懊悩編22話 ひつまぶしには肝吸いもつけて
昼メシを済ませたオレはゲームセンター「デジタルラビリンス」で時間を潰すコトにした。
まずアーケードゲームコーナーで新作のパズルゲームをやる。
元の世界ではもっぱら格闘ゲームとガンシューティングにいそしんでいたが、毎日リアル格闘とリアルガンシューティングをやるようになってからは、あまりやらなくなった。
娯楽の時ぐらいは仕事を忘れたいからね。
そしてパズルゲームを一通り遊んだ後は麻雀ゲームだ。ここは麻雀ゲームが充実している。
………特に脱衣麻雀ゲームがね。
だがオレが座ったのは本格麻雀ゲーム「麻雀の達人」の筐体の前だ。
CPUが打ち方の指導もしてくれる「達人への登竜門モード」を選んでプレイする。
別に硬派になったワケではない。麻雀の腕を磨きたいのだ。
脱衣麻雀だと着衣が残り少なくなれば、三巡で国士をツモってきたりするので麻雀の腕が上がらない。
麻雀と脱衣麻雀は競技として別なのだ。脱衣麻雀は2人打ちだが、麻雀は基本的に4人打ちである。3麻もあるにはあるんだけど。
脱衣麻雀は手役はどうでもよく、女の子を脱がす為に兎に角早上がりを志向する麻雀が求められるが、麻雀では打点の高さも要求される。
ガーデンに来るまでオレは脱衣麻雀しかやったコトがなかったが、マリカさんが大の麻雀好きと知ってからは寸暇を惜しんでここで腕を磨いているのだ。
いつかマリカさんと卓を囲む日が来るかもしれない。
そして、もしかしたら脱衣ルールで戦えるかもしれないのだ。
そうなった時に肝心の麻雀の腕がヘボではお話にならない。オレはゴルゴ13のように周到で用心深い男なのだ。
いつか来るであろうその日の為の準備は怠らない。仕事も趣味もね。
麻雀の修行に結構な時間を費やした。そろそろ部屋に戻ってトゼンさん対策でも練ろうか。
いや、待てよ。ハンディコムのストラップをトゼンさんにあげちゃったんだ。新しいのを取ってから帰るとするかな。
100Cr硬貨を何枚か握って、クレーンゲームコーナーでストラップを物色する。
前に牙虎のストラップを手に入れた動物ストラップのコーナーに新作が入っていた。
よし、オレはこの狼のストラップにしよう。それとこのネコだ。これはリリスにあげよう。
オレはクレーンゲームだけは得意なのだ、人呼んで「クレーンマスター波平」と恐れられた男なんだぜ。
………ウッソぴょ~ん!元の世界じゃエターナルボッチだったんだかんな、オレは。
人呼んでじゃなくオレ呼んでクレーンマスターだ。………も、もうボッチじゃないから、悲しくなんかないんだからね!
自分と会話する特技のあるオレは、自分とキャッキャウフフしながらクレーンゲームにいそしむ。
うん、4回チャレンジで2つともゲットしたぜ。ちょっと腕が落ちてるかもなぁ。
以前のオレなら悪くても1ミスでイケてたと思うんだけど。
まだ時間はあるし、他にめぼしいアイテムがないか探してみるか。
広いクレーンゲームコーナーをさらに見回っていると、
「兄ぃ、もっと右だよ、右!」
「うっせえ!黙ってろ、気が散る!」
「ああ~!またダメじゃん!兄ぃ、今度は俺っちがやるからよ!」
「もっかいだけ、もっかいだけ!」
「トロい兄ぃにゃ無理だって!俺っちがやるんだ!」
「あ~ん? 誰がトロいだって!バカのおめえじゃもっと無理だ。バ~カバ~カ!」
「バカバカ言うな!バカって言うコが一番バカだってママンも言ってただろ!!」
そろそろ止めようか、ここで刃傷沙汰を起こされても困るし。
「………なにやってんです?」
「おう、ボーイじゃないか。奇遇だな。」
「俺っち達がダーツでもやってるように見えるかい? 兄弟仲良くクレーンゲームをやってるに決まってるぜ。」
「仲良くという部分には疑義を呈しますが、クレーンゲームをやってるのは了解です。なにを狙ってるんですか?」
兄弟はガラガラ蛇のぬいぐるみを同時に指差した。
「ああ、蛇のぬいぐるみですか。ちょっと素人さんには敷居が高いですね。細長くて前後のバランスが取りにくいですから。ここはプロのオレがやりましょう。」
「ボーイ、クレーンゲームにもプロがあるのかい?」
あるんです。プロと名乗った瞬間になれますけど。プロゴルファー猿と一緒です。
あ、厳密には猿はプロゴルファーじゃないか。
プロ資格が改訂されるまでは、プロテストを受けないとプロゴルファーにはなれなかった。
彼は厳密には自称プロゴルファーである。猿は生まれてくるのが早すぎたのだ。
さて、ストラップと違ってぬいぐるみ。しかも蛇は難易度が高い、集中していこう。
シグレさんに鍛えられた極限の集中力で、見事にオレは蛇のぬいぐるみを一発でゲットした。
「スゲえじゃねえか、あんちゃん!」
「ボーイは本番に強い男だな。いい兵士になれる。」
ふふふ、今、オレは輝いてるぜ!………あ!ちょっと待て!
