は軍と無関係な生き方をしてくださる事を望みます。」


「そいつぁ坊ちゃん次第だ。」


「変なところで義理堅い奴だな。人が良いのか悪いのか、よくわからん奴だ。」


「矛盾を内包するのが人のありようです。ギデオン軍曹、すぐに釈放の準備をさせますから。ではご機嫌よう。」


「お姫様も達者でな。………ありがとう、この恩は忘れねえ。」


少し表情が軟らかくなったギデオン軍曹に別れを告げ、ボクは兵舎を後にした。




「姫、姫と剣狼はいった……」


「いったいどういう関係なのか、でしょ? 紅茶を飲みながら話すね。」


パラス・アテナの自室に戻ったボクをタッシェが待っていた。


「キッキキッ!(おやつの時間なの!)」


「はいはい。いま紅茶を淹れるね。」


「俺が淹れます。久しぶりに旨い紅茶が飲みたい。」


「………それ、どういう意味かな?」


「え、ええと。まいったな、姫の淹れる紅茶はあまり上手とは言えないというか……」


「つまり、下手だと?」


「下手という訳ではありません。そ、その……飲めなくはないと言いますか……」


「………マズいとどう違うの?」


「タ、タッシェ。紅茶を淹れるのを手伝ってくれ!」


「キキッ♪」


逃げるようにキッチンへ駆け込むギンの肩にタッシェは飛び乗った。




口惜しいけれどギンの淹れた紅茶は、ボクの淹れた紅茶より数段上手だった。


「うん、ホントに紅茶だね。ボクとは違うよね?」


あ~んしてるタッシェの口に、砕いたクッキーを入れてやりながら、ギンは苦笑いした。


「姫、いい加減に機嫌を直して下さい。俺が紅茶の淹れ方を教えますから。」


「よろしい。それで手を打ちましょう。」


「それで、剣狼とはどういう関係なのです?」


「まずボクが誘拐されちゃって………」


ボクはギンに魔女の森での出来事を話した。




「なるほど。そんな事件があったのですか。」


ボクが話し終えた頃には、紅茶はすっかり冷めてしまっていた。


「ボクとカナタって、どんな関係になるんだろうね?」


「奇妙な関係としか言えないですね。剣狼は変わった男だと思っていたが、本物の変人だったか。」


「でも優しいよ?」


「ですが優しいだけでもない。俺に「戦場で会えば容赦はしない」と言った時の目は、乾いていて酷薄さを感じさせました。かと思えば姫の身を案じて、俺を送り込んだりもする。よくわからん男だ。」


「よくわかんないのには同意だよ。なんなんだろうね?」


「さしあたっては戦場で出会わない事を祈りましょう。紅茶を淹れ直します。」


そう言ってギンはポットを片手に立ち上がった。




カナタと戦場で出会わない事を祈る、か。祈るだけじゃなく、戦略として避けるべきだ。


動機は公私混同でも、戦略としては正しい。カナタは同盟最強のアスラ部隊の隊員なんだから。



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