兵団編7話 戦果の確認
ベニオ部長との数時間に及ぶ交渉の結果は満足出来るものだった。
大仕事を終えたボクと少佐は戦団の個室に戻って一休みする事にする。
部屋で待っていてくれた赤羽根さんが紅茶を淹れてくれたのでありがたく頂く。
質の高い紅茶の香りを楽しみながら、大筋で合意出来た内容を思い返す。
※スペック社は薔薇十字に最新鋭の装備を提供する。代わりに薔薇十字は実戦データをスペック社に報告する。
※スペック社は必要に応じて活動資金を薔薇十字に提供する。薔薇十字はその事実を公表し、謝意を示す。
※スペック社は亡霊戦団をオブザーバーとして薔薇十字に派遣する。
※帝国皇女であるボクは、スペック社とその関連企業、提携企業、有効団体のPRに務める。
うんうん、上出来だよね。大筋の枠さえ決めておけば、仔細の内容を詰めるのはクリフォードに任せておけばいい。
そしてボクは大人の事情も学習出来た。それがこの
※薔薇十字はスペック社の最大のライバルであるトロン社からの協力は受けない。商品も極力扱わない。
本当はトロン社からも協力も得たいのだけれど、こちらの要求を全部通していたら交渉にならない。
折り合える点では折り合う、WINWINの関係ってそういう事なんだろう。
自分を褒めてあげたいけれど、この成果はボクだけの力じゃない。
少佐に何度かテレパス通信でアドバイスしてもらわなければ、こうはならなかっただろう。
そもそも二年前の話を蒸し返して対立ムードを煽ったのも、トーマ少佐の計算だったんだ。
「トーマ少佐が対立する立場に立ち、ボクが仲裁する。上手い手ですね。」
「ベニオもそれぐらいは読んでいる。だが、姫の仲裁を受けなければ、本当に戦団と決裂すると思ったんだろう。そしてその考えは正しい。俺はそのつもりだったからな。」
え!あれは演技じゃなかったの!?
「でも決裂したら少佐の立場が危うくなったでしょう!」
「ベニオもな。俺に抱きつき心中されるぐらいなら姫と共闘する事を選ぶ。そういう女だ。」
「少佐、ボク………今になってドキドキしてきました。場合によっては少佐が窮地に立たされてたんですよね?」
「十分成算があってやった事だ。ベニオが馬鹿ならこんなやり方はしない。」
「最初から共闘を持ちかけてはいけなかったんですか?」
トーマ少佐はウィスキーグラスの中の氷をカラカラ鳴らしながら答えてくれた。
「それだとあの女は足元をみてくる。もっと薔薇十字に不利な条件での合意になっただろう。姫、交渉は相手を見て駆け引きするものだ。ベニオが短気な馬鹿なら決裂してお仕舞いだろうが、あの女は短気だが切れ者だからな。」
そういうものなんだ。………交渉は相手を見て行う、か。
ボクはこの正体不明だけど頼りになる人から、まだまだ色んな事を学ばないと。
「勉強になりました。これからも色々と教えてください。」
ボクがそう言うと、トーマ少佐は首を振った。
「参考にするのはいいが、俺のやり方に毒されると歪んだ人間になっちまうぞ。姫、さっきみたいな交渉をなんて言うか知ってるかい?」
「いえ、なんと言うのですか?」
トーマ少佐は髑髏マスクの口元を歪めて笑いながら言った。
「瀬戸際交渉って言うのさ。」
瀬戸際交渉かぁ。ホントに瀬戸際だったよね。
「あまり何度もやりたくないですね、瀬戸際交渉。」
「何度もやる奴は馬鹿だ。」
「そっか。毎回毎回、瀬戸際交渉だと、そのうち相手にされなくなりますもんね。」
「それもあるが、瀬戸際交渉をやるのは瀬戸際にいるからだ。何度も交渉してるのに瀬戸際から抜け出せないなんて、馬鹿としかいえない。」
たしかに。……そうだ!それより気になる事があったんだ。
「トーマ少佐、ベニオ部長はスペック社の役員達を説得出来るでしょうか?」
