兵団編6話 言葉の戦争
亡霊戦団専用個室でボクと少佐はスペック社の重役で、亡霊戦団を管轄する九重ベニオさんの帰社を待つ。
亡霊戦団はスペック社の新兵器実験部隊、借り受けるにはスペック社の了承が必要だ。
「ん~、どう話せば了承してもらえるかなぁ。先にスペック社からの条件を聞かないといけないですよね?」
「そもそも提携話を却下される可能性もある。」
「あっ!そうですよね。トーマ少佐に了承してもらっても、スペック社が了承してくれるとは限らないんだ。」
「なあに、誠意を持って話せばきっとわかってくれるさ。」
「……本気で言ってます?」
「いんや、全然。誠意の価値を否定はしないがね。万人に通じる価値観じゃないってのも確かだわな。ま、スペックの説得のとっかかりは俺が作ろう。」
「いいんですか?」
「あくまでとっかかりを作るだけだ。チャンスをモノに出来るかどうかは姫次第さ。」
言ってる意味がよくわからないけど、少佐がチャンスをつくってくれるなら決めてみせる。
重役一人説得出来ないんじゃ、ボクに薔薇十字の長たる資格はない。
コンコンとノックの音がした、誰かな?
入室してきたのは赤羽根さんだった。
「これはこれは。姫様、ご機嫌うるわしゅう。」
大袈裟に一礼してくれたので、ボクもノってみた。
「うん、苦しゅうない。何用じゃ?」
「お届けものです。」
そういってメモリーチップを渡される。
「え~と、なにが記録されてるんですか?」
「俺のオーダーだよ。姫、
………なんの準備なんだろ? さっき話してた缶詰ってこれの事だよね?
実家は
ううん。ゆっくりっていうのは、逆の意味。急いでって事だったんだ。
「少佐、九重開発部長がお戻りになってますぜ。いつにも増して機嫌がよくないみたいですが、例の件ですか?」
「だろうな。赤羽根、少々俺達の立ち位置も変わるぞ。」
「立ち位置が変わっても、やる事は変わんねえんでしょ?」
「ああ、他に芸がないからな。姫、行こうか。
軍需産業の執行役員と正体不明の仮面の軍人の言葉の戦争か。熾烈な戦いになりそうだなぁ。
「報告書は読んだ。とんだドジを踏んだな、少佐。おかげで余分な仕事が増えた。それで弁護人にVIPを連れてきたのか?」
九重開発部長はビジネススーツの似合う美人で、歳は30代半ばってところかなぁ。
美人なんだけど険のある目付きだ。トーマ少佐の能力が漏洩したのが原因だと思うけど。
「アンタがどれだけ偉いか知らんが一国の姫君の前だ。悪態をつく前に挨拶ぐらいするんだな。」
「これは失礼。私は九重紅尾、スペック社の執行役員で開発部長も務めております。」
「帝国皇女スティンローゼ・リングヴォルト、どうぞローゼとお呼びください。九重部長、お会い出来てとても嬉しく思います。」
「こちらこそ光栄の至りです。私の事はベニオとお呼びください、ローゼ姫。」
「んで、ベニオちゃん。俺の情報が漏洩したのを機構軍は察知してるのか?」
トーマ少佐は卓上ライターで煙草に火を点けながら、ベニオ部長に質問する。
「この部屋は禁煙だぞ。それに少佐にファーストネームで呼べと言った覚えはない。」
あれ? 禁煙なのになんで卓上ライターが置いてあるんだろ?
「姫、ベニオちゃん以外は禁煙って意味だよ。執行役員様の性格の悪さが伺えるだろ?」
「トーマ少佐って心が読めるんですか?」
「いや、姫の顔に書いてあったから読み上げてみただけだ。」
「
そうかなぁ。ボクは楽しいけど。
「んで、気苦労で白髪と小皺の増えた開発部長、俺の件を機構軍は察知してるのか?」
「……死にたいのか? 機構軍はまだ情報漏れを察知していない。今の間に対応を協議しておこう。機構軍のお偉方が少佐の戦闘能力を知ったらどうなるかは分かっているだろう?」
「機構軍のせいで俺の情報が漏れたんだ。任務を無理強いされるのは御免被る。」
「なにぃ!? 情報漏れは少佐のヘマだろう。」
ボクにも意味がわからない。トーマ少佐はなに言ってるんだろ?