心の中でエマージェンシーコールが鳴り響く。ここは危険地帯だ、早急に離脱しなくては!
「じゃ!オレはリリスを待たせてるんでこれで!グッバイ!」
オレはシュタッっと手をあげて敬礼し、危険地帯から離脱する。
「おいおい、あんちゃんはやっぱマジろり?」
「せっかちだな、ボーイは。美少女が美女になるまで待つべきだと思うぞ、倫理的にもな。」
「兄ぃ、ろりこん趣味の男にとっちゃ、美少女だからこそ価値があんじゃね?」
「それもそうか。あまり理解したくない価値観だな。」
足早に立ち去るオレの背後で、キング兄弟は言いたいように言ってくれてる。
普段なら反論と弁明に努めるところだが、ここが危険地帯と判明した以上は名誉よりも命が大事だ。
ゲームセンターの外に出たオレは足を止め、安堵のあまり大きく息を吐く。
なんとか死地を脱したようだ。
なにせ
オレが再び歩き始めた瞬間におっぱじまったらしい。
ガラスの割れるような音に続いて、拳が肉を殴打する打撃音。
トムとジェリーみたいに仲良く喧嘩して下さいね。出来るだけ他人様に迷惑がかかんないように。
部屋に戻るとリリスがオレのパソコンとにらめっこしていた。
もう完全に自分の部屋だと思ってやがんな、別にいいんだけどさ。
「なに見てるんだ?」
リリスはシガレットチョコをガリガリ齧りながら、
「2人がかりでシグレと戦った時の惨敗映像。」
そういや道場の四隅にカメラがあったな。その画像を取ってきて分析してたのか。
怠惰を美徳としているワリには勤勉なコトだ。でもこのマメさに助けられてるオレとしては、素直に感謝すべきだろう。感謝の気持ちをモノで伝えますかね。
「頭脳労働の報酬にコレやるよ。」
オレはさっきクレーンゲームで取ったネコのストラップをリリスに渡す。
「あら、カワイイ。ありがと、珍しくセンスがいいじゃない。どうせゲームセンターの景品だろうけど。」
「で、分析した結果はどうなんだ?」
「シグレが自分で言ってる通りね。スピードもパワーも優れているけど、目を見張るほどの事はないわ。だから私達も最初の方だけはいい勝負が出来てる。………敗因はこっちのコンビネーションを完全に読まれだした事、それだけよ。途中から惜敗が惨敗に変わっていったのは、私の障壁を張るタイミングを誘導までされだしたからね。………それって私の方が准尉より与しやすいとシグレは考えた訳よね。………屈辱だわ!」
リリスはバキンとシガレットチョコを噛み砕いた。猛ってますねえ。怖い怖い。
「極論すればシグレさんは読みと駆け引きだけで戦果を上げてる人なんだ。読み勝ちするのは無理だろう。」
「格上だから諦めようって? 嫌よ!私は勝負する限りは勝ちたいの!第一、これが実戦でシグレが敵だったら私達終わってるのよ!」
「諦めようなんて言ってない。真っ当な剣術や念真力を使った戦いで読み勝ちするのは無理だって現実があるなら、それを前提に戦略を立てないと勝てないんだよ。行動を読まれるってんなら、読まれても構わない戦法を考えるコトから始めよう。…………リリス、脳波誘導ナイフを買ったんだってな。今度、訓練用のも買ってきてくれ。まず行動のバリエーションを増やす事が大事だ。」
「オーケー、私もオフェンスに加わるのね。」
「ああ、リリスは将棋を知ってるだろ? 同じ盤面でも相手の持ち駒が一枚増えただけで………」
「選択肢の数は跳ね上がるわね。読まれるのは仕方がない、でも読むための労力を増やそうって訳ね。ナイスな嫌がらせ、准尉もいい性格してるわ。」
