激闘編24話 影武者のバイトもやってます



フォート・ミラー陸軍要塞、通称「砂糖壺シュガーポット」。


築城の名手として知られるミラー将軍が設計、建造した機構軍の巨大要塞だ。中には民間人の居住する区画もあるらしいから、要塞と言うより一つの街だと言ってもいいかもしれない。


グラドサル方面からさらに進撃する為には、難攻不落のこの要塞都市を攻略しなければならない。


いや、せっかく手に入れたグラドサル地方も、シュガーポットを落とせなければ画餅と化しかねないのだ。


大要塞であるシュガーポットが健在ならば、機構軍はいつでも攻撃に転じられる。


現在の状況では、機構軍にとっては奪われたグラドサル地方奪回の起点になり、同盟軍にとっては奪い取ったグラドサル地方への侵入を防ぐ守りの要になる。


シュガーポットはその戦略的重要性をさらに増したのだ。




シュガーポットを難攻不落の要塞たらしめている理由は二つある。


一つは砂糖壺と呼ばれる由来となった湾曲防御壁だ。上辺に向かうにしたがって、緩いカーブを描いている。


直立した壁よりも衝撃を逃がしやすく、厚みも十分で、生半可な砲撃では小揺るぎもしない。


実に有用性の高い湾曲防御壁なのだが、建造コストの問題で、シュガーポット以外の要塞には採用されなかった。


高性能であるが故に高額、そんな不遇を囲った湾曲防御壁は、大型曲射砲で攻略したいところなのだが、それが出来ない理由がある。


それが二つ目の理由、八岐大蛇やまたのおろちの存在だ。


八岐大蛇とは要塞内をレール移動する超大型列車砲のコトだ。


普通、拠点防衛用の曲射砲は固定式で、射撃範囲はあらかじめ定まっている。


だが八岐大蛇は列車砲、レールを使って移動出来る。つまり、相手の布陣、攻撃してくる方向に重点配備が可能なのだ。


これは厄介だ。普通の列車が使うレールを2本使うほどの巨大列車砲で威力も射程も絶大。


同盟軍がグラドサル地方の攻略を断念していた理由は、八岐大蛇の存在にあったと言ってもいい。


グラドサル地方を制圧しても、シュガーポットが健在であれば、常に大軍を配備して防衛にあたらなければならない。


防衛用師団は、敵の侵攻がなければ、ただの余剰戦力。機構軍側は、シュガーポットに最低限の兵力を駐屯させておけば、同盟軍の大戦力を足止め出来る。


いくら同盟軍上層部がバカでも、そんな非効率な真似は出来ない。


曲射砲は放物線を描くだけに、最低射程を割り込めば無力化出来るのだが、始末の悪いコトに八岐大蛇はその対策も講じてある。


シュガーポット内には環状線のように2本のレールが3線、敷かれているのだ。


内、中、外と敷かれた線路を移動出来る八岐大蛇は、3種の射程を使い分けるコトが出来るという訳だ。


大型曲射砲の泣き所である、移動出来ない、射程が決まっているという弱点を見事に克服している。


しかも2本の線路は上りと下りの線路でもある。平時においては大円線、中円線、小円線として、要塞都市内を走る環状線として使っているって話だ。


平時は都市の社会基盤インフラ、有事には防衛システムの一環、八岐大蛇を考案したドウメキ博士は天才だな。生体工学と兵器工学の最高権威なんて呼ばれてるのは伊達じゃない。


そんな天才を機構軍に亡命させちまうとか、同盟軍上層部はどこまでバカなんだよ!


こんな難物を攻略しなきゃなんねえコッチの身にもなりやがれっての。




八岐大蛇の最大射程から遠く離れた位置に布陣したシノノメ、ヒンクリー師団は巨大な砂糖壺を遠巻きに包囲し、高台に布陣している。


オレはカメラ機能付きの双眼鏡を片手に、攻略対象を観察に出掛けた。


眺めのいい丘陵には先客がいた。アビー姉さんだ。副長のキーナム中尉を連れてるな。


ニアム・キーナム中尉は遠目でも簡単に視認出来る人だ。


アビー姉さんと肩が並ぶ巨漢で、黒光りする見事な筋肉を持つ。その筋肉美から「黒真珠ブラックパール」の異名を持つパワーファイターで、8番隊の看板兵士だ。


セムリカ人で肉体美といえば、羅候幹部のパイソンさんもそうなんだけど、筋肉の付き方が違う。


パイソンさんは手足が長く、鍛え抜かれた鞭のような草食獣の筋肉。キーナム中尉はスレッジハマーの隊員らしく、力こそパワーって感じのマッチョマンだ。肉食獣らしくお肉が大好きで、スペアリブタワーの登頂記録も持ってる。


キーナム中尉とパイソンさんはセムリカ人同士で仲が良く、そのつながりでオレとも知己になった。


「アビー姉さん、キーナム中尉、揃って偵察ですか?」


「カナタもかい? 別働隊じゃご活躍だったんだってねえ。」


「お殿様は新型の軽巡をもらったらしいじゃないか。出世街道まっしぐらだな。」


テカテカと黒光りする顔で意地の悪い呼び方をするキーナム中尉は、俳優みたいに真っ白な歯を輝かせて笑う。


「お殿様はヤメてください。もう一度言ったら狼眼を使いますよ?」


「おお怖え。いっぱしの中隊長になってきやがったなぁ。パイソンが気に入る訳だ。」


怖がる素振りを微塵も見せずに笑うキーナム中尉をアビー姉さんが窘める。


「ニアム、そのうちホントに噛み付かれんよ。ご自慢の筋肉に歯形をつけられたくなきゃ程々にしときな。いつまでも新米扱いしてると、ヒドい目に遭うのは保障してやる。」


「剣狼はマリカさんの部下で、シグレ局長の弟子でしたね。怖い姉さんが二人もいるんだし、自重しますか。」


「……そうじゃない。ニアムもまだまだだな。筋肉でしか成長がわからないか。」


「筋肉=強さですよ、姉さん。剣狼はまだ筋肉が足りない。もっと肉を食って体を作らないと。」


「どうだかね。もうニアムでも勝てるかどうかわかんないよ?」


ん、キーナム中尉の目にヤバイ光が走った。


変な話になる前に話題を変えよう。キーナム中尉は我の強い異名兵士だ。


「アビー姉さん、オレをおだててもなにも出ませんよ。あのデカブツが八岐大蛇ですね。」


デカいとは聞いていたが、本当にデカいな。上下線を跨いで走る巨大列車砲ってだけはあらぁ。


「ああ、あんなガタイの列車は見た事がないねえ。流石にどついてひっくり返すって訳にはいかなさそうだ。イスカはどうするつもりなのやら……納豆菌ならどうする?」


オレならどうする?……長所と短所はコインの裏表だ。


八岐大蛇の長所は「移動出来るコト」だよな。その長所を活かして「集中運用出来るコト」が最大の強みだ。


……そうか。司令はたぶん……


「アビー姉さん、八岐大蛇はほっといて、市内の状況を頭に入れましょう。」


「……そうだな。八岐大蛇はイスカに任せよう。ニアム、写真を撮れ。後で全隊に回しておくんだよ。」


「了解、アビー姉さん。」


「都市内の撮影は任せます。オレは不知火に戻りますね。」


アビー姉さんとキーナム中尉に声を掛けてから、オレは不知火へ向かった。




不知火のブリッジでは、いつものように指揮シートにマリカさんがふんぞり返っていた。その足元には雪風先輩が寝そべっている。


オレに気付いた雪風先輩が、尻尾を振って近寄ってきたので、遠慮なく愛で愛でする。


お返しにほっぺをペロペロされた。なんて可愛い先輩なんだ。


「カナタ、偵察は終わったかい?」


マリカさんが煙草を咥えると、傍に居たラセンさんが火を差し出す。マリカさんは、紫煙で輪っかを作りながら、両手を頭の後ろに回し、さらにシートを傾かせた。、くつろぐ気満々ですね。


「アビー姉さんとキーナム中尉に任せて戻ってきました。」


しかし、この人は誰なんだろう。聞いてみるか。テレパス通信のチャンネルを開いて、と。


(誰なのか聞いてもいいですか?)


(私ですよ、カナタさん。影武者のバイトもやってます。)


………マジかよ………


(やっぱりというか……キワミさん、忍びだったんですね?)


オレの質問にはラセンさんが答えてくれた。


(火隠れ衆隠密上忍、それが仲居竹極の正体だ。カナタ、この事は内密にな。)


(ラセンさん、私はあくまで影武者のバイト。隠密上忍だなんて、恥ずかしいですわ。)


只者じゃないとは思ってたけど、火隠れの上忍だったのかよ。ノゾミが知ったら吃驚びっくりするだろうな。


(酒が入ってるとはいえ、鳥玄でシュリの背後をとれるワケだ。火隠れの上忍でしたか。)


(ある時は喫茶店ガリンペイロのウェイトレス、ある時は鳥玄の仲居。その正体は……やっぱりただのバイトなんです、うふふっ。)


どこの世界にそんなスーパーアルバイターがいるというのか。……声に出してツッコミてえわ!もどかしい!




やれやれ、ま~た秘密が増えちまったよ。しょうがない人だな、キワミさんも。



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