兵団編8話 食物連鎖のなれの果て
ドウメキ研究所に向かうヘリの中でボクは仮面の
「ドウメキ博士とトーマ少佐ってどういうご関係なんですか? 親しいのはわかってますけど。」
「なんで親しいと思ったんだい?」
む、これは試されてるとみた。
「ベニオ部長との話で、少佐は博士って仰いました。スペック社ほどの企業なら他にも博士号取得者は一杯いるはずなのに、博士で通るのはトーマ少佐が博士と呼ぶのはドウメキ博士だけだって事ですよね? それに少佐の副官のコヨリさんはドウメキ博士の娘さんです。」
「なるほど。」
「さらに言えば、少佐はベニオ部長に博士に引き揚げてもらうって脅しをかけました。これはドウメキ博士がスペック社の意向より、少佐の意向を重視する人間であると示唆しています。相当親しい間柄だと考えるのが自然ですよね?」
「いちいちごもっとも。姫、今から話す事は内密にしといてくれ。アシェス達にもだ。約束出来るかい?」
「……はい。約束します。」
ホントはアシェス達に隠し事はしたくないんだけど………
「博士は俺にとって親も同然の存在なんだ。師匠でもある。」
「師匠? なんの師匠なんですか?」
「兵器開発のさ。俺は元は
「ええっ!そうだったんですか!?」
トーマ少佐って元は技術者だったの!? 意外っていったら失礼かもしれないけど、意外だとしか……
「博士のコネでとある大学の研究職にありついて、穀潰し生活を満喫してたんだがなぁ。……なんでこうなった?」
ボクが聞きたいです!大学の研究職から企業傭兵に転身とか、どうなればそうなるの!
「それがどうして企業傭兵に転職したんですか?」
「食物連鎖とでもいうのかねえ。暇潰しで書いた論文をコヨリが勝手に発表しやがってな、それがスペック社の偉いさんの目に止まった。スペック社は俺が在籍していた工科大学の大口スポンサー、研究員として出向させろと圧力がかかれば逆らう
「それでそれで?」
耳を象さんみたいにして、ボクはトーマ少佐に話を促す。
「俺は仕方なく、既にスペック社に招聘されていた博士の研究所で働いていたんだが………納入した兵器の修理の為に前線基地に出張した時にな、運悪く同盟の奇襲に出くわしちまったんだ。そこそこ腕のいい連中だったみたいで、応戦した基地の兵隊は全滅。俺は一応隠れてみたんだが、昔からかくれんぼは苦手でね。あっさり見つかっちまったんだな、これが。」
「普通なら万事休すですよね?」
「そうかもな。ま、殺されるのも収容所に送られるのも気がすすまんから、やむを得ん。可哀想だが奇襲部隊には全滅してもらった。」
トーマ少佐の皆殺し伝説の始まりはそこからでしたか。
「少佐に出くわすなんて、奇襲部隊の皆さんもツイてないですね。」
「だが俺もツイてない。奇襲の情報を掴んだセツナが救援にやってきやがってな。来るならもっと早くこいって文句を言ってやったんだが……」
すごい状況だなぁ。奇襲された基地の救援に駆けつけたが友軍は全滅、研究員の民間人が奇襲部隊を返り討ちにしてて、来援が遅いって文句を言われるって………訳がわかんないよね。
「……最初から少佐が戦っていれば、基地の兵士さん達は無事だったんじゃ?」
「無茶苦茶な扱い方で兵器を壊しといて、早く直せの大合唱。ウスノロだの詐欺師だのと散々罵倒された挙げ句に、奇襲を受けたら邪魔だからすっこんでろって言われちゃあな。お言葉に甘えてすっこんでるしかあるまいよ。俺は根に持つ
トーマ少佐は根に持つ性格、心のノートにメモメモっと。
さっき二年前のお話を蒸し返したのも、根に持ってたからなのかも。ボクはよく気をつけよう。
「それでロウゲツ大佐がスペック社にお話をした、という事ですか?」
トーマ少佐はため息をつきながら頷いた。
「機構軍はスペック社の最大最高の大口取引先だろう? どんな形でもいいから軍に協力させろって圧力がかかればスペック社は拒否出来ない。食物連鎖はこれにて終了、という訳さ。」
工科大学<スペック社<機構軍という食物連鎖の果てに、少佐待遇特殊軍属の死神が誕生したって事なのか。
超人兵士のトーマ少佐も苦労してるんだなぁ。
でも………今のお話には隠された、語られなかった事情がきっとある。
いつか聞かせてもらいますから、覚悟していてくださいね、少佐。
リリージェンから3時間のフライトを経て、切り立った山あいの中腹にある研究所に到着した。
ここがドウメキ博士の研究所、か。ヘリを降りたボクは座りっぱなしで硬くなった体をほぐす為に、大きく背伸びをしてみた。
うん、体はほぐれた。次は深呼吸っと。空気がひんやりしてて気持ちがいいな。
「姫、言うまでもないが……」
「この研究所は最高軍事機密。他言は厳禁、ですね?」
格好つけてそう言ったまではよかったんだけど……お腹がキュウゥって鳴っちゃったよ。
少佐は耳まで赤くなったボクを見て笑いながら、
「ハハハッ、腹が減るのは生きてる証、恥ずかしがる事じゃない。すっかり日も落ちた事だし、博士と一緒に飯にしよう。ヘリの整備が終わったらガンもこい、今日はここで泊まりだ。」
ヘリの整備を始めていたイワザルさんは頷いて、スパナを振ってみせた。
研究所には結構な数の棟が立ち並び、重厚で厳重に構築されていた。
生体工学のみならず、兵器工学の最高権威と名高いドウメキ博士の研究所だもん、立派に決まってるよね。
林立する棟に守られるようにそびえ立つ一際高い棟が、メインの研究棟みたいだ。ここにドウメキ博士がいらっしゃるんだね。
いくつものセキュリティをパスし、広い棟内を奥へ奥へと進んでいく。
最奥に設置されているエレベーターに乗って、棟の屋上にある覇国風の一軒家へと辿り着いた。
……あれ? 屋上なのに風を感じないよ?
