結成編22話 薄幸美女は超物好き



左右から迫る二本の白刃、一本は跳ね上げ、一本は受け止める。後背に回った兵士はノールックの後ろ蹴りで仕留め、鍔迫り合いをしている相手は威力を落とした狼眼を浴びせてから引き倒す。残りは3人か。


カレルが正面に立ち、散開した兵士2人と同時に包囲攻撃をかけてきたが、足に溜めた力を解放し、すれ違いざまの一撃でカレルを、返す刀で残った二人も片付ける。これでいっちょ上がりだ。


「参りました。一撃で仕留められるとは面目次第もありません。」


カレルは瞬殺された経験がなかったのだろう。不甲斐なさと屈辱で肩が震えている。


「カレルはオレと初顔合わせだからな。やむを得んさ。」


「侯爵の戦闘映像を見て、イメージトレーニングはしてきたつもりでしたが……」


「イメージトレーニングは大事なコトだが、映像だけで相手の全てはわからない。特に爆縮のような技術はなおのコトだ。」


「爆縮、とは?」


「火隠忍術の秘術だ。簡単に言えば足の筋繊維に力を溜めて解放する。マスター出来ればさっきのような急加速が可能になる。無論、難易度は高いし、誰にでも習得出来る技でもない。」


事実、火隠上忍でも爆縮を使えるのはマリカさん、ラセンさん、ナツメの3人だけだ。


「なるほど、ターナー大尉のゼロ距離タックルに似た感じの技ですね。雷霆殿の変速闘法にも通じるところがあるような……」


いい目をしてるな。そう、部外者で爆縮をマスターしてるのは二人、アビー姉さんとシグレさんだ。


「いいところに気付いたな。オレはアビー姉さんのゼロ距離タックルをパクったんだが、技のベースになったのは火隠忍術だった。アスラの部隊長達はそれぞれの分野で最高レベルの技を持っている。一流が一流の戦いを見て、さらに技術を向上させる。ガーデンはそういうところだ。」


自分に向いた技術はアレンジして取り入れ、自分向きではない技術はその対抗策を練る。全員が全員、そうしている訳ではないが、相互に高め合う者が多数派なのは事実だ。オレはその典型、ダミアン以外の全員から技術を学んだ。


「一流は一流を知る、ですか。侯爵に勝てるとは思いませんが、一太刀で沈められるようではいけない。もう一勝負、お願いします。」


「わかった。もう一度5人掛けといこうか。」


「兄貴、3人掛けってのはどうだい?」 「成長した自分の力を見せたいのであります!」


リックとビーチャムも朝練に参加か。オレにとってもいい訓練になりそうだな。


「いいだろう。5分やるから3人でどう戦うかを相談しろ。レイブン4人は見学、見るコトも戦いだ。」


雁首揃えて相談を始める3人。さて、どういう手を打ってくるかな?


───────────────────


10分後、綺麗に並んで地面に大の字になった部下達の手を掴んで立たせてやる。


回復力が尋常じゃないリックだけは、オレの手を借りずに自分で立ち上がった。


「兄貴とばっか戦ってると自信を無くしちまうな。3人がかりでも勝てねえのかよ……」


「仕方がないのです。隊長殿は十二神将、自分達とは格が違うのであります。」


「リックとビーチャムは健闘した。俺が足手まといだったのだ。いかに自分が狭い世界で天狗になっていたかを思い知らされたよ。侯爵、私には何が足りないのですか?」


カレルはパワー、スピード、テクニック、の三要素は高い。だが一つ上のレベルにいくには……


「善戦マンなところかな。」


「善戦マン、ですか?」


爺ちゃんから聞いたが、昭和の力士にそんな渾名で呼ばれた人がいたらしい。その力士のファンだった爺ちゃんは面白くなかったみたいだけど……


「基礎能力が高いカレルは相手を選ばず善戦出来る。それは格下相手に取りこぼしがない反面、格上相手には決して勝てないコトを意味する。」


「夫人は"ジャイアントキリングはスポーツの世界だけでいいの。勝ち易きに勝つ、面白味のなさこそ戦場の王道よ"と仰っていましたが……」


「その意見には全面的に同意する。だが戦場はままならんモノでね。格上の相手をしなきゃいけない場合だって出てくるのさ。リック、ビーチャムには格上相手でも切り札になり得る武器がある。」


「リックは無類のタフネス、ビーチャムは念真髪、ですか……」


「ああ。それは格上の敵にとってもプレッシャーになるんだよ。斬っても殴っても倒れてくれない男、僅かでも隙を見せれば全身を絡め取りかねない女。その重圧がミスを生み、勝機に繋がる。」


