兵団編5話 最大公約数



表面が炭化したテーブルが放つ焦げた匂いを入れ替える為に、ミザルさんが窓を開け、換気扇を回す。


またやる気のない目に戻った少佐は、どっかりと黒ずんだ椅子に腰掛け、煙草を咥えて火を点けた。


……そういえばさっきの目、あれはなんだったんだろう。邪眼だとは思うんだけど。


「少佐、さっきの目ってなんなんですか? 十字架のような紋様が浮かんでましたけど。」


十字架ではないような気もするんだけど。十字架はジェダス教のシンボルだし。とにかく邪眼ではあるよね。


「ん? まあ、秘密兵器って事にしといてくれ。」


秘密兵器かぁ。秘密じゃ仕方ないよね。


「トーマ少佐のような兵士って量産出来ないんですか?」


「スペックの技術者連中が俺の生体データをベースにバッドコピーの開発にいそしんでるらしいがね。連中には悪いが、俺の特異体質を兵士に移植する技術の開発は無理だろうよ。仮に出来ても実用不可能なんだが。」


トーマ少佐の能力は少佐本人の特異体質で、スペック社の開発した技術じゃないんだ。


「移植が出来ても実用不可能とはどういう意味ですか?」


「念真力に殺される。1000万nの念真力を放出する瞬間に、体の方が瓦解するだろう。重量級の零式ユニットでも搭載してない限りはな。」


零式ユニットはバイオメタルの始祖で、現状の技術レベルでは製造不可能だって、搭載してるアシェスやクエスターが言ってた。


それで量産出来ないんだ。前提条件がオリジナルユニットの零式じゃハードルが高すぎるよね。


「零式は両軍の技術者達が躍起になって開発してるんですよね? いずれは開発されるのでは?」


「無理だ。博士ですら零式の作製に必要な「生命の石ライブストーン」を造り出す事が出来ない。博士に出来ないなら誰にも不可能だろうよ。」


そう言えばバイオメタルユニットは照京にあった百目鬼ラボで開発されたって聞いた事がある。百目鬼博士のラボにいた生体工学の天才が造り上げたのだと。確か………鷺宮さぎのみやトワさんと白鷺しらさぎミレイさん、叡智の双璧と呼ばれた天才二人………


白鷺ミレイさんは癌の抑制技術も開発された方だ。バイオメタルユニットには強力な免疫機能が備わっている。癌の抑制薬もその技術の応用なのかも? あるいはその逆………


鍵を握るのは「生命の石」か。なんだろう、なにかスッキリしない。


………なにかが引っ掛かってるのに、それがなんだかわからない……そんな感じだ。


「もう一つだけ聞いていいですか?」


「いいとも。」


「トーマ少佐って完全適合者ですよね? なるのにどれくらいの時間がかかりました?」


アシェスやクエスターが、後どれぐらいで完全適合者になれるのか知っておきたいんだよね。


「最初の質問の答えはイエス。後の質問の答えは0秒だ。」


0秒? 0秒ってどういう意味………え!? まさか!


「0秒ってバイオメタル化した時から完全適合者だったって事ですか!」


驚愕したボクは口をパクパクさせてるのに、トーマ少佐はチェーンスモークしながら、煙を輪っかみたいにプカプカ浮かして遊んでる。


「そうなんだな、これが。いや~ビックリビックリ。」


ボクがビックリだよ!あらゆる面で規格外すぎる……まさに天賦の超人だ。


おっと、トーマ少佐が超人だってわかった事だし、ボクはボクの思惑の為に行動しないとね。


少佐が一服してる間に考えをまとめるの。新たに手に入った情報は2つ。


トーマ少佐は生粋の超人である事、そしてそれが同盟軍にバレたって事だ。


特に後者は重要だよ? トーマ少佐の思惑を読んで、ボクの思惑との一致点を見つけるんだ。


ボクの思惑はトーマ少佐の力を借りたい。あわよくば薔薇十字の陣営に取り込みたい。


トーマ少佐の思惑ってなんだろう? 名誉やお金に執心してないのは確かだ。


う~ん。人格、性格はわかってきたように思うんだけど、何を考えてるかはよくわかんない人なんだよねえ。


少佐の目的は読めなくても、傾向は読める。その手がかりは今までの少佐の言動、行動にあるはず。


亡霊戦団は常に単独行動、ターゲットも自ら選定する………これって機構軍上層部を信用してないって事だよね?


