結成編17話 麒麟児の墓参り
「久しぶりだね、カナタ君。部隊長就任、おめでとう。十二神将の雷名は神難でも話題になってるよ。」
自称「永遠の二位」こと、錦城一威の胸に光る中佐の階級章。錦城少佐も出世したようだ。
「ありがとうございます。錦城中佐も出世されたんですね。」
「ああ、神難軍も人手不足でね。いつまでもザラゾフ元帥に駐屯してもらう訳にもいかないし、前線で戦果を上げてる連中は軒並み昇進という訳さ。」
錦城中佐の戦功は神難軍でも群を抜いてると聞いた。伊達にリンドウ准将と「竜麟コンビ」と称されていた訳ではない。
オレは傍らに佇立しているビーチャムに声をかけた。
「ビーチャム、先に随員の皆様を滞在所にご案内しろ。錦城中佐はオレがご案内する。」
将校になったってのに、この赤毛の貧乳娘はオレの従卒をやるのが大好きときてる。困ったもんだが、嬉しいもんだな。オーダーを下されたビーチャムはピンと背筋を伸ばし、元気よく敬礼した。
「了解であります!さあ、皆様、宿泊施設にご案内致しますので自分についてきて下さい。」
荷物を抱えた随員御一同はビーチャムに連れられ、一足先に特別営倉へと向かう。オレは昇進した錦城中佐を霊安所に案内しないとな。
「リンドウ准将の御遺体はまだ霊安室に安置してあります。ツバキさんの意向で、軍葬は錦城中佐の到着を待ってから、という手筈になっていますから。」
「……そうか。ツバキの様子はどうなんだ?」
「ふさぎ込んでいるみたいですが、オレはツバキさんとは関係が良くないので、詳しくはわかりません。」
「関係が良くない? なんでだ? カナタ君とツバキはミコト様をお支えする仲間だろう。」
「………」
「どういう事なんだ? 事情を説明してくれ。」
「それはまた後で。リンドウ准将が待ってます。オレが案内しますから、ついて着てください。」
ふさぎ込む気分はわかるが、リンドウ准将の親友だった錦城中佐が、わざわざ神難から霊前に花を供える為にやって来たんだぞ。出迎えるのは交友のあったツバキさんがやるべきだろ。
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霊安室内にあるスイッチを操作すると、霊安ポッドのカバーが開く。花に包まれ、冷気を霧のように纏う御遺体を前に、錦城中佐はポケットから数珠を取り出して念仏を唱える。錦城中佐はアミタラ様の信徒みたいだ。
「……左内、さぞ無念だったろう。仇は取ってやるからな……」
リンドウ准将の御遺体に手を合わせ、復讐を誓う錦城中佐。ローゼの兄的騎士も怖い人から恨みを買ってしまったものだ。「麒麟児」イチイは手練れの軍人。「剣聖」といえど、軽くあしらえる相手ではない。
静寂の中、祈りを済ませた錦城中佐とオレは霊安所を出た。中佐に宿泊してもらう特別営倉への道すがら、オレは今後の予定の説明と、打診したい人事の根回しを始める。
「軍葬は明日、ガーデンで行われます。また、近日中に同盟首都で、照京亡命政府の樹立宣言とサンブレイズ財団設立記念セレモニーが行われますが、そこでもリンドウ准将の功績と栄誉を顕彰する場を設ける予定です。セレモニーでは錦城中佐にスピーチをお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ。俺でよければ式典に花を添えさせてもらうよ。」
「それと錦城中佐には、サンブレイズ財団の神難支部を預かってもらいたいんですが……」
「それもミコト様のご意向か?」
「いえ、支部長の件はオレの独断です。錦城中佐に是と仰って頂ければミコト様にお伝えします。「麒麟児」を財団に迎えるコトは、サンブレイズ財団の神難での飛躍を約束する。ミコト様も了承されるでしょう。」
「……ミコト様が直々に打診した要請を私が断れば、御門の権威に傷が付く。そうさせない為の根回し、カナタ君は政治家だな。」
「ミコト様の側近として、当然の配慮です。」
主家筋の姉さんに泥を被せる訳にはいかない。オレは御門を守護する八熾の惣領だ。
