戦役編19話 訴えたくともジャロはない
無理矢理敵艦隊の戦列に旗艦をねじ込んだヒンクリー准将は、戦斧を片手に先陣切ってメデム師団の旗艦へ向かう。
絶対に戦地に立とうとしないメデムやレブロンとは好対照だな。
ま、メデムやレブロンが前線に出ても邪魔なだけだろうけど。指揮が優秀なら前線に立つ必要なんかないのが近代の戦争なんだけど、この世界じゃ勝手が違う。
元の世界と違って、著名な戦術家は本人も強いってのが普通なんだ。
科学技術こそ元の世界より進んじゃいるが、ミサイルや空軍を封じる攻撃衛星群のせいで、戦争の質が中世に近い、いや、ほとんど中世だからだ。
「
髑髏マークの入った軍帽を被ったヒンクリー准将の親衛部隊「ジョリー・ロジャース」と共にメデム少将の旗艦を目指して行軍開始だ。
敵艦から出撃してきた兵士達が、ヒンクリー准将を討ち取らんと挑みかかる。
准将は手にした戦斧の持ち手を伸ばしてハルバードに変化させ、力任せに薙ぎ払った。
身長はリックより5~6センチ低いが、息子を軽く凌駕するパワー。これが「不屈」のヒンクリーか。
ファイトスタイルはリックとよく似てるが、より荒々しく、かつ隙がない。
リックは頑強さと超再生があるだけに、少々ダメージを食らってもいいって感じの大雑把な戦い方をするんだが、准将に己の肉体への過信はない。歴戦の猛者だけに戦場の怖さを熟知している。
准将は瞬く間に敵の一陣を殲滅したが、すぐに二陣が押し寄せてくる。
准将さえ討ち取れば、戦局を逆転させるコトも可能なんだから当然だが。
オレは准将の隣に立ち、迫り来る二陣に最大威力の狼眼を食らわせる。
近付くコトさえ出来ず、バタバタと倒れていく敵兵達。准将が口笛を吹いて称えてくれた。
「ヒュウ♪ そいつが狼眼か。睨んだだけで命を奪うとは怖い能力もあったもんだな。」
「雑魚相手なら効果てきめんですね。」
「だが若いうちから楽ばっかり覚えちゃいかん。少しは体も動かせ。そら、きたぞ!」
オレと准将は得物を振るって敵兵を薙ぎ倒していく。
援護してくれる
隣接した戦艦に移動用通路を接舷したところか。通路を走るあの将官用の軍服……あれがメデム少将だな!
だが移動用通路までの高さは地上から8m、地べたにいるオレらの手は届かない。
「クソが!逃がすか!」
准将は歯ぎしりしたが止める手立てはないようだ。もちろんオレにもない。
(カナタ、俺に任せときな!)
!! カーチスさんだ!
「准将、慌てなくても逃げらんないです。メデムはもう詰みました。」
「詰んだ? どういう事……」
オレは飛来する脳波誘導ミサイルの群れを指差した。
ミサイル群は全弾、移動用通路の根元に命中。ギギギッと耳障りな擦過音を立てながら折れていく。
傾いた移動用通路は滑り台に変わり、半世紀前に滑り台で遊んでいたであろう初老の将官は童心に帰るコトとなった。
目の前に転がってきた鶴のように痩せた老人は無様にひっくり返ったが、護衛の側近二人は見事な身のこなしで臨戦態勢を取る。
「防げ防げ!」
メデム少将は側近に防戦を命じて、われ先にと逃げにかかる。
せめて立ち上がって逃げ出せよ。たぶん腰が抜けて立てないんだろうけどさ。
だが側近二人は手練れだった。オレと准将を相手に奮戦し、食い下がる。
……一将功成りて万骨枯る、なんて結果ならまだいい部類。現実にあるのは大抵、画餅に帰す、だ。
ご多分に漏れず、献身的な部下の懸命の抵抗は報われなかった。
這ったまま逃走を図るメデム少将の前に、緋色の瞳を持つおっぱい様が立ち塞がったのだ。
「き、き、貴様は……」
「全軍に降伏を命じるか、二階級特進するか選べ。」
「フェンベリル市最高の名家の血族である儂が降伏? ありえん!この儂が鼠賊相手に敗北するなどあってはならんのだ!」
「貴族でも鼠賊でも死は平等に訪れる。死か投降か、考える時間は5秒だ。5……4……」
「これはなにかの間違いだ!なぜこんな……」
「3……2……1……」
マリカさんは腰の愛刀に手をかけた。
「待て!降伏する!」
「そうかい。老い先短い白髪首がよほど大事と見えるね、老害が!」
マリカさんに一喝されたメデムは、なにか言い返そうとしたが、言えば首が飛ぶコトを察したらしい。
怒りの矛先は、オレ達相手に奮戦した側近に向けられた。
「無能者めが!頭脳の儂がいくら優秀でも手足が腐っておってはどうにもならぬわ!この敗北は貴様らのせい、どう責任を取る気だ!」
鬼気迫る顔をやるせない顔に変え、側近二人は武器を捨てた。
同情はしない主義のオレだが、側近の肩を叩いて慰めてやる。奮戦した挙げ句にこの仕打ち、いくらなんでも不憫すぎだわ。
「ツイてなかったな。上司に恵まれなかったらスタッフサー○スに電話しろ。」
「……後で電話番号を教えてくれ。」