「特殊硬化ガラスで屋上全体が覆われている。ロケットランチャーを数発喰らっても問題ない。さ、ここが博士の家だ。」
トーマ少佐はボクの心が読めるらしい。読心術の達人に案内されて玄関に入り、挨拶をする。
「お邪魔しま~す。あ、靴を脱がないと!」
覇国の家では土足は厳禁、郷に入っては郷に従え、だ。
玄関ホールから入ってすぐの、広いリビングの大きなテーブルにはビックリするほど大量の料理が並んでいた。
フルーツが山盛りのバスケットの端から白い尻尾が見えた。ピョッコっと可愛い顔がバスケットから出てきて、ボクと目が合う。
「タッシェ!」
「キキッ!(姫たま!)」
タッシェはすごい速さで、ボクの差し出した手の平から腕を伝って肩に登り、頬ずりしてくる。
「タッシェタッシェ~♪ いいコにしてた? さみしくなかった? これからはずぅ~っと一緒だからね?」
「キッ!キキィ!(うん!ずっと一緒なの!)」
「感動の再会と言ったところかしら? 姫様、お久しゅう。」
リビングに入ってきたのは、湯気を上げるスープ鍋を抱えたコヨリさん。それにミザルさんも。
「ミザルさんも来ていたんですね?」
「少佐の飯を作るのは俺、だからな。」
ミザルさんって少佐専属の家政婦さんみたいだなぁ。っていうかむしろ奥さん?
「姫、呼んだか?」
リビングの奥に隣接している厨房から、ミザルさんが顔を出した。
あ、あれ? コヨリさんの隣にもミザルさん、厨房にもミザルさん………ミザルさんが二人!?
「あ、あの……ひょっとしてミザルさんって双子だったりします?」
厨房から出てきたミザルさんが、コヨリさんの隣に立っていたミザルさんの襟首を乱暴に掴んで怒鳴る。
「赤衛門!くだんねえ悪ふざけはやめろ!」
赤衛門と呼ばれたミザルさんは、顔を両手で覆って笑いだす。
「ハハハッ、思った以上にいいリアクションだった。キョトンとした顔が愛らしい愛らしい。」
顔を覆っていた両手を広げると、細面で別人の顔が現れた。
さっきまでミザルさんの顔だったのに……変装してたんだ!
「俺は土雷衆上忍筆頭、
優雅に一礼されたので、ボクもお辞儀する。
「姫、コイツは土雷衆の「4人目の猿」で、「猿真似の」赤衛門。さっき見せた通り、変装の達人だ。
トーマ少佐がねぎらいの言葉をかけると、赤衛門さんはニヤリと笑った。
そっか、缶詰を盗んできたのは赤衛門さんだったんだ。
「造作もない事。サビーナ・ハッキネンに関する調査も完了してます。そっちはキカの力が大きかったですが。」
「そうか、俺が先に目を通す。姫はオードブルでも楽しんでてくれ。」
赤衛門さんからメモリーチップを受け取ったトーマ少佐は、リクライニングチェアに座って報告書を読み始めた。
サビーナの件の真相を早く知りたいけど、トーマ少佐の意見も聞きたい。
お腹が減ってる事だし、お言葉に甘えてオードブルでも頂こう。
ボクが椅子に腰掛けると、フルーツバスケットからタッシェが
「ありがと、タッシェ。」
「キキッ♪(剥いて♪)」
……タッシェが食べたいんだね。しょうがないコだなぁ。
ボクはタッシェと一緒に枇杷を食べながら、少佐が報告書を読み終えるのを待つ事にした。
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