「支部長の件、俺としては異存はない。だが神難総督であらせられる、クシナダ様の許しは得ねばならない。クシナダ家は神難の領主で、錦城家の主家でもあるのでね。……そうか、その顔。そんな事は先刻ご承知、クシナダ家と御門家の連携がカナタ君の真の狙いなのだな?」
はい、そうなんです。錦城中佐の力量への評価もありますが、照京奪還作戦に神難軍の協力は必須。将を射んとすれば、まず馬から。クシナダ姫の信頼の厚い錦城中佐を通じて、姫君同士の連携を図りたい。
「ガリュウ総帥はミコト様を政治の場から遠ざけていた。グループのトップに就任されたミコト様には人脈を築いて頂く必要があります。神難総督を務められるクシナダ姫は、各方面に顔がお広い。クシナダ家からは人脈、御門家からは技術力、WINWINの関係が築けると思いませんか?」
「確かに。クシナダ家にとってもメリットのある話だ。しかし御堂財閥はいい顔をしないのではないか?」
「クシナダ家に技術を提供せず、力に枷をかけてきたのが司令の意向。ですがそれはあくまで、御堂家の意向で、御門家には関係ない。御門と御堂は友好関係にありますが、上下関係にはない。御門家のやりようには、御堂家といえど口は挟ませません。……オレの姉は、誰の下風にも立たせない。」
クシナダ家の隆盛は同盟の隆盛にも繋がる。彼女は特権階級優遇政策を取ってはいるが、その治世は、ガリュウ総帥に比してはるかに抑制的だ。嘆かわしいコトだが、巨大都市国家で特権階級優遇政策を取っていない都市はない。先代総督だった父親がガリュウ総帥の精神的双子で、残された負の遺産をクシナダ姫は清算しようと奮闘している、というのが教授の人物評だった。教授の言う通りであれば、なおのコト手を結んでおきたい。
例え教授の意見が外れていても、この世界の現状を考えれば、クシナダ姫は良心的な統治者なんだ。司令は戦国武将で言えば信長タイプ、力を自分に一点集中したがる。だがミコト様には各都市間の連携を重視し、仁徳を備えた君主になってもらいたい。その為にはまっとうな為政者とはコネを作っておかないとな。
司令も新総督のクシナダ姫とは連携を模索しているようだが、うまくはいっていない。暴君だった先代総督に枷をかける為とはいえ、やり過ぎたんだ。司令の父親に対するやりようを見ていたクシナダ姫は、司令を警戒しているのだろう。
「御門の龍を支えるは、八熾の狼、か。わかった、クシナダ様は俺が必ず説得しよう。不敬を承知で正直なところを言わせてもらえば、ミコト様のリーダーとしての資質はまだ不分明だ。だが、カナタ君がミコト様を支えるというなら、魅力的な提携話に思える。」
腹心のオレの前で"まだ資質が不分明"とハッキリ言うあたり、錦城中佐もなかなかに手厳しい。だが事実でもある。でも、ミコト様が聡明な仁君であるコトを証明するのはこれからだ。
「ミコト様は仁徳と思慮を兼ね備えた龍です。オレや錦城中佐のような根性悪とは違う。」
「おいおい、俺まで根性悪にしないでくれ。神難では、クシナダ様に次ぐ人格者と言われてるんだぞ?」
「……また二位ですか。実は二番が好きだったりします?」
「呪われたみたいに二番二番だからな。運命を呪って生きるより、それも悪くはないと受け入れて生きる方が建設的じゃないか。それでここに来る前に、錦城二位に改名しようとしたら、クシナダ様に"一威、バカな事はおよしなさい。今更呼び名を変えるのは面倒です。そんなに二番が好きなら、息子に二位と命名すればよいでしょう。まあ、彼女を作るのが先でしょうけど?"と嘲られた。クシナダ様もいい性格をしておいでだよ。」
麒麟児と称される男は、深々とため息をついた。錦城中佐は神難の名家の出身で、ルックスも良く有能なんだから、モテそうなもんだけどなぁ……
それにしても"改名してる暇があるなら、先に彼女でも作れ"ねえ。クシナダ総督も割と残酷なコトを仰いますね。よかった、オレは主家筋がミコト様で……
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