昇進編12話 ロリコンの烙印を押された男



オレとリリスは向かい合わせの自分の部屋に戻り、出撃の準備をする。


オレは手早く終わったがリリスは時間を食った。


666号室から出てきたリリスは、デカいトランクケースを引っ張っていた。


バカンスにでも出かけるつもりかコイツは。


「おいリリス。陸上戦艦の棺桶はそんなに荷物を置くスペースはないぞ。」


「個室をもらったから無問題モーマンタイ。さあ、さっさと運ぶのよ。」


「………イエス、リトルマム。」


大した女王様ぶりだよ、末恐ろしいわ。




二人で陸上戦艦不知火に搭乗し、リリスの個室に荷物を運ぶ。


「このベットなら二人で一緒に眠れるんじゃない。」


「よかったな、抱き枕でもヌイグルミでも抱いて寝てくれ。オレは棺桶でネコでも抱いて寝るから。」


「ネコってこんな感じ?」


リリスは形状変異型細胞が仕込まれている髪を変化させてネコ耳を形成する。


………ヤバイ、超カワイイ。


「にゃ~、リリスはご主人様と一緒に寝たいのにゃ。」


「やめれ!オレに変な属性を生やそうとすんな!」


「クスクス。もう生えかけてるんじゃない?」


「後で引っこ抜いておくよ。そんじゃな。」


理性の堤防が決壊する前に退散しよう。


まったく隙あらばオレを堕落させようとしやがって。


マジモンの悪魔だよ、おまえは。





自分の棺桶に着いたオレの目に映ったモノは、無駄に立派な新しいネームプレートだった。


「ロリコン野郎 カナタ」


………オレの棺桶のネームプレートで遊ぶなよ。


おっぱい命のカナタはまだしも事実が含まれていたが、これは完全な冤罪である。


さすがに看過できん。下段のウォッカに文句を言おう。


「おい、ウォッカ、誰がロリコンだ。これには断固抗議する。濡れ衣だ、冤罪だ、弁護士を呼んでくれ。」


ウォッカは棺桶から顔だけ出して面倒臭そうに答える。


「カナタはいつもあのちんまいのと一緒じゃねえか。しかも楽しそうにお下品トークを始終やってる。状況証拠がそんだけありゃあ有罪もやむなしだ。諦めろ。」


「この鋳鉄製のネームプレート、ご丁寧に溶接してあんぞ!これじゃ外せねえじゃん!一体誰がこんなことを………」


「整備班のタチアナだよ。おまえらいきなりぶちかましたらしいな。尻で感じるとかなんとかよ。」


「それはオレじゃなくてリリスが………」


「連帯責任だ。だいたいカナタはあのチビッコの保護者だろ。」


尻穴………じゃない、タチアナさんの怒りが刻み込まれたネームプレートを眺めながら、オレはため息をつくしかなかった訳で。


…………もうビーフジャーキーでもしがみながら、缶ビールを呑んで不貞寝ふてねするしかなかった訳で。





ロリコンの烙印を押されたオレにも朝はやってくる。


今度の戦域までには5日ばかりかかる。なにせ最前線だからな。


統合作戦本部のヒンクリー少将への指令は現状を維持して踏みとどまれとの方針らしいが、司令の読みでは、ヒンクリー少将は形勢逆転を図っておそらく裏目に出るだろうとのことだ。


裏目に出ると読めているなら警告してやればよいのにと思ったが、シノノメ中将を通じて警告はしたらしい。


出撃前にそのあたりの話を司令としたんだけど、司令曰く、


「ヒンクリーは他人の忠告を素直に受け取るタイプじゃない。忠告されたら意地でも見返そうとするヤツだ。」


「そんな指揮官は死んだ方が同盟軍にはプラスなんじゃないですかね?」


「カナタも怖い事を言うようになったな。」


「オレの怖さなんて司令の足下にも及びませんよ。」


「只の意地っぱりのギャンブラーなら放っておいてもいいんだが、ヒンクリーは部下には公正で戦場では勇猛だ。本来、大佐止まりの器だとは思うが、嘆かわしい事に今の同盟軍ではマシな部類なのさ。意地でも見返そうとするのは闘争心の強さの発露でもある。聞き分けの悪さは旺盛な闘争心の裏返し、と言う訳だ。…………死なせる訳にはいかん。」


