戦役編36話 なにはなくともまずは金



どんな悲劇であれ、得をする人間はいるものだ。


戦争も然り。多くの人命を奪い、無数の悲喜劇を撒き散らす戦争の陰で、死の商人達は高笑いする。


そして戦争の混乱で得をするのは、この私もだ。混乱に乗ずる機会が増える。


なにせ今の私は住所不定で無職の上に、身分証明書も金もない。


そんな状態で照京を目指さねばならんのだからな。




研究所から脱出した私は、プラナブリーという街に辿り着いた。


位置的には地球でいうところのタイ北部にあたる。昨晩、輸送船団の貨物に忍び込み、無事に市内へ侵入出来た。


公園のベンチで夜を明かし、日が昇ったので噴水で顔を洗う。


東京にいた頃はホームレスをよく見かけた。彼らを負け犬どもと小馬鹿にしていたこの私が、今や立派なホームレスとはな。………因果は巡る、か。よく事情も知らない他人様を小馬鹿にしていた報いがこれらしい。


新たな発見もあった。ダンボールは暖かい。この世界には人の暖かみは欠けているようだが。


さしあたって必要なのは金だ。どう手にいれるか?


暗記してきた文学音楽を金にする?………ダメだ。それをやりたくとも、元手が必要。その元手を手に入れたいという話だろう? 叩いてもホコリの出ない人間を引き込み、私はゴーストライターになるのが理想だ。


窃盗? 難しいな。スラムの住居になら簡単に忍び込めるだろうが、金などないからスラムにいるのだ。かといって高級住宅街に行けばセキュリティが堅く、なによりこの格好では通りを歩いていただけで怪しまれる。そもそも私はピッキングなど出来ないのだし。


強盗? この狼眼があれば可能だろう。だが犯罪を行えば、カナタに迷惑がかかるかもしれん。今は大規模戦役が勃発している。という事は、カナタは戦地にいるだろう。ならばアリバイは証明されるか。


善良な人間から金品をせしめるのは気が引ける。やるとしても悪党からだな。


悪党、か。そう言えば荒野に悪党が溢れる世界だったな。荒野の無法者が相手なら良心の呵責など感じない。


ふん、家族の為ならなんでもやるつもりの私が、今さら体裁などを気にするか。


とりあえず、ヘリから持ってきた荷物の中に拳銃が2丁ある。1丁は残して、もう1丁を闇市で売ろう。


そしてホームレスをしながら機会を窺い、スラムの故買屋を見つけるのだ。




拳銃を売った金で糊口をしのぎ、ホームレスを続ける事一週間。少し状況が見えてきた。


まず、私に追っ手はかかっていない。かかっているかもしれんが、顔写真を張り出されるような大々的な捜査網は敷かれていない。


表に出せない秘密研究、しかも研究所は爆発して中枢の人間に生存者はいまい。


私が生存している事を掴めていないな? いや、楽観論は危険だ。


しかし大々的な捜査網を敷けないのは確かだ。私の生存を知り得ていても、秘密裏に処分しようとするだろう。


元の世界なら軍事衛星でヘリを追尾し、捕捉されていただろうが、この世界では軍事衛星はコントロールアウトの状態だ。少なくとも私がどの方面に逃げたかは、まだ掴めていまい。


そしてスラム、いやストリートの雰囲気と状況もわかってきた。


巨大都市国家は極々一部の特権階級、市民証を持つ市民、そして不法移民によって構成されている。


市街中心部シティセントラルに特権階級、その外に市民、さらに外に不法移民、甘くはないバウムクーヘンのような年輪都市。


それはこのプラナブリーだけではなく、巨大都市は総じてそんな造りのようだ。


まるで民主主義の機能していないアメリカだな。不法移民の存在が黙認されている。


ごく一部の富裕層に富が集中しているという点もそっくりだ。


そして年輪の外側へ行くほど治安は悪化する。現に私も二度、夜間に襲撃された。


超人兵士の体でなければタダでは済まなかっただろうが、返り討ちにし、情報を聞き出した。


追い剥ぎのような連中には、故買屋のツテがあるに決まっているからだ。


そして私はロードギャングから盗品を買う故買屋サムチャイの存在を知った。


それさえ分かれば後は簡単だ。サムチャイをマークし、指向性聴覚機能を使って取引場所を掴めばいい。




トレーダーズギルドの持つ倉庫街、それがサムチャイの取引場所だった。

 

月のない深夜、フード付きコートを着込んだ私は倉庫の片隅に潜み、取引が始まるのを待つ。


悪党は闇取引を倉庫でやりたがるというのは本当だったらしい。


まるで安手の刑事ドラマの世界だな。いや、犯罪ドラマか。


違うのは作り物ではなく、本物の犯罪をやろうとしている事だけかな?


シャッターが開き、目映いヘッドライトの光が倉庫の中を照らす。


トレーラートラックが入ってきたか。ロードギャングのお出ましのようだ。


………無用心だな、倉庫の中ぐらい調べろ。ここに侵入者がいるんだぞ?


