戦役編18話 陸の海賊
敵の出鼻をくじいたヒンクリー准将は、自ら先頭に立って追撃を加え、敵師団は後退した。
だけどあらたな防御陣に遭遇し、再度の突破を敢行。しかしまたあらたな防御陣が………そんな流れを数度繰り返す。
進撃を止め、小休止した准将はタブレットで偵察ドローンから送られてきた映像を確認している。
「縦深防御、か。メデムらしいな。どこまでいってもマニュアル通りだ。」
縦深防御は敵の進軍を遅らせる効果の高い、メジャーな戦術だ。
「有効な手ではありますよね。メデム師団は時間を稼ぎたいワケですから。」
うわ、准将の顔のかすり傷にもう瘡蓋が出来てる!これが本家の超再生か。
「メデム流の縦深防御だがな。」
「普通の縦深防御とは違うんですか?」
「ああ、陣地に配置された兵士を使い捨てにする。早い話がぽつぽつと小出しに陣地を形成してやがるのさ。」
「それだと戦力分散、各個撃破のいい的なんじゃ?」
「そうだ。まさに現在、俺達がそうやって潰してる。………手間を食いながらな。」
「………まさか自分が撤退する時間を稼ぐ為に兵士に死んでこいって話じゃないでしょうね!」
兵士は
「それ以外になにがあるんだ? メデムがなりふり構わず逃げにかかったのは剣狼の上官が原因だな。凄まじい速さで側面の防御陣を突破したもんだから、メデムは心底ビビった。後退して戦線の再構築どころか、このまま逃げ出すつもりだろうよ。」
「どうします?」
「孤立した陣地を遠距離から叩いていくのが安全策だが………ここはアスラ部隊流に邪道戦術といくか。堅い陸上戦艦のみで防御陣には構わず突破する。メデムのケツに喰い付いてやろう。」
戦力を小出しにしてるってコトは、抵抗も散発的ってコトだ。陸上戦艦だけなら強行突破も可能だろう。
「男のケツに喰い付くのは気が進みませんね。」
「だったらケツを蹴り飛ばしてやれ。エマーソン!陸上戦艦に精鋭を搭乗させろ!荒事の時間だ。」
返り血をハンカチで拭いながらエマーソン少佐は肩を竦める。
「まるで今までが荒事ではなかったようですね。天掛少尉だけでもう3ダースは屠ってますが?」
狼眼は大量殺戮に向いた邪眼ですから。そういうエマーソン少佐こそ、直接手にかけた敵兵が2ダースは超えてますよね?
「陸上戦艦だけで追撃をかける。後続部隊は点在する防御陣を叩きながらこい。指揮はおまえに任せる。」
「了解。准将は徒競走に参加ですか?」
「徒競走じゃなく障害物競走だ。緋眼がメデムの横っ腹を喰い破るのが早いか、俺達がケツに喰い付くのが早いかの勝負だ。」
物騒な運動会の開催を宣言したヒンクリー准将は、陸戦部隊の精鋭を陸上戦艦に収容し、強行突破の準備を始めた。
防御陣からの散発的な攻撃にガン無視を決め込んだヒンクリー師団の陸上戦艦の艦隊は、執拗な追走を開始した。
指揮シートの脇に血塗れた戦斧をもたせかけた准将は、一服しながらスクリーンを眺めている。
「剣狼、当然こっちが早いに賭けるんだろうな?」
「向こうに賭けます。今後の立場もあるので。」
「意外に処世術に長けた奴だな。だからと言って手を抜くなよ?」
「手を抜くもなにも、なにも出来ないですよ。この艦のクルーに頑張ってもらうしかありません。」
「だそうだ。メデムを地の果てまでも追い詰めろ!」
「アイサー、ボス!」
准将の叱咤にブリッジクルー達は威勢よく答える。
「無理しないでも追いつくのは確定ですよ。マリカさんはメデムの撤退ルートにトッドさんを先行させて足止め用の罠を張ってます。」
「なぜわかる?」
「オレならそうします。」
「閣下!不知火から通信が入ってます!」
「繋げ。」
大スクリーンにマリカさんのお顔が映し出された。画面端にチラチラ映ってる銀髪はリリスだな?
画面に割り込もうとぴょんぴょんしてるのを、マリカさんに押さえ込まれてるらしい。
「准将、残敵の掃討はどうしたんだい?」
「エマーソンに任せた。たまには障害物競走をやってみたくなってな。」
「アタイの勝ちは見えてんだけどねえ。メデムの撤退ルートに仕掛けをしといたから、向こうの足は勝手に止まる。立ち往生するポイントを送るから見といてくれ。」
「剣狼の言った通りだったか。」
「ウチのヒヨッコ狼は役に立ったみたいだね。」
「剣狼がヒヨッコ? こんなえげつないヒヨッコがいるか。一人で40人近い敵兵を屠ってる。」
数会わせの雑魚だからですよ。練度が一般兵以下の連中なんて狼眼のいいカモだ。
「ま、役に立ったならなによりだ。ほれ、リリス。もういいぞ。」
画面一杯に拡大された銀髪ちびっ子は開口一番、毒を吐き始めた。
「よくも私を置いてけぼりにしたわね!帰ったらヒドいわよ!」
ゴネるのがわかりきってたから、リリスには黙って伝令に出たんだよね。
「伝令任務だったからだよ。そんなに怒るなって。」
「ちょっとばかり活躍したからって調子に乗んないでよ!ヒンクリー師団の女性兵士にモテるかも~、なんて考えてないでしょうね!」
そんな素敵イベントがあればいいんだけど………いや、可能性はゼロじゃないかも!
