懊悩編23話 頼むよ、力を貸してくれ!



リリスから闘魂を注入されたオレは、意気揚々と墓場外の空き地に向かった。


約束の17:00時より少し早めに到着したのだが、既に先客がいた。


我が師シグレさんと軍服の上に派手な原色を使った陣羽織を纏ったライオンヘアの威丈夫、おそらくシグレさんの昔馴染み「獅子髪」バクラに違いないだろう。


「来てくれたんですか、シグレさん。」


シグレさんはウムと頷き、


「相手が相手だけにな。マズいと思えば私とバクラが止める故に心配無用だ。」


ふう、隊長二人が大怪我はしないよう立ち会ってくれるなら、医療ポッド送りだけは避けられそうだ。


バクラさんは煙管をぷかぷか吹かしながらオレを不躾極まりない目で観察してる。


「鬼道院バクラ大尉ですね、オレは一番隊所属の………」


「天掛カナタ曹長、准尉に昇進も決定してるらしいな。出世街道爆進中でなによりだ、氷狼の甥っ子よ。」


ぷかぁと煙を輪っかにして吐き出す。器用なコトに輪っかを連続して吐き出す芸まで披露してくれた。


この人、昔、爺ちゃんに連れて行ってもらった歌舞伎の役者さんみたいな格好してるなあ。


派手派手しい装束に獅子みたいな髪、槍の代わりに薙刀持たせて髪を赤く染めればまんま歌舞伎役者だ。


「坊主、髪を赤く染めりゃあ歌舞伎役者みてえだって思ってるだろ?」


「は、はい。正直そう思いました。」


「その通りなんだわ。俺の髪は敵の血で赤く染まるのさ………戦場ではな。」


そうか、この人もリリスみたいに髪に変異型戦闘細胞を仕込んでるのか。


「戦場では槍と髪が鮮血に染まる、故に「獅子髪」ですか。格好いいですね。え~と、バクラさん、でいいですか?」


「構わねえよ、俺もシグレにならってカナタって呼ぶからよ。」


「是非そう呼んで下さい。わざわざご足労頂いてありがとうございます。」


バクラさんは無精ヒゲをジョリジョリと掻きながら、


「本当にアギトの野郎とは丸っきり性格が違うな。けど俺が心配してんのはナツメで、カナタじゃねえんだわ。」


「傾き者が男女差別しちゃいけませんよ。」


「いんや、愛の名の下に差別するね。ナツメの皿形おっぱいは貧乳の理想像なんだ。万が一、傷でもついたら、そりゃ世界の損失だろうが。」


「ですよね!!!ですです!あの皿形おっぱいは芸術品ですよ!オレは世界遺産に認定してます!!」


オレの食いつきっぷりにガーデン一の傾き者もいささか面食らったようだ。


「………えらい食いついてきたな。カナタはアクセルの同類かよ。」


「オレと同志アクセルはおっぱい革新党の仲間なんです。」


「おっぱい革新党ぉ?………どんな党なんだ?」


「巨乳貧乳の区別なく、全ての美しきおっぱいを愛する同志達の集まりです。」


「お、俺も入ろうかな。」


「今なら入党特典として、同志アクセルの収集した世界の美乳100選の三次元写真集がついてきますよ!」


「マジで!入る入る!」


「カナタバクラ~!」


シグレさんが珍しく声を荒げてオレとバクラさんの悪ノリを制止する。


「す、すいません。ここにも同志がいたと思って、つい嬉しくて………」


「………全く、マリカも呆れていたがカナタは本当に女子おなごの胸に関しては見境がないな。」


「見境がないんじゃありません。美しいモノは美しいと主張したいだけで………」


「………カナタは私の胸にはさほど興味がないようだが、つまり私の胸は美しくない訳か………」


「違います違います!!興味津々です!でもマリカさんに、アタイの親友に色目を使ったら、ガチでおまえの命を半値八掛け二割引きにしてやるって言われてるんです!ヒドいでしょ!」


バクラさんは頭の中で算盤を弾いたようだ。


「おい、半値にして八掛けして二割引いたらゼロになっちまうぞ?…………抹殺宣言じゃねえか。」


シグレさんが首を振りながら間違いを訂正する。


「どこをどう計算したらゼロになるのだ!半値八掛け二割引きすれば元値から32%に減るだけだろう!」


算数は苦手と判明したバクラさんは小さい声でつぶやいた。


「つまり2/3殺しにするってか…………相変わらず怖え女だ。」


「せめて1/2、半殺しならオレだって師匠のおっぱいを堪能しようかって冒険も出来るのに………」


ちょっとだけ赤くなったシグレさんが慌てて不肖の弟子たるオレに教育的指導を入れる。


「カナタ、私は別に私の胸にも興味を持てなどと言っているのではない。私の胸など半殺しにされてまで見るようなモノではないぞ。」


「いえ、マリカさんに黙っといてもらえるなら1時間でも2時間でも師匠のおっぱいを観察したい気持ちでいっぱいです!観察力を磨けって教えてくれたじゃないですか!是非実践したいです!」


