兵団編4話 天賦の超人
「少佐、なにかアクシデントがあったそうですが、負傷されたのと関係があるのですか?」
ジャスミンティーのお代わりをミザルさんに淹れてもらってから、聞いてみた。
「ちょっとばかりドジを踏んでね。少々面倒な事になりそうなんで気が滅入ってる。」
普段からやる気のなさそうな目をしてる少佐だけど、今は輪をかけてやる気がなさそう。
いつもは陽気なのに、面倒事を抱えそうだから機嫌がよくないんだね。
「ボクに手助け出来る事があればなんでもしますから、元気を出してください。お体の方は大丈夫なんですか?」
「ミザが大袈裟にバクスウの爺さんを引っ張り出してきたが、そんなに大ごとじゃない。もう傷は塞がってる。」
「大袈裟で悪かったな。少佐が負傷らしい負傷をしたのなんざ初めてだから大事をとったんだ。」
「トーマ少佐ほどの強者に手傷を負わせるだなんて、何者なんです?」
ボクがそう聞くと、おいおいと言いたげな感じで少佐は手を広げ、
「ド素人の俺に手傷を負わせるなんざ、誰だって出来るさ。強者ってのはとんだ誤解だ。なんでそんな勘違いを?」
「ボクを信用してくださらないのですか?」
「…………」
「ボクは魔女の森で漠然と見る事と、注意深く観察する事の大きな違いに気付きました。トーマ少佐がアシェスやクエスター以上の強者である事はわかっています。」
「こりゃ買いかぶられたもんだな。姫、根拠はなんだい?」
「まず今の食事です。さっきに限らず、いつも沢山お召し上がりですよね? 少佐は重量級バイオメタルなのでは?」
「無芸大食って言葉を実践してるだけさ。」
「そうですか。では……」
ボクは立ち上がって、椅子にかけてあるトーマ少佐の陣羽織みたいなコートを持ち上げてみた。
「重っ!こ、これ何キロあるんですか?」
沈黙してるトーマ少佐に代わってミザルさんが答えてくれる。
「そのコートは耐火防電アラミド繊維が3層、間にマグナムスチールメッシュが2枚挟んである5層構造の特注品で重量は25kg。コートの内側に吊り下げてある66口径拳銃ラプタープレデターが一つで2,5kg、二つだから計5kg。」
全部合算すれば30kg!重い訳だよ!それに66口径拳銃!? なにそのモンスターマグナム!
「最初にお会いした時にも、こんな風にコートを椅子の背にかけられたでしょう? あの時にズシッって音がしたから、思ったんです。ずいぶん重そうなコートだなって。あの時は気にも留めなかったんですけど、今思えば普通じゃありません。30kgもあるコートを羽織って、口笛吹いてお散歩してるトーマ少佐っていったい何者なんでしょうね?」
「筋トレが趣味でね。マンガでよくあるだろ? 重たいギミックを身に付けて生活してるってアレさ。」
「66口径拳銃は? こんなのボクが撃ったら肩が外れそうなんですけど?」
「……縁日の籤引きで当たったんだよ。勿体ないから持ち歩いてる。」
どこの世界に66口径マグナムが景品の屋台があるんだか。
「その髑髏マスク、耐火ゴム製で象が踏んでも壊れない、と少佐自身が仰いましたよね。どうしてそんなマスクが必要なんですか? 戦わないなら頑丈である必要もないし、耐火性能も不要なのでは?」
「俺はうっかり屋なんでね。煙草で焦がしたり、落っことして壊したりしないようにしたいのさ。」
「苦しい言い訳ですね。では決定的な根拠を言います。少佐が任務で留守の間、ボクは薔薇十字に関わる件で何度かロウゲツ大佐と会談しました。それで少佐が強者なんだってわかったんです。」
「何を言われたか知らんが、セツナも俺を過大評価してんだよ。困ったもんだ。」
「直接なにかを聞いた訳ではありません。ですがロウゲツ大佐の人となりはわかりました。自信家で野心家、その気宇壮大な意志に相応しい実力とカリスマ性を兼ね備えた傑物。あの方はアシェスやクエスターを信頼し、高く評価してくださっていますが、「自分と対等の存在」とはみなしていません。そんなロウゲツ大佐がトーマ少佐だけは「友」と呼び、一目置いて接しておられます。ロウゲツ大佐の性格的に、いくら知謀の士であろうと弱兵を友と呼ぶとは思えない。故に、トーマ少佐にはロウゲツ大佐が対等と認めるだけの実力がおありのはず。違いますか?」
「…………」
目を瞑って沈黙したトーマ少佐。審判役のミザルさんがジャッジしてくれる。
「少佐の負けだな。お姫さん、不遜な台詞で申し訳ねえが、マジで成長したもんだ。」
「えへへ。ありがと、ミザルさん。」
「もう少佐の事は同盟にはバレちまったんだ。切り替えて今後の事を考えようぜ? な?」
同盟にバレた? トーマ少佐は任務で同盟軍と交戦したのだろうか? 負傷はその時に………
「………姫、実は剣狼と殺り合った。」
スッと顔から血の気が引いたのがわかった。
カ、カナタが……トーマ少佐と交戦!………ま、まさかカナタが死ん……イヤだ!そんなの絶対イヤ!!