「まだ、ですか。やっぱり司令の方がよっぽどオレより怖いですよ。」


「どのみちヒンクリーは長生き出来るタイプじゃないさ。そして部下に公正という事はヒンクリーは忘恩の輩ではない。今回の件でシノノメ中将を通した私の忠告とアスラ部隊の撤退支援に恩を感じるハズだ。」


「恩を押し売りにいってこいと。ヒンクリー少将をシンパに取り込むつもりなんですね。」


「ヒンクリーに自力で勝ち筋を見つけるだけのオツムはない。だが私が絵図を描いた勝ち筋に乗ることは出来るヤツだ。欲しい手駒なんだよ。」


「なるほど、指し手としては微妙でも駒としては有用だと。」


同盟軍の将官には辛口の司令が欲しいと言うんだ。前線指揮官としては有能なんだろう。戦略家ではなく戦術家、なのかな?


「ああ、バルミット要塞で私が出迎えるつもりだ。見ていろカナタ、名女優はリリスだけじゃないのだぞ。ヒンクリーを籠絡させる為の名演技を拝ませてやろう。」


「楽しみですね。司令の腹芸を特等席で観戦する為にも死ねません。」


司令も演技は得意そうだ。


心にもない台詞を感情を込めてスラスラ喋れそう。


「ああ、生きてバルミット要塞に帰還してこい。これは腹芸じゃないぞ。生きて私の役に立て、という話だ。」


「オレは役に立つ駒って理解でいいですか?」


「うむ、それにカナタが死んだらリリスがやる気をなくす。これがマズイ。アイツのお陰で書類仕事がすこぶる楽になったのでな。」


「オフィスワークでもリリスは有能ですか。」


「ああ、私も速読は得意だが、リリスは桁が違う。速く読めるだけではなく、長々書き連ねてある報告書の要点だけを簡潔に教えてくれるのだ。他人の才能が羨ましいと思ったのは生まれて初めてだな。」


才能の塊みたいな司令にここまで言わせるのは大したもんだ。


「ね、オレの悪巧みに乗って良かったでしょ?」


「フン、カナタはリリスが天才でなくても同じ事をしただろうが。まあ、大いに楽になったのは確かだ。あれで口から猛毒を吐きさえしなければ秘書官として完璧なんだがな。」


「リリスのヤツ、司令相手にも毒を吐いてるんですか!」


「ああ、私やクランドにも容赦なしだ。クランドはあんなだからいつもギャーギャーやり合ってる。」


「止めさせますよ、それはさすがにマズイでしょう。」


「構わん、天才とはああいうモノだ。クランドもそれは分かっているから本気で怒っちゃいないさ。それに管理職には娯楽が少なくてな、リリスのウィットの利いたジョークはいい気晴らしになる。いささか下品ではあるがな。」


