昇進編11話 ストレートノーチェイサー



コンビニで買った弁当を2つ平らげた後で、今日もシグレさんに稽古をつけてもらう。


今日は剣術ではなく徒手空拳技を習った。


シグレさんは徒手空拳技も達人で、教えてもらった技は元の世界でいう合気道に近い。


相手の力を利用し、極めたり締めたり組み伏せたりと多彩な技を習った。


シグレさんはとにかく相手の力を逆用する術に長けているようだ。


「うん、なかなか筋がいい。軍に入る前の道場時代も含めれば100人以上に剣を指南してきたが、カナタが一番素質があるぞ。」


褒められるのは嬉しいんだけど、素質は氷狼アギトのクローン体だからこそなんだよなぁ。


「ありがとうございます。シグレさんは剣術だけじゃなく返し技全般の達人なんですね。」


「弱者はあらゆるモノを利用するものだ。相手の力や技もしかり、だがカナタは格闘ではストライカーを目指すべきだな。それはマリカに習ったほうがいい。」


「ストライカーですか。」


「優れたスピードとパワーがあるから打撃主体で戦った方がいい。無論、返し技も覚えておくべきだが。引き出しの多い者が有利だからね。ではもう1本いこうか。」


だが基地内に放送が鳴り、稽古は中断された。


「1番隊2番隊8番隊のゴロツキ共に告ぐ。大作戦室に集合せよ。昼間から呑んでるロクデナシ共はアルコールを分解しておけ。分解アプリもないのに呑んでたバカは死んでよし。以上オーバー。」


「どうやら緊急事態のようですね。」


「そのようだ、稽古は帰ってからとしよう。」


オレとシグレさんは大作戦室に向かった。




大作戦室は体育館のようなものだ。複数の大隊による共同作戦の場合に使用される。


1番、2番、8番隊のゴロツキ達が集まりつつあるが、中でも8番隊のゴロツキぶりが群を抜いている。


さすがはローズガーデンのボーリング場閉鎖の主犯達、面構え、ガタイ、醸し出す雰囲気と三拍子揃ったゴロツキぶりである。


シグレさんはスクリーン前の隊長席に座るので、オレは知り合いのいる空き席を探す。


パイプ椅子にお座りしている雪風を見つけて隣に座る。


「雪風もブリーフィングに参加するのかい、偉いね。」


「バウ。」


雪風先輩は当然とばかりに頷いた。


「リリスが雪風を足に使ってるみたいだね。迷惑かけてゴメンな。」


子供ぐらいなら乗せて走れるぐらいの大きさがあると思っていたが、リリスはホントに雪風を足に使いやがったのだ。


跨がるのではなくベンチに腰掛けるように座って、広いガーデン内を移動する光景が目撃されている。


「バウバウ。」


雪風は気にするなとばかりに首を振った。


雪風先輩は器の大きな先輩だったらしい。


「そのリリスはどこいったんだ。もうじきブリーフィングが始まっちまうぞ。」


ぐるりと見回したがゴスロリちびっ子の姿はない。


8番隊の肉の壁に阻まれて見えないだけかもしれないが。


ん? スクリーン前にビールケースが置いてあるけど、なにに使うんだ?


「オラ、ゴロツキ達、静かにしな。ブリーフィングをはじめんよ!」


アビー姉さんとマリカさんをはじめとする指揮官達が入室してきた。


アビー姉さんの影からゴスロリちびっ子がノシノシ歩いて出て、ビールケースの上にちょこんと立った。


「エブリバディ、準備はよくて? さっそく作戦の概要を説明するわよ。耳糞をかっぽじってから有難く拝聴しなさい。」


ゴロツキ達はあっけにとられた顔になってる。そりゃそうだな。


そして当然のように抗議の声が上がる。


「おいラセン、こういう時はおまえさんが作戦説明すんじゃなかったのかよ?」


「俺たちゃガキのお遊戯会の保護者じゃねえぞ!」


ラセンさんは得意のしれっとした顔で答えた。


「俺もそろそろ楽をさせてもらわんとな。今後1番隊や1番隊絡みの作戦説明はリリスがやる。以上。」


無論、ブーイングの乱気流が発生する。


そろそろ楽にって………ラセンさん、まだ三十路前ですよね?


指揮棒を手のひらでペシペシさせていたリリスがシャウトする。


「シャラップ!こんな超絶美少女が優しく作戦説明をしてあげようってんのよ。脱水症状寸前まで体中の水分を感動の涙にして垂れ流すべき僥倖じゃない。と、言う訳で作戦説明を始めるからね。」


それでもやまないブーイング。


しかしアビー姉さんがドンと足を踏みならすとピタリとやんだ。


伊達にアスラ部隊一のガテン系をやってねえな、大した姉御っぷりでございます。


「アルビターナ高原に展開中のヒンクリー少将率いる第5師団が形勢不利な状況らしいわ。イスカの話ではヒンクリー少将ってのはダメなギャンブラーなんだってさ。負けを取り戻そうとして傷口を広げるタイプね。局面の打開を図ろうとして失敗するであろう第5師団のバルミット要塞への撤退の支援が今回の任務よ。」


やれやれとため息をつくゴロツキの皆さん。


「はいはい、ため息つかないの。作戦としては1番隊は先行し退路予定の街道に追撃部隊迎撃用の工作を行う。その後は分散し、撹乱、陽動を行う。2、8番隊は撤退予定の二つの街道αとβで追撃部隊の出鼻を挫くのが仕事よ。α街道は2番隊、β街道は8番隊が受け持つ。分散した1番隊は戦況を見ながらαとβに必要な支援を行う。大まかな流れはこんな感じよ。」


リリスは指揮棒で肩を叩きながら説明を続ける。


「第5師団が街道を越えたら街道入り口付近に地雷の埋設を行う訳なんだけど、ここが正念場ね。設置が終わるまで物量に勝る敵を一定時間押しとどめないといけないわ。予想戦力比は1対5、悪ければそれ以上もあり得る。ところで不感症のゴロツキはいないでしょうね?」


問われたゴロツキさん達から質問が出る。


「不感症ってどういう意味だよ、お嬢ちゃん。」


「天才ちゃんの仰る台詞の意味がわかんねーよ。説明してくんな。」


リリスは指揮棒をゴロツキさん達にビシッと向けると、


「イクときにイケない遅漏のフニャチン野郎はいないわねって言ってんのよ!」


ゴロツキさん達は口笛を吹いたり拍手したり。受けてますよ、リリスジョークが。


「おうよ、行く道いったらぁ。」


「任せときな、逝くべき時は逝ってみせるぜ!」


「イク時は一緒よ~ん。」


「おもしれえお嬢ちゃんだ。気にいったぜ。」


リリスさん、ゴロツキに馴染むの早すぎませんか?


馴染まないよかいいんだけどさ。


ゴロツキさん達とフィーリングが合う事を証明したリリスさんは作戦説明を続け、最後をこう締めくくった。


「本作戦は今後「SNC《スナック》作戦」と呼称するわよ。いいわね?」


ゴロツキさん達が感想を述べる。


「スナック菓子が欲しいのかい?」


「ポテトチップスならあるでよ?」


リリスさんはまたしても指揮棒をゴロツキ達にビシッと向けながら、


「そんな甘ったるい話じゃないわよ。ストレートノーチェイサー、直接暴力ストレートで、排撃ノーすんのよ、クソッタレの追撃部隊チェイサーをね。Did you get it?(理解できた?)」


「イエス、リトルマム!」


いつの間にかリトルマムになってんよ。


ゴロツキさん達もノリ良すぎだろ。あんまりリリスジョークに乗らないでよ。


リリスがチョーシに乗るだけなんだからさぁ。


しかしストレートノーチェイサーって未成年の付ける作戦名じゃねえよ。


ウィスキーをストレートで、水は要らないって意味だろ確か。


ブリーフィングを終えゾロゾロと退出していくゴロツキ達の合間を縫ってリリスがやってくる。


ふぅ、この満面のドヤ顔よ。褒めて褒めてと言わんばかりだな。


「………ごくろーさん。」


「よかったでしょ? 我ながらいいブリーフィングだったわ。」


「ああ、早くもアスラ部隊の水に染まったようで何より。いや、染めるまでもなくハナからそうだったと言うべきか。しかし匂いで酒の銘柄が分かったり、作戦名がストレートノーチェイサーだったりとか、おまえはホントに10歳なのか。中身はオッサンとかじゃないだろうな?」


「お酒に詳しいのはママがアル中だったから。詳しくもなるわよ。」


「ああ、そりゃそうか。スマン。」


「いいのよ、軍曹と私の間にもチェイサーはいらないわ。」


「?」


「水がいらないから水いらずって言うのよ。いずれは水の前に夫婦もつくわけだし。」


「ははぁ、それで夫婦水いらずって言う訳か、って、オイ!」


「照れない照れない。抗わずに受け入れなさい。運命には逆らえないものよ。」


「全力で抵抗させて頂きたい。」


「無駄よ、雪ちゃんもそう思うでしょ?」


「バウ。」


雪風は尻尾を振りながら頷いた。


先輩、そりゃねーよ。


「結論が出たところで出撃の準備をしましょ。もちろん私の荷物は軍曹が持つのよ。」





はいはい、わかりゃんしたよ。さて、2度目の実戦か。




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