懊悩編21話 夢幻一刀流
昨日楽しくシュリと飲んだオレは、今日も今日とて二日酔いときたもんだ。ローズガーデンの住人らしくゴロツキっぽい生活が板についてきましたな。
オレと事実婚状態にあると噂の(あくまで噂だ、事実ではない)リリスの襲撃は今朝はなかった。
多分、向かいの666号室で惰眠を貪っているんだろう。こうなると昼まで起きないんだよな。
アイツの部屋には「怠惰だっていいじゃない、リリスだもの」って流麗な書体で書いてある色紙が飾ってあった。
ガーデンで書道が趣味なのはしれっと顔のあの人だけ。書いたのは間違いなくラセンさんだ。
ホントに
さて、乳神様への礼拝は済んだし朝メシも食った。朝メシは当分はコーンフレークだ。
なぜなら、やらしい牛乳のシールを集めるというミッションを自らに課したからだ。
常に自分(の主に劣情)を高める為のミッションを自らに課す。フッ、オレも兵士らしくなってきたじゃないか。
では張り切って今日のトレーニングを始めるか。
だが今日のトレーニングはメンタル強化を重視、軽めで時間も短くしよう。
なんせ17:00時からが今日のトレーニングの本番だ、相手は完全適合者(ハンドレッド)のトゼンさん。
疲労が残ってちゃ、お話にもなんねえからな。
ランニングに演武、瞑想を済ませて昼食をとりに食堂へ行く。
例によってピークタイムは外している、バイキングでなく自由にオーダー出来る昼メシって最高だね。
腹が減っては戦は出来ぬ、今日の日替わりメニューは、と。
まかないかき揚げ丼に和風メンチカツ、タヌキ蕎麦セットかぁ。いいねえ、これにしよう!
「磯吉さん、日替わり一つ頂戴!ライス大盛りで!」
「おう、カナタさんかい。いつもピークタイムを外してくるねえ。バイキングは苦手かい?」
「いんや、ここのバイキングは好きなんだけどね、でも磯吉さんが毎日工夫を凝らして作ってくれる日替わりやオススメメニューのがもっと好きなだけ。」
最初にいた研究所のバイキングなんか、カレーぐらいしか評価できなかったからな。
そのカレーでもここのがずっと旨い。だからってラセンさんみたいに毎食食べようとは思わないけど。
「うれしい事言ってくれるねえ。んじゃあ腕によりをかけますかい。」
「リリスが色々ワガママ言ってるみたいで悪いね。すき焼きと軍鶏の焼き鳥、両方とも旨かったよ、ご馳走様。」
「気にすんねえ、しかしリリスちゃんは本当に天才なんだねえ。こないだウチの若えのが茶碗蒸しの蒸しの工程をチョイとばかし、しくじっちまったんだけどよ。蓋を開けた瞬間に食べもしねえで気付いちまうんだからおでれえたね。しくじりっつっても誤差みてえなモンだったんだぜ? ありゃあ世界で一番味の分かるコなんじゃねえかい? おいちゃん感心したねえ。」
ん?………おいちゃん感心したねえ? 剣銃小町のおマチさんの口癖に似てるなぁ。
「磯吉さん、剣銃小町のおマチさんと知り合いかなんかなの?」
「ウチのカカァもリリスちゃんにゃあ感心してたよ。脳波誘導ナイフを買いにきたらしいんだが算盤片手によ、スゲえネゴシエーションされたってよ。あのコは一角の商人になれるって感心する事しきりだったねえ。」
ご夫婦でしたか、しかしリリスの奴あちこちで色々やらかしてんなぁ。
うん、ここはあの便利な台詞の出番だな。
「磯吉さん、別に驚くような事じゃないよ。」
「超がつくほど天才の上にびっくりするくれえ多才ときてんだ、普通驚かねえかね?」
「だってリリスだし。」
「なるほどぉ、こいつぁおいちゃん一本とられたねえ。確かに驚くようなこたぁねえわな。なんせあのリリスちゃんなんだからよ。日替わりお待ちぃ!」
シュリ謹製のこのマジカルワードは、ガーデンに
サクッとした食感のかき揚げ、喉越しのいい蕎麦、なにより特製オロシポン酢で食べるメンチカツはとても美味だ、箸と口が止まらない。
豚カツをオロシポン酢で食べるのはよくあるけど、メンチカツでもイケるんだなぁ。
磯吉さんの事だから、オロシポン酢に合うようにメンチカツを作ったに違いないんだけど。
「カナタさんも昼メシでやすかい?」
「昼メシでやすよ、サンピンさんも日替わり定食ですかい? こいつぁなかなかの逸品ってヤツでさぁ。」
サンピンさんは喉だけ鳴らして笑いながら、オレの前の席に座る。
「カナタさんはリアクション芸人と聞いてやしたが、物真似芸にも手を出しやしたか。なかなか芸達者な事でやすね。」
「サンピンさんみたいに独特の口調の方は真似もしやすいんですよ。1番隊のお笑いスターの座を守るのも、これで結構苦労してるんです。」
「リリスさんとコンビを組んで漫才やってる間はカナタさんの天下じゃねえでやすかね。………カナタさん、ちょいと聞いてよござんすか?」
「なんなりと。でも女性遍歴だけは勘弁して下さいね。どれだけ女の子を泣かせてきたかはもう覚えてませんから。」
「そりゃ泣かせた女がゼロだってんじゃ覚えてるワキャありゃあせんね。そもそも記憶にねえ訳ですから。」
「ギャフン!!」
「リアルにギャフンとかリアクションするお人をアッシは初めて見やしたよ。伊達にリアクション芸で食ってやせんねえ。」
リアクション芸で食ってるワケじゃないんですけどぉ。
「言いたくねえなら言わなくていいんでやすが………カナタさん、誰に剣を習いやしたんです?」
「シグレさんに決まってるじゃないですか。サンピンさんも知っての通りです。」
サンピンさんの隻眼がやや光を帯びる。
「カナタさん、アッシが聞きたいのは、シグレさんの前に剣を教えたヤツのことでさぁ。」
え? シグレさんの前に? 神主だった爺ちゃんに小学生の間は剣道を習ってたけど………
偽の経歴ではオレの爺ちゃんは父方も母方も、もう死んでるって事になってる。爺ちゃんに習ってたって言っても齟齬は出ないよな?
サンピンさんには色々世話になってる。全部本当の事は言えなくても、極力ウソは減らしたい。
「シグレさんの前にですか………死んだ爺ちゃんに少し習いました。」
「さいでやすか。………カナタさんはアギトの姉さんの息子………カナタさんの爺様ってこたぁ、アギトの親父って事でやすかい? それとも父方のほうで?」
これはオレの剣術にアギトとの類似性があるってコトなんだろうな。ならば………
「母方です、つまりアギトの父親。」
「やっぱりでやすかい。………納得でさぁね。」
「サンピンさん、どういうコトなんです?」
「こないだの作戦の時にウロコさんと一緒に戦いやぁしたでやしょ? そん時の話を聞きやしてね。アッシもまさかって思ったんでやすが、こないだのアッシとの訓練で確信しやした。カナタさんの剣の原型は夢幻一刀流のそれでさぁ。」
「夢幻一刀流? そんな流派知りませんよ!」
死んだ爺ちゃんは小野派一刀流だって言ってた。無外流もかじったと言ってたけど、夢幻一刀流なんて聞いたコトもない。
「そりゃ照京の御三家、今は亡き
「八熾一族秘伝の剣法? 八熾一族って?」
「読書好きでイズルハ人のカナタさんらしかねえ話でやすね。照京には
それは知ってる。イズルハきっての名家で、大昔はイズルハ列島を支配した武門の惣領の一族だ。
名こそ御門だが実態は将軍と言うべきだろう。
御門家は現在でも名門中の名門で、同盟軍の有力都市国家の中でも五指に入るという照京を支配する一族だったはずだ。
「ええ、それぐらいは知ってます。」
「その御門一族を支える御三家ってのがありゃあしてね。
「その御三家って剣、鏡、勾玉を
「なんだ、やっぱり知ってんじゃねえでやすかい。さいでやす、叢雲一族は剣、御鏡一族は鏡、八熾一族は勾玉が家紋でやさぁ。」
御三家が三種の神器をそれぞれに持ってるってコトなのかな? う~ん、このごった煮感……まさに異世界。