「だが私には何もない。地力で勝れば負ける事はない……希少能力を持たない者の悲しさですか。」


「カレル、希少能力はないよりあった方がいいが、強者の絶対条件じゃない。オレの師は希少能力もないし、身体能力も部隊長の中では一番低い。だが、誰もが認めるアスラの部隊長だ。」


「代わりに神技をお持ちです。私があの域にまで行けるとは……」


「シグレさんの技を神技と称える者は多いが、神の如き技は、神から授かった訳じゃない。自分を信じたシグレさんのたゆまぬ研鑽がもらたしたモノだ。師曰く"可能性に蓋をした時点で成長は止まる"、だそうだぞ?」


そして……可能性に蓋をするのは他人ではなく、自分自身であるコトが多い。地球にいた頃のオレみたいにな。


「なるほど。ああはなれない、そう思ったが最後、本当になれなくなる、ですか。肝に命じます。」


「カレルには高い身体能力と念真力がある。徹底的に基礎能力を磨いて、小癪な希少能力なぞすり潰してやれ。そして何か一つでいい、ここぞという時に頼れる得意技を作るんだ。信頼の置ける得意技は、決め手にもなるし、ブラフにも使えるからな。」


「イエッサー!」


「そろそろ昼だ。食堂へ行こうか。」


「おう!もちろん兄貴の奢りだよな!」 「ご馳走様であります!」


現金なヤツらだ。ガーデン食堂の飯ぐらい安いもんだけどさ。


「カレルも来るだろ?」


「いえ、私は三足館で部下を交えての昼食会を予定しています。照京兵とは育ちも文化も違いますので、少しでも早く馴染みたい。」


シオンもだけど、カレルもオレには過ぎた部下だ。いや、可能性に蓋をするな。今すぐには無理でも、シオンやカレルの上官に相応しい男になればいい。


「そうか。じゃあリック、ビーチャム、昼飯に付き合え。」


敬礼するレイブン達に手を振ってから、大男とソバカス娘を連れて食堂へ向かう。


─────────────


「はむはむ、さっきの、はむ、教連はお見事でした!さすがは、はむはむ、適合率98%の、はむ、隊長殿であります!」


ビーチャム、食うか喋るかどっちかにしろ。お行儀が悪い。ハムステーキを食ってるからって、はむはむ言わなくていいんだよ。それとオレの適合率はな……


「99%だ。」


「マジかよ、兄貴!もう完全適合者ハンドレッド目前じゃねえか!」


「嘘を言ってなんになる。」


シグレさんと戦った翌日の検査で判明した。あと1%で……完全適合者だ。


「完全適合者「剣狼」の誕生まで後少しだね。我がアスラ部隊が4人の完全適合者を擁する日も近いな。」


本日の定食「自家製ハムステーキと焼きソーセージセット」が載ったトレイを持ったヒムノン室長が、真向かいの席に着座する。


「おや? これはこれは、ガーデンきっての男前と噂の、ヒムノン室長じゃないですか。」


ヒムノン室長の"悪い女に貢ぐ間抜け男"って噂は、今では"男ヒムノンの人情エピソード"として広まっている。その噂の発火点はオレだったりするけど……


「からかうのはよしたまえ。……ところでその噂、カナタ君が広めたんじゃないだろうね? 申し開きがあるなら聞こう、重要参考人の天掛カナタ少尉。」


「まさかでしょう。オレがそんな男に見えるんですか?」


すっとぼけたオレを、元から細い目をさらに細めて睨む室長。どうやらオレは重要参考人から容疑者に格上げされたらしい。でもオレはウソはついてない。噂をいないんだからな。オレは剣銃小町ウェポンショップのおマチさんに"これはここだけの話なんだけどさ"って話をしただけなんだ。


「見えるから聞いているのだよ。武器屋のおマチさんあたりに話したんじゃないだろうね? いくら小声で話しても、それが拡声器スピーカーの前でなら、確信犯だと断言するがね!」


