懊悩編26話 特異体質でトラブル体質



※前回から続いてシグレ視点のお話です。


「アタイだ、入んぞ。」


マリカがノックもせずに司令室に入ったので、やむなく私も続く。


「マリカ、親しき仲にも礼儀ありと言う言葉もある。ノックぐらいは………」


マリカはパタパタと手を振って、


「シュリみたいな小言はよしとくれ。耳にタコが出来ちまうさ。」


まったく、これではシュリも苦労が絶えないだろうな。


本来、この手の苦言は副長たるラセンがすべきなのだろうが、カナタに言わせればラセンは苦労人っぽく見えるのは見かけだけで、実体は要領のいいチャッカリ屋さんなのだそうだ。


「だからね、オレはこっそりって呼んでます。」とカナタは笑っていた。


我が弟子ながら、なかなかいい性格をしている。


「ん、来たか。奥へ入ってくれ。」


奥の間で話すという事は内密な話か。


マリカと私と司令と中佐は奥の間に移動し、応接用ソファーに腰掛ける。


「話ってのは近いうちに始まるドンパチの事か?」


マリカは卓上ライターで煙草に火をつけながら質問する。


司令がおなじく煙草を咥えると中佐が火をつけてやり、自分の葉巻にも火を点けた。


あっという間に渦巻く紫煙、私に喫煙の習慣はないので仲間外れにされた気分だ。


喫煙はあまり褒められた習慣ではないので、真似しようとは思わないが。


「気付いたか、かなり大規模な侵攻作戦が近く発動する。荒稼ぎの季節だな。」


「ガーデンからアタイらを離したがらなきゃ気付くさ。ゴロツキ全員を遊ばせとくほどイスカは優しかないからね。そういう話ならカナタのリグリット行きは延期しとくれ。」


「さっさと昇進させろと言ったのはマリカだろう?」


「ああ。だがデカいドンパチがあるってんなら、カナタは必要な戦力だ。」


「まだ2作戦しかこなしてない新入りを、随分と高く評価したものだなマリカ。買い被りすぎではないか?」


中佐の我が弟子への評価は、私やマリカほど高くはないようだ。師としては一言、言っておきたい。


「しかしキッドナップ作戦では守備隊長を討ち取り、ディアボロスXの正体をいち早く見抜いたとマリカから聞きましたが?」


「む、それはそうだが………」


弐の太刀もいるようだ。


「SNC作戦では陸上戦艦を使ったハッタリで、我々に有利な状況を作り出しました。知勇揃っているかと思います。何が不満なのです?」


「う、うむ。賢しい知恵も持ち合わせてはおるようだな。」


「クランド、カナタの納豆菌は有用、それはおまえもよく分かっているはずだ。カナタはオペレーション「ブレイクストーム」には参加させる。」


「破壊の嵐」作戦か。全部隊を参加させるとなると、これは相当重要な作戦に相違ない。


「アタイらだけじゃなくて他の隊長にも話した方がいいんじゃないか? 作戦の内容によっちゃ訓練内容を変える奴もいるかもしれない。」


「折を見て他の連中にも話す。まだ作戦発動までに余裕があるのだ。だからカナタは予定通りにリグリットに行かせる。」


発動という事は同盟軍から仕掛ける作戦か。となるとガーデンに我々が全員集結している事によって、機構軍に作戦を感づかれる恐れがないだろうか?


私の考える事など司令は折り込み済みとは思うが聞いてみるか。


「あまり時間をかけていると敵に作戦を察知されるのでは?」


「もう気付かれている。最後の兵団ラストレギオンも拠点に集結しているという情報を掴んだ。」


「おいおいイスカ、バレてる作戦を強行して大丈夫なのか?」


マリカの懸念はもっともだ。兵団が出てくるとなると激戦は必至だな。


「我々だけなら水も漏らさぬ機密管理も可能だが、10万単位の兵が動く作戦となれば、どうしたって察知はされる。物流の動きだけでも兆候は表れるものだ。今の間に私はリグリットで片付けたい仕事があるから、ついでにカナタも連れていく。」