「俺のデータと生体サンプルは機構軍の第一開発部には極秘で提供したんだったよな?」
「ああ。少佐も知っての通り、ネヴィル元帥の協力を取り付ける材料に使った。」
「俺には無断でな。」
「………報告はしただろう。」
トーマ少佐がバンッと机を叩くと、チーク材のテーブルに細かい亀裂が無数に走る。
「ベニオ、事後報告を報告とは言わないんだ!!」
怖っ!!少佐って怒ると凄い迫力だ。だけどベニオ部長は怯まず反論する。
「二年も前の恨み言を今さら言うな!少佐にもメリットがあったはずだ!」
「アンタの半分程度はな!俺の情報を売って手に入れた開発部長の椅子は座り心地がいいか? 執行役員の肩書きもだ!!」
トーマ少佐の怒声がさらに激しさを増すと、ベニオ部長は少し態度を軟化させ、いなしにかかる。
「……悪かった。だが手に入れた地位を使って、私なりに少佐の為に便宜を計ったつもりだ。」
「当然だ、と言いたいが、そこには感謝してもいい。話を戻すが、ネヴィル元帥と元帥子飼いの第一開発部の連中は俺のデータを持ってる、情報はそこから漏れたんだ。」
??? トーマ少佐はいったい何を言ってるんだろう?
「少佐、まさかとは思うが………」
あ!ボクはさっき赤羽根さんから受け取ったメモリーチップを卓上に置いた。
メモリーチップを手にとって、ハンディコムでデータを確認したベニオ部長は、両手で頭を抱えた。
「………やはり盗んだのか。今頃第一開発部は蜂の巣をつついたような騒ぎになっているだろうな。」
「御堂イスカは俺の情報を統合作戦本部に報告するだろうが、どう入手したかまでは報告しないだろう。エース候補の剣狼は可愛いだろうし、部隊の恥を晒す事にもなりかねんからな。」
………トーマ少佐は情報漏れの責任を機構軍に押し付けるつもりなんだ。悪い人だなぁ。
「……少佐、これも事後報告だぞ。」
「ああ、これでようやくチャラになったな。肩の荷がおりたろう?」
「ぬかせ。だが情報漏れの責任を機構軍に押し付けても、身勝手な連中の事だ。お偉方は重要拠点の攻略に亡霊戦団を引っ張り出そうと画策するだろう。どうせなら高く売りつけないか? 私ならとびきり高値で……」
「断る。大方その根回しにあちこち飛び回っていたんだろうが、その計画は取らぬ狸のなんとやらだ。俺達はボスを乗り換える事にしたんでな。」
「乗り換えるだと!いったい誰に………そういう事か。」
頭をガリガリ掻いたせいで、ベニオ部長の綺麗にセットされた髪型は台無しだ。
「そういう事なんです。亡霊戦団は薔薇十字に協力してもらう事になりました。」
「ローゼ姫、酔狂が過ぎます。戦争は遊びではありません。」
「私は大真面目なのですけど? ベニオ部長から見れば私は取るに足らない小娘でしょうけど、小娘といえど帝国皇女です。」
「しかし皇帝ではない。私の人脈を甘く見ないほうがよろしいと、警告をして差し上げます。」
「やってご覧なさい。良い勉強になりそうです。少佐、私はどんな圧力に晒されるのでしょうね?」
トーマ少佐は大袈裟に肩を竦めながら、
「人間がどこまで陰険になれるかを学ぶいい機会になる事は保証出来るね。だがな、ベニオ。俺も大概陰険なんでね、おまえが仕掛けてくるのを黙って待ってやるほどお人好しじゃない。手始めに博士に引き揚げてもらう事にするか。」
トーマ少佐の言葉にピクリと反応するベニオ部長。痛いところを突かれたみたいだ。
だったらボクも援護射撃しよう。これは戦争、言葉の戦争なんだ。
「博士って
ベニオ部長も黙ってやられてはいない。トーマ少佐の痛いところをを突いてくる。
「亡霊戦団はスペック社の保護下にある。少佐を筆頭に表に出る訳にはいかない人間ばかりのはずだな?」
「
………え~と、サビーナに教えてもらったよね。執行役員と役員の違いってなんだったっけ?
……そうだ!執行役員は役員と名が付いてるけど役員じゃない。社の方針を決定する役員会には出席出来ない身分のはず。だったら!
「ベニオ部長。無闇に敵対するつもりはありません。WINWINの関係を構築する為のお話し合いをしませんか? 共闘の成果によっては肩書きから執行の文字が外れるかもしれませんよ?」
野心と結婚した女、トーマ少佐の人物評が正しければ、この人はなんとしてでも本物の役員になりたいはずだ。
ベニオ部長は高級そうな葉巻を机から取り出し、吸い口を並びの綺麗な歯でワイルドに噛み切った。
「一服してもよろしいですか、ローゼ姫?」
「どうぞどうぞ。受動喫煙防止アプリはインストールしていますから。」
紫煙を燻らせながら少し考え込んだベニオ部長は、葉巻をもみ消し、ボクに向き直る。
「ではWINWINの関係を構築すべく交渉に入りましょう。薔薇十字はスペック社の協力を得たい、そう理解してよろしいのですね?」
ボクは頷き、交渉に入った。
トーマ少佐がここまでお膳立てしてくれたんだ。薔薇十字にとって実りのある内容にしないとね!
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