結成編20話 バツイチ中年からの手紙



リカルダ・カーマン、それがヒムノン室長をカモってる女の名だ。ガルム人でロックタウンにあるクラブ「岩の天使ロックエンジェル」でホステスをやっている。店にやってきたヒムノン室長をいいカモだと狙い、首尾よく金ヅルに仕立て上げたようだが、ガーデンマフィアをナメちゃいけねえな。そんじょそこらの犯罪組織より、よっぽどタチが悪いんだぜ、オレ達はな。


シュリと相談し、室長に話をする前に、女とその背後にいるヒモ野郎をシメておくコトにした。


シュリと連れ立ってオープン前の店を訪れたオレは、店の用心棒バウンサーを紳士的に恫喝し、店内に入る。


「あらあら、まだ開店前なんですよ。もうしばらく経ってから…」


化粧の濃いクラブママはオレ達の軍服を見て精一杯の愛想を振りまいてきたが、手短に要件だけ伝える。


「オレ達は客じゃない。リカルダ・カーマンに用があって来た。」


「リカが何かやったんですか!?」


「やらかしてくれたが、店とは関係ない。庇うつもりなら店ごと共犯と見做すがいいか?」


「とんでもない!あのコが何をやったか存じませんが、店とは一切無関係ですから!リカ!リカ!アスラの兵隊さんがアンタに用があるってさ!一体何やらかしてくれたんだい!? 早く出てきなよ!」


店の奥にある扉を開けて、綺麗だが幸の薄そうなガルム人女性が姿を現した。この女がリカルダ・カーマンに間違いないな。


「ママ、30分ばかり店を貸し切りにする。これで足りるか?」


丸めた札束を渡すと、ママはコクコクと頷き、逃げるように奥の扉へ消えていった。


「あ、あの……アスラの兵隊さんが私に何か御用ですか?」


怯えてるな。ま、心当たりがある訳だから、怯えるのは当たり前だが……


「用もないのに開店前の店に来たりするかよ。」


「カナタ、相手はか弱い女性だ。穏やかに話をしよう。さぁ、そこに座って。」


テーブル席に座ったリカの真向かいにシュリが着座し、オレはカウンターから椅子を持ってきて、両者の中央に陣取る。シュリは穏やかな表情で、仏頂面のオレを宥めるフリをする、と。悪い警官といい警官、取り調べの基本だな。


「キミはウチのヒムノン室長に"病気の弟がいて治療にお金が必要"と言って、何度かお金を振り込ませたよね? でも僕の調査では、キミには弟どころか家族もいない。何にお金が必要だったんだい?」


「……そ、それは……」


「答えらんねえならオレが答えようか。エリオット・ヘスに貢ぐ金が必要だった、だろ?」


「……!!……」


「見た目だけはイイ男だもんなぁ。中身はクソ以下らしいがね。ハウ保安官に聞いたが、ヘスは札付きのワルで、何度も保安官事務所のお世話になってる野郎なんだってな。」


資料を見た限りじゃ、ヘスじゃなくてゲスって言った方がしっくりくる野郎だ。


「でも……行く当てもなくこの街に流れてきた私に……優しくしてくれたんです……」


「優しい、ね。そうは思えないけど?」


シュリがそっと彼女の袖をまくり上げると、腕にはアザがいくつか付いていた。


「キミがどんな人生を送ろうが勝手だ。でも僕達の仲間を騙して金をせしめるような真似は許さない。キミにもエリオットにも法の裁きを受けてもらう。」


とはいえヒムノン室長に訴える気がなきゃ犯罪は成立しない。気は進まないが、室長にコトの経緯を説明するしかないな。この女はクズ男のDVの被害者みたいだし、同情の余地はある。金を騙し取るコトを決めたのはおそらく男の方だ。ま、唆されたにせよ、共犯には違いないんだが……


オレはハンディコムを取り出し、室長に電話をかけた。


「……という次第でしてね。法務が専門の室長はお分かりとは思いますが…」


「そうか。カナタ君やシュリ君にまで心配をかけていたみたいだね。カナタ君、店のカウンターの下に封筒が貼り付けてあるから、剥がして彼女に渡してくれないか?」


電話を首に挟んだまま、カウンターの下を覗き込んでみる。室長の言った通り、茶封筒が貼り付けてあった。


封筒を剥がして、シュリとリカが座っているテーブル席まで持ってゆく。


封筒の中身は一枚の手紙、それに小切手。額面は……2000万クレジットだと!?


震える手で手紙を読んだリカは、両手で顔を覆ってすすり泣き始めた。


手紙にはなんて書いてあったんだ?


「リカルダへ


君に家族がいない事は知っていたし、弟の治療費として渡したお金を男に貢いでいる事も知っていた。今までにない金額を貢いでみて、その男がどんな人間なのかがわかったと思う。最後に無記名小切手で2000万クレジットを君に贈る。そのお金は君が好きに使えばいい。男に貢ぐもよし、人生をやり直す元手にするもよし。短い間だったが、君との交流は楽しかったよ。ありがとう。


追伸 リカルダ・カーマンが人生をやり直す選択をする事を願っている。


                         オルブリッヒ・ヒムノン」


おいおい、こりゃどこの男前が書いた手紙なんだ。……ヒムノン室長、カッコよすぎるぜ。


「……室長は全部ご存知だったんですね?」


オレがそう確認すると、ハンディコムの向こうからは達観した室長の声が返ってきた。


「無論だよ。貧相で冴えない中年男に、若くて綺麗な女性が好意を持ったりするものかね。最初はカナタ君達の手を借りようかと思っていたんだが、リカルダ自身が人生をやり直す気になってくれなければ、同じ事を繰り返すだろう。」


「そうですね。ちょっと優しくされたぐらいで悪事の片棒を担いじまうんだ。辛くて幸薄い人生を送ってきたにせよ、誰かに依存してるようじゃ、幸せになんかなれない。」


「カナタ、男の始末は僕とハウ保安官でつけておくよ。彼女を僕の部屋に連れ帰ってくれ。事情はホタルに連絡しておくから。」


「わかった。室長、それでよろしいですか?」


「そうしてくれたまえ。男の事後処理はカナタ君に任せると心配だ。男の方がね。」


「いくらオレでも、民間人相手に無茶はしませんよ。叩けば埃の出る民間人でも、ね。」


マトモに相手すんのもバカバカしい奴みたいだからな。刑法よりも怖い存在があるってコトだけわからせりゃ十分だ。


「そうかね? カナタ君は女が絡むと怖そうなんだが。誰かさんに御門グループの役員にされてしまったお陰で忙しい。今は余計な裁判に割く手がないんだよ。」


トコトン信用ねえなあ。ま、オレだと"月の出ない夜だってある"ってコトを骨身に叩き込んじまうかもしんないからな。シュリに任せるのが無難か。


「了承ナシで役員に就けるだなんて、悪いヤツもいるもんですね。室長、この貸しは…」


「役員就任の件と相殺でいいかな?」


「妥当なセンですね。それでは。」


電話を切ったオレはシュリに向かって敬礼する。


「シュリ、後は任せた。リカルダさんはオレについてきてくれ。」


「はい。でも私はヒムノンさんを騙したのですが……」


「騙してない。手紙に書いてあった通り、室長は全部ご存知だったんだからな。バツイチ中年の老婆心を受け取っておきなよ。」


「じゃあ僕は保安官事務所に行ってくる。遅くなっても必ず帰るからってホタルに伝えておいてくれ。」


「シュリ、一応言っておくが、おまえさんの部屋は独身寮だからな。女を連れ込むのは服務規定違反だぜ?」


そんな規則を律儀に守ってるヤツなんざいねえがな。


「……カナタにだけは言われたくない。」


そりゃそーだ。


心底呆れた顔をしたシュリを店に残し、オレは軍用車両の助手席に薄幸美人を乗っける。




しかしシュリといい室長といい、ガーデンにはゴロツキだけじゃなく度量の広い男前も多いな。オレも男前の仲間入りするべく、精進しますかね。


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