激闘編22話 欲深どもの捜索網



「ははぁん、これだね。」


不知火の作戦室で、総督府の見取り図を見たマリカさんは、煙草を燻らせながら、ニヤリと笑った。


「どこなんです?」


「ここだ。図面にはなにも記されちゃいないが、不自然なスペースがある。隠し部屋か隠し通路、おそらく通路だな。下の階にも繋がってる。」


言われてみれば、なるほど。人間一人が通れそうなスペースが壁になっている。


「馬鹿だなぁ。図面に嘘の表記をしとけばいいのに。少し部屋を広めに作図しとけばいいだけでしょう。」


「コトネの手柄さ。このデータは、いかにも曰くがありそうな場所にあったコンピューターから引き出してきたんだとさ。そんで、そこのシステムはスタンドアローン、疑うなってのが無理だねえ。」


データ分析のプロでもあるホタルが提案してくる。


「マリカ様、答え合わせをしましょう。」


「答え合わせ? どうやるんだい?」


「外部とリンクしてある図面と、この図面を重ね合わせるんです。」


そうか!外部とリンクしている図面は偽装されているはずだ。


偽装された図面と、この図面を重ねれば、隠したかった場所が浮かび上がる!


「すぐにかかんな!カナタはハンマーシャークに戻ってアタイの指示を待て。解析が済んだら、戦術タブに情報を送る。」


空のマグカップをテーブルに置いて敬礼し、オレはハンマーシャークへ戻った。




ホタルの提案はビンゴだった。図面を重ね合わせた結果、地下水道に繋がる一本道が浮かび上がったのだ。


既にグリースバッハは総督府から逃亡していると睨んだマリカさんは、総督府攻略をオプケクル大佐に任せ、下水道の探索にかかる事を決めた。


無論、1,1中隊にも探索エリアは割り当てられる。オレは戦術タブに転送されてきた情報に従って、ハンマーシャークを移動させた。


「ねえ、少尉~。艦に残って探索チームをアシストする人間も必要よね?」


リリス、顔に書いてあるかんな。下水道に潜りたくないって!


「心配しなくても、おまえに来いなんて言わねえよ。」


「カナタ、私もオペレーターの仕事を覚えようと思うの。」


可愛く言ってもダメ!ナツメはニンジャでしょ!


「ナツメはダメです。探索チームに入ってもらう!」


「ぶ~ぶ~なの!」


「文句を言わない!探索任務はナツメが主戦力でしょ!」


お姉さんモードになったシオンがナツメにお説教を始める。だが不満分子は他にもいた。


「兄貴ぃ、俺はガタイがデカいから、下水道の探索には不向きだと思わねえ?」


リックの苦しい言い訳に、ウスラトンカチまで相乗りしてくる。


「オレもッス!ガタイ、デカいッスよ!」 「俺もタッパはそこそこあんだよなぁ。」


「じゃあお留守番してろ。オレは落ちてる金を拾いにいく。」


「落ちてる金? 兄貴、それってどういう意味だよ。」


「身代金のルールも知らないのか? 高級軍人や要人を捕虜にし、捕虜交換が成立した場合、支払われた身代金の10分の1は、捕らえた兵士のポケットに入る。総督様にはさぞいい値がつくだろうよ。」


「兄貴!なにやってんだよ!サッサと探索を始めようぜ!」


「タイムイズマネーッス!いそぐッスよ!」 「グズグズしてると他の隊にかっ攫われちまうぜ!」


「現金なヤツらだなぁ。懸かってるのが現金だけに……フフッ、傑作。」


「ジョニーの物真似なんかしてないで急ぐの!それにあんまり似てないから!」


痛い痛い、耳を引っ張らないでよ、ナツメさん。ジョニーさんの物真似は、まだ練習中なんだから似てないのはしょうがないでしょ!