しばらく息を潜めていると、今度は漆黒の高級車と大型バンが入ってくる。


サムチャイとボディガード達だ、これで役者は揃ったな。


「よう、兄弟。またブツを売りにきたぜ?」


ロードギャングのボスらしいタトゥーマンが、高級スーツを安っぽく着こなすサムチャイに声をかける。


「コンテナの中身は?」


ボディガードに火を付けさせ、煙草を吹かすサムチャイ。うんうん、場末のピカレスク劇場に相応しい役者どもだ。


「アレス重工製の新型バイクだ。」


「ほう。よく分捕れたものだな?」


「他のグループにも声をかけて同盟を組んだのさ。それでも結構な数が殺られた。だからそれなりの値をつけてもらわねえとな。」


「コンテナを開けろ。ブツを確認する。」


「コンテナを開けてやれ。だが中に入る前に、こっちもブツを確認させろ。」


「いいだろう。見せてやれ。」


ボディガードの一人が手錠で繋げてあるアタッシュケースを開けて現金を見せた。


「上っ面だけ本物なんてコタァないだろうな?」


サムチャイはタトゥーマンに見えるように札束を掴み、親指で弾いて見せた。


「いいだろう。ブツを確認しな。」


さて、確認も済んだ事だし、悪党同士の信頼関係を見せてもらおうか。


残しておいた拳銃の安全装置を外しFCSを起動、コンテナの陰からボディガード二人を狙い撃っておいて叫ぶ。


「金は頂くぜ!マヌケが!」


さあ、どう出るかね? 高みの見物の前にとりあえず移動するか。


「テメエら裏切りやがったな!!」


「待て!!俺らじゃねえ!」


タトゥーマンは弁明したがサムチャイは信じなかった。当たり前だ。相手は奪える物ならなんでも奪うロードギャングなのだから。


たちまち始まる銃撃戦。車を盾に撃ち合う悪党共は私に構う余裕はない。


ロードギャング達の方が数は多かったが、ボディガード達の方が腕はいいようだ。


数と質で釣り合いが取れて実力は伯仲、いい感じで双方の数が減ってゆく。


よし、もう十分だな。死角からコンテナの上に飛び乗り、上から撃ち下ろす。


射撃は上から撃つのが有利、やはり勉強はしておくものだ。


「コンテナの上だ!あいつが俺らをハメたんだ!」


「クソが!ナメた真似をしやがって!」


ロードギャングが4人、サムチャイとボディガードで3人、数が半分以下になればどうにかなる。


私の狼眼を食らえ!


「ガァッ!」 「ギャン!」 「ヒィィ!」


3人殺ったな。残りは4人。身を隠してから念真障壁を展開して、と。


助走をつけてクレーンの鎖に捕まり、ターザンごっこと洒落込むか!


倉庫内に楕円を描きながら、残弾全部をFCSで自動発射、さらに狼眼だ!


慣性が働き、Uターンしながら地面に立った時には、息をしているのはサムチャイだけだった。


「殺してやる!殺してやる!」


乱射されるマンイーターの射撃は念真障壁で弾く。カナタに教えてもらったように、斜めに展開するのがコツだ。


撃った数は……3、2、1、0、と。私は念真障壁を解いた。


サムチャイは引き金を引き続けるが、カシンカシンと空しい音を立てるばかりだ。


「……アマチュアが。残弾数ぐらい計算しないか。」


私もアマチュアだがな。だが貴様よりはだ。


「おまえは……何者なんだ!」


「悪党を食う悪党さ。そして今夜の獲物はおまえだ、ツイてなかったな。」


「か、金が欲しいのか。金ならやる!も、持っていけ!」


「言われずとも。ところで名言があってね。聞きたいか?」


私は足元に転がっていた銃を拾いながら、囁くように話しかける。


「な、なんだ!言ってみろ!」


「人生最後の教訓にしろ。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ」だ。」


「待っ……」


待つか、馬鹿が。サムチャイにトドメを刺した私は、ボディガードの手錠の鎖を撃ち、アタッシュケースを手に入れた。


死んだサムチャイのポケットから煙草が転がり落ちたので、拾って咥えた。


そして火を灯し、紫煙を吹かす。20年ぶりに吸う煙草はほろ苦かった。


静まり返ったはずの倉庫、だが背後で衣擦きぬずれの音がした。


「……やめておけ。せっかく拾った命だろう?」


「だ、だまれ!テメエだけは……ぶっ殺す!」


背後から繰り出されるナイフを小脇に挟んで固定し、タトゥーマンの顎を掴んでパイロキネシスで反撃する。


「ヒギャアアアァァァ!」


大人の階段を登った以上、後は下るだけだ。地獄への下り階段を罪の重さを噛み締めながら歩むがいい。」


地獄に落ちる前に灼熱地獄を体験させてやったのだ。有難く思え。


ブスブスと焦げる死体を投げ捨て、私は後始末にかかった。


狼眼で殺した死体を軍関係者が見れば、私の生存が露見するかもしれんからな。死体は全て火葬にしておくべきだ。


一カ所に集めた死体に用意しておいた工業用油をかけ、パイロキネシスで火を点ける。


集団火葬に背を向けて私はコンテナに乗り込み、バイクにかけられたシートをめくった。


フフッ、金だけではなくバイクまで用意してくれるとはな。私はツイてる男のようだ。


有難く拝借し、盗んだバイクで走り出すとするか。


殺人に窃盗、私も犯罪が板についてきたものだ。





しかし……盗んだバイクで走り出すのも、これはこれで悪くない気分だ。


どうやら私はアウトロー向きの性格をしていたらしい。




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