「………それは観察力ではないと思うが………カナタの病気が重症なのは理解した。ん? 戯れ言はここまでだな、ナツメが来たようだ。」


戦闘用の装束に着替えたナツメがこっちにやってくる。気合い入ってんなぁ。


「……………17:00時ピッタリのはず。トゼンはまだ来てないの?」


「まだみたいだ。」


「……………騙したんじゃないでしょうね?」


「ナツメ、トゼンさんが時間通りに来るわけないだろ。」


胸ぐらをボリボリと掻きながらバクラさんが非難する。


「まったく、刻限厳守って言葉は野郎の辞書には載ってねえのかね。」


シグレさんがジトーッって感じの視線をバクラさんに送りながらツッコむ。


「おまえが言うな。トゼンの持っている辞書には色々抜けている言葉がありそうだが、トゼンだって辞書すら持ってないバクラにだけは言われたくなかろうよ。」


トゼンさんの持ってる辞書には人命尊重とか博愛精神とかいう言葉は載ってないんだろうな。


しっかしいつもは礼法の生きた教科書みたいなシグレさんも、昔馴染みのバクラさんには容赦ないんだなぁ。


墓場外の空き地の近くには小さな森があって、今いる空き地にも何本か広葉樹の樹が立っているのだが、その樹々から一斉に鳥達が飛び去った。


………来たみたいだな。


近づくだけで一斉に鳥が飛び立って逃げ出すとか、トゼンさんらしい登場の仕方だよ。


おそらくトゼンさんの持ってる希少能力のアニマルエンパシーの影響だろうけど。


片袖を風にたなびかせながらやって来る隻腕の人斬り、いつもの着流しじゃなくて軍服ですか。


やる気にはなってくれてるみたいでなによりだ。


「半チクらしく保護者同伴かよ。ま、お遊戯会にゃ保護者は必須か。」


「オメエはやり過ぎっからよ。怪我はしゃあねえにせよ、大怪我だけはないようにしてやんねえとな。」


「ケッ、シケた寺の小坊主が言うようになったじゃねえか。」


シグレさんとバクラさんは、トゼンさんとはガーデンに来る前からの知己みたいだな。


そういやバーで飲んでた時に、トゼンさんはシグレさんのお父さんを壬生の親父って呼んで毛嫌いしてるっぽい様子だった。


今は関係ないか、勝負に集中しよう。勝算ゼロだから負に集中、かな?


本気モードになったナツメがポツリとつぶやく。


「……………私からいく。アンタは見てなさい。」


ナツメが当然とばかりに前に出るが、そうはいかないぜ。


「ナツメ、勘違いすんなよ?」


「……………アンタからいくって言うの? 私が先だから!」


トゼンさんは胸ポケットから乾燥スルメを取りだしクチャクチャ噛みながら、


「おい、ションベン臭え小娘さんよ。勘違いはそこまでにして、カナタの言う通りにしときな。」


「…………トゼン!なにが勘違いだってのよ!」


ナツメはキッとトゼンさんを睨みながら思いっきり凄んだ。


並の兵士ならチビリそうな迫力だが、百戦錬磨のトゼンさんには柳に風、まったく気にする様子はない。


でも分かる、これは蛇がとぐろを巻いているんだ。威嚇がくるぞ、ビビんな、オレ。


「テメエら半チクがピンでオレの相手になるワキャねえだろボケェ!!つべこべ抜かしてねえで二人がかりでこねえか!!」


うへぇ!バーで飲んでた時の粋な感じなんざ微塵も感じさせないこのド迫力よ!


なにより蛇そのものの眼がヤベエ、コレが完全適合者(ハンドレッド)、人斬りトゼンか。


でもこの威嚇はありがたい、予定通りだ。


トゼンさんなら無理矢理でもオレとナツメの共闘を強制してくれると思ってた!


「ナツメ、お言葉に甘えて二人がかりで行くぞ!」


「…………で、でも…………」


「この期に及んで四の五の言うな!オレとナツメが単独でやり合ってどうにか出来る相手なのかよ!」


オレが抜刀しながら駆けだしたので、やむを得ずナツメも忍者刀を二本抜き、オレに続く。


ナツメは二刀流で戦う、愛刀は双子の忍者刀である双刀そうとう輝剣きけん夜梅やばいだ。


そーとーキケンでヤバイっすか。ナツメらしい愛刀だよ!


オレは距離を詰めながら刀の刃を返そうとしたが、人斬り先生のお気には召さなかったようだ。


「返すな!本身のヤッパで殺す気でこい。それでおっんでも化けて出たりゃあしねえからよ!」


遠慮なくそうさせてもらうか!歯牙にもかけてないってんなら歯牙にかけさせてやるまでだ!


オレは先の先を取りに行く、この人斬り相手に後の先なんて悠長なコトやってたら瞬殺される。


麻雀でも格上相手に打つ時はテンパイ即リー全ツッパが一番マシだってマンガで読んだぜ!


オレの最速の斬撃をユラリと柳のように躱し、上空から襲いかかるナツメにはクルリと回って回し蹴り。


1番隊でも屈指の回避能力を持つナツメだが、モロに鳩尾みぞおちにもらって吹っ飛ばれる。


蹴りを放って一本足になったトゼンさんにオレは再び斬撃を放つが、トゼンさんは刀を鞘から半分だけ抜いて受け止める。


トゼンさんの愛刀、怨霊刀餓鬼丸の常闇色の刀身が垣間見えてゾクリとする。


鞘から抜いた時に怨霊の群れみたいなのが飛び出てきたように見えたけど気のせいだよな。そう思おう。


トゼンさんは上げたままの片足を、無造作にオレの方にも振ってきた。


そんな雑な攻撃を食らってたまるかよ、ギリで躱してもう1度攻撃だ!


けどオレはアゴに蹴りを食らって吹っ飛ばれていた。なんで!躱したハズなのに!


蹴転がされたオレは直ぐさま立ち上がったが、ヨロリとフラつく。


足が笑ってやがる。正確にアゴを蹴り抜かれて三半規管を揺らされたんだ。


ナツメもオレと同時に立ち上がったが、アバラで保護されてない鳩尾を蹴り抜かれて結構なダメージをもらったみたいだな。


おっそろしい、蹴りの一発でコレかよ。正確に容赦なく急所を打ち抜いてくる。天性のセンスだな。


「おいおい、刀ぐれえ全部抜かせてみな。」


チンと餓鬼丸を納刀しながらトゼンさんはポケットから新しいスルメを出してしがみはじめた。


「……………蹴りが蛇みたいにしなって伸びてくる。………厄介。」


「ああ、そんで関節の可動域も異常に広い。見るのとやるのは大違いだな。」


フリッカージャブならぬフリッカーキックか。この人、格闘家シューターとしても超一流だぜ。


それからの展開も似たようなモンだった。


オレはナツメをフォローしようとはするんだけど、ナツメは全然オレに合わせようとしてくれない。


トゼンさんは刀を抜くコトもなくコンビネーションがバラバラのオレらを各個撃破するだけ、この流れが数度繰り返された。


トゼンさんは首をコキコキ鳴らしながら、ゼエゼエと肩で息をするナツメに問いかける。


「おい、小娘。………オレをナメてんのか?」


「……………まだまだこれからよ、侮らないで。」


トゼンさんのイライラはマックスに達したらしい、森の動物全部が逃げ出しそうな勢いでナツメを喝破する。


「力に劣るヤツがバラバラでかかってきてもどうにもならない事ぐれえいい加減学べ!さっきからなにやってんだオメエは!技と速さに勝るオメエが好き勝手に動いて、力と耐久力に勝るカナタがフォローに回ってどうすんだ!役割が逆だろうがよ!テメエは肉をフォークで切り分けてナイフで刺して喰おうとしてんだウスラボケ!………ヤメだ、アホくせえ。」


トゼンさんは背中を向けて立ち去ろうとする。


「………………まだ終わってないぃぃ!」


ナツメは背中を向けたトゼンさんに跳躍して襲いかかるが、振り向きざまの蹴りに文字通り一蹴されて地面を転がる。


「マリカも見る目がねえな。こんな小娘に入れ込むたぁよ。自慢の緋眼も人を見る目はトンだ節穴ってか。」


ケホケホと咳き込むナツメに向かってトゼンさんは吐き捨てる。


オレはナツメの腕を取って立たせ、ゆっくりと言葉をかける。


「おい、ナツメ。マリカさんまでコケにされて口惜しかねえのかよ。」


「……………」


ナツメは答えない。トゼンさんだけじゃない、オレのイライラもかなりきてんだぜ!


「答えろ!どうなんだ!口惜しかねえのか!」


「……………口惜しいに決まってるでしょ!これでご満足!」


「い~や、まだだね!じゃあどうすんだ? オレら刀も抜かない舐めプで完封されてんだぞ!」


「どうしろってのよ!」


「決まってんだろ!戦うんだよ!舐められたまま終わってたまるか!オレだけじゃどうにもなんねえんだ。頼むから力を貸してくれ!」


もうナツメとの距離を詰めたいとか、不純な動機なんざどうだっていい。


オレは「緋眼のマリカ」率いるクリスタルウィドウの隊員だ。相手が格上だろうが意地だけは見せてやる!


そんな想いがナツメに伝わったのか……………いや伝わった、伝わったんだ!


ナツメはオレの目を見てゆっくりと頷いてくれた。




よ~し、こっからが本番だ! さぁナツメ、やってやろうぜ!




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