激闘編25話 偽りに賭ける命



仲居竹極バイトマスターの正体は、火隠れ衆隠密上忍様だった。


今作戦の実行につき、クリスタルウィドウの幹部にのみ、その正体が明かされた。


隊内でキワミさんの正体を知っていたのは、マリカさんとラセンさん、それにゲンさんだけだったらしい。


シュリやホタル、実妹のノゾミにまで内緒にしていたとは恐れ入ったぜ。匂いでわかる雪風先輩と、司令とボーリングジジイも知っていたんだろうけどな。


ラセンさんからの指示で、オレは不知火に乗艦するコトになった。事前にマリカさんから命令を受けていたとのコトだ。だったらハンマーシャークはシオンに任せよう。


(しかしなんでオレが不知火に?)


(カナタさん、姿形は真似れても、頭脳までマリカ様にはなれません。)


(だからマリカ様に代わって、俺が隊の指揮を執る。カナタは納豆菌を使ってサポートを頼む。)


ラセンさんは副隊長だけど、その実力は部隊長達に匹敵する。アスラ部隊のエース、マリカさんが隊長だから副長に就いているだけだ。クランド中佐の話じゃ、部隊長就任の話が出たコトもあるんだそうだ。


自分はナンバー2向きの性格で、里長のマリカさんにお仕えするのが天職だって、ラセンさんは断ったらしいけど。


プライベートではチャッカリマンだろうと、「業火の」ラセンが中隊長最強の男と呼ばれているのは、大袈裟でも過大評価でもない。至極真っ当な話なのだ。


マリカさんの不在をラセンさんならカバー出来る。オレはそのお手伝いだ。




特権階級の中に、街を見捨てて逃げ出す連中がいるコトを司令は見抜いていた。


グリースバッハを捕らえた時点で、キワミさんと入れ替わったマリカさんは、財産をかき集めて逃亡するであろう貴族のいる街へ急行していた。


司令の読み通り、グラドサル陥落の報を聞いたその貴族はヒンクリー師団が街へ進軍してくる前に財産をまとめ、私有している艦で逃亡にかかった。


無血開城した街が多かったのは、市長を始めとする支配階層がわれ先に逃げ出していたせいでもある。


そして司令の賭けは成功した。街を捨てた貴族はシュガーポットに逃げ込んだのだ。


逃亡用の私有艦の整備クルーは、かなり前から司令に買収されており、手の込んだ仕掛けを艦に施していた。


マリカさんと特別チームは、隠し部屋に潜んでシュガーポットに潜入している。


司令は猛毒をシュガーポットに埋伏させたのだ。




オレが不知火で影武者キワミさんを補佐していると、司令から通信が入った。


本隊バジリスクと分隊サラマンダーが合流したので、アスラ部隊の指揮は司令が執っている。


スクリーンの中の司令はマリカさんに指示を出してはいるが、実質はラセンさんへの指示だ。


最後に司令はオレに白蓮へ来るように命令し、通信を終えた。


命令に従って出頭するか、司令には言いたいコトもあるしな。




「ご苦労だったな。ラマナー高原でも納豆菌が仕事をしたと准将から聞いた。」


「それにグリースバッハ総督の身柄も拘束したそうじゃな。いい働きじゃったぞ。」


白蓮の艦長室に呼ばれたオレは、司令にお褒めの言葉を頂き、珍しくクランド中佐にも褒めてもらえた。


「………」


返事の代わりに、オレはジト目で司令を見つめる。


「わかったわかった。八乙女一党の事だろう? だがカナタ、悪い方向にはいっておるまい?」


司令は苦笑いしながら、許せ許せとばかりに手をひらひら振る。


「結果オーライだったら、なんでもいいワケじゃないですからね!オレはなんにも聞いてなかったんですから!」


「じゃがガリュウ総帥を恫喝…ゴホン、説得して八熾一族を保護したのもイスカ様じゃぞ? 文句ではなく礼を言うのが筋ではないか?」


クランド中佐の言う通りではあるんだけど、司令には司令の思惑があるよな?


「そのコトは感謝しています。ですが司令、オレはアギトのクローン体で、実際には八熾宗家の人間じゃありません!」


「……本当にそうか?」


……まさかオレの正体を掴んだのか? 違う、カマをかけてるんだ。その根拠は黄金の狼眼、御鏡の血を引く司令なら、黄金の狼眼が当主の証であるコトを知っていてもおかしくない。


「何が言いたいのかわかりませんが、オレがクローン体でなきゃなんだって言うんです? 司令、オレが面白くないのは、オレがクローン体であるコトを知っていながら、シズルさん達をたばかったコトです!」


ややこしい状況ではあるが、オレは八熾宗家の人間だと言えなくはない。でも司令はそんなコトは知らないはずだ。


司令は八熾家残党を利用する為に、オレを八熾宗家の人間と偽ったのだ。オレの承諾も得ずに。


「おまえの承諾は得ておくべきだったかもしれんが、いい顔はしなかったろう?」


「そりゃそうですよ。カタリの宗家をやれって話ですからね。でもオレが言いたいのは、偽りに命を賭ける八熾一族をどう思っているかってコトです!」


「………」


「司令、司令は確かにあくどいコトもしますが、部下に対して……偽りに命を賭けさせたコトはない。オレはそう思っていましたが、間違いでしたか?」


「身の程を弁えんか!イスカ様に意見するなど……」


「いいのだ、クランド。この件に関してはカナタには文句を言う権利がある。偽りに命を賭けさせるな、か。青臭いヤツだ。……だが心に染みたぞ。カナタ、おまえが望むなら、おまえがクローン体である事をシズルには話してもいい。」


「本当にですか!?」


「ああ。だが今は駄目だ。わかるな?」


リンドウ中佐と共謀したクーデター計画のコトだな。確かにクーデターを成功させるまでは、余計な波風を立てるべきじゃない。


「……はい。司令が同盟を掌握し、シズルさん達の地位を復権させてから、という話ですね?」


「そうだ。カナタには照京の正常化の為にもひと働きしてもらわねばならん。リンドウ中佐から話は聞いただろう?」


「はい。それは構いませんし、望むところです。……ですが、ミコト様を傀儡に仕立てようという計画なら、そうはいきませんよ?」


相手が司令だろうと、ミコト様を傀儡になんかさせねえからな。オレは爺ちゃんの……八熾羚厳の孫だ。


……八熾一族は至玉を称えたもう。その至玉を以て帝の御身を護る者なり……


血の宿縁と、オレの意志がミコト様を護れって言ってるんでね。


「……カナタ、いい目をするようになったな。……心配するな、ミコト姫を傀儡にする気はない。リンドウ中佐ともそう約束している。父の夢見た世界の実現の為に協力して欲しいだけだ。」


「信じます。」


司令は油断ならないお人だけど、志半ばで倒れた父、アスラ元帥の理想を実現したいって想いにだけは偽りはない。


「ああ、私を信じろ。これは戦役が終わってから話そうと思っていたが、隠しておけばいらぬ疑いを招きそうだ。だから話しておく。カナタのいた研究所なのだが……爆破された。」


研究所が爆破されただって!……ま、まさか、司令が……


「待て待て!!私ではない!」


「違うんですか?」


「爆破と言っただろう!私がやったなら、爆破した、になるはずだ!」


「司令ならサクッと言葉をすり替えかねませんから。」


「どういう目で私を見ているのだ、まったく。」


ご自身の言動行動を、胸に手をあてて考えてみてください。


「司令の差し金じゃないなら、一体なにが起こったんだ? 爆破されたってコトは、たぶん、自爆装置を起動させたってコトですよね?」


「そうだ。機構軍の仕業と考えるのが一番自然なのだが……」


「機構軍の仕業ではない、と?」


「機構軍の仕業なら、シジマを生かしておく理由がない。殺すか連れ去るかしているだろう。」


「シジマ博士は生きてるんですか!」


「ああ。あの研究所の生き残りはシジマだけだ。それが解せん。」


解せんもなにも……


「博士が生きてるんなら、何が起こったのか博士に聞けばいいだけでしょう?」


「それが出来るのならそうしておるわい。」


「どういうコトなんです、中佐?」


「元々おかしい男じゃったが、完全におかしくなっとる、という事じゃ。今は鉄格子のついた病院で、壁に向かって意味不明な戯言をブツブツ呟いとるらしい。」


……そういうコトか。お気の毒、でもないな。自業自得だ。


「研究所がここ、シジマの発見された猟師小屋はここだ。そしてこの地点に爆破されたヘリがあった。残骸を調べた結果、研究所のヘリで間違いない。他の資料を見て、納豆菌の意見を聞かせてくれ。」


司令に渡されたタブレットで、オレは資料を閲覧してみた。


!!……あの研究所には脳死状態の17号があったはず……ま、まさか……地球から誰かがこの世界に来てしまったのか!? 


……いや、新たな異邦人がやって来たのだとしても、あの基地に隠された自爆装置の存在は知らないはずだ。


どういうコトだ? 研究所で何があったんだ?


「どう思う、カナタ?」


何が起こったのかはわからないが、司令にまるきりの嘘は言えないな。……たぶん見抜かれる。


「司令、博士はヘリの操縦は出来ましたか?」


「いや、シジマがヘリの操縦を学んだ事はないはずだ。その気になればオートパイロットの使い方ぐらいはじきに覚えただろうが……あの手の手合いは興味の対象外には無関心だろう。それにシジマが気の触れた原因は、全てを注ぎ込んだ研究所の爆破だと私は見ている。シジマが爆破の犯人ではあり得ない。」


「つまり、「ヘリを操縦した誰か」がいるってコトですね。」


「そうなるな。そして研究所の職員達には爆破する理由がない。」


「だとすれば答えは一つ、オレの同類の仕業だ。自我を持った兵士がやったんでしょう。」


望ましくない答えを言っておいて、否定する。相手は海千山千の司令だ。細心の注意を払えよ?


「……いや、それもないか。自我に目覚めた兵士を造れたなら、喜び勇んだ博士は真っ先に上に報告を入れるはずだ。」


「カナタよ、おまえの同類が目覚めてすぐの犯行かもしれんじゃろ? もしそうならば報告を入れる暇はない。」


中佐の意見には簡単に反論出来る。とにかく実験体犯人説から結論を遠ざけておきたい。


「目覚めたばかりの兵士が自爆装置の存在を知っていたとでも? それに…」


司令も気付いてますよね。台詞の続き、お願いしますよ?


「ヘリのオートパイロットの使い方もだ。……カナタの納豆菌でも私と違う分析は出てこないようだな。」


「ええ、自我に目覚めた兵士が犯人だというのも無理があります。」


そういう方向に話を持っていきたい。だがこれ以上のアピールは疑いを招く。ここまでにしておこう。


「だが、なにか答えがあるはずだ。この件には私達の知らない材料があるな。」


同感です。この件には、オレ達の知らないなにかがある。


でもオレの答えは、脳死状態だった17号に宿った誰かがいる、だ。


それがこの世界の人間なのか、それとも地球から来た異邦人なのか。……真実を知りたい。




そしてもし、地球から来た異邦人だったのなら、話をしてみたい。オレの生まれた星、地球の話を……してみたいんだ。



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