「下品さや毒舌に関してはアスラ部隊の人間は大抵そうですもんね。」


「例外はシグレとシュリぐらいだろう。あの2人はアスラ部隊の良心の双璧だな。」


良かったな親友、高く評価されてるみたいだぞ。


まわりがゴロツキばっかだから目立つってのもあるんだろうけど。




そんな司令とのやりとりを思い出しながら、オレは機械的に朝食を取る。


機械的に食事を取るなんて食材に対する冒涜かもしれないけど、ハッキリ言って美味しくないのだ。


今食べてるクロワッサンもガーデンのモノに比べたら相当に味が劣る。


なにせガーデンのパンは焼きたてのフカフカなのだ。


焼きたての美味しいパンにはバターもジャムもつけなくてもいいなんて、元の世界にいた時には知らなかったな。


もちろんバターをつけてもいい。


ガーデンのバターはパンと同じで、その日の朝に作られたバターなんだよな。


これも頬が落っこちそうなぐらい美味い。


リリスが言うにはバターやマヨネーズは日持ちもするけど酸化もするから、食べる直前に作るのが最高の贅沢なんだそうだ。


パンやバターのあまりの美味さにご飯党のオレだけど、パン党に宗旨替えしてもいいと思っちまったぐらいだ。


それもこれも司令の計らいなんだけどさ。


いつ自分の命令で死ぬやら分からんゴロツキ共に、せめてガーデンにいる間ぐらいは美味い飯を食わせてやるのが指揮官としての努めだ、とのことだ。


イスカが美味いモン食いたいだけだから気にすんな、ってマリカさんは言ってたけどさ。


という訳で変に舌の肥えてしまったオレには、保存食はたいそう不味く感じられてしまうという次第である。


「クッソ不味いわね。今日び、豚のエサでもこれよりマシなんじゃないかしら。」


隣に座っていたリリスが不機嫌そのもののツラでコンソメスープをスプーンで弄っている。


こんな風にいつも一緒だからロリコンの烙印を押されちゃったんだよなぁ。


「伯爵家ならまだしも、研究所で不味い飯には慣れてるんじゃないのか?」


「研究所のご飯もクッソ不味かったから、材料だけ寄こせ、自分で作るで通したから、これよりはマシだったわよ。」


コイツ、機構軍の研究所でもそんなワガママ言ってたのかよ!


「よく通ったな、そんなワガママ。」


「私の望む本を読ませる。食事は自分で作る。男は論外、女性研究員でも許可なく私の体に触らない。この3つの条件を呑まなきゃ死んでやるって、一度手首を切ってやったらすんなり通ったわよ。それだけ貴重な研究素材だったってコトかしらね。」


………司令も怖いがリリスも怖い。まさに精神的姉妹だ。ウマが合うよな、そりゃ。


「………リリスにとって機構軍の研究所ってわりかし不自由なかったんじゃ?」


「ま~ね。向こうが3つの条件を呑んだから研究には素直に協力してたんで扱いは悪くなかったし、さほどの不自由は感じなかったわ。実家よりはマシだったかもね。」


「………オレ達の命がけの作戦の意味って一体………」


「意味はあったわ。軍曹、不自由してなかったのは私よ。」


その言葉でオレは最初に見つけた女の子の事を思い出した。


半ば正気を失った状態で実験用ポッドに閉じ込められていた、あの子。


焦点の合っていない目、半開きの口、そういえばアビー姉さんみたいな綺麗な褐色の肌をしてたな。


元の世界でいうならヒスパニック系の子だったんだろうか。


苦い思い出のせいで、ただでさえ味気ないコンソメスープがさらに味気ないモンになっちまった。


「リリス、塩を取ってくれ。」


「私も手が届かないわよ。」


「分かってる。でもリリスにはサイコキネシスがあるだろ? フワッと頼むよ。」


「リリエス・ローエングリンに永遠の愛を誓いますって言ってくれたら取ってあげるわ。」


「3メートル向こうにある塩を取ってもらう代償が永遠の愛かよ!その取引は不公平すぎんだろ!」


「大昔はガラス玉と引き換えに黄金をどっさりなんて取引はザラだったみたいよ。懐古主義もたまにはいいんじゃない?」


元の世界でも大航海時代に南米あたりでそんなコトがあったよなぁ。


この惑星テラでも似たようなコトがあったらしい。


「オレは未来志向の現実主義なんで拒否する。」


ちぇ、オレにもサイコキネシスがあったらなあ。


テーブルの上の塩の容器に念でも送ってみるか。


浮け、こっちにこい、なんてな。立って取りにいくしかな………い………


塩の容器はフワッと浮いてオレの目の前にきていた。


慌てて空中でキャッチするオレ。


まったく!このイタズラ娘め!


「リリス、最初っからそうしてくれよ。ほんと素直じゃねえな。」


リリスの口から毒は吐かれなかった。


唖然としたような顔でオレを見上げている。


そしてリリスはオレにゆっくりとこう言った。





「…………軍曹、私はなにもしてないわ。」



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