懊悩編27話 姥の桜とおバカのコ



※前回から引き続きシグレ視点のお話です。


司令室を出たマリカは大きく背伸びしながら、なにかとトラブルに巻き込まれる部下に同情する。


「まったく、好む好まざるに関係なくカナタは兎に角トラブルに縁があるねえ。一体どういう星の下に生まれてやがんだか。」


相当に数奇な星の下に生まれているのは間違いなさそうだ。


「カナタが巻き込まれるトラブルの半分はリリスの巻き添えだと思うが。」


「リリスを無理矢理ガーデンに引っ張り込んだのはカナタだ。自業自得だろ。」


「そこがいいところだ。マリカも分かっているだろう?」


「そうだな。だけどカナタはただのお人好しじゃない。リリスの時でも、あのコが可哀想だから助けたいとか甘っちょろい能書きを言わずに、リリスに道を選ばせたいって抜かしやがったな。幸福になれれば最良、万一残酷な運命が待ち受けていたとしても、自分が選んだ道ならば納得も出来る、だとさ。」


「カナタの言いそうな事だな。だがそういう考え方が私は好きだ。人生とは選択の連続で成り立っている。生き方を決める自由だけは、どんな人間にだってあってしかるべきだろう。」


私とマリカは司令棟の廊下を歩きながら奇妙な青年の話を続ける。


「しっかしカナタは大物なのか小物なのか、よく分かんないねえ。」


「鳥玄で聞いた話なんだが、カナタとシュリの目標っていうのが傑作なんだ。実にらしいと言うか。」


「へえ、どんな目標なんだい?」


「程々に妥協の出来る世界を創ろう、だそうだ。」


「なんだそりゃ?」


「理想郷を創るなんてオレ達には似合わない。だから不義や不和や不満があっても、それなりに幸せを享受出来る世界ならそれでいい。世界にちょっとだけ優しさがあればそれ以上は望まない、という事らしい。」


「男のクセにちみっちゃいねえ。カナタとシュリならそんなもんか。」


「そうかな、私もそのぐらいの世界が丁度よい。人の歴史を紐解けば、蛮行は悪人が、蛮行を遥かに越える悲劇は理想家が起こしているように思う。人は己が正義と盲信した時、もっとも残酷になれるものだ。」


「………己が正義を疑え、か。アタイは自分が正義だなんて思った事はないが、それでも随分殺してきたな。血の海でプールが出来るぐらいにさ。信念なき殺人者ってのもどんなもんだかねえ。」


信念なき殺人者、か。私も同罪だ。いや、私はもっと罪深いだろう。


「私もマリカ同様だ。理念や理想で戦い始めた訳ではない。………私の戦いの理由は自己の確立の為だった。鏡水次元流継承者、壬生シグレここにあり。………そう世間に知らしめたかった。私が手にかけてきた者達は、私の虚栄心の犠牲者という訳だ。」


「自虐趣味は不健全でアタイ等らしかないね。どうだい、もっと陽気な話題で一杯飲っていかないか?」


「実に魅力的なお誘いだが支局の仕事があってね。司令とマリカに留守居役まで押しつけられたから、今ある仕事は片づけておかねばな。二人のいない間は支局の仕事どころではあるまい。」


「シグレが面倒はおこすなって言えば、隊長連中も限度はわきまえるさ。………トゼン以外はな。」


「そこが私も心配だよ。トゼンだけは制御不能だ。そもそも二人の不在時に刃傷沙汰を起こした前科持ちの私に留守居を任せるとは、人選ミスも甚だしい。司令にも困ったものだ。」


う、これはマズったぞ。口が滑った!


