懊悩編24話 腕はなくても奥の手はある



「…………それでどうするの?」


「ちょっと待ってくれ。トゼンさんに話をつけるのが先だ。」


オレは再び背を向けて歩み去ろうとするトゼンさんの背中に声をかける。


「トゼンさん、もう一勝負だけ付き合ってください!」


「ああん? 何度やっても同じだ、同じ!」


「勝てるとまでは言いませんけど、ヒヤリとはさせてみせますよ。たまにはスリルを味わいたいでしょ? それとも本気出したオレとナツメが怖かったりします?」


オレはトゼンさんの逆鱗に触れるであろう台詞を敢えて口にした。


「………カナタよ。オレはな、卑怯モンだの薄情モンだの言われるのは一向構わねえ。だが臆病モンって言われるのだきゃあ我慢なんねえんだ。………分かってて言ってるんだろうな?」


トゼン名言集その3、「卑怯でも薄情でもいい、だが臆病にはなるな」、か。………ホントカッコイイよ。キング兄弟が兄貴って慕う気持ちがよく分からぁ。


トゼンさんは地位も名誉も金もいらないって人だけど、矜持はある。


戦場に生き、数多くの命を奪ってきた人斬りとしての、強者としての強烈な矜持が。


「ええ、分かって言ってます。でもここでいいとこナシで終わるようじゃオレも兵士として先がしれてます。死体袋に詰められる前に荷物をまとめて田舎に帰りますよ。それでどうです?」


オレに帰る田舎なんざありゃしないけどね。


「………おもしれえ、オレに冷や汗をかかせてみな。」


トゼンさんは振り返ってニヤリと笑う。よし、またやる気になってくれたみたいだ。


「ちょっと!カナタ、本気!」


「お、アンタからカナタに出世したな。今後もそう呼んでくれ。」


「いいとこナシで終わったら田舎に帰るって本気なの!? それじゃ私から名前を呼ばれる事なんかないわよ!なに考えてるの!」


「本気も本気さ。いいトコ見せりゃいいダケの話だろ? オレらの力を乗算すりゃあトゼンさんだって軽くあしらうってワケにゃいかないんだよ。そこんとこだけは確信してるんでね。」


「私の何を知ってるって言うの!バカみたいに盲信するのは勝手だけど、結果に責任なんか取れないから!」


おうおう、よく喋る喋る。だよな、ホントはちゃんとフツーに喋れるんだよな。


「なんだ普通に喋れるんじゃねえか。無口キャラを演じるのはもうやめろって。自責の念から自分に罰ゲームを科してるだけだろ? ドMかナツメは?」


「私の話は今はどうでもいいでしょ!盲信しないでって話をしてるの!」


「盲信ねえ………違う、信じてるんじゃない、知ってるんだ。殺戮天使と恐れられるまでの研鑽を積んだナツメの力を。」


「……………」


「オレはナツメの力を知っている、だからナツメはオレを信じてくれ。」


「………カナタのなにを信じろって言う訳?」


「………オレの脳内の納豆菌さ。結構いい働きをするってちまたの評判でね。」


ナツメは強い意志の光を放つ瞳でオレを見つめる。………コイツ、ホント紫がかった綺麗な瞳してんよな。


「………オッケー、カナタの粘着質でキショい悪知恵は信じたげる。なにか作戦があるのね?」


「まあね。ナツメ、耳を貸せ。」


オレはナツメに耳打ちする。作戦を聞き終えたナツメは力強く頷いてくれた。


「カナタ、痴話喧嘩か作戦会議かは知らんが………もう覚悟はいいか?」


悠然と構えたトゼンさんは、まだ刀に手をかけてすらいない。


「ええ、お待たせしました。忠告しときますけど、もう舐めプはやめた方がいいですよ?」


「言うじゃねえか、口じゃなくて剣でそいつを証明してみな!」


そうさせてもらうさ。オレはトゼンさんに向かってやや高い姿勢を保ちながらダッシュする。


ナツメはオレの真後ろを影のように張り付き走る。


トゼンさんの間合いに入る直前にオレは前傾姿勢を取り、ナツメはオレを踏み台に高く跳躍する。


ナツメはトゼンさんを跳び越して、空中に展開した念真障壁を蹴って背後から強襲する。


呼吸を合わせてオレもトゼンさんに仕掛ける。


前後から、空中と地上からの同時攻撃、…………ここでトゼンさんは初めて餓鬼丸を抜いた!


空中から襲い来るナツメのクロスアタックを振り向きもせず背後に餓鬼丸をかざして止めて、オレの斬撃は蹴りで跳ね上げる。


なんちゅう当てカンだよ。ナツメの攻撃を見もしないでピンポイントで止めやがった!


刀を蹴り上げられたオレは下がって体勢を整える。如何にトゼンさんと言えどナツメの斬撃を餓鬼丸で止めて、オレの刀を蹴り上げた片足の体勢では追撃には移れない。


トゼンさんは隻腕だ、尻尾でも生えてない限りは攻撃に使える四肢はもうない!


