結成編19話 ハヤシライスは愛の味



シュリの部屋を訪ねたオレは、テーブルの上に広げられた何枚かの写真に目をやってから、事実婚状態の奥方ホタルに敬礼する。旦那様はまだ帰宅してないみたいだ。


「だいたい調査は終わったみたいだな。毎度毎度、こんな仕事を頼んじまってすまない。」


「いいのよ。ヒムノン室長が悪い女に引っ掛かったのなら、なんとかしてあげないといけないわ。」


やっぱ筋悪の女だったか。ヒムノンママの為にもなんとかしないとな。


「カナタ、もう来てたのか。ホタル、晩御飯はなんなんだい?」


おっ、旦那様が帰ってきましたか。帰宅した旦那様はオレの脱いだ靴の並びが気になったらしく、丁寧に並べ直してから、椅子に腰掛けた。……よく見りゃこの部屋、以前にも増して家具や調度品の並びに秩序が感じられる。掃除も完璧に行き届いていて埃の一つもない。クソ真面目と几帳面がくっついたら、こんなご家庭が出来上がるんだな……


「シュリの大好きなハヤシライスよ。カナタの分もあるから食べていってね。」


可愛さより清潔感を重視したに違いないエプロンを、丁寧にハンガーに掛けながら奥様は夕餉のメニューを伝えた。この世界にもハヤシライスがあんのかよ。どこまでもコピーみたいな世界だねえ。


「ありがたく頂いていくよ。ラセンさんが言うところの"邪道なまがい物"ってヤツをさ。」


「いくらカレーが大好きだからってハヤシライスをまがい物呼ばわりはいただけないよ。狭量にも程がある。」


肉とタマネギがふんだんに盛り込まれた大盛りのハヤシライスを遠慮なく頂くか。


「うっま!カレーもいいけどハヤシライスもいいよなぁ。……!!……」


ハヤシライスも旨いけど、添えてあるキャベツのピクルスもメチャクチャ旨え!!なにこのピクルス、オレの好みにピンズドじゃん!


「お気に召していただけたみたいね。特にピクルスはカナタの好みに合うんじゃないかと思ってたわ。」


「ピンズドofピンズドだよ。でもなんでわかったの?」


「それはね……シュリにはイマイチ不評だからよ。シュリとカナタって食の好みは合わないっぽいから。でもハヤシライスはカナタの口にも合ったみたいでよかったわ。」


スプーンにピクルスだけを乗せ、口に運んだシュリは、じっくりと味わってから感想を述べる。


「う~ん、ハヤシライスは最高なんだけどなぁ。ホタル、ピクルスはもうちょっとなんとかならないのかい?」


シュリが要らないならオレがもらおう。シュリの皿のピクルスをゲットだ。


「先に答えを言ってあげるわね。シュリは酢の物自体がそんなに好きじゃないのよ。それだけ。」


「そんな事はない。僕は偏食家じゃないよ。」


「偏食家だなんて言ってないわ。食べない訳じゃないけど、好きではないだけ。なんなら証明してみせましょうか? シュリ、お寿司とお刺身どっちが好き?」


「断然、刺身。」


「しめ鯖と焼き鯖、どっちが好き?」


「焼き鯖だね。ホタルも焼き鯖が好きなんだろ? ウチじゃ鯖と言えば焼き鯖だし……」


「いえ、私はしめ鯖の方が好きよ。シュリが好きだから焼き鯖を出してるの。じゃあ最後の質問、フィッシュ&チップスにワインビネガーをかける?」


「かけない。シンプルに塩だけでいい。」


「酢を避けてんな。特にフィッシュ&チップスにワインビネガーをかけないのが致命傷だ。普通はワインビネガーをかける。」


「……なんて事だ……ホタル!僕は酢の物を克服するから協力してくれ!しばらくは酢の物メインの食生活を…」


「やめとけって。どこまで生真面目なんだよ。食べない訳じゃないんだから無理に克服する必要なんかねえの。それよりヒムノン室長の件だ。どんな性悪に引っ掛かったんだ?」


忍者夫妻の報告を聞いたオレは思案を巡らす。二人の話を聞いた限りじゃ女は明らかに金目当てだ。わかんねえのはヒムノン室長が金目当てが見え見えの女に引っ掛かるほどバカかねってコトなんだが。


