懊悩編25話 時雨さんは心配性である
※今回のお話は視点が壬生シグレになっています
壬生シグレには素質がない。何故なら親の才能を受け継がなかったからだ。
今、才なきシグレは才気ある者達の戦いを腐れ縁の傾き者と共に見守っていた。
稀代の人斬り相手に戦うは、自分の愛弟子と親友マリカが鍛えた忍の二人。
そして決着はついた。健闘すれど及ばず、順当と言えば順当な結果。
若き挑戦者達を退けた人斬りトゼンは悠然と去っていった。
その背中を樹に開いた巣穴から顔を出して見送る
トゼンの殺気を感じて隠れていたのだろう。人間だけではない、動物にとっても迷惑な男だ。
知恵と工夫を凝らすも破れた愛弟子は私の傍までやってきて、嘆息混じりの敗戦の弁を口にした。
「イケると思ったんですがダメでした。あんな奥の手があるなんて………」
「よくやった、あそこまで出来れば上出来だ。だが一つ説教をしておこう。カナタ、軽々に自分の進退を賭けた勝負などするものではない。マリカが知ったら激怒するぞ。」
「あらゆる面で負けてますから、せめて覚悟だけは上回らないと勝負にならないと思ったんです。でも軽率でした。スミマセン。」
うん、素直な事はよい。カナタは素直な行動をヒネた思考の下に行う青年だ。
リリスはそのあたりをえらく気に入っているらしいが………実は私もそうだ。
だがここは師として釘を刺しておかねばならない。マリカの為にもだ。
「軽々に進退を賭けた勝負は二度としないと私に約束するのだ、カナタ。」
「はい、しません。剣に誓って。」
「………その
カナタは苦笑しながら弁明する。
「しませんって。シグレさんはオレをどんだけヒネた人間だと思ってるんですか。傷付くなぁ。」
テレ笑いを浮かべるカナタの顔はアギトそっくりなハズなのだが、私にはまるで別人にしか見えない。
アギトとカナタは親子ほどの歳の差がある、当然カナタのほうが若々しいのだが、そういう違いではない。
人品骨柄は顔に出ると言う。アギトはアギト、カナタはカナタなのだ。
若かりし日のアギトがここに現れたとしても、決して私は見間違えたりしない。
………だがホタルには二人が重なりあって見えているのだろう。難しいものだ。
「ナツメ、派手に痛めつけられたなあ。俺が抱っこして医務室に運んでやろう。」
「…………いらない。」
あのバカ、気配に気付いていないのか。まったく未熟、いや鈍感め!
そんなだからアブミの気持ちにまったく気付かないのだ。
「おい、
「バクラだ!間に鹿を挟むんじゃねえ!」
「では素直に馬鹿と呼べばいいのか?」
「まず馬鹿から離れろよ!」
「分かった分かった。
「馬の骨あつかいすんじゃねー!シグレェ、オメエ他の奴と俺の扱いが違い過ぎねえか?」
特に差別をしたつもりはない。雑な人間に雑な対応をしているだけなのだが。
漫才には参加しないと気がすまない
「バクラさん、いっそ馬から離れるっていうのはどうでしょう?」
「おお!それなら馬鹿でも馬の骨でもねえな………って、ちげーよ!馬から離れられるワキャねーだろ!俺の名は馬鞍なんだからよ!」
そんな漫才をやっている間に、ナツメの背中は遥か向こうへと消えて行こうとしていた。
「お~い、俺が医務室まで付き添ってやるよ~。待てってばぁ!ナ~ツ~メ~!」
馬の骨で馬鹿のバクラは慌てて呼びかけ追いかけるが、無論ナツメは振り向かない。
カナタがガニ股で走っていくバクラの背中に向かって手を振りながら笑う。
「オモシロイ人ですね、バクラさんって。」
キミもなかなかオモシロイ人だぞ、我が弟子よ。
「うむ、まああんなだが戦場で
「シグレさんもバクラさん相手にはお茶目なんですね。いいですね、幼馴染みって。」
著しい誤解を受けているな、これは解いておかねば。
「幼馴染みなどと言うようなモノではない。私の父とバクラの師が旧知の間柄でな、それが縁で昔から知っているというだけだ。正確には腐れ縁、百歩譲って昔馴染みだ。」
「トゼンさんがさっきシケた寺の小坊主って言ってましたね。バクラさんもお坊さんなんですか?」
「いやいや、あんな信徒はアミタラ様とて勘弁願いたかろうよ。バクラは寺の門前に捨てられた捨て子だったのだ。」
「捨て子ですか、非道い話だ。」
「嘆かわしいが今の時代に捨て子は珍しくない。それで赤子を拾った寺では里子に出そうという話になったのだが、住職の槍念和尚が「これも仏縁、ワシが育てよう。」と仰ってな。揺りかごが寺にはなかったので、倉庫にあった大昔の馬具を引っ張りだしてきた。」
「ひょっとして馬の鞍を揺りかごに育ったから馬鞍、ですか?」
「そうらしい。槍念和尚ならさもありなん。」
「後はだいたい分かります。バクラさん、仏法にまったく興味を持たなかったんですね。」
「うむ、熱心に学んだのは槍術だけという有様でな。もともと出稽古に行ったり来たりはしていたが、15になった時に和尚に頼まれて父の道場で預かる事になったのだ。」
「………と、いう事はバクラさん、15歳の時点で鬼道院流豪槍術をマスターしていたんですね。」
「業腹だが武門に関しては素質のある男でな。ま、バクラの事はどうでもよい。カナタ、散々蹴り倒されていたが、そっちはトゼンも三味線を弾いておったが故に大した事はあるまい。だが最後のショルダータックルは本気だった、大事ないか?」
カナタは大きく息を吸いながら胸に手を当てる。
「呼吸すると若干アバラが痛みますかね。」
「やはりアバラを何本か持っていかれたか。折れてはおらんだろうが亀裂は入っているだろう。早く医務室に行ったがよい。私は少し森林浴でもしてから戻る。」
「はい、そうします。それじゃ、また明日道場で。」
カナタは私にペコリと一礼すると、医療棟に向かって歩き出した。
愛弟子の姿が完全に消えてから私は親友に声をかける。
「マリカ、いるのだろう。」
樹上に潜んでいたマリカがスタッと私の隣に降りてきた。
「はん、お見通しかい。アタイの気配を察知するとは流石はシグレだ。」
「数少ない取り柄なのでね。やはり二人が心配だったのだな。」
「カナタはまだしもナツメはアタイの妹みたいなモンだからね。しかしあのおっぱい狂いめ、シグレに
半値八割二割引殺し………長いな。素直に半殺しとか七割殺しで良さそうなものだが。
「別によかろう。私が不快に思っているならともかく、そうではない。」
「いや、後でシメてやる!勝手に進退を賭けた勝負なんざやらかしやがって!チョイとばかり甘やかしすぎたみたいだねえ。」
怒っているのはやはりそっちか。私同様、マリカもカナタは可愛いらしい。
「大目にみてやれ、トゼンを引っ張り出してまで、ナツメの事を気にかけているのだ。少し驚いたよ、あんなに感情的になったナツメは初めて見た。」
「カナタも言ってたろ? ナツメは自責の念から自分に罰ゲームを科してるって。アタイもそう思ってる。無感情に見せてるだけで本当は普通の感情があるんだ。ナツメは笑ってもいい、幸せになって欲しい。ソイツを分からせたいんだが踏み込む勇気がなくてね。…………アタイもビビリだな、ナツメを傷付けるのが………怖い。」
マリカは私にだけは弱気や迷い、素直な心情を吐露してくれる。この事は私の誇りだ。
「ほう、今日は記録に残すべき日だな。マリカにも怖いという感情があったのか。」
「シグレ、アタイをなんだと思ってるんだ?」
「ハハハ、そう言えば私達は司令に呼ばれていたな。少し早いが行くとしようか。」
「ああ、しかし新たな作戦とかじゃないだろうな。カナタはもうじきリグリット行きだ。アイツ抜きでの作戦遂行は面倒だよ。」
おやおや、まだ新入りだというのに、随分頼りにされているようだぞ。良かったな、我が弟子。
「何人かの隊長は新たな任務を拝命したらしいが、いずれも短期の作戦らしい。司令は今、ガーデンから我々を動かしたくないようだな。となれば近々大きな作戦があるのかも知れん。………マリカはどう思う?」
「………ああ、ガーデンに全部隊を集結させてるってのは引っ掛かるねえ。なにかはありそうだよ。」
私とマリカは司令棟に向かいながらそんな話をする。
今夜はホタルも局の方に呼んでいる。忙しい夜になりそうだ。
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