斬撃を止められたナツメはバックジャンプして樹木を蹴った。そして蹴りの反動で加速をつけた三角跳びからの斬撃を見舞いに行く。


同時にオレは脇差しをトゼンさんに投げつける。勝負するのはここだ!


トゼンさんは餓鬼丸で脇差しを軽々と払い落とすが………オレは脇差しに続いて刀もトゼンさんに投げつけていた。


これは流石にトゼンさんも予想外だったようだ。


そりゃ主武器と補助武器をどっちも投げるなんて普通はやんないからな!


それでもトゼンさんは返す刀で連続で投げつけた刀も弾き飛ばす。だがオレはナツメが樹木を蹴ったせいで宙に舞ってる葉っぱを、サイコキネシスでトゼンさんの顔に貼り付けた!


葉っぱくらいならオレのサイコキネシスでも余裕で動かせるんだぜ。


この為にナツメにわざと木を蹴ってもらったんだ!


そしてナツメの斬撃は背後から体に迫ってる。


そこまで近いと蹴りも出せないだろ? 隻腕じゃなきゃもう1本の手で対処できたろうけどな!


視界を塞がれたトゼンさんは希少能力「蛇の嗅覚スネークセンス」で危険を察知してナツメの攻撃を躱した。


そこまでは想定内だ!でも視界を塞がれてたから、ナツメが斬撃の前にオレに忍者刀をパスしてくれたのまでは………見えなかったろ!


蛇の嗅覚で危機を感知は出来ても、ナツメがオレに武器をパスするのはトゼンさんに直接迫る危機じゃないからな!


トゼンさんが顔を振って葉っぱを払い落とした時には、完璧な態勢でオレとナツメの同時攻撃がトゼンさんに肉迫していた。


トゼンさんはナツメの斬撃を背中に回した餓鬼丸で受ける、が、同時にオレはトゼンさんの脚をサイコキネシスで固定した。これで跳んで躱すのも封じた!


そしてもう繰り出してある斬撃に全てを賭ける。


賭けに勝った、もうトゼンさんには受け手はない!


………トゼンさんは自由な上半身……肩を……腕のない方の肩を凄い早さで振った。


その刹那の動きに連動した……空っぽの片袖が……オレの刀に蛇のように巻き付く!


な……ん……だと!空っぽの片袖を鞭に使いやがった!


トゼンさんは刀は巻き上げたまま体をのけ反らせた。当然、オレは引っ張られるコトになる。


目論見の外れたオレは動揺し、刀を握ったまま引っ張られ、つんのめりながら引き寄せられちまった。


………引き寄せられた先に待っていたのは………トゼンさんのショルダータックルだった。


くっ……そぉ!………しくじった………刀を手放すべきだったんだ!


一瞬遅れて驚愕から立ち直ったナツメが斬撃を繰り出すよりも早く、トゼンさんが餓鬼丸をナツメの喉元に突き付けるのを………オレは吹っ飛ばされながら見ているしかなかった。




………畜生!……………完敗だ。


トゼンさんはチンと餓鬼丸を鞘に戻しながら、


「おう、なかなかいい手だったなぁ。だがツメが甘え。オレが隻腕なのは見りゃあ分かる単純な弱点よ。だがよぉ………」


「人斬りトゼンともあろう者が、それになんの手立ても打ってないなんてあり得ない、か。オレも考えが甘かったな。でも片袖を鞭に使ってくるなんて想像の外でした。完敗です。」


「この軍服は特注でな、左腕は伸縮自在の繊維で編んであるって寸法よ。だがオレに奥の手を使わせたのは褒めてやらぁ。………田舎に帰らずにすんだな。」


人斬りの人蛇はそう言ってニヤリと笑った。


「助かりました、オレはここが気に入ってるんで。」


仏頂面のナツメがボヤく。


「もうちょっとだったのに!………口惜しい!」


「ヘッ、いつも感情のねえ人形みてえなツラしてやがるくせに、今日は怒ったり口惜しがったりエラく人間臭えじゃねえか。いつもそうしてりゃいいもんを。」


ああ!トゼンさん!余計なコト言わんでちょ~!


………………やっぱりぃ…………また人形みたいな顔に戻っちゃったよ。


せっかく怒りや屈辱って負の感情とはいえ、素直に顔に出してたのにぃ!


ま~た自分への罰ゲームを執行開始しちゃったじゃねえかぁ。


………まぁいいか。ナツメが感情のない戦闘機械キリングマシーンじゃないコトは分かったから、それで十分だ。


少しだけナツメとの距離も縮まったような気もするしな。


怒ったり口惜しがったり出来るってコトは、逆だって出来るハズだ。


両親を救えなかった自分を責めるあまりに笑っちゃいけないって思い込んでるんだよな? そうだろ?


………いつかナツメが笑顔を取り戻したら、マリカさんも喜んでくれるに違いない。




違う、マリカさんをダシにすんな。…………オレが見たいんだ。ナツメの笑顔を。



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