おっと、顔に出すのは危険だ。
「考えてない考えてない。」
「はん!まんざらでもない顔しちゃって。言っとくけどね!少尉がモテモテになったら、上がった株が暴落するまでバッキバキに貶めてあげるから!ネタは山ほど握ってるんだからね!」
「それでおまえに何の得があんだよ!」
「資本主義のルールを知らないの? みんなが少尉の株を投げ売りすれば、私が単独株主になるでしょ。」
「そこまですんのかよ!怖すぎだろ!」
「もし私と少尉以外の人類を絶滅させるボタンがあれば、迷わず押すわ。」
「押すなよ!それ絶対押すなよ!!」
「意外に思うかもしれないけど……私ね、欲しいモノを手にいれるのに手段は問わないの。」
「意外でもなんでもねー!まんまじゃねえか!」
助けを求めて周囲を見回してみたが、ブリッジクルーは全員が爆笑してて話にならない。
一番ヒドいのは准将で、指揮シートからずり落ち、床に転がって笑い転げていた。
「……准将、楽しんでいただけましたか?」
「クックックッ、最高だ。「悪魔の子」がここまで面白いとは思わなかった。夫婦漫才でこんなに笑ったのは初めてだ。」
……楽しんでいただけて嬉しいですよ。
「准将!こっちは後30分でメデムの脇腹に食らいつくから、そっちも小汚いケツにしっかり噛みつきなさいよ!通信終わり!」
言いたいコトを言いきったオレの相方は、ぷいっとソッポを向いて通信を切った。
「プッ。クククッ。おい、みんな。笑うのは後にして仕事にかかれ。……剣狼、ウチにもあんな娘が欲しいんだが、どこかにいないか?」
いませんいません。リリスみたいなのがもう一人おったら怖いわ。
「リリスって一人ならいてもいいけど、二人は多すぎ。三人いれば世界を破壊しそう。」
ナツメの感想は、まさに正論。リリスは一人いりゃいいよ、オレの傍にな。
障害物競走はアスラ部隊の勝利に終わった。メデム師団の3時方向から、すでに砲撃を開始している。
来援したヒンクリー師団は、メデム師団が密集陣形を敷いて懸命に旗艦の防衛にあたっている戦列に向けて、背後から砲撃を開始した。
メデム少将の旗艦のキャタピラが破壊されている。どういう方法を使ったかわからないけど、うまくやったもんだ。さすがマリカさんだぜ。
「先を越されたか。剣狼、メデムは観念すると思うか?」
「いえ、まず逃亡を図るんじゃないですかね。足の早い他の艦に乗り換えて。」
「なるほど。メデムの旗艦に横付けしようとしてるあの艦がそうかな?」
「だと思いますよ。通路を接舷なんかしてないで、歩きで移ればいいのに。」
「そこが身分のある連中の悲しさだ。火事が起こっても寝室から出る前に靴下を履こうとする。」
元の世界でも本物の英国紳士は、寝室以外じゃ靴下を脱がないって話だったけど本当なのかねえ?
老舗デパートのハロッズは、ガチで短パン禁止だったりするから案外マジなのかもしんねえな。
ヒンクリー師団の来援を受けたアスラ別働隊は、牽制から殲滅へと戦型を変え始めた。
ヒンクリー師団もその動きに呼応すべく、准将が指示を飛ばす。
後背につけてるヒンクリー師団は敵艦隊が反転する前に、一気に前進する。
重巡を壁にしようとする敵の艦隊機動に構わず突っ込むつもりだ!
「機関臨界!全員、衝撃に備えろ!」
オレは階段の手摺を掴んで衝撃に備えた。
轟音と金属の軋む音が響き、ヒンクリー艦隊は敵艦隊の艦列への割り込みに成功!
准将は戦斧を握って立ち上がる。
「ここからは乱戦だ!総員武器を取れ!機構軍のモヤシ野郎共を収穫しに行くぞ!」
「おお!!」
おいおい、ブリッジクルーまで武器を持って出撃すんのかよ!
ヒンクリー師団が「
感心してる場合じゃない。オレは同盟のエース部隊、クリスタルウィドウの一員なんだ。
海賊だろうと山賊だろうと遅れを取るワケにゃいかねえぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます