激闘編23話 節度のバーゲンセール



オレは念真障壁を張りながら先頭を走り、声のした方へ向かう。


通路を曲がると同時に鉛弾でお出迎えされたが、障壁で弾き、抜いたグリフィンカスタムで鉛弾をお返ししてみた。


オレの射撃も先頭にいたガード屋に弾かれ、双方、ダメージはない。


だがこのガード屋の力量は侮れない。グリフィンカスタムの乱射を受けても顔色一つ変わってねえ。


「ここは通行止めだ。元総督御一行の皆様、Uターンしてお引き返しを。」


髪の後退した初老の総督の周りに4人の護衛か。人数は互角、あとは練度がどの程度かだな。


「今でもワシが総督じゃ!頭が高いぞ、無礼者めが!」


「髪が後退してるんだから、体も後退して問題なしさ。違うかい、元総督さん?」


「元ではないと言っておろうが!この叛徒を処刑せい!すぐにじゃ!」


「総督閣下、挑発に乗ってはいけません。」


冷静なガード屋は総督を窘めるが、堕ちた独裁者は金切り声を上げた。


「総督であるワシに指図するな!」


地下下水道だけにいっそう金切り声が響くねえ。格好のビーコンは集結してきてる仲間チームにも聞こえたはずだ。


「これは命令だ!仕事の邪魔をしないでもらおう。」


冷静だったガード屋は態度をガラリと変えて凄味を利かせた。怒鳴りつけようとした総督閣下だったが、思い止まってモゴモゴと口ごもる。執務室でふんぞり返っていた頃なら、一喝してインク瓶でも投げつけていたのだろうが、今、護衛チームに見放されたら一巻の終わりなのはご存知なようだ。


「さっき、「叫んでどうする、バカが!」って叱ったのは、ガード屋のアンタか。つまり、リーダーはアンタってコトだ。オレは同盟軍少尉、天掛カナタだ。よろしく。」


「同盟の剣狼だと!」 「邪眼持ちの悪魔か!」 「ひっ!ヘ、ヘンゲン大尉、どうします?」


二人は驚いたが、臆してはいない。だが後ろのノッポは見るからに動揺した、コイツが穴だ。


「落ちつけ!剣狼は探りを入れてるんだ!」


ヘンゲン大尉とやらはデキるな。コイツにだけは要注意だ。


「ああ、そうだよ。後ろのノッポ、おまえが穴だ。声でわかった、ビビリのインセクター使いはおまえだよな?」


「ヒィィ!」


「グラーツ!剣狼と目を合わせるな!邪眼で殺されるぞ!」


殺すつもりなら、もう殺してる。お喋りに付き合ってくれそうだから、生かしておいただけだ。


ビビリのグラーツ以外はオレと目を合わせないな。中の上か、上の下だ。ヘンゲン大尉は異名兵士名鑑ソルジャーカタログで見たコトはないが、異名兵士レベルと考え、対処しよう。


「ヘンゲン大尉さん、降伏しとかない? こんなドブ臭いトコが死に場所じゃ浮かばれないだろ? 地縛霊になるにはうってつけかもしれんがね。」


もっとお喋りに付き合ってくれよ? 時間の経過はオレ達に有利なんでね。


「降伏して収容所に送られるのは、ギリギリまで避けたいものさ。ギリギリまで、な。……突破するぞ、金ヅルを確保しながらだ!」


「イエッサー!」 「いくぞ、糞ジジイ!」


「き、貴様ら!グラドサル総督のワシに向かって……へグッ!」


みなまで言わせず、グリースバッハを小突いて背後に入らせる、か。


なるほど、忠誠心じゃなくて物欲で動いていたってコトね。


「貴様がお喋りしてるのは時間を稼ぎたいからだろう!だがそうはいかん!」


ヘンゲン大尉の戦槌の攻撃を、オレは両手持ちの刀で受けた。そして何合か、刀と戦槌を交える。


「ご名答。そんで総督閣下はグラドサルの外にも隠し財産があるってコトな? ヘンゲン大尉、貴重な情報、ありがとう。」


数手でオレの腕を値踏みしたのだろう。ヘンゲン大尉はオレを懐柔しようとする。


「剣狼、俺達と手を組まないか? ジジイを連れてここを脱出すれば、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る!」


侘寂兄弟が1対1で手練れ二人を相手取り、シオンはグラーツをもう仕留めた。これでシオンはフリー、問題なしだ。


「オレも金は欲しいがな。節度を売ってまで、欲しくはねえんだ!バーゲンセールはアンタらだけでやんな!」


鍔迫り合いを演じながら、足を引っ掛けにいったが、バックステップして躱された。


いい腕をしてるが、見込みが甘い!狭い用水路なんだぜ、ここは!


壁を背負ったヘンゲン大尉にラッシュをかける。そら、狼眼と向き合いそうだぞ?


ガードを固めながら、顔を逸らしたヘンゲン大尉の傍には排水口があった。


「狼眼を喰らいたくないなら、汚水を喰らいな!」


サイコキネシスで汚水を操り、ヘンゲン大尉の顔に浴びせてやった。


汚水が目に入ってよかったな!もう狼眼を警戒しなくていいだろう?


「待て!こうふ……」


首が跳んだヘンゲン大尉は、台詞を最後まで言い終えるコトはなかった。




ヘンゲン大尉の部下2人は上官の死を見るや、すぐに降伏したので手足に錠をかけて拘束する。グラーツは失神、グリースバッハはバイオメタルってだけの無力な老人だ。手錠だけでいいだろう。


シオンと白狼衆が捕虜3人を担ぎ、オレは手錠をかけたグリースバッハを引っ立てながら、無線で作戦の終了を伝える。


「おい貴様!ワシはグラドサル総…」


みなまで言わせず、足を引っ掛け汚水に顔を突っ込ませる。


前のめりに汚水の流れる溝に倒れ込んだグリースバッハの、僅かに残る後ろ髪を掴んで引き上げ、囁いてやる。


「総督閣下、お静かに。汚水ジュースのおかわりをご所望でしたら、お騒ぎになって構いませんが?」


静かになったな。ジュースのおかわりは要らないらしい。




ハンマーシャークの出撃ハッチに戻ったオレ達を、リリスは鼻をつまみながら出迎えてくれる。


「随分大きなドブネズミを捕まえてきたわね、少尉。」


「除隊したら駆除業者に転職しようかと思ってね。その予行演習さ。」


「他の商売にしましょうよ。ドブ臭いハニーをお出迎えするのはイヤだもの。」


「そうは言ってもな。下水道を管理してくれてる人達のお陰で、オレ達は快適な生活を送れてるんだぞ。」


「それもそうね、感謝感謝。」


リリスは地下水道の方に向かって手を合わせた。




グリースバッハを営倉に放り込んでシャワーを浴び、艦橋に向かう。


指揮シートに持たれ込んだ瞬間に、不知火からの通信が入った。


「よくやった、カナタ。おや、もう着替えてたのかい。世にも珍しい、ドブ狼の姿を拝んでやろうと思ってたんだけどねえ。」


「残念、新種として学界に発表したら、金になったかもしれませんね。」


「フフッ、頼もしくなってきたね。ヒヨッコ狼はもう卒業か。」


マリカさんに比べたら、まだまだヒヨッコですよ。


「カナタ、イスカからのアスラ別働隊にお褒めの言葉を預かってる。「感謝する。影に日向に、武勇を奮いし者達よ」だとさ。」


言葉の前のマリカさんの指の動き。……拾う言葉は……影、武、者、か。


敵の自滅で戦力を温存したままグラドサルを制圧出来た。司令はシュガーポット攻略を予定通り行う腹積もりだな。


要衝の中の要衝を攻略する鍵になるのは、やはりマリカさんか。


……気をつけてください、マリカさん。ご武運を。




グラドサルを制圧したヒンクリー混成師団は、周囲の衛星都市コロニーシティの攻略を開始した。


とは言っても消化試合みたいなものだが。


最大の都市であるグラドサルを超える戦力を有する衛星都市など、この地方には存在しない。


地方全域をカバーする遊撃守備隊として派遣されていたエプシュタイン師団も既に壊滅した。


見切り千両とばかりに逃げ出したエプシュタインの逃避行も、無駄に終わったのだ。


敗走するエプシュタイン師団は、シュガーポットへの退路に布陣していたクランド中佐率いるシノノメ師団分隊によって、壊滅の憂き目に遭った。


最後までシュガーポットへ逃げ込むコトに固執したエプシュタインは、クランド中佐の敷いた迎撃網を強引に突破しようと試み、四方八方からの集中砲撃によって旗艦を棺桶に戦死したとのコトだ。


クランド中佐はエプシュタインを捕虜にする算用だったらしいけど、戦闘を短期で終わらせる為には、やむを得なかったのだろう。


迎撃部隊の旗艦、白蓮に司令は乗っていなかった。白蓮はグリースバッハを脅す為のブラフで、司令はシノノメ中将と共に、シュガーポットの牽制にあたっていたのだ。


グラドサルで起きた喜劇を知った司令はすぐに姿を見せ、シュガーポット駐屯軍に「女帝」イスカは師団本隊にいるコトを教えてやったらしい。


ブラフの次は恫喝かよ。相変わらずやり口があざとい、いや、えげつないねえ。


「軍神の右腕」と呼ばれるシノノメ中将と、軍神の娘に睨みを利かされては、シュガーポット駐屯軍もグラドサル救援の軍を出せなかった。


孤立した衛星都市達は独自の判断を迫られる事態となり、徹底抗戦の道を選んだ街はヒンクリー混成師団に叩き潰された。だが大半の街は無血開城を選んでくれたので、無駄な血は最小限で済んだはずだ。


司令のデザイン通り、グラドサル地方は同盟領となったのだが……最後の仕事が残っている。




この地方最大、じゃないか。……中心領域でも最大の要砦であるシュガーポットの攻略だ。



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