少佐も傑物だって認めてるロウゲツ大佐に兵団入りを持ちかけられても固辞してる………友といえども誰かの思惑に振り回されるのが嫌いなのかな? 


少佐はボクには親切だけど、ロウゲツ大佐のスカウトを断るぐらいだから、ただ力を貸して欲しいって頼んでもやんわり拒絶されそうだ。サビーナの件の調査を引き受けてくれたのは特例、恒常的に手を借りたいなら少佐にもメリットを提示しなくちゃいけない。トーマ少佐は亡霊戦団のリーダー、戦団の利益を代表する立場でもあるんだから。


………トーマ少佐は厭世的でものぐさな性格、そこに突破口がありそうな気がする。


ボクの目的とトーマ少佐の思惑、違う形の二つの図形をすり合わせ、重なってる部分を見つける。


ボクとトーマ少佐の最大公約数を求める数式を解くんだ。………うん!この線で説得してみよう!


「トーマ少佐、ものは相談なんですけど。ボク達、薔薇十字と提携しませんか?」


「提携ね。どう提携するんだい?」


「形の上でいいので薔薇十字に加わってください。実質はオブザーバーのような役割でいいですから。」


「オブザーバーねえ。なにをすればいいんだ?」


よし、話に乗ってきてくれた。慎重に考えて、言葉も選ぶんだよ。ファイトだ、ボク!


「ボクの指南役と、薔薇十字の用心棒です。」


「どんなメリットがあるのか聞きたいねえ。」


「戦団の皆さんをスペック社以上に厚く遇する事を約束します。金銭的にだけではなく、名誉的にも。氏素姓のわからぬ集団、などと軽んじるような真似は決してさせません。トーマ少佐へのメリットは………少佐の戦闘能力が露見した以上、機構軍上層部は重要拠点の攻略に酷使したがるでしょう。ボクがその防波堤になります。」


「実にいいねえ。働きすぎは体によくない。ウチの連中に名誉でも報いる、という点も高く評価出来る。」


「ボクなら機構軍上層部と違って、適当に少佐をダラけさせながら運用する事が可能です。消火器みたいなものですよ。火事が起きるまでは寝ていてくださって結構ですから。」


えへへ、言葉の罠を張ってみたよ。


「火事になったらいの一番に働け、か。仕方ないかね、そりゃ。」


あう、あっさり見透かされた。


「ボクも含めて誰にも少佐に命令はさせません。要請、という形でお話をさせてもらいます。オーダーが不可能だったり理不尽だったりすれば、袂を分かって頂いて結構。ボクの器不足に少佐がお付き合いする必要はないですから。ただしなぜ不可能なのか、どう理不尽なのかは説明してくださいね?」


「またしても魅惑的な条件がきたねえ。どう思うよ、ミザ。」


「決めるのは少佐、動くのが俺らだ。脳が手足に意見を聞くなよ。」


「どうせ命を張るならむさ苦しくてもの分かりの悪いオッサンや爺さんの為じゃなく、健気なお姫様の為ってのがマシだとは思わないかね、ミザル君?」


「はん、適当にダラけながらってトコが最大の魅力のクセによく言うぜ。オッサン爺さんの命令は御免だってもよ、今だってスペック社の因業ババアの指令で動いてんじゃねえかよ。」


「因業ババア……ですか?」


「スペック社の開発部門を牛耳る九重紅尾ここのえべにおって女さ。ババアは言い過ぎだが、年増ではある。ま、話はわかった。姫の話に乗る事にしよう。」


「ありがとうございます!!」


やった!とりあえずだけどトーマ少佐の助力は得られる!