探索チームを4つ編成した1,1中隊はマンホールから下水道へ降り立った。


リック班、牛頭丸班、シズル班、そしてオレの班だ。例によって、ナツメは単独行動。とはいえ、総督達を発見する可能性が最も高いのは、手練れのニンジャであるナツメだ。


ハンマーシャークで探索チームを統括するのはリリス、オペレーターはノゾミ、この布陣で問題ないだろう。


皆には十分に注意を促した。グリースバッハ総督は雑魚だろうが、手練れの護衛がいる可能性が高い。いや、間違いなくいる。なので発見してもすぐには仕掛けず、オレに報告するに留めるように、と。


人口800万人と言われるグラドサルは、この地方で最大の都市だ。ゆえに下水道も街全体に網の目のように走り、探索範囲はだだっ広い。とはいえ、アスラ部隊が総掛かりで探索にあたっている。オレ達は割り当てられた場所の探索だけしっかりやればいいんだ。


オレの班には白狼衆二人と、シオンに入ってもらった。これは根拠のないただの直感だけど、1,1中隊で総督様御一行と鉢会うとすれば、オレの班の様な気がしたから。


この星に来てからというもの、オレの運ってえらく極端な気がするんだよな。何十万分の1とかいう天和を上がったかと思えば、ヘリの墜落で魔女の森に落っことされてみたり、とにかく極端。


波風立つコトもなく、退屈だった高校、大学生活の帳尻を合わせるみたいに、波瀾万丈な軍人生活か。


ま、生きてる実感は噛み締められるよ、お陰さんでな。


「隊長、リック達に嘘をつきましたね?」


「嘘? なんのコトかな?」


「私までは騙せませんよ? 身代金から兵士の取り分が生じるのは本当ですが、誰が総督に身代金を払うんです? この街が総督のホームタウンで、他に拠り所はない。」


ばれてーら。そう、世襲のグラドサル総督だったグリースバッハは、この街が陥落した時点で、ただの人なのだ。捕虜にしたところで、身代金を積んでまで取り戻したいと思う物好きなどいない。


そもそも、機構軍だって根拠地を失ったグリースバッハと交換する捕虜など出さない。高級軍人の捕虜は他の要人と交換しようとするだろう。捕虜が解放されないなら、身代金そのものが発生しないのだ。


「身代金の話は嘘だが、落ちてる金ってのはまるきり嘘でもない。金にはなるはずなんだ。」


「なるんですか?」


「グリースバッハは特権階級の中の特権階級だ。表の財産は同盟軍に没収されるだろうが、隠し財産があるに決まってる。グリースバッハを捕らえれば、うちの司令がどうすると思う?」


「なるほど。硬軟どっちかの手段で、隠し財産の場所を突き止めるでしょうね。そして、隠し財産などなかった、と処理してしまうんですね?」


グリースバッハには気の毒な話だが、収容所で事故死に見せかけられるか、自殺に見せかけられるか、の二択しかないだろうな。だが世襲総督のグリースバッハは、恣意的に何人もの人間を死に追いやっているだろう。


だから気の毒には思うが、ほんの少しだ。ヤツの悪行を羅列されれば、ざまあみろって気分になるかもしれん。


「そういうコト。そして御堂家の辞書に吝嗇という文字はない。グリースバッハを捕らえた兵士は、十分なおこぼれにあやかれる、と。本命馬はホタルだけどな、オレ達は穴馬。」