………だがここに関しては、元の世界と完全に切り離して考えないとダメだ。
元の世界の御三家や神器とは別物だと割り切らないと混乱しちまう。
将軍家を神器を奉ずる三つの大名が支えてるみたいな歴史があったんだろう。
元の世界と似ている所もあるけど全く違うな。………そりゃ異世界なんだ、歴史が違うのは当然か。
パラレルワールドあるあるはさておき、オレに関係してくるかってのが重要なんだけど………
「その御三家の一つ、八熾一族の秘伝の剣法が夢幻一刀流ですか。でもオレには関係なさそうですよ?」
「それがそうとは言えねえんで。口で言うよか実際に構えて見せた方が早えでやぁすな。」
サンピンさんは立ち上がって二束三文を抜くと、左肩の上にアゴを乗せ、刃の部分を上向き、切っ先ををやや下向きにこちらに向ける。両手で握った刀を構える手の位置は右耳のやや後ろ、右足を深く左足を軽く曲げて構えた。
………昨日は確かにそんな構えをとったような気がする。あれ? シグレさんから色んな構えを教わったけどそんな構えは習ってないぞ。
「こっからカナタさんは刃を下向きに構え直しやしたが、そりゃ峰で戦うつもりだったからで、本来の構えはこうだったはずでやす。」
「そんな構えをしたような気がします。おっかしいな、そんな構えはシグレさんから習ってないのに。」
「上手く精神を集中出来た時に無意識に出る構えなんでやしょうよ。ウロコさんもSNC作戦の時にカナタさんがこの構えを取るのを見たそうなんで。こいつぁ夢幻一刀流、変位夢想の構えって言いやしてね、他の剣術にゃねえ構えなんでさぁ。」
集中しようという意志さえ意識しなくなるほどに集中する、鏡水の心に近づく為の鍛錬は毎日やってるけど………
「なんでサンピンさんがその構えを知ってるんですか?」
「……………嫌ってほど間近で………何度も何度も見やしたんでね………」
「じゃあ、アギトの………」
「ええ、アギトは夢幻一刀流の使い手だったんでさぁ。八熾一族の秘伝剣法をなんでヤツが使うのかは知りゃあせんがね。アギトは照京を追われた八熾一族の血縁だったのかもしれやせんよ。照京の名門の出となりゃあ、あの気位の高さも頷けやすしね。」
「う~ん、オレの死んだ爺ちゃんがその八熾一族だったか、縁のある人間だったかもしれませんけどオレには分からないですよ。」
「でやすか。まあちょいとばかし気になっただけなんで、余り気にせんでくだせえよ。おっと折角のメシが冷めちまいやすね。」
「メシは美味しく頂きましょう。折角、磯吉さんが腕を振るってくれたんだから。」
でも脳内の納豆菌に邪魔されて、オレは折角の旨いメシの味がイマイチ分からなくなっていた。
………オレはアギトのクローン体だ。無意識にオリジナルの身につけた剣法をトレースしているのかもしれない。
でもオリジナルの身につけた剣法まで体が覚えているものなのか。
ありえなくはないな、臓器移植を受けた人間に臓器を提供した人間の嗜好や癖が出た例があるって本で読んだコトがある。
音楽の趣味が変わったり、嫌いだった食べ物が好物になったりとか………無論、科学的に実証されたワケではないけど。
臓器移植でそんな事例があったとしたら、クローン体ならなおさらじゃないか?
それにこの世界は元の世界の科学なんか超越している部分が多い。
スプーンを曲げる自称超能力者どころか、本物の超能力者がゴロゴロいる世界なんだ。不思議な事象が起こるのが普通の世界だ。
どんな事象でも利用出来るなら利用したい。アギトは最悪のクソ野郎だが、夢幻一刀流を使って同盟軍最強の兵とまで呼ばれた事は確かなんだ。
なんとかこの体に眠る夢幻一刀流の技を引き出す方法はないかな?
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