ガリ勉学生が軍に入隊し、仕事ばっかやってて見合い結婚。……室長の弱点は、女だったってコトはあり得るか。気前のいいボスを持ってる上に要職を兼任、オマケに前妻からの慰謝料も入った室長は金を持ってる。性悪女にとっちゃ格好のカモだな。


「シュリ、明日の夜にでも室長と話をしよう。予定を空けておいてくれ。」


早めに動きたいが今夜は無理だ。公事が控えてる。


「善は急げ。今夜にでも動いた方がいいんじゃないのか?」


室長と話をする前に女と話をしておくべきかな? 被告人を取り調べずに黒と断定するのは法の精神にもとる。遵法意識は低いオレだが、他人様のプライベートに首を突っ込む以上、踏むべき手順は踏んでおくべきだろう。


「これから錦城中佐と話があってね。財団に関わってくる事だから、仔細は明日にでも話すよ。ホタル、ハヤシライスをご馳走様。ちょっとした頼みがあるんだけど、お手製の…」


オレが言い終える前にピクルスの入った瓶を手渡された。


「当たり?」


「当たりだ。このピクルスはいいツマミになりそうだからな。シュリ、いい嫁さんをもらったな。」


「まだ籍は入れてない。」


さっさと籍を入れちまえよ。ミコト様に神式の結婚式を執り行ってもらうからさ。建造中のミコト様のお社が完成したら、挙式第一号になってくれ。


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シュリとホタルの愛の巣(仮)を後にしたお節介狼は、錦城中佐率いる神難特使御一行の滞在する特別営倉に向かった。


特別営倉に着いたオレは錦城中佐の個室を訪ね、ホタル特製のピクルスを肴に、特使団団長と缶ビールを飲みながら、密談を始める。


「カナタ君、クシナダ様も提携話には乗り気だ。先ほどミコト様にご挨拶をしてきたが、もう一度お会いして話を詰めたい。それで構わないか?」


やっぱり錦城中佐は薔薇姫の腹心だったか。教授の言った通りだったな。


「細かい条件はオレと二人で煮詰めましょう。ミコト様との会見はそれからでいい。」


神難との提携が必要だと考えたオレは、その構想を教授に相談してみた。相談された教授は秘密機関を使って、神難の情勢を調査。彼らが欲しがっていて、御門グループが提供出来るものをリストアップし、ガーデンに送ってくれたのだ。


そして辣腕家の教授は、錦城中佐との会談をシミュレートし、想定される交渉内容のレクを行ってもくれた。教授が有能なのはわかっていたけど、予想以上だったな。地球では大学教授として教鞭を執っていたみたいだけど、政治家か官僚になればよかったのに。今でも官僚やってる親父より、よっぽど日本を良くしてくれただろう。


─────────────────


「大枠はこんなところでいいでしょう。さらに仔細な条件、期日等については御門グループから神難へ交渉人を差し向けます。」


インスタントコーヒーを飲みながらの謀議は二時間ほどで終わった。大枠の交渉だけ済ませておけば、後は教授のチームが引き継いでくれる。全て予定通りだ。


「了解だ。交渉人は誰なのかな?」


「丙丸吉松、彼をリーダーに何人かのチームを派遣します。丙丸は御門グループに存在していない人間になっていますので、そこんとこよろしく。」


合意内容を記した機密文書を二通作り、オレが勾玉を模した八熾家の印を押し、錦城中佐は麒麟を模した錦城家の印を押す。


「御門グループの秘密セクションの人間か。どこにも似たような組織はあるのだな。こちらも同じ様な部門が対応する。クシナダ様にはまだ政敵が多いから、交渉は秘密裏に行いたい。」