「生きてるよ。逃げられた。」
ボクは安堵のあまりテーブルに突っ伏してしまった。………よ、よかったよぉ。
「トーマ少佐!生きてるなら生きてるって早く言ってください!」
交戦したけど逃げられたって言ってくれればいいのに!心臓が止まるかと思ったよ!
「ハハハッ、悪い悪い。剣狼は姫の言った通りの男だったよ。あの切り替えの早さと生き汚さは大したもんだ。頭が切れて覚悟の座った手合いは始末に終えん。オマケに献身的で可愛い女の子の部下を3人も連れててな。羨ましい限りだ。」
……献身的で可愛い女の子の部下ぁ~!しかも3人もですってぇ!
今度は額に青筋が立って頭に血が昇るのがわかる!カ、カナタの奴ぅ~!!
「どうして殺さなかったんですか!カナタなんか死んじゃえばいいのに!」
「……女は怖え。つくづくそう思うな、ミザ。」
「まったくだ。キカもいずれはこうなるんだろうか?」
怖くない!カナタが悪いの!!
「姫、念真障壁を前面に展開してみてくれ。全力でだ。」
よぉし、言葉の意図はわからないけど、魔女の森から帰ってから猛特訓した技を少佐に披露しよう。
ボクは両手をかざして集中し、念真障壁を展開する。まだ展開するのに時間がかかるんだけど………
ど、どうかな? ボクの念真強度は80万n、これって結構高い数値のはず!
「なかなかいい。そのまま障壁を張っててくれ。」
「わかりました!」
トーマ少佐はなにをする気なんだろう?
「名推理のご褒美に、俺の能力を姫には見せておこうと思ってな。」
そう言ったトーマ少佐の瞳に十字架のような紋様が浮かび、念真力の奔流が室内に渦巻く!
な、なにこの念真力!まるで念真力の洪水みたい!
チーク材のテーブルの端が焦げて……炭化し始めてる!
バチバチと音を立てる雷と、ゴオオと燃えさかる炎、………ま、まさか、パイロキネシスが複合してるの?
「少佐!そこまでにしてくれ!」
ミザルさんが叫び、少佐はゆっくり目を閉じた。
部屋の中は台風の過ぎ去った後みたいになっていた。カーテンやテーブルが燃えてるから台風じゃないかな。
ミザルさんが手をかざし、手から発した烈風が火をかき消してゆく。ミザルさんは颶風のパイロキネシス能力を持ってるんだ。
「まったくぅ。後片付けすんの俺なんだからよぉ。ちったぁ加減……出来ねーか。」
「そこが問題だ。」
「あ、あの……少佐、今のは一体……」
「コンポジネシス、と博士が命名した。姫、パイロキネシスにはいくつか種類があるのは知ってるな?」
コンポジネシス………
「はい、火炎、雷撃、氷結、颶風、重力の5系統でしたよね?」
「俺は5系統のパイロキネシスの全てを使える。」
ウソでしょ!パイロキネシスは希少能力、持ってるだけでも稀なのに!全系統が使える?
数年前までの通説ではパイロキネシスは1人1系統って言われてたぐらいなんだよ。
キカちゃんみたいな2系統使いが現れて、通説は覆ったんだけど……それでも3系統使いでさえ聞いた事がない!なのに全系統使えて、さらに複合まで可能だなんて!
「得意なのは雷と炎の融合なんだが、それでも制御は出来ん。ローギアとトップギア、それにアクセルしかついてない車みたいなもんと言えば分かりやすいか。」
「2速や3速、バックギアがない? それにブレーキまでついてないんですか?」
「ブレーキはなくはないが、場合によっては踏めなくなる。ついでに言えばアクセルは常にベタ踏みのフルスロットル状態、そんな欠陥車だと思ってくれればいい。」
な、なんて極端な性能。そっか!トーマ少佐が自ら戦いたがらない理由はそれなんだ。
………本気で戦えば手加減出来ずに、みんな殺しちゃうから。皆殺しの死神は……本当は優しい人だもん。
「実際に見てわかりましたけど、念真強度自体も凄い数値ですよね? どのぐらいの数値なんですか?」
「1000万n。乗用車なら片手で持ち上げられるし、骨密強度は平均的バイオメタルの約10倍。走行速度は100mを5,5秒。これが俺の
スペック社のエージェントのトーマ少佐は、機構軍、いや両軍兵士の中でも
これだけの身体能力に、自分でも制御不可能な強度の念真力が加われば、剣術武術なんて必要ないよね。納得だよ。
あれ? こんな超人が存在するのに、どうしてスペック社は量産しないんだろ?
トーマ少佐の半分、ううん、3分の1の能力の兵士でいい。量産出来れば戦争なんて簡単に終わるよね?
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