「礼を言うのは役に立ってからにしてくれ。じきにとんでもない穀潰しを引き入れたって後悔する事になるかもしれんのだから。ミザ、キカ達が戻るまで留守を頼む。俺は姫と一緒にリリージェンのスペック本社に向かう。」


「うぃ。了解だ。キカ達が戻ってから合流するよ。そんじゃガンにヘリを準備させらぁ。お姫さん、ここに同行してきてるクリぽんには俺から連絡しとくからよ。」


クリぽんってクリフォードの事ぉ!?……可愛いかも。今度クリぽんって呼んでみよっと♪


「では行きますか、姫。」


「はい!行きましょう!」


陣羽織コートを羽織って歩き出した少佐の後ろをついて行く。


トーマ少佐は未熟なボクの指南役。今はこの背中がボクの羅針盤だ。





ビッグダンディー岩猿さんの操縦する大型軍用ヘリで、リリージェンへ戻る。


トーマ少佐はハンディコムで電話をかけ、なんだかよくわからない会話をしている。


「………缶詰は無事に入荷したんだな? 宅配便で実家に送れ。ゆっくりでいい。」


缶詰を宅配便でゆっくりでいいから実家に送る? トーマ少佐の実家ってやっぱり覇国のどこかなんだろうか?


そんな訳ないよね。傍受されても平気なように隠語で会話してるに決まってる。


ボク達を乗せたヘリは高層ビルの森の上を越え、目的地であるスペック本社ビルの屋上ヘリポートに着陸する。


「ガン、戻るのに時間がかかる。どっかでくつろいでろ。」


コクピットにいるイワザルさんにトーマ少佐がそう言うと、寡黙がモットーのビッグダンディーは無言で頷き、タブレットで3次元クロスワードパズルを始めた。


律儀なイワザルさんはヘリを離れる気はないらしい。


「いこうか、姫。」


トーマ少佐にエスコートされてヘリを降り、棟屋に設置してあるセキュリティをパスしてエレベーターに乗る。


「ベニオちゃんが帰社してくるまで、しばらく待とう。亡霊戦団用の個室サロンがあるからな。」


ベニオちゃん? トーマ少佐って誰にでもフレンドリーだよね。………それで済ませていいのかな?


九重紅尾ここのえべにおさんってスペック社の偉い人なんですよね?」


「執行役員の一人らしいね。美人の範疇には入るんだろうが、独り者の年増女だ。男じゃ物足りずに、野心と結婚したらしくてな。姫は見習いなさんなよ?」


「16になったばかりのボクに婚期について忠告されても、困っちゃいます!」


心配しなくても、たぶんボクは大丈夫。だってボクに野心はないから。


………いや、ボクも野心家だ。野心と理想は本質的には変わらない。


赤いコランダムをルビー、青いコランダムをサファイアと呼ぶのと同じだ。


ボクのやろうとしている事を野心と呼ぶか、理想と呼ぶかなんて、後世の歴史家が勝手にやってくれればいい。




亡霊戦団用の部屋は個室サロンというよりラウンジみたいだった。


こぢんまりとはしているが、バーカウンターまであって瀟洒な造りだ。


トーマ少佐ってセンスがいいのかも。


「亡霊共には概ね好評なんだが、小綺麗すぎないかねえ。もうちょっと雑多な感じの方が好みに合うんだが……」


前言撤回、トーマ少佐のセンスじゃなかった。


ゆったりとしたソファーを勧められたので、座ってみる。


うん、適度な柔らかさでいい座り心地だ。


トーマ少佐は冷蔵庫から氷を取り出し、ウィスキーを並々と注いだ。


「姫も飲むかい?」


ボクは未成年!悪の道に誘わないでください!


「生のオレンジジュースをお願いします、きっとあるはずなので。」


「ほほう、なぜそう思ったんだい?」


「バーカウンターの上にシェーカーが置いてあります。カクテルを作るのには生ジュースが必要なはず。」


「ご名答。」


少佐は冷蔵庫から瓶詰めのオレンジジュースを取り出してグラスに注ぎ、持ってきてくれた。


「ではボクと少佐の同盟成立に乾杯しましょう。」


ボクがそう提案すると、少佐はニヤリと笑って、


「よろしいですとも。では、姫。同盟を祝して。」


「同盟を祝して。」


カチンとグラスの触れ合う音が響き、同盟は成立した。




同盟関係の構築に成功、やったね! グラスの中身はお酒じゃないけど、なんだか大人になった気分♪




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