10万単位が動くのか、ここまでの大作戦は久方ぶりだ。


「今は同盟軍も機構軍も腹の探り合いの時期ってか。アタイも久しぶりにリグリットに行ってみるか。」


いやいや、マリカまでついて行く必要はなかろう。司令が留守ならなおさらだ。


「マリカ、カナタは物見遊山に行く訳ではないぞ。司令の留守の間はどうするのだ?」


「シグレがいれば問題ないだろ?」


さらっととんでもない事を言わないでくれ。


「そうだな、留守はシグレに任せよう。案外、私がいる間よりゴロツキ共も行儀よくしているかもしれん。」


司令、外堀を埋めないでもらいたい。


「うむ、シグレなら安心ですな。ワシらが留守の間、ガーデンを頼んだぞ。」


う、内堀まで!ままま、マズいマズいぞ!どんどん話が進んでいく。止めなくては!


「待った、私には荷が重い。他の者をあてて欲しい!」


「他の隊長に留守など任せてみろ、私が帰ってくる頃には無法地帯どころか、野生の王国になっているぞ。」


バクラ、トゼン、カーチス、トッド、アビー………ダメだ、本当に野生の王国が誕生しそうだ。


あ!イッカクがいた。


「司令!イッカクなら大丈夫だ。イッカクに留守を任せては?」


「イッカクは降りかかる火の粉は払うが、火事を消しにいくタイプではない。シグレ、諦めろ。」


やれやれ、確かにイッカクは騒ぎが起ころうが、我関せずといった感じではあるな。


どうやらババ抜きのババを引かされたようだ。


「………致し方ない。引き受けよう。なるべく早くに帰投してもらいたい。私はともかく部下がもたん。」


司令が慰めになっていない慰めの言葉をかけてくる。


「問題児のカナタとリリスも連れていくのだ。私だって苦労しそうなのだぞ。カナタはトラブル体質だし、リリスはトラブルそのものだ。」


リリスもカナタについて行くのか。ワガママを押し通したのだろう、カナタも苦労しそうだな。


カナタはナチュラルにツキがないと自嘲していたが、どうやら私もだな。師弟そろってツキがないらしい。


「リリスがいないならトラブルは半分で済むんじゃないか? 良かったな、シグレ。」


「リグリットに物見遊山に行くマリカに言われてもな。ついて行く以上はカナタを助けてやってくれ。」


司令がやや深刻な顔になって、


「そのカナタについて話があってな。それで二人だけに来てもらった。驚くべき事実が判明したのだ。」


マリカは真剣な顔になったが、口から出たのはやはり冗談だった。


「驚くべき事実? 実はカナタはどこぞの王子様だったとか?」


「王子の株が暴落しそうな話だな。冗談はさておき、カナタは世界で唯一の特異体質である事が判明した。………カナタの念真強度は成長するのだ。」


なんだと!? 念真強度が成長する? そんなバカな!


「イスカ!そりゃなんかの間違いなんじゃないのかい!今までそんな奴は敵にも味方にも一人としていなかったろう。」


マリカの言う通りだ。ヒューマンエラーか、計器の故障ではなかろうか?


「司令、計器の故障ではないのか?」


「真っ先にそれを疑ったが違っていた。ヒビキが何度もヒューマンエラーをやらかすという事もありえん。カナタの念真強度は現在102万n、成長しているのは間違いない。」


その事実を開発部が知ったら興味津々だろう。私の懸念はマリカも同じなようだ。


「イスカ、言っとくがカナタを開発部のモルモットにしようってんならアタイにも考えがあるよ!」


私も弟子を開発部に引き渡す気は微塵もない。


「うむ、それは到底看過できん。」


司令は待て待てとばかりに手を上げて、


「二人とも落ち着け。一言もそんな事は言っていないだろう。カナタとも話し合ったが、この事実は今は秘匿して、しばらく様子を見る事にしたのだ。上官であるマリカと師匠であるシグレには話しておこうと思ってな。それで呼んだのだ。」


なるほど、念真強度がこれ以上成長しなければ、なんとでも誤魔化せようし、さらに成長するようならばその時に考える、か。


「わかった、確かに今は様子を見るのがいいとアタイも思う。シグレもそれでいいか?」


私は黙って頷いた。




念真強度が成長する体質か…………私の弟子はトラブル体質だけでなく特異体質でもあったか。難儀な事だ。





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