アスラ別働隊の索敵用インセクターは全て探索に投入されている。他の大隊の索敵要員も優秀だけど、同盟最高の蟲使い、ホタルが本命馬なのは揺るがない。


さらなる大穴として、グリースバッハは既に街から脱出済みという穴馬もいるが、誰も賭けないだろうな。


グリースバッハの身体能力は異名兵士どころか、一般兵にも足りないだろう。きっとまだ下水道をはいずり回ってる。


封鎖された下水道の出口を手練れの護衛が突破してくれる、グリースバッハに残された可能性はそれだけだ。


「しかしお館様、隠し財産の在処ありかはパパ・グリースバッハに聞いてもいいのでは?」


連れてきた白狼衆の一人、侘助わびすけさんに質問された。


「侘助さん、それがそうもいかないんだ。」


「侘助とお呼びください。我らに「さん」は要りません。」


「左様、我らはお館様の家臣にござりますれば。」


侘助さんの双子の弟、寂助さびすけさんまでオレを追い詰めてくる。困った兄弟だな。


「シズルさんがなんと言おうが、オレはまだ当主じゃない。」


「あくまでさん付けで呼ばれるというなら、我らは殿様と呼ばせて頂きますがよろしいので?」


「心の中では殿の頭にバカも付けますかな。どうなされまする?」


バカ殿は勘弁してくれ。それは志村師匠の持ち芸だ。


「侘助、寂助、パパ・グリースバッハから隠し財産の在処は聞けないんだ。死人の口を割らせる方法はない。」


「隊長、パパ・グリースバッハは死んだのですか?」


「体調を崩して入院中だったらしいが、身柄を確保に向かったチームが死体を発見した。」


「殺されたのですか?」 「それとも自殺?」


侘寂兄弟の質問に、オレは侘しく寂しい事実を答える。


「違う。はしばみ先生の話じゃ発作を起こしたらしい。たぶん、長きに渡って支配してきたグラドサルの陥落を悟ってショックを受けたのが原因だろう。そして……パパ・グリースバッハの病室には医師も看護師もいなかった。前総督を見捨てて逃げ出していたのさ。」


医師か看護師が付いていれば、一命を取り留めていたかもしれない。だが前総督は病室の床でのたうち、悶え苦しみながら……誰にも看取られずに死んだのだ。


「自業自得ですな。同情する気にはなれません。」 「左様、独裁者の最後など哀れなものです。」


白狼衆の兄弟は無慈悲な感想を口にする。そう、独裁者の最後などそんなものだ。


照京の独裁者はまだ幸運なのかもな。心優しい娘を持ったお陰で、命だけは全う出来る。


ん? ホタルから戦術タブレットに通信だ。


なになに、侵入者対策の帯電鉄柵のココとココに開閉の痕跡あり、か。おいおい、それだとコッチに向かってるコトになるぞ。……穴馬にチャンスがきたのかもな。


となれば、探索ではなく待ち伏せすべきだ。ええと……パズルは苦手なんだよ!どことどこを塞げば、穴がないんだ!


そうだ、こんな時は外付け演算装置に連絡だ!




リリスの計算してくれた配置箇所にチームを伏せさせて、獲物の到来を待つ。


(シオン、来たぞ。だが不意討ちは不可能だ。)


(どうしてです?)


(見ろ、インセクターが先行してきた。敵も馬鹿じゃない。)


オレはハンドサインで白狼衆二人にも合図した。合図を受けた兄弟は嬉しそうだ。八熾家復興の資金にしようとか思ってるんだろうなぁ。


インセクターの動きを見張るオレの影で、シオンが戦術タブに情報を入力。これで他のチームがここに集まってくる。チームが集結するまで、逃がさないのがオレの仕事だな。


オレ達が身を潜めている曲がり角までインセクターが飛んできた。やり過ごすのは無理、羽虫を叩き落としても気付かれる、と。だったら……


オレはとっておきの変顔を作ってインセクターとにらめっこしてやる。あっぷっぷっ、と。


「うわっ!!敵兵が待ち伏せしています!」 「叫んでどうする!バカが!」


まったくだ、ハンドサインかテレパス通信を使えよ。いきなりの変顔に慌てちゃったんだろうけど。


「いくぞ、特権階級狩りの時間だ!」




追い詰めたぜ、総督さんよ!水晶の蜘蛛クリスタルウィドウの張った網から、逃れられるかな?


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