側近はため息をつきながら苦笑いした。
オレはマリカさんが上司でホントによかったぜ。
師団指揮官を捕虜にしたヒンクリー師団とアスラ別働隊は追撃戦を開始したのだが、予定通りとはいかなかった。
苦戦したというワケじゃない。司令官を失っているので士気は下がってるし、士気系統も混乱しているから敗残兵は敵ではない。
だがその混乱が問題だった。投降を呼びかけたメデムの統率力が皆無に等しかったからだ。
つまりメデムの命令に全然従わない。残った高級将校達は揃いも揃って、下士官以下を捨て駒に自分達だけは離脱しようとバラバラに動く。
准将は、最前線で孤立した敵兵は投降、そうでない敵兵は逃亡でいいと考えていたのだが、てんでバラバラに行動されると収拾がつかない。
「暴走気味に抗戦してくる連中はやむをえん、殲滅しろ!逃げる敵兵には構うな!」
矢継ぎ早に各戦線に指示を出す准将にオペレーターが報告する。
「退路を巡って、敵軍の同士討ちも起こっている模様です!」
指揮シートに腰掛けた准将は、後ろ手に手錠をかけられたメデムに呆れ顔で問いかけた。
「立派な指揮官達だな。どういう教練をしていたんだ?」
准将の問いかけにメデムは憮然とした顔で答える。
「……儂の教練は完璧だった。いかなる天才でも、猿に哲学書を理解させるのは無理、という事だ。」
「最前線で孤立した部下達は投降させ、後衛の自分達は秩序を保ちつつ速やかに撤退する。たったそれだけの事が哲学? 馬鹿か!貴様の卑しさが部下に伝染しただけだろうが!」
「無礼者めが!平民あがりが知った風な事を抜かすな!身の程を……」
ゴン、といい音がして、台詞の途中でメデムは倒れる。
エマーソン少佐が拳銃の銃底で後頭部を殴って気絶させたのだ。
「エマーソン、捕虜への暴行はパーム協定違反だぞ?」
「メデム少将はすっ転んで後頭部を打ったのですよ。誰だ? こんなところにバナナの皮を捨てた奴は?」
戦闘で消費したカロリーを補給する為に食べていたバナナの皮を床に捨てて、少佐はすっとぼけた。
「バナナの皮が落ちていたのでは仕方がないな。おい、誰かこの間抜けを営倉に放り込んでこい。」
ジョリー・ロジャースの隊員が失神したメデムの襟首を掴んで引きずっていく。
雑音を排除した准将が指揮を執った追撃戦は5時間に渡り、朝日が輝く平原で始まった戦闘は、夕日が沈む頃に終了した。
会戦の終了を確認したオレは不知火へと帰還した。
艦橋では分析班が自軍と敵軍の損耗状態の計算を始めている。
オレはご褒美を賜るべく、指揮シートにふんぞり返っているマリカさんに近付く。
「戻ったかカナタ。ご苦労だったな。ん? なんだその手は?」
忘れたとは言わせませんぜ? ギブミーギブミーです!
「ああ、そうだったね。ほれ、コイツが欲しいんだろ?」
マリカさんは足元に置いてあった布きれを蹴って寄こした。
「そうですそうです!わぁい!……なにコレ?………ふんどし?」
マリカさんってふんどし派だったん?
「バクラのだよ。嬉しいか?」
「嬉しいワケないでしょーが!バクラさんのふんどしとか、ちょっとしたBC兵器じゃん!」
オレはふんどしを床に叩きつけた。
「使用済みの生、とは言ったが、アタイの、とは言ってないよ?」
「あんまりだ!ウソじゃないですけど、大袈裟で紛らわしい詐欺行為です!ジャロに訴えてやる~!」
「……なにに訴えるつもりか知らないけど、まず訴えるべきは自分への情状酌量の余地じゃないか? 僕としては密約の内容を是非知りたいね。」
背後からシュリにガッチリと肩を掴まれる。
しまった!いつの間に背後に!
シュリを振り払おうとしたオレの手はホタルに掴まれる。
「ホ、ホタル!」
「……カナタ。私ね、色々あなたに言いたい事があったのよね。この際だから、まとめて……」
「お説教よ!」 「お説教だ!」
幼馴染み二人の声が綺麗にハモる。
オレは助けを求めて三人娘に目をやったが、シオンには怖い目で睨まれ、ナツメは欠伸、リリスはバイバイとばかりに、笑顔でオレに手を振った。
「待て!待つんだ!話せばわかる!はやまるなシュリ!ホタル!」
「話せばわかる? ああ、しっかり聞いてもらうからな!」
眼鏡を装着してお説教モードに入ったシュリに右腕をロックされる。
「逃げられると思ったら大間違いよ!覚悟なさい!」
呼吸を合わせるようにホタルに左腕をロックされた。………万事休すか。
委員長と風紀委員に身柄を拘束されたオレは、説教部屋へと連行される羽目になった。
シュリとホタルのツープラトン説教タイムかよ。……説教部屋まで連れてかれる間、ドナドナでも歌おうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます