結成編21話 七色の渾名を持つ男



ガーデンに戻ってからは、オレにやるコトはなかった。独身寮の空き部屋を確保したホタルがリカルダさんを連れて行き、"部隊長さん、後は私達がやっておくから"というお言葉を頂いただけだった。


ご好意に甘えるコトにしたオレは、寝酒をかっ喰らってパイプベッドに潜り込み、貧乳サンドに挟まれながら朝を迎えた、と。


「あなた達は、何度同じ事を言わせればいいのかしら!隊長はアスラの部隊長、隊員達の規範にならなきゃいけない立場なのよ!」


シオンのお説教を聞きながら欠伸をするナツメ、もう見慣れた光景だな。


ナツメと一緒に説教されてるちびっ子は、ベーコンエッグと一緒に皿に載った焼きソーセージをフォークで刺してナイフでカット、タコさん形に仕立てて耳の横でプラプラさせた。耳にタコが出来ました、と言いたいらしい。


「リリス!耳に出来たタコを、タコ殴りにしてあげましょうか!」


「動物虐待、いえ、頭足類虐待は感心しないわね。」


低血圧で朝に弱いリリスは、気怠げな声で反省ゼロのお言葉を述べた。


「頭足類虐待ねえ。だったらイカの沖漬けなんかその最たるもんじゃねえかな。なんせ生きてるイカを醤油樽に放り込んじまうんだからさ。」


「少尉、それなら活き作りはもっとヒドくない? 生きたままの体を切り刻んじゃう訳でしょ?」


確かに。醤油樽に放り込まれたり、生きたまま切り刻まれたり、ぺったんこにされて干されたり、イカさんは受難の道を歩んでるな。


「リリス、そのタコさん、私に頂戴。」


あ~んしたナツメの口にタコさんは吸い込まれ、真っ白で健康的な歯で噛み砕かれて短い人生を終えるコトになった。タコさんも受難ですね、南無南無。


こめかみを指で押さえながら怒りも抑えたシオンさんに、オレは本日の部隊教練のメニューをレクチャーして午前の自主トレに出掛けるコトにした。


───────────────────


薔薇園の真上に太陽が移動した午後、案山子共の教練をシオンに任せたオレは、カラス共の教練に勤しむ。これから案山子とカラスは共同作戦を遂行する機会が増える。カラスの練度を案山子に近づけておかねばならない。


中隊同士の模擬戦の様子を視察したオレは、何人かの兵士に直接指導を行う。彼らはこれから拡大を図る御門グループの中核になってもらう兵士達だ。練度は高ければ高い程いい。


「カナタ様!次は私の小隊に指導をお願いします!」


様はいらねえってば!まったく、レイブン隊も精神的には白狼衆のいとこかはとこだな。


「2中隊ばかりズルいぞ!龍弟侯りゅうていこうの指導を仰ぎたいのは我々も同じだ。」


……オレ……また渾名が増えたんだよな。「剣狼」、「邪眼持ちの悪魔」、「歩く厄災」、「十二神将の末っ子」、「おっぱい野郎Kチーム」、よくもまあこんだけ渾名を付けてくれたもんだぜ。一番気に入ってるのはマリカさん考案の「剣狼」だけど、オレの実態を如実に現しているのは「おっぱい野郎Kチーム」だったりする。


んで、最新の渾名が「龍弟侯」だ。御門の龍たるミコト様の弟で侯爵だから、照京兵達はそんな敬称でオレを呼び始めた。渾名で呼ぶなら「剣狼」でいいんだが、封建精神豊かな照京兵は気安すぎると思ったらしく、「龍弟侯」なんて大層な渾名を考えてしまった。誰が考えたんだか知らないが、最新の渾名はインフルエンザよりも早くレイブン全体に広がり、一般化してしまったようだ。


イズルハきっての名家の嫡子で、慈愛に満ちて賢明、さらには容姿端麗と非の打ち所がないミコト様は、照京兵から絶大な支持を寄せられている。そんなミコト様が弟と公言するオレは、その人望のおこぼれに預かる身、という訳だ。


そういう訳でオレは、わいのわいのと騒ぐ兵士達に囲まれてしまった。


「そこまでにしておけ。侯爵はお忙しいのだ。大隊長5人は私についてこい!これから三足館で侯爵を交えてブリーフィングを行う。」


三本足のカラスの徽章を付けたカレルが兵士の輪をかき分け、オレを救出してくれた。


「じゃあみんな、ミコト様の御為おんため、修練に励んでくれ。」


「イエッサー!」 「ハッ!我らは三本足の鴉、龍のしもべ!」 「我らの剣は大龍君たいりゅうくんと龍弟侯に捧ぐ!」


「大龍君」御門ミコト、か。大君であるミコト様を亡命政府の首班で終わらせてはいけない。必ず照京を奪回するぞ。


「カレル、行こうか。」


「はい。総員整列!敬礼の後、解散!」


縦列陣形をとった照京兵はオレ達に向かって敬礼し、カラスの羽根飾りの付いた軍帽を空へと投げて、模擬戦での健闘を称え合った。


────────────────


オレとカレルは三足館への道を並んで歩き、5人の大隊長が背後に続く。視界に黒く塗装されたコンクリート造の兵舎が見えてきた。


ミコト様の館「命龍館」を三角に取り囲む三つの館が、レイブンの兵舎「三足館」だ。三つの兵舎棟は基地が稼働し始めた頃からあり、中央に司令の居館を建設する予定だったらしいが、書類仕事がたんまりある司令は司令棟内に居宅を構えてしまい、構想倒れになっていた。そしてミコト様と共闘するコトになった司令は、もっけの幸いとばかりに兵舎棟のど真ん中に他所から持ってきたハイソな貴族館である命龍館を移築させ、兵舎は照京兵にあてがった。企画倒れに終わったはずの計画が、予想外の形で日の目を見たという訳だ。幸運も手伝ったとはいえ、司令のやるコトにはそつが無いねえ。


命龍館の隣で建造中の神社、その工事風景を眺めやったカレルが感慨深げに口を開いた。


「侯爵、ミコト様のお社ももうすぐ完成しますな。私はジェダス教の信者ですが、このお社からは神々しさを感じます。」


カレルはジェダス教の信者か。そりゃそうか、元の世界で言えばフランス人だもんな。


「アミタラ様の仏閣と、ジェダス教の教会は元々ガーデンにあったが、これで天照神アマテラス様を祀る神社まで揃ったな。しっかりご加護があればいいが。」


仏閣は言うまでもなくジョニーさんが住職、教会はシスターのバイト経験があるキワミさんが管理しているらしい。……ちょっと待て。シスターってバイトでやっていいもんなのか? ちっこい神社のウチと違って、でっかい神社の宮司だった物部の爺ちゃんが"正月に限らず、繁忙期には巫女のバイトを募集しとる"とか言ってたような気がするから、シスターだってオッケーなのかもしんない。……オッケーってコトにしとこう。深く考えるのは怖い……


「しかし司令は雷神ナルカミの信徒と聞きましたが、雷神を祀るお社はないのですな。」


不思議そうな顔で首をひねるカレルの疑問にオレは答えておいた。


「司令曰く"利益りやくを確約するか、先に寄越せばたてまつってやる"だそうだ。」


「神様を相手に御利益の先払いを要求しますか。……いい性格をしておいでだ。」


じきにカレルもその身で経験するだろう。司令が頭がいい上に、ムシまでいい人間だってコトをな。ホント、をしておいでなんだよ。


──────────────


三足館の作戦室で、オレとカレルは5人の大隊長と今後の教練方針を相談し、大方針をまとめた。5つの大隊には定期的に模擬戦を戦わせ、競わせるコトは決定事項だったが、そのやり方は慎重でなくてはな。指揮官にとって一番難しい課題は、チームワークとチーム内競争を両立させるコトだ。連帯感とライバル意識、一見相反する要素を巧みに共存させなければならない。馴れ合いの仲良しクラブになってもいけないが、競争が過激化すれば連携に支障が生じる。


「……という訳で、各隊は戦友でもあるが、ライバルでもある。我こそはレイブンのエース、という気概を持って訓練にあたれ。」


「イエッサー!」


「だが、気概が危害にならんように留意しろ。競争意識を持つのは訓練の時だけで、戦場にあっては助け合う仲間だ。他隊に先駆けようなんて功名心に駆られ、勝手な真似をするコトは許さない。」


企業傭兵団レイブンの副官を務めるカレルがもう一度念を押す。


「訓練では互いに競って高め合い、戦場では鉄の結束の下、共に戦い助け合う。これが侯爵の定めたレイブンの大原則だ。大隊長の責任を以て、麾下の隊員達に周知徹底させろ。結束に亀裂を入れそうな目立ちたがりや増上慢は、侯爵に代わって私が処分する。」


厳しい表情でレイブンの引き締めを図るカレル。オレとシュリ夫妻がレイブンの足なら、カレルは三本の足を支える柱石だ。玄武岩のように重みのある言葉に、大隊長達は深く頷く。


ナンバー2を引き受けるにあたって、カレルは賞罰に関する約束事をオレに飲ませた。それは"隊員への報償はオレが、処分は自分が行う"というものだ。オレに泥を被らせないという配慮はありがたいが、さすがに気が引けるのでドネ夫人に連絡し、若き良人を説得してもらおうと試みたが、無駄だった。"侯爵、ミコト姫の為に泥を被る侯爵の姿を見て、カレルは己のすべき事を悟ったのです。私の夫、カレルは有為な人材でしょう?"そう問われて返す言葉がなかった。……土方歳三に対する近藤勇の気持ちが理解出来たような気がする。カレル・ドネはお家の都合でレイブンに派遣されてきた人間だが、適材であり、適所だった。


「近日中に首都で開催される総帥就任記念式典には我々も参加するが、幹部の皆には先に知らせておこう。新総帥のお披露目パーティーで、ミコト様は命龍と改名される。だが、呼び名は今まで通りに、と仰せだ。レセプション用の資料を戦術タブに送信するから目を通しておいてくれ。」


厳しい表情をしていたカレルが慶事を聞いて、相好を崩した。


「イズルハの王に相応しいですな。龍の文字を御名に入れられますか。……ほう、大龍君は公用語表記では「Tycoon」と記されるのですね。読みはタイクーン、で間違いないですか?」


「ああ。公用語の読みはタイクーンで……」


カレルはタイクーンという言葉を知らなかったのか? いや、カレルだけじゃない。大隊長達も聞いた事がない言葉だったみたいだな。


「侯爵、どうかされましたか?」


「いや、なんでもない。リグリットに行ったついでに陸上戦艦の改修も行おう。式典の3日後に行われる観艦式が済んでからになるな。じゃあブレイザー1~5の改修計画についての相談を始めようか。」


教授に作ってもらったレセプション用資料では、大龍君の公用語表記が「Tycoon」になっていた。でもこの世界にタイクーンって言葉はなかったらしい。教授らしからぬミスだが……いや、教授がそんなポカをやるか?……待てよ、確か……


そうだ!実力者、大物、を表す英語「タイクーン」の語源は「日本国大君」だったはず。……読めたぞ。大龍君も龍弟侯も、考案したのは教授だな!ミコト様やオレに権威付けさせる為の差し金だったんだ。




教授はアメリカのシンクタンクからアドバイスを求められたコトもあるって言ってたが本当らしいな。実に政治的な発想だよ。オレが龍の刃なら、教授は懐刀だ。しかもとびきり切れ味の鋭い、な。


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