結成編23話 無人の荒野を船は征く



赤茶けた荒野を進軍する大船団、先頭を走る船は撞木鮫ハンマーシャーク眼旗魚ソードフィッシュだ。アスラ部隊と御門企業傭兵団の合同艦隊、一個師団が眼前に現れたとしても蹴散らせる精鋭艦隊は、無人の野を航行して行く。


「ロブ、ソナーに異常はないか。」


眼旗魚の指揮シートに座ったオレが、併走する撞木鮫に通信をいれると、無精ヒゲを撫でる便利屋の顔がスクリーンに映し出される。


「ねえよ。静かなもんだ。ここは同盟の勢力圏のど真ん中、機構軍が出るワキャねえって。」


「ロブ、だからと言って油断するな。「歩く厄災」が艦隊にいるのだからな。」


通信に割り込んできた司令がいらんコトを言い、司令の船に同乗しているミコト様が面白くなさげな顔で苦言を呈する。


「ミドウ司令、カナタさんを疫病神みたいに言わないでくださいませ。私の可愛い弟なのですから。」


「これは失礼。ですが姫、カナタは私の部下でもあるという事をお忘れなく。」


龍の弟で十二神将の末っ子か。ほんの一年前までは「実験体12号」だったってのに、我ながら大層な出世をしたもんだな。


「司令、オレは疫病神でも十二神将の末っ子でも構いませんが、姉さ…ミコト様をしっかり守ってくださいよ。」


「カナタさん!もう一度!」


「え!?……ミコト様をしっかり守って…」


「違います!もう一度"姉さん"と呼んでみてください!さあ!」


そこかよ!うっかり"姉さん"って呼びそうになったけど、オレとしては呼ぶのは全然構わないんだけど、衆人環視の中で呼ぶのは恥ずかしい……


「カナタ、お姫様のリクエストだよ。……呼んでみな。」


スクリーンに割り込んできたマリカさんのお目々が怖い。睨んだだけで人を殺せそうだぞ。……それってオレの能力のはずなんだが……


「あの……マリカさん、目が怖いんですが……」


「カナタ、師として言わせてもらうが、公私はキチンと分けるべきだ。今は観艦式の為に首都に向かう道中、すなわち作戦中だぞ?」


「そ、そうですね……」


師匠の目は冷たい。公私混同はよくない、か。シグレさんは、規律が軍服を着て歩いてるようなお方だからなぁ。


「おい、カナタ。……後でツラ貸しな。」


バクラさんの髪が獅子みたいに逆立ってる。なんでみんな次々と通信に割り込んでくんのさ。


「待てバクラ、俺が焼きを入れるのが先だ。丁度新式の火炎放射器を試したいと思ってたんでな。」


カーチスさん、それって焼きを入れるで済むんですか?


「モテない男の僻みはみっともねえなぁ。バカクラにバカーチス、おバカをやんのは程々にしとけ。カナタ、イスカはおまえを十二神将に入れたが、俺はおまえを「ガーデンモテる組」に入れてやろう。」


乱れてもいない髪を手櫛で撫でつけながら、、ガーデン一の色男まで割り込んできた。


「トッド、ガーデンには遊び人相手にでも遊んでやる女がいるだけだ。妙な勘違いはせぬ方がいい。おまえはダミアンの100分の1もモテてはいない。」


ヒアカムズニューチャレンジャー、イッカクさんまで乱入ですか……


「おめえはどうなんだよ、イッカク!鬼瓦みてえなツラを味噌スープで洗ってから出直してこい!」


「トッド、バカで無知なのは仕方がないが、味噌汁は顔を洗うものではない。」


「喧嘩を売ってんだよ!そんぐらい分かれ、アホ!」


「ちなみに味噌汁には豆腐にバチ、それにワカメを入れるのが好みだ。」


ここまで噛み合わない会話ってなかなかないんじゃないかなぁ……


「ンな事聞いてねえ!だいたいバチってなんだよ!罰当たりならガーデンに山ほどいるがな!」


「トッド君、バチとはそうめんの端切れの事だよ。司令に勧められて味噌汁に入れてみたのだが、いいものだよ。」


大師匠まで……こんだけ割り込んでくるとメインスクリーンが顔だらけでもうムチャクチャだよ……


「へえ~。イスカ、今度アタシにもおくれよ。」


珍味と聞いてアビー姉さんまで……


「構わんが、アビーの好きな豚汁には合わないと思うぞ。」


「司令、ちょっとした疑問なのだが、そうめんの切れ端というなら、別にそうめんでいいのではないか? 廃品利用という事だと思うが……」


ここで、まさかのダミアンか。確かにそうめんの端切れっていうなら、そうめんでよさそうだけど……


「さっきトキサダ先生は端切れと言ったが、正確にはそうめんを上下に伸ばした時の下側の端部だ。特に粘りが強い部分だから、食感もそうめんとは違う。廃品利用ではあるが、代用品という訳ではない。」


そういやバチ汁って大学の学食で出たコトがあったな。なんでマイナー食材が学食にって思ったけど、学長が兵庫出身で、地元の名産品とかいう話だった。司令は日本で言えば兵庫出身、芦屋のお嬢様ってトコか。地方に若干ズレがあるが、そこは異世界、似てはいても違う世界だ。神楼にはバチ汁があるんだろう。


「おめえらよぉ、大の大人が味噌汁ごときでなに雁首突き合わせてお真面目トークしてんだよ。バカじゃねえのか?」


戦闘バカトゼンさんに正論を吐かれ、この場はお開きとなった。


───────────────────


アスラ部隊がリグリットに在住する時は、御堂財閥の経営するシャングリラホテルが常宿だったのだが、オレの案山子軍団は今回、御門グループの経営するドレイクヒルホテルがお宿だ。ミコト様を警護する関係上、そうなった。


「やわらかベッドなの!ふっわふわ!」


「羽毛枕もいい感じね。シャングリラとタメ張る高級ホテルってだけはある。」


オレにあてがわれたのはロイヤルスイート、このホテルで一番お高い部屋だった。


「この部屋はナツメとリリスの二人で使え。オレはミコト様の部屋の真向かいにある従者用の部屋に泊まる。シオンはビーチャムと組んでミコト様の部屋に泊まってくれ。」


ダーはい。ミコト様の護衛はお任せください。」


「え~!じゃあカナタの部屋に私も移る!」


ナツメさんはどこでもマイペースだな。魅力的なお話だが、ミコト様の部屋の前でナツメと同衾はヤバすぎる。


「ダメ。シオン、この二人が悪さしないよう引率も頼む。オレは式典会場の警備状況をチェックしてくるから。」


「それはみんなでやりましょ。少尉の姉さんは私の義姉、万一は許されないわ。」


ミコト様とリリスが義姉妹……夢のような、悪夢のような……


「わかった。名だたる異名兵士が集まる式典にカチコミかけてくるバカはいないと思うが、爆弾テロは十分あり得る。」


雪風先輩がいるから、それも不可能なんだがな。だが、念には念をだ。ミコト様の晴れ舞台を邪魔したいヤツには事欠かない。用心に用心を重ねるぐらいで丁度いい。任務が警護だけに……フフッ、傑作。


──────────────


翌日の朝、ミコト様は同盟軍統合作戦本部で亡命政府の首班指名を受け、照京の総督として名乗りを上げた。式典といっても形式的なもので、書類上では既に総督職にあったが、これで対外的な認知作業も完了、という訳だ。


昼からは場所をドレイクヒルホテルに移して御門グループの総帥就任記念式典、こちらはこれが正式なモノ。これでミコト様は暫定総帥から、正式な総帥となった。囚われのガリュウ総帥は前総帥になった訳だ。


ミコト様の首班指名と就任記念式典に「締まり屋」トガと「日和見」カプランは姿を見せたが、「災害」ザラゾフの姿はない。観艦式には出席するみたいだから、探りを入れるならそこでだな。暗闘に長けたトガ、対外交渉で出世したカプラン、三元帥の中では「災害」ザラゾフが一番探りを入れやすい。ザラゾフは複製兵士培養計画の黒幕だし、観艦式の後にオレに接触してくる可能性がある。こちらから近づくより、相手から寄らせる方が、理想的だ。


就任記念式典の大トリ、ミコト様とクシナダ姫が同じ壇上で提携を宣言し、誓紙にサインした時に、司令は厳しい顔をしていた。教授は司令にさえ尻尾を掴ませなかったようだ。……期待通りだぜ、教授。



さて、似合いもしないタキシードに着替えて夜会の準備を始めるか。オレは一応、ホストの一員のはずだが、早めに席を外してでも、司令と話をつけておいた方がいいな。


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