ばれてーら。


「中佐さん、落ち着いてください。はい、お茶。」


憤慨する室長の前に真新しいユニフォームを着たウェイトレスさんが湯飲みを置いた。


「ありがとう。まったく、ここの連中の口さがなさには呆れるばかり……ぶっ!……リ、リカルダ君!まだガーデンにいたのかね!」


お茶を噴いてしまった室長に、食堂のユニフォーム姿のリカルダさんが微笑みかける。


「ずっとここにいます。司令さんのご厚意で薔薇園に住み込みで働く事になったから。中佐さん……私、ここで人生をやり直します!」


「それはよかった。……リカルダ君、ここの仕事も楽ではないと思うが、頑張りたまえ。」


「板長さんを始め、皆さん親切にしてくださいます。これ、中佐さんにお返ししますね。」


リカルダさんはポケットから取り出した小切手を渡そうとしたが、室長は首を振って受け取らなかった。


「それは君にあげたものだ。お金は荷物にならないのだから取っておきたまえ。」


「でも……こんな大金、受け取れません。」


「いいんだ。私に離婚歴がある事は話しただろう。離婚の際に元妻から受け取った慰謝料はかなりの額でね。そのお金は慰謝料の一部なのさ。だから遠慮する必要はない。」


「だったらなおさら受け取れません。あぶく銭じゃない、中佐さんの正当な財産じゃないですか!」


「私は、私の手で稼いだ金だけで暮らしたい。だから慰謝料など欲しくはなかったのだが、ウチの司令に"おまえの元妻に痛い目に遭ってもらわんと私がスッキリしない。おまえの主義ポリシーより私の気分が大事だ。受け取らんのなら、その貧相などじょう髭を引っこ抜くぞ?"と脅されたからやむなく受け取ったものなのだよ。元からなかった、欲しくもなかった金、だからその慰謝料は"思い切り酔狂な事に使おう"と決めていた。我ながらいい酔狂だったと思っている。」


「……ありがたく頂いておきます。このご恩は忘れません!」


「バツイチ中年の酔狂などサッサと忘れてしまいたまえ。……うむ、これはいい茶だ。」


渋茶を渋く啜りながら、渋い台詞を口にする室長。冴えないはずの中年男にリックとビーチャムは憧憬の眼差しを向ける。


「男前や、どじょう髭の男前がここにおんで!室長!あんさん、ホンマもんの男前でっせ!」


「リック君、なぜ神難弁なのかね? サクヤ君のが移ったのかな。」


「今日は室長殿の貧相チックどじょう髭がキュートに見えるのです!」


「私の口髭は元からキュートだよ。母もそう言っている。」


残念ながら、そんな事言ってんのはヒムノンママだけです。


「法務室長の私が昼酒はよろしくないが、今日は特別だ。リカルダ君の再出発に乾杯しよう。」


「すぐにビールをお持ちしますね!中佐さん、私の事は"リカ"と呼んでください。お店ではそう呼んでくださったでしょう?」


ほう、ヒムノン室長、お店ではリカって呼んでいやがりましたか。これは新情報ですなぁ。メモメモっと。


「あ、あの時は店の客だったからだよ。」


頬を赤らめ、照れる中年。サマにならないお姿ですね。


「今でもお客様です。私はこの食堂のウェイトレスなんですから。あ、お髭が濡れてますね。さっきお茶を噴いちゃった時に飛沫がかかったみたい。」


ハンカチを取り出して室長の顔を拭こうとするリカさん。格好のネタの出現に、暇を持て余したゴロツキ達が群がってきて囃し立てる。


「ヒューヒュー♪」 「お安くないねえ、お二人さん!」 「室長さんよぉ、年の差わかってっか?」 「剣狼と悪魔チビ以上の犯罪行為だぞぉ♪」


日頃弁護をしてもらってる恩を忘れたゴロツキ達の裏切り行為に、室長のどじょう髭がプルプル震える。


「君達!私がガーデンのナンバー3だという事を忘れたのか!!」


怒りなのか照れなのか、とにかく真っ赤な顔になった室長が周囲を一喝したが、階級なんて屁とも思っちゃいないゴロツキ達は、一斉に変顔を作って応じる。


「……いいだろう、私と喧嘩がしたいんだな。」


「おいおい、同盟最弱兵士の室長さんが、俺らと喧嘩するってのかい?」


蛇の入れ墨タトゥーが入った腕をまくって、カモンカモンと手招きするゴロツキ。なんと室長は受けて立ち、席から立ち上がった。


「4番隊隊員、ダルトン・ヘイグ!君の罪状は賭博開帳、それに歓楽区での無銭飲食だ!」


「へ!? 賭博開帳はしゃあないけど、無銭飲食はやってねえよ!」


「歓楽区ではツケ売りは禁則事項、いつもニコニコ現金払いだ!店側が了承していても罪は罪!一週間の営倉入りを命じる!次は…」


人差し指で指されたゴロツキは慌ててテーブルの下に隠れる。


「おい、どじょう髭!強権行使は汚えだろ!」 「男だったら拳で勝負しろ!」 「そーだそーだ!」


涼しい顔の室長は、抗議するゴロツキ達に向かって、薄い胸板を張ってふんぞり返った。


「黙れ!腕力で喧嘩するなどと言っていない!これが私の喧嘩のやり方だ!」


子供の喧嘩は得意でも、大人の喧嘩は分が悪いとみたゴロツキ達は脱兎の如く逃げ散っていった。


ありゃりゃ、新米ウェイトレスのリカさんが、うっとりされてますね。……こりゃ本当に脈があるんじゃないの?



むむ……これはコトネとホタルに相談だな。早急に「ヒムノン室長再婚推進協議会」を結成する必要がある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る