結成編18話 綺麗な薔薇にはトゲがある
神難の麒麟児と呼ばれる男は、戦働きにのみに秀でる訳ではない。彼は神難総督
御堂イスカと御門ミコトに挨拶を済ませた麒麟児は、ヘリポートに向かった。前線では軍務に、街にあっては政務に奮闘する側近イチイは、剣狼からのオファーを主君に伝える。もちろん、搭乗してきた専用ヘリ内にある極秘通信機を使ってである。
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「……そうですか。剣狼は神難との連携に乗り気、という訳ですね? ですが剣狼はミコト姫の側近ではあっても、御門グループのトップではない。肝心要のミコト姫の意向も確かめずに連絡してくるとは、一威らしくもない。いつもの貴方なら、まずミコト姫の意向を確かめたはずでしょう?」
「はい。ですが俺の見立てでは、現在の御門家は剣狼の意向によって左右されます。ミコト姫は剣狼を弟と呼び、全幅の信頼を寄せている。剣狼の性格上、主家のミコト姫を立ててはいますが、実質は剣狼カナタが御門グループの方針を考えていると思われます。」
「……なるほど。御門家との連携、一威はどう考えます?」
「良い話だと思います。神難にある傘下企業の技術力は御門グループには及びません。ですから御門の技術力は確実にプラスになります。核心技術を提供してくれるほどお人好しではないでしょうが、そうでなくとも十分なメリットがある。」
「しかし一威、対価として照京奪還の助勢を求められますね。」
「すぐにどうこうという話ではありません。御門グループの再編と再建が先です。」
「ふむ……時間があるのならば、手付金として技術提供を受けて食い逃げ、という手も取れますわね?」
綺麗な薔薇にはトゲがある。神難総督クシナダにも薔薇園に在住する資格がありそうであった。
「その手は下策です。剣狼が黙っていません。」
龍を守護する狼の牙、その切れ味を知る麒麟児は主に忠告する。
「急速に名を上げてきた男といえど、階級は特務少尉、侯爵と言っても領地もしれています。なにを恐れる必要がありますか?」
神難の王らしく、覇気に満ちた返答。その背に王を乗せ運ぶ役割を自認する麒麟は、忠告を重ねる。
「彼を甘くみてはいけません。こちらから裏切らない限りは決して裏切らない男ですが、いざ裏切ったとなれば、手酷い目に遭わされます。彼は一見、お人好しに見えますが、その実、知謀の士でもある。常に裏切りには警戒しているでしょう。右手で握手しながら、左手は刀に手をかける男、左内は彼をそう評していました。」
「おそらく、昇り竜の評した通りでしょう。少し前に締結されたロスパルナスの協定、ザラゾフ元帥にしては気の利いた真似をしたものと思って裏を取ってみたところ、剣狼の入れ知恵があったようです。」
薔薇姫は麒麟児が身命を賭して仕える価値のある女性であるに違いない。その細腕に武力はなくとも、頭蓋の中に思慮がある。
「俺をお試しになられましたか。相変わらずお人が悪い。」
「技術提供も魅力的ですが、それより我が神難が機構軍との最前線になっている状況は打破したい。御門との連携は技術向上と安全保障の両面に利のある話、一威、薔薇園に居を構えるミコト姫とお会いして地ならしを。」
「お任せ下さい。土産はロックタウン名産のサボテンでよろしいですか?」
「ふん!トゲのある私にはサボテンが似合う、と言いたいのですね?」
君主としての仮面を脱ぎ捨て、幼なじみの素顔をのぞかせた月花。唇を尖らせるその姿に麒麟児は微笑を浮かべる。
「フフッ、乾いた大地に力強く根付き、美しい花を咲かせるサボテンは、クシナダ様にお似合いです。」
「モノは言い様ですわね。私は土産より、土産話に期待しています。」
「はい。剣狼を交えてミコト姫と会見してみます。それでは。」
主命を受けた麒麟児は秘匿通信を終え、蹄代わりの軍靴を踏み出し、動き始める。
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「一威様、剣狼が兄上を見捨てたのです。兄様が、兄様が目の前にいたのに……」
関係がよくない、か。なるほど、"逆恨みされている"とはカナタ君も言えまい。
「ツバキ、ミコト様からお聞きしたのだが、あの時の状況は切迫していた。カナタ君は左内を見捨てたのではなく、ミコト様をお守りしたのだ。左内も"ミコト様を頼む"と言い残したそうじゃないか。」
「一威様まで剣狼の肩を持つのですか!兄様の親友だった一威様までが!」
左内への愛が深いだけに、失った時には憎も深くなる。この状態では親衛隊の任から外す判断はやむを得ないな。泉下の親友の為にも、竜胆兄妹と家族同様の付き合いをしてきた俺がなんとかせねばなるまい。
「なあツバキ、休暇がてら神難見物でもしてみないか? しばらくでいい。最前線になった神難で、俺に手を貸して欲しいんだ。」
ミコト様ともカナタ君とも、少し距離を置かせた方がいい。ミコト様は何事についても、弟と呼ぶカナタ君を頼りにし、完全な信頼を寄せている。それは左内も望んでいた事だが、今のツバキには、兄の立場をカナタ君が乗っ取ったようにしか見えまい。
「しかし私には親衛隊長としての仕事がありますし……」
「アスラ部隊の精鋭が代わりを務めてくれているだろう。ここを離れる際には「達人」トキサダが護衛を務める事になっているとミコト様が仰られていたし、警護体制に問題はない。ツバキには最前線になった神難で、俺の部下達に左内直伝の円流を指導して欲しいんだ。こっちの任務は喫緊の課題だからな。」
「……ミコト様が良いと仰られるのなら……」
「もう許しを得ている。ミコト様もツバキが疲弊している事を心配されていた。主君に心配されるようではいけないぞ。」
「……私はもう要らない、という事かもしれませんね……」
「バカな事を言うな。そんな情けない顔を見れば左内がどう思うのか考えろ。少し休暇を取り、心身ともに充実させてから親衛隊の指揮に戻るんだ。」
「……はい。神難で一威様のお仕事を手伝わせて頂きます。」
「うんうん、それでいい。神難で亡き友の思い出を語ろうじゃないか。」
「一威様、神難で私を鍛え直して下さいませんか? アスラの中隊長如きに遅れを取るようでは、兄様の仇など討てませぬ。」
如き、か。アスラ4番隊の「絞殺魔」パイソンは、生易しい相手ではないのだがな。正直、俺でも勝てるかどうか怪しいものだ。
「わかった。だが俺は厳しいぞ?」
「音に聞こえた「剣聖」を討ち取ろうというのです。生半な修練では足りません。兄様も剣を授ける時だけは、厳しいお方でした。」
「剣聖」クエスター・ナイトレイドか。機会があれば俺とて、友の仇は討ってやりたい。だが、今の俺では剣聖には及ぶまい。クシナダ様の為にも俺はまだ死ねん。勝てる算段なくして、仇討ちをやる訳にはいかない。
仇討ちの為だけでなく、クシナダ様をお守りする為にも、俺も自分の剣を見つめ直さないとな。
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