ガリュウ総帥と似たか寄ったかだった先代総督の治世をクシナダ姫は改めようとしている。先代総督とは不仲だった司令は、新総督とは協調関係を築こうとしていたようだが、上手くいっていなかった。才気に溢れ過ぎた司令との協調を危険と考える人間もいて、クシナダ姫がそうだった。その点、ミコト様は才気ではなく仁徳が前面に出ているお方、この秘密交渉が上手くいったのはミコト様のお陰だ。


「了解です。まずは神難の防衛能力を高めましょう。いつまでもザラゾフ元帥に駐屯してもらう訳にはいかない。元帥閣下は駐屯の対価として、虫のいい条件を出して来かねない。」


武力を売って利権に変える。武闘派のザラゾフ元帥はそうやって権益を拡大してきた。神難でも同じコトをやるだろう。ま、武力を利権に変えるのは、オレらもやってるコトだがね。


「もう出して来ているよ。撥ねつけたいが自前の防衛力に不安がある以上、無下にも出来ない。クシナダ様も苦慮されている。」


「野戦で神盾や剣神を倒せって話じゃない。御門グループが提供する新型防護壁や、世界最長の射程距離を持つ長距離曲射砲「カグヅチ」があればそうそう手は出せないはずだ。神盾や剣神だっていつまでも照京に駐屯している訳にはいかないはずだし。」


神盾と剣神はゴッドハルト元帥の両腕だ。ずっと龍の島に配置していれば、ガルム閥のタガが緩みかねない。


「ああ。特に「カグヅチ」はガリュウ総帥に何度も提供を求めていたが断られていたものだ。クシナダ様もお喜びになるだろう。神難兵を照京亡命政府に派遣する口実にもなる。」


オーケー、これで御門グループが欲しかったまとまった数の兵隊をゲットだ。いくらいい装備があっても使う兵隊がいなきゃ意味ないからな。よしよし、神難との関係では司令に先んじたぞ。


「御門グループと神難がガッチリ手を握ってから、神楼との交渉に入りましょう。今の神楼総督はお飾りで、実権は司令が握っています。」


室町将軍と信長みたいなもんだな。司令は神楼の大貴族ではあるが、総督職には就いていない。形骸化しているが、領主を務める家は別にある。形の上では臣下のはずなのだ。


「そうだな。当面の交渉相手は鷲羽副司令になるのかな?」


「いえ。司令との直接交渉になるはずです。」


クランド中佐を誹謗する気はないが、そのあたりは中佐がフォローすべきだろう。トップの司令が信長タイプなんだから、腹心は秀吉タイプの交渉上手でなければならない。覇気と才気に溢れる司令を警戒する人間だっているんだぞ?


近日、リグリットで行われるミコト様の総帥就任記念式典に、クシナダ総督も出席してくださる運びとなった。総帥就任式典では、同盟軍による照京亡命政府の承認儀典が行われ、サンブレイズ財団の設立記念式典も同時に開催される。そして式典の最後に、御門グループと神難政府のパートナーシップ宣言が宣誓される、と。


照京を奪回し、照京、神難、神楼の三国同盟を成立させる。日本で言えば京都、大阪、兵庫の関西同盟だな。これを当面の目的とし、行動しよう。


……御門グループが先んじて神難と結ぶコトに司令はいい顔はしないだろうが、三国同盟には乗ってこざるをえまい。利に聡い司令なら、必ずそうするはずだ。




司令が同盟のトップに立ち、有志都市国家群が司令を全面的にバックアップする。その見返りに司令は都市国家の自主性を重んじ、過度に内政には干渉しない。これがオレの考える同盟の未来像だ。


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