昇進編10話 天敵同士の初激突



オレはオレらしい日常を刻み、この狂った世界で生きていこうと決めた。


生きていくには強くならねばならない。


乳神様への礼拝から始まるルーティーンを今日もこなす。


昼過ぎに部屋に戻り、シャワーで汗を流す。


着替えてから、生命を蹂躙する愉悦と快楽を享受できる約束の地とやらに行こうか。


食堂に行って飯を食うっていう言葉を、よくもここまでイヤな言い方に変換出来るもんだ。


リリスの性格に天才頭脳なんて最悪の組み合わせとしか思えねえよ。


カタストロフ的マッチングだな。


オレはタオルで体を拭いてマッパでバスルームを出る。


お行儀は悪いが自分の部屋だし、トイレと一体のユニットバスだから下着を置く場所もないのだ。


「なかなかいいモノぶら下げてるわね。試食してもいい?」


オレはダッシュでバスルームに戻った。


忘れてた。オレの部屋はもう安息の地ではなくなっていたのだった。


タオルを体に巻き付けてからバスルームを出る。


「フフッ、今更照れなくてもいいのに。」


「なにが今更なンだよ!不法侵入は犯罪だって学校で習わなかったか?」


「女子校は三日でクビになったから分かんないわね。」


「え? そうなんだ? それって高校か?」


リリスはそうよとばかりに頷く。


高校だって? 10歳なら小学校のはず。


………愚問だった。コイツの天才頭脳なら飛び級したに決まってるか。


10歳までは専属家庭教師を雇ってたってところだろうな。


「貴族で理事長の娘だっていう新任教師が、選民意識に凝り固まったどうしようもないバカ女だったのよ。平民の生徒をあんまりバカにするもんだからキレちゃった。」


「キレたまではいいが………なにやったんだ?」


「サイコキネシスで教室の窓ガラスを全部割って、ペンやコンパスで黒板にはりつけにしてやったわ。」


やっぱり生身の頃からサイコキネシスが使えたのか。なにせ現在の念真強度が600万nだもんな。


生身でも相当な強度があったに違いない。


「まさか殺したのか?」


「生命は失ったわね。」


「いくらイヤな女でもやり過ぎだろ!」


「ブラウスやスカートに刺して磔にしただけよ。体に傷はつけてないわ。でもビビっちゃったのね。黒板に標本の蝶々みたいに磔られたまま失禁しちゃったのよ。無様ね。」


「はぁ、なるほど。プライドの高い女教師が生徒の前で失禁したんじゃ教職は続けられないだろうなあ。教師生命を失ったって訳か。お気の毒だな。」


「全然気の毒がってるようには見えないけど?」


「そりゃ気の毒とは思ってないからな。因果応報としか言えないだろ。」


「くだんない話は終わりにして食堂にいきましょ。なんなら先に軍曹のソーセージを食してもいいわよ?」


「舌舐めずりすんなよ!マジで怖えから!」


「私、口の中でサクランボを蝶々結び出来るのよ。それが出来る女は上手って言うじゃない? なにが上手かって言うとね………」


「それ以上言わないでいい!」


オレはリリスを部屋から追い出してさっさと着替える。


まったく、飯の前にする会話じゃねーよ。





ピークタイムを過ぎた食堂はかなりすいている。


シュリがラセンさんのカレードリアを恨めしそうに眺めながら鶏釜飯を食べていた。


シュリのヤツ、こないだの件をまだ根にもってるな。


「おう、カナタか。食堂の新メニューのカレードリアは絶品だぞ。」


ジト目のシュリがお小言を言う。


「ラセンさんのリクエストですよね、それ。いいですか。食べたいモノを食べるのが悪いとは言いません。しかし物事には限度というモノが………」


「ゴチャゴチャ五月蝿いわね、眼鏡。そんなだから童貞なのよ。」


「眼鏡って言うな!僕は空蝉修理ノ助だ!」


「名は体を表すいい名前ね。ピッタリだわ。」


「そ、そうかな。」


「空蝉って中身は空っぽよね。まさに抜け殻みたいで中身のないアンタにピッタリじゃない。」


「グガッ!!カナタ!カナタはこのコの保護者だろ!この口の悪さをなんとかしろよ!」


「シュリ、もう手遅れだ。ここまでねじくれると手の施しようがない。1周回って真っ直ぐになることを祈るしかない。」


「………僕達はなんて無力なんだ。」


「ハハハ、まあいいじゃないか。賑やかで。」


まさに他人事という感じの呑気なラセンさん。


この人、最初は苦労人枠だと思ってたけど絶対違う。


苦労人枠はシュリが一人で担当してるよ。なんて不憫な。


「ところで眼鏡、その眼鏡は伊達でしょ。そこまでしてキャラ作りしてんの?」


「伊達だとよく分かったな。」


「アンタと違って目に節穴が空いてる訳じゃないから。」


よくこんだけ呼吸するみたいに毒を吐けるなあ。感心するよ。


ピキピキッっときたのをかろうじて押さえたシュリが答える。


「軍に入隊する時にホタルが僕にくれたモノなんだ。だから今も御守りだと思ってかけてる。壊したくないから作戦の時は外してるけどね。」


そういやキッドナップ作戦の時は眼鏡をかけてなかったな。


「へえ、そうなの。だったら大切にしないとね。」


「意外だな。ホタルはバイオメタル化する時に視力の矯正が出来るって事も知らなかった訳?とか言って馬鹿にするのかと思ったよ。」


「勘違いであれ間違いであれ、その眼鏡にはアンタに対する真心がもってるんでしょ。それを馬鹿にするほど人間が腐っちゃいないわよ。」


シュリは少し感心したような顔になった。


「でもホタルが軍曹を目の敵にしてるのまで容認した訳じゃないわよ。」


「…………それに関しては済まないと思っている。」


「そう思うならなんとかしなさいよ!ホタルはアンタの彼女みたいなもんでしょ!」


「リリス、もうよせ。一番苦しんでるのはシュリなんだ。」


「でも軍曹!」


「頼むからシュリを責めるな。おまえを嫌いになりたくない。シュリに責任がない事はおまえだって分かってるはずだ。」


「………そうね、ごめんなさいシュリ。言い過ぎたわ。」


「いいんだ。リリスの怒る気持ちはよく分かる。それに僕がなんとかしなきゃいけない事なんだ。」


ラセンさんが葉巻に火をつけながらシュリに諭すように言う。


「おまえが気に病む事じゃない。俺やマリカ様がなんとかすべき事だ。前から言ってるがおまえは余計な荷物を背負い込みすぎだ。」


「ホタルは僕にとって余計な荷物じゃありません。僕は背負いたいし背負うべきなんだ。」


シュリがそう言うとラセンさんは腕組みして考えこんでしまった。


…………この重たい空気に耐えられねえ。なんとか話題を変えないと。


「ラセンさんもせっかくのカレードリアが冷めちゃいますよ。大丈夫、オレは気にしてない。オレが気にしてないんだから問題ないでしょう。あ、それとシュリ、リリスの身の回りの買い物ありがとな。助かったよ。」


「それに関しては僕も言いたい事があるぞ!品数が膨大だったのはいい。だけどあんなモノまで必要だったのか?」


「でも眼鏡、アンタ堅物の割にセクシーランジェリーを選ぶセンスはなかなかよ。伊達にムッツリスケベをやってないわね。」


「僕があんなの買える訳ないだろ!マリカ様が用意して下さったんだ!」


そういう事だったか。


考えてみれば生真面目眼鏡のシュリにセクシーランジェリーなんか買える訳がない。


………マリカさん、オレが酷い目にあうのが分かってたろうに。………面白がってたに違いない。


「なんだ、感心して損したわ。所詮はダサ眼鏡ね。」


「ダサ眼鏡言うな!大切な眼鏡だし特注品でモノもいいんだぞ!」


「どんないい眼鏡でもアンタがかけたら台無しって言ってんのよ!アンタは言うならばあらゆる眼鏡をダサく出来る眼鏡の天敵よ!」


「そこまで言うか!だいたい他のモノを揃えたのは僕だ。まずお礼が先じゃないのか!」


「シュリ、アンタに出合えてとても嬉しいわ。ありがとう。そして一刻も早くこの世からサヨナラしてね。」


「ぬががが~!リリス、ちょっと君には教育が必要みたいだね!」


「私よりおバカな眼鏡が何を教育しようってのよ!ふざけた事いってるとケツの穴から手ぇツッコんで奥歯をガタガタいわすわよ!」


「まずはその言葉使いからだな!」


うん、さっきの重たい雰囲気よりこの方がマシだな。


二人が仲良く?じゃれあってる間にさっさと逃げよう。飯はコンビニで買えばいい。





あ、ラセンさんも逃げてる。さすがは上忍筆頭、鮮やかな逃げっぷりだぜ。




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