「お褒めに預かり恐縮の至り。精神力にもスタミナがあるんだ、2択より3択、3択より4択、選択肢が多くなるほど消費は激しい。シグレさんの精神のスタミナはガーデンで最高だと思うけど、それでも消耗させるコトに意味はある。選択肢を増やした正攻法で戦う。撒き餌としてね。」
「撒き餌? 読み勝ち出来ない前提じゃないの?」
「真っ当な剣術や念真力はな。だから真っ当じゃない手なら使うさ。でもな、表があるから裏が生きるんだ。読まれていてもそれなりに戦える正攻法なくして、裏のハメ手は成立しない。」
「出たわね、お得意のハメ手。准尉って私よりよっぽど悪魔に近いんじゃない? パンツの中に黒い尻尾が隠れてたりしてね。」
「背中に黒い羽を隠してるリリスに言われたくないな。ハメ手ってのはな、まずサイコキネシスだ。それからな…………」
オレはサンピンさんに教わったサイコキネシスの生かし方をリリスに教え、それに+αを加えたハメ手の概要も説明した。
「なる~、そういう作戦ね。いい手だわ。ただし、この手は2度は通用しないわよ。」
「1度通じりゃいいんだよ。戦場で2度目があるか?」
「そうね。その通りだわ。どんな強者も命は一つだものね。」
リリスが珈琲を入れてくれたので、暫しの間ティータイムと洒落こむ。
さて16:30時になった。そろそろ行くか。………トゼンさん対策を考えるのを忘れてたな。
いいさ、負けるのは分かってる。負けをどう生かすかは、負けてから考えよう。
「オレはそろそろ行くよ。トゼンさんとバトる約束があってね。」
「准尉が帰ってくるまでの暇つぶしに、ひつまぶしでも作るわね。」
「駄洒落で晩メシのメニューを決めるか普通?」
「ウナギはお嫌いかしら?」
オレは椅子から立ち上がってリリスに敬礼しながら、
「いえ、大好きであります!うなぎサイコー!」
オレ専属のちびっ子シェフは鷹揚に頷かれた。
「よろしい、では今夜のメニューはひつまぶしで決定ね。」
「シェフ、希望を申し上げてよろしいでしょうか!」
「許す、言ってみなさい。」
「吸い物は肝吸いを所望致します!」
「善処しましょう。それから…………とっておきのトゼン対策を教授するから、耳を貸しなさい。」
リリスの考えたトゼンさん対策か。拝聴する価値はあるな。
チョイチョイと手招きするリリス、オレの部屋で耳打ちする必要はないと思うけど。
オレが少し腰を屈めるとリリスは顔を寄せてきた。
…………リリスが用のあったのは、オレの耳ではなく頬だった。
頬で感じるリリスの柔らかい唇の感触、倫理的にはマズいんだろうけどオレは笑って………いや、ニヤけてた。
ヤバイなぁ、この小悪魔少女に足を引かれてドンドン深みにハマってくぞ。
リリスは突然キスをやめてプイッと後ろを向いた。ははぁん、頬が朱に染まりましたね、お嬢様?
テレ顔を見られたくありませんか、見たいんだけどなあ、テレ顔のリリス。
リリスは背中を向けたまま、やや上擦った声で素直じゃない労りの言葉を口にする。
「相手がトゼンじゃ怪我しないでっていうのは無理だろうけど………ひつまぶしに肝吸い作って待ってるんだから、医療ポッド送りだけはダメだからね!」
「あんがとな、いいアドバイスだった。じゃ、行ってくる。」
オレは足取り軽く部屋を出た。ドアを閉めてからはスキップもした。
10歳の美少女にほっぺにちゅ~してもらって、喜色満面で口笛を吹きながらスキップする20歳のオレって………人としてどうなんだろうね?
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