役員じゃないベニオ部長を説得出来ても、スペック社の方針にはならないかもしれない。
役員会で否決されれば、それでお仕舞いだ。
「出来なきゃ俺の見込み違いだな。ベニオも進退が懸かってるから懸命にやるだろう。ケツに火が点いた人間は強いもんだ。」
ベニオ部長のお尻に火を点けちゃったのって、ボク達なんですけど………
「………なんだか悪い事をしたような気がします。」
「なぁに、彼女にとっても悪い話じゃない。薔薇十字が成功を収めれば、姫の言った通り、執行役員から役員に出世出来るだろうからな。無論、失敗したら失脚するだろうがね。光には影、ハイリターンにはハイリスクがつきまとう、世の摂理だ。だが心配はしなくていい。ベニオは上手くやる、彼女のみならずスペック社にとっても旨味のある話だけにな。そっちの心配より、これからの心配をしよう。」
「これからの心配?」
「何かを動かせば必ずハレーションが起きる。その対策は今から考えておく必要がある。」
この場合のハレーションの意味は悪影響って事だよね。
「どんなハレーションが起きますか? スペック社がボク達の味方についただけでしょう?」
「姫、物事には必ず二面性がある。味方を作ったという事は、敵も作ったという事だ。」
………敵? あ!そうか、当然の事だけど………
「スペック社のライバルであるトロン社にとっては面白くない事態ですよね。」
「そうだ。さて、スペック社に水をあけられるかもしれないトロン社は、どういう手を打ってくるだろうね?」
………う~ん。どういう対抗策をとってくるかなぁ。
「姫、相手の立場になって考えてみるんだ。姫がトロン社の偉いさんだったらどうする? スペック社は皇女様御用達という権威を手に入れた、対抗するのに一番いい手はなんだろうな?」
「………同等以上の権威を手に入れる、かなぁ?……!!……兄に、アデル皇子に接近する、ですね?」
「皇子ではなく皇帝に接近する可能性もあるが、あの皇帝がそんな話に乗るとは思えないから考えから除外していい。だがアデル皇子は乗る可能性が高い。姫への対抗心から少々不利な条件を出されようとも、だ。」
「そうですね。兄ならそうするかもしれません。いえ、きっとそうするでしょう。」
「かくして我々は巨大軍需産業同士の代理戦争の片棒も担ぐ事態となった訳だ。対抗策への対抗策はおいおい考えるとしてだ、ベニオには深入りするなよ?」
「どうしてですか? ベニオ部長は薔薇十字の味方じゃないですか!」
「
なのに……いつか敵に回る日を想定しておかないといけないだなんて。
でも、戦乱の終息を軍需産業は望まないというのはわかる。軍需産業は死の商人でもあるから。
そして、そんな考えたくない想定を平然と考えられる少佐は、期待した通りの知謀の士なんだけど……
ボクはトーマ少佐を尊敬してるし、頼りにしている。……でも、少佐が恐ろしくも思えてきた。
どういう境遇がこの人をこんな風に育てたのかな? ボクは少佐の生い立ちに興味が湧いてきた。
ボクが休憩している間にトーマ少佐は電話をかけ、話が終わるとボクに提案してきた。
「姫、もう一仕事する気力はあるかな?」
「大丈夫です。どんな仕事ですか?」
正直に言えばベニオ部長との交渉で心のスタミナは枯渇しかかってるけど、弱気はみせたくない。
少佐に頼りない提携相手だって思われたくないから、頑張るぞ!
「なに、簡単な仕事だ。今から博士の
タッシェのバイオメタル化は終わってたよね!いくいく、すぐに迎えにいくよ!
「それお仕事じゃなくてご褒美です!すぐに行きましょう!」
ボクはトーマ少佐をせかしながら、屋上のヘリポートへ向かう。
待ってて、タッシェ。すぐ迎えにいくからね!
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