「………シグレ、アギトと決闘した理由はもう聞かないが、………約束は覚えてるよな?」


マリカは色の違う左右の瞳で私を見つめる。………目を逸らすな私。


親友に隠し事はしている、だが友に恥じ入るような真似をしてはいない。私は私の信じる道を貫くだけだ。


「友との約束には万金の重みがある。………忘れはしない。私とマリカの間に隠し事はあの一度きりだ、もうしない。」


司令棟の外に出た私達を迎えてくれる満天の星空、マリカの緋眼は夜空に輝く星より目映い光を放つ。


「シグレ、本当にアタイに話したい事はないのか?」


寂しげな、そして優しい瞳。…………私の胸を締め付ける視線。


「…………今はない……今は。」


「…………今はない、か。………分かった。」


私とマリカはそう言って別れた。私は星空を見上げる。


…………ホタルを襲った凶事の内容を打ち明けられた二年前、私は白日の下に晒すのではなく、夜の帳に潜めておく方がよいと思っていた。


今にして思えば我ながらなんと浅はかな。


…………明けない夜などないというのに。そしてその夜明けが近づいてきたのが分かる。


夜明けの気配を感じても、私はどうすべきかが分からない。


夜空に煌めく悠久の星々も、私に答えを教えてはくれなかった。




少し星空を眺めてから、私は凜誠の本部に戻った。我が2番隊はガーデンの憲兵も兼ねている、故に憲兵支局も兼ねた本部だ。


本部ではヒサメを除く中隊長達が熱心に仕事にいそしんで………いないか。サクヤだけはハンディコムをイジっていた。


私に気付いたサクヤはハンディコムを閉じて、椅子からピョンと立ち上がる。


「あ、局長!おかえりなさ~い!」


「うむ、ただいま。サクヤ、仕事がないなら兵舎に帰ればいいぞ。わざわざ私を待つ必要はない。」


「局長、サクヤさんの仕事はあるのです。………やらないだけで。」


アスナがやんわりと釘を刺す。仇桜明日奈あだざくらあすなは凜誠の中隊長では最年長、落ち着いた性格だけに自然と窘め役になる。


「やってますぅ~。ちょっとだけ息抜きしてただけやん。固いコト言わんとって。」


対して此花咲夜このはなさくやは中隊長では最年少、天真爛漫な性格も手伝って、窘められる役、という訳だ。


「サクヤ、ちゃんとアスナさんの言う事を聞きなさい。一番手が遅いのはサクヤですよ?」


そして私とは同門の弩鐙いしゆみあぶみが副長、それに今は自分の店にいる玄馬氷雨げんまひさめの4人が凜誠の誇る中隊長達だ。


考えて見れば隊長の私も含め、中隊長全員が女だな。別に狙った訳ではないのだが。


「だってアスナってウチが何してもお説教ばっかりやし、………ひょっとしてサクヤのお母さんですかぁ?」


………サクヤの欠点、それは事だ。


アスナに年齢絡みの話題をよく振るな。無謀、いや命知らずな。


アスナは最年長の幹部だけに普段は一番落ち着きがあるのだが、年齢に関する話題にだけは過剰反応する。


凜誠の隊士達はアスナの前で、姥桜うばざくらという言葉を決して口にはしないほどだ。


「………サクヤさん………少し甘やかしすぎたようですね。………いらん事言うのはこの口かぁ!!」


アスナはサクヤの頬を掴んでつねり上げる、割と容赦なしに。


「いひゃい、いひゃい~!ひょふちょお、はふけて~!」


………無駄とは思うが見殺しにも出来んか。


「アスナ、そのあたりで勘弁してやれ。」


「アスナさん、サクヤに悪気はないのです。ただただアホのコなだけで。」


アブミも割と容赦ないな。確かにサクヤは言葉足らずか、一言多いかのどちらかなのだが。


思う存分つねり上げられ、真っ赤になった頬をさすりながらサクヤはブーたれる。


「………ウチはアホのコちゃうもん。イケズ言わんといて。」


神難かみがたの街で育ったサクヤの喋りは神難弁である。


阿呆アホウの自覚があればアホのコとは言いません。」


アブミはピシャリと一蹴する。血気さかんな道場時代のアブミの顔に戻っているな、懐かしい。


サクヤのピンと立った触覚のようなアホ毛が垂れてきた、いじけているな。


サクヤの気分は顔よりアホ毛を見た方が早い。


「アホのコちゃうもん。ウチは素直なだけやもん。お母ちゃんもそないわはったもん。」


サクヤのご母堂の教育には、やや問題があるように見受けられるな。


サクヤは末っ子だから甘やかされていたのかもしれん。


…………他人様の家庭の事をとやかく言うのはよそう。とにかく私も執務をしないとな。


私はデスクに腰掛け書類の決裁を始める。


ほとんどはガーデン内の喧嘩、それに関する器物損壊の報告書だが。


…………キング兄弟はまた喧嘩をしたのか。………原因、蛇の人形の取り合い………子供か!


「アホのコはさておき、局長、私のお願いの件はどう考えておられます?」


まだ頭の痛い話があったな。サクヤならまだしも、アスナまで私を困らせないでくれ。


「アスナ、中隊長を退きたいというのは認められん。凜誠がイヤになったというのなら考えよう。だが理由が力足らずというのなら、それは私の決める事だ。」


「しかし局長、中隊長の中で私が一段、いえ二段は弱いのはお分かりでしょう? 」


…………アブミ、アスナ、ヒサメ、サクヤの中で戦闘能力ではアスナは一枚落ちる、それは事実なのだが。


「羅候ならともかく、凜誠では単純な戦闘能力のみで中隊長が務まる訳ではない。アスナにはそこらの事情は含んで欲しいのだが?」


「局長、私は凜誠が好きです。隊を変わりたいなどと言ってはいません。私より腕の立つ方が中隊長になって欲しいと言っているだけです。」


「簡単に言ってくれるな。アスナに変わる中隊長候補など、そうそういるはずもない。」


「いえ、いらっしゃいます。適任の方が。」


なに? そんな人材が我が凜誠にいただろうか?


「アスナ、凜誠にアスナに代わる逸材がいたのか? いたならば私の目はとんだ節穴という事になるが………」


アスナは上品に首を振った。


「いえ、凜誠にではありません。他の隊の方なのですが………本当にお分かりにならないのですか?」


「一体どこの隊の誰の話だ?」


私が誰の事かが分からないのがアスナには不思議でしょうがないらしい。そんな顔をしている。





「灯台下暗しとはよく言ったものですね。局長のお弟